04 〝全知全解の書〟
「あ! ちょっと二人とも、どこ行ってたのよ!」
森から帰ってきた所で早々にルーナに見つかった。
赤い髪を揺らしながら駆け寄って来る。
プンプンだった。
「もしかして森に行ってたの? ダメなのよ、子どもが勝手に森に入ったら!」
「まあまあ別に良いじゃん。こうして戻ってきたんだし。それに凄いものを見つけたんだよ! アルフェリア。ルーナにアレ見せてやって」
「何よ、私まだ言いたいことがあるんだからね!」
「良いから良いから。ぜーったい驚くからさっ」
パチンとサナキはこっちにウインクを飛ばす。
ほんとサナキって人の懐に入り込むのが上手いよね。
これを意図せずやるから恐ろしい。
人たらし……とは、ちょっと違うか。
先輩や上司、それからおじいちゃんおばあちゃんから可愛がられるタイプ。
周りを巻き込むエネルギッシュが凄いんだ。
陽キャもしくはパリピってやつだね。
ちなみにルーナは人見知りをするタイプ。
多分、この二人を混ぜたら良い感じになると思う。
そんなことを思ってから、私は目の前に本が出現するようなイメージをする。
するとイメージ通りの現象が発生し、私の手元には例の本が収まっていた。
「え? 何それ、どうやったの!?」
「ね? ね? 凄いでしょ!」
まあ驚くよね。
「多分だけど、ギフトだと思う」
「ギフト? これが?」
小首を傾げるルーナに「多分だよ」ともう一度念を押してから森の中での出来事を話す。
「へえ、じゃあ私もそこに行けばギフトを貰えるのかしら?」
羨ましそうにルーナが言う。
「や~、どうだろうね。私も色々試したけど、結局何も起こらなかったし」
サナキも不満げだった。
「フン、私を置いて行ったんだから罰が当たったのよ」
「ごめんって~。元気だせよ~」
と、サナキはルーナに擦り寄った。
それだと私も含まれるのだけど、藪蛇かな
「それで、どんなギフトなの?」
は~な~れ~な~さ~い~と、サナキを引き離してからルーナが尋ねる。
「〝全知全解の書〟だって」
「凄そうなギフトね。早速開いてみましょ」
私もワクワクとした気分を隠すことなく本を開いた――が。
「真っ白だね」
「真っ白」
「真っ白ね」
自由帳かな?
「うーん、どこのページも真っ白だなぁ」
「偽物なんじゃないの?」
「ギフトに偽物とかあるのかな?」
「さあ?」
『誰が偽物ですか。無礼ですね』
「「「ん???」」」
私たちは顔を見合わせる。
「二人とも、さっきなんか言った?」
「ううん、言ってないわよ。サナキは?」
「私も違うよ」
つまり私たち以外の誰かというわけだけど……。
途端にルーナの顔が青褪める。
「も、もも、もしかして幽霊!?」
『そんなわけないでしょう。こっちです。こっち。下を見なさい』
感情のない平淡な声音に導かれるように視線を下げる。
その先にあったのは〝全知全解の書〟。
え? ええええ!?
『やれやれ。ようやく気づきましたか』
「「ほ、本が喋ったああ!」」
「すご~~い!」
その怪奇現象に、堪らず私とルーナは飛び退ってしまう。
サナキはキラキラだ。
〝全知全解の書〟はふわりと浮き上がる。
「「本が飛んだああ!っ」」
「すご~~~~いっ!」
こわあ! こわあっ!
『うるさい小娘たちですね。自分たちの口でギフトと正解を述べたでしょう』
「ギ、ギフト……。ホントにギフトだったんだ」
明言されるとそれはそれでビックリする。
『私はメーティス。貴女のギフトである〝全知全解の書〟に搭載された仮想人格です』
「仮想人格」
剣と魔法の異世界にあるまじき単語が来た。
『はい。〝全知全解の書〟の言葉通り、この世の全ての英知を記録しております。歴史、記憶、記録、技術、過去、現代、未来――何もかもです』
ですが、とメーティスは続ける。
『肝心の読み手が無能の場合、蓄えた知識も無駄になります。例えばマスターに設計図を見せたところで建築は不可能でしょう?』
「それは、まあ」
基礎的な知識すら知らないんだから。
仮に知識があったとしても、今度は知識を活かすための道具や技術で引っ掛かる。
骨子となる部分が無れば、どんな至高の作品もただのガラクタだ。
『正直で何よりです。それでもこんな子どもが私のマスターかと思うと先が思いやられますが』
さっきから何かチクチク言葉が飛んでくるな。
喧嘩かあ? 私のナックルパンチが火を噴くぞぉ。
私のナックルパンチが火を噴けばとんでもないことになるからね。
宇宙滅んでも知らないよ。シュッシュ。
『話を戻しましょう。つまり書の扱い方、そして蓄積された知識の手解きを行うことが私の役目となります』
「そ、そうなんだ」
「ギフトってこんなふうに喋るものなの?」
『禁則事項です』
平成のアニメオタクがキャッキャする言葉じゃん。
『今のマスターにその情報庫へアクセスする権利はありません。これは私の意思が介在する余地のない領域です。ましてやそれ以外の者の言葉なら尚更』
全知さんが全知しないのは、様式美だよね知ってた。
「ちょくちょくムカつく言い方するわね、本のクセに」
『ルーナ・アストン。八歳。身長125cm、体重25Kg。父、母、弟の四人家族。趣味は読書。しっき――』
「きゃああああああああああああーーーーっ!!」
顔を真っ赤にしたルーナは〝全知全解の書〟に飛び掛かった。
しっき?
「ア、アアアア、アンタ! 何いきなり変なこと言い出してんのよ!」
『真実ですが?』
「違うもん!」
そんなやりに苦笑していると、不意にサナキの腕に切り傷が見えた。
「サナキ、どうしたの、その傷?」
「え? 傷? わ、全然気付かなかった。いつの間に」
「葉っぱとかで切ったのかな?」
「まあツバでも付けときゃ大丈夫でしょ」
「適当すぎだよ……」
「ところで『しっき――』って何だろーね」
「さあ?」
「アンタたちは知らなくて良いっ!」