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03 運命との出会い





「行ってらっしゃい、お父さん」

「土産を期待してるね~!」


 村の出入り口から、隣町へ赴くお父さんたちを見送る。

 カラカラと音を鳴らす馬車の背が小さくなっていくのを認めると、サナキは悪戯が成功した子どものように笑った。


「ふっふっふ、ようやく行ったね」

「……本当に行くつもりなの?」


 はあ、と露骨に溜め息をつきながら問う。

 だけどテンションが高まったサナキには関係なかった。


「あったり前! 私はヴァリアントになるの! だったら早いうちから冒険を体験した方が良いに決まってるじゃん!」


 止めても私は行くからね! とサナキは言う。

 それはお父さんたちが隣町に出掛けると知ったサナキが立てた計画だ。

 いや、計画ってより思いつきの方が正しいかな。


 まずこの世界には、シーカーっていう職業がある。

 これは他のファンタジー世界で言うところの冒険者みたいなものだ。


 その上位互換がヴァリアント。


 ヴァリアントになるには年に一度開催されるヴァリアント試験を突破しないとダメなんだけど、その難易度は非常に高いと言われている。

 毎年、数十万もの人間が受験してるみたいだけど、その合格率は一割にも満たないんだとか。

 合格者が五人出れば豊作と言われる辺り相当だよね。

 死者数も三割はザラとか聞くし。

 毎年、数十万の三割だよ? こっわ。


 そんな危険極まりない試験だけど、それでも一行に受験生が後を絶たないのは、ヴァリアントになった場合に得られる恩恵が大きいからだ。

 それこそ命をベットするに値するくらい。


 私には理解の及ばない話だ。


 ちなみにヴァリアントとシーカーを統括するのが冒険者協会である。


 話を戻そう。

 要するに、保護者の目が無くなった隙に、ちょっと遠くに行こうぜ! ということだ。

 子ども特有の無鉄砲。

 親の言いつけを破るのは、スリルがあるもんね。

 分かるよ。私も前世で体験済みだ。


 だけど、それは平和な日本だから無事だった話。

 その日本ですら子どもが誘拐、行方不明になるニュースを聞くというのに、ここは異世界。

 村そのものが知人友人みたいなものだから誘拐は無いと思うけど、その代わりモンスターがいる。それに迷子の可能性も。


 だけどサナキの決意は固いみたいだ。

 止めようにもバリバリの野生児なサナキが相手じゃ、私の腕力じゃ振り切られるのがオチだし、誰かにチクったとしてもサナキの事だから尚更意固地になって冒険とやらへ突撃するに違いないし……。

 子どものバイタリティー怖い。


「分かった。私もついてく」


 だからまあこうなる。

 お父さんとは良い子で留守番するって約束したけど、見逃すのは違うしなぁ。


「お、さっすがアルフェリア。話が分かるぅ」

「サナキだけじゃ迷子になりそうだしね」

「迷子とかありないし!」

「ふうん、そうだと良いね」


 私がついて行ったところでモンスターと遭遇すれば一巻の終わり。

 餌が一人から二人に増えるだけだけど、これに関しては問題ないと思う。

 だって昨日、お父さんが近隣にいる危険性のあるモンスターを一通り狩ったばかりだもん。

 子どもが行ける範囲内は安全なはずだ。


「ルーナは連れて行かないの?」

「えー? ダメダメ。ルーナを誘ったら絶対反対にするに決まってんじゃん。ルーナには内緒だよ」


 うーん、見つかった場合大変そうだなぁ。



◇◆◇




 サナキが冒険に選んだのは、村の裏手にある森林だった。

 そこしか選択肢が無かった、とも言うけど。


「むっ、むむっ」

「さっきから何してるの?」


 柔らかく生い茂った下草をさくさくと踏み鳴らしながら、私は気になっていたことを尋ねる。


「しっ、大きい声は禁物。モンスターに気付かれたらどうするのさ」


 木剣を構え、右に左にと身を翻す謎の行為を繰り返していたサナキがこちらを軽く睨む。

 別に大きな声なんて出してないけど。


「見て分からない? モンスターを警戒してるの。いつ現れても良いように」

「そうだったんだ」


 正直、謎のダンスを踊っているようにしか見えなかった。


「いい? アルフェリア。モンスターはとても姑息な生き物なんだ。今も草木に身を隠して私たちを待ち伏せしてるかもしれないんだよ。ヴァリアントは警戒を怠った人から死んでいくんだから」


 そんな私の心情も知らず、サナキは講釈を垂れる。

 含蓄ある言葉に聞こえるが、もちろん聞きかじっただけだ。


「まっ、どんなモンスターが現れても私なら楽勝だけどね! なんたって私は、将来最強無敵のヴァリアントになるんだから!」


 サナキはハッハッハッと胸を張る。案の定だった。

 すっごいキレイに死亡フラグ立てるなぁ。

 こういうヴァリアントが、サイドストーリーで雨あられと死んでくんだろうね。

 冒険者協会でイキった数ページ後、ゴブリンに殺されるタイプ。

 その後もサナキは着実にフラグを立てていく。


「そこだーーっ! ずばーんっ!」


 と、木剣を草木に投げ(ウサギだった)、


「おーい! モンスターやーい! 私はここにいるよーーっ! 勝負しろぉーーっ!」


 煮えを切らしたように大声を上げる。

 二度とヴァリアントが何たるかを語らないでほしい。

 まだ将来の予定とか決まってないけど、サナキとパーティを組むのだけは止めておこう。

 この猪突猛進をどうにかしないと、確実にR15もしくはR18展開待ったなしだ。


 これが創作物ならサナキに大声に反応し、本当にモンスターが襲来するんだろうなぁ。

 瞬く間にピンチに陥り、あわやというところで力に覚醒。

 ドーン! とモンスターを討伐するのがセオリーだけど、前にも言ったように近隣の危険なモンスターは、お父さんが予め狩っている。

 サナキの大声は、森の中に虚しく響くだけだった。


「ちぇ、ちぇー。つまらんなー。こんなの冒険じゃないよー。私は強くなりたいのにー」


 こうやって森を散策するだけでも冒険だと思うけどな。

 こんな世界だから迂闊に外にも出られないし。

 日本で例えるなら、熊が出没する地域を木刀片手に徘徊するようなものだ。

 子どもでもSNSで叩かれるよ。

 お父さんのお掃除があったとはいえ、度胸試しには充分だろう。


「じゃあ、もう帰る?」

「やだ! もっと先に行く!」


 ズンズンと進む後ろ姿に、溜め息をつきつつ後を追う。

 しばらく歩を進めると、木々が途切れ、広場のように開けた場所に辿り着いた。


「うーん、こんなに歩いたのに全然モンスター出ない。どうなってるの~……」


 サナキはガックリと肩を降ろす。

 まあ結構な距離を歩いたからなぁ。

 お父さんも念入りに狩ったみたい。

 もしかしてサナキがこういう行動するのを分かってたのかな?


 ともかく、流石にそろそろ引き返さないと私たちの体力が持ちそうにない。

 そんなことを考えていると、不意にサナキがぶるりと身を震わせた。


「トイレ!」


 そう叫んだサナキが茂みに消える。


「よっと」


 丁度良いサイズの石を見つけ、その石の上に座った私は、自然と眼前にある大樹を見上げた。

 でっかいなぁ

 その大樹は他の木々より一回り二回りどころか、十倍はありそうだ。

 広場の中心で孤立したように生えている。

 栄養が足りなかったのか、緑生い茂る周りの木々とは違い、すっかり枯れ果ててしまっていた。


「なんか寂しいな」


 座ったばかりだが、導かれるように大樹の元まで歩み寄り、水分を失った樹皮に触れる。

 その瞬間、目を開けていられないほどの突風が吹き抜けた。


「わぷっ」


 反射的に顔を覆い、頭を下げる。

 風に舞う木の葉の何枚かが肌に貼りつくのが分かった。

 んええ。む、虫とか付いてないよね?

 普通にムリ!

 昔は簡単にセミとか触れたけど、今じゃもう恐怖の対象だ。

 でもカブトムシとクワガタなら触れそう。

 何なんだろうね、あの二匹の昆虫だけは別格と思えるのは。

 でも飛ぶのは勘弁!


 ……ようやく止んだかな?

 おそるおそる目を開けて――


「え」


 眼前には瑞々しい大樹が鎮座していた。

 目一杯に広げた樹枝には木の葉が芽吹き、淡い燐光を撒き散らしながら右に左にと踊っている。

 気のせい、かな……?

 ううん、どう見てもさっきまで枯れ木だったよね?

 え、と……幻覚でも見てるのかな? 


 何かの見間違いかと目を擦る。ブンブンと頭を振るう。

 すると、あら不思議! そこには最初に見た枯れ木が――やっぱり光ってるううーー!


 あまりに幻想的で美しい光景だけど、その感動よりも完全に驚きが勝っていた。

 私があんぐりと間抜け面を晒していると、大樹に芽吹いた木の葉の一枚がひらりと宙を舞い、目の前に降って来る。

 やおら手を差し出す。

 まるで示し合わせたように、白く柔らかな小さい手の平に収まった木の葉が光に変わる。


 キレイで温かな光だ。

 今度こそ私は美しさに魅入り、それを与えた大樹を見上げる。


 そこには――白銀の女神がいた。


 そう表現するしかない超然とした存在だった。

 その美貌と存在感に視線が、心が奪われる。

 翡翠の瞳に吸い込まれそうになる。

 今にも泣き出しそうに表情を悲哀に染め、桜色の唇がゆっくりと開いた。


『――――、――――――』


 だけど、その声は聞こえなかった。言葉を理解することは叶わなかった。

 そんなこちらの様子などお構いなしに白銀の女神は光の粒子へと溶けていき――またしても強い突風が巻き起こり、視界を遮ってしまう。 

 次に目を開けたとき、眼前の大樹は枯れ木へと戻っていた。


 な、何だったの、一体……?

 それに何か手が重い。


「本……?」


 私の両手には鈍器と見紛うほどに分厚く大きな本が収まっていた。

 え? いつの間に?

 と言うか、さっきの光景は何?

 これも異世界ならではの常識なのかな?

 それとも白昼夢?


 分からないことばかりの私は混乱しながら表紙に刻まれたタイトルを見遣る。


「全知、全解の書……?」


 ――これが私の運命の始まりだった。




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