プロローグ・ミカル
『あのねせんせぇ、ゆめをみたの。
とってもとってもかなしいゆめ』
とても遠い優しい記憶。
聖女選定日、幼かった日のことを思い出した。あの時、頭を撫ででくれた先生の手は、とても温かくて優しかったし、あの夢はとても悲しかった。夢の内容をほとんど覚えてはいないのに、なぜか胸だけが異様に苦しくなる。どうにもなるわけではないのに、気がつけば右手で自身の胸元をくしゃりと掴んでいた。きっと緊張もあったのだろう。何せ今日、聖女候補が決まるのだから。
この世界は二つの種族が支配している。
人間と魔族。この二つの種族の間で世界は分断されていた。人間は霊力を体に宿し奇跡を起こす。魔族は魔力を操り思うがままに生きた。そんな二つの種族が同じ世界に生きるにはお互いに力が強すぎた。今では、始まりを知らぬ者ばかりが何の疑いもなくお互いを敵とみなして争いを続けている。
「ミル、ドキドキするわね」
前に並んでいたサーシャが可愛らしくソワソワしていた。振り返って小声で話し始めたので私も耳を近づけサーシャの言葉に集中する。
「私、霊力が、弱いからきっと聖女候補には選ばれないけれど、成績をみてもらえたら神殿で働けるかもしれないわ」
「そうだね」
そう言ってうきうきと前に向き直っていったサーシャの背中を眺めた。
ーーー聖女
この世界の半分を占める魔族の国々に隣接する人間国の一つクレイヒ王国。この国には聖女という称号が存在する。百年に一人だか千年に一人だかで現れる特別な霊力をもった女の子。いつ生まれるか、誰から生まれてくるかの法則性は全くなくいつの間にか、どこかで誰かしらから生まれてくる。そして、その力を持った者を探し出すために行われるのが聖女候補の選定日だった。
今年15歳になった少年や少女たちが特別なガラス玉に触れていく。触れた瞬間、ガラス玉はその者が持つ霊力の特性を表す色の光を放つのだ。光の強さは、霊力に比例し、強ければ強いほど光もまた眩いほどに輝く。普段から自分の特性は何となく分かれど、これほどはっきりと特性と強さを目視できる機会はなかなかない。今後の進路にも影響する為、聖女候補の選定といえども、男の子たちもたくさん来ているのだ。
いよいよ、前に並んでいたサーシャの番が来た。サーシャは養護院で一緒に暮らしている明るく賢い女の子だ。そんなサーシャがガラスに触れるところを後ろから覗き込むと、淡いオレンジ色の光が溢れ出た。暖かくてひだまりみたいな光の色はサーシャそのものを表している様だった。
「君は火属性で霊力は中級未満といったところだろう」
「やっぱり...」
神官の言葉にサーシャが呟いた。
「希望先はあるかい?」
「神殿希望です」
「では、書類を持ってダリアの扉に進みなさい」
「はい」
ある程度の説明を受けたサーシャは振り返り小声で、またあとでね、ミル。と可愛らしいウインクをして教えられた扉に向かって行った。
「つぎ、ミカル・アルタニア」
「はい」
名前を呼ばれて前にでた。最後尾に並んでいた私が今年最後の一人になるらしい。用を終えた人達が周りにちらほらいるけれど、皆ある程度鑑定を見てきたからか、もう興味はなさそうだ。
ガラス玉の前に立ち、手を翳した。
一瞬にして黄金の光を放ったガラス玉は割れた。会場は一気に静まり返りその後はあっという間に時間が過ぎていった。聖女候補として神殿へと連れられ学びそして...
ーーー私は、聖女となった。
実感は湧かなかった。
神殿の中枢、祭壇で聖女として初めて祈りを捧げた時、全てを思い出すまでは。
悲しい過去だった。
無垢なあなたに色をつけたの。無知な私が。
こうして始まった悲劇が今も貴方を苦しめている。思い出してよかった。忘れてはいけないの。だってあなたがずっと苦しんでる。
でも思い出したくなかったの。だって今の私に何が出来るの?私の力は貴方の傷にしかなり得ない。でも思い出してしまったから。だから、私は貴方の元へ。
それは、ずっとずっと昔。まだ人間と魔族が争いを知らないころ。
魔王の一人、クローネスの娘だった私は幼く無知だった。
「おとうさま。人間を拾ったの」
「またか、リュリュ。お前はなんでも拾ってくるな」
またかとは失礼な。たしかに、魔物や動物、岩や木、なんでも拾って帰るけれど、人間を拾ったのは初めてだ。
人間の国との境にある森で遊んでいるとき一人の男の子を見つけたのだ。彼は痩せっぽっちで耳も尖ってなかったけれど、真っ黒な髪色は夜空のように綺麗で、瞳だって月みたいに暖かい色をしていた。夜空が大好きな私は宝物を拾った気分だった。
「これ、飼ってもいい?」
「だめだ。戻してきなさい。いらぬ争いを生むだけだ」
「でもこれ、汚いよ」
体は傷と泥だらけで服もボロボロだ。
きっと捨てられてたに違いない。
誰かがいらないものなら拾った私がもらってもいいのではないか。
「まぁ、確かに...汚いな。リュリュ、よくそれを拾ってこれたな」
「まあ、失礼しちゃう。おとうちさまよく見て!これ、こんなに綺麗な顔してるのよ!この汚れを落としてたくさんご飯あげて大事に育てたらきっと、きらきらの宝石みたいになるわ」
なんだかんだ言っても私に甘かった父は呆れたように笑って私の好きなようにさせてくれた。
「ねぇ、ルゥ。いっぱい食べないと大きくなれないよ?」
おとうさまから許可をもらって以来私はこの子のお世話を頑張った。まずはお風呂に入れてあげて...と、いっても流石に私が入れるのはダメだと召使いが止めるからお風呂だけは召使いに任せて、服を選んだりご飯を食べさせてあげたり、私はいっぱいお世話をがんばった。名前だってつけてあげたのよ。名前はルカ!素敵でしょ?だってルゥったら名前を教えてくれないの。名前がわからないんじゃお話しする時に困るでしょ?だから、私が名前をつけてあげたの。『あなたの名前はルカよ。でもそのままじゃあ仲良しになれた気がしないからこれからルゥって呼ぶね』そう彼に告げればわずかに口の端を動かして不器用に笑ったのだ。ずっと無表情だったルゥが。美味しいご飯をあげたって、暖かい服を着せてあげたって、大好きな絵本を読んであげたって、何ひとつ表情を動かさなかったルゥが笑ったのだ。私は味わったことのない達成感と幸福感に包まれた。そして本当にルゥは私の宝物になったのだ。あの日見つけた汚れた原石は洗って磨いて眩しいくらい素敵な宝石となった。
「ルゥ、これ美味しいお菓子なの!はい、あーん」
「ルゥー!遊びに行きましょ!!今日は東の湖までいくわよ!!」
「るぅ、聞いてぇ。この前買ったお気に入りのドレスがコウモリにいたずらされてたのよ!もぅ私すごく怒ったの!捕まえて檻に入れてお説教していたら鉄格子の間からすり抜けて逃げちゃった」
「ルゥ、どうしたのどこか痛いの?」
「ルゥ、眠たいの?休む?」
「ルウ、お腹空いてない?」
「ルゥ寂しくない?」
「ルゥ寒くはない?」
「ルウはどうしてほしい?」
「ルゥ...大好き!」
「ルゥ」
「ルゥーーー」
大切に大切に育てたの。幼い私は気がついてはいなかったけれど、今思えばあれは...あの頃には芽生えていた小さな恋心だったのかもしれない。彼は口数が少なかったけれど、時折見せる微笑みとどこまでもわがままに付き合ってくれる優しさと、ずっとそばにいてくれる心地よさと...彼の存在がたまらなく心をくすぐって私の毎日はキラキラに輝いていた。
そうして月日は過ぎた。
魔族の寿命はとても長い。生まれてからの成長速度は人間と変わらないが、成体まで成長するとそこからは時が止まったと錯覚するかのように体の変化が緩やかになるのだ。300歳を超えた伯母はまだまだ若く美しい。けれど、人間は違う。人間は短命だ。生きて100年といったところか。成体となった私とルゥ。人間でいえば私は18歳頃だろうか。人間の国にお忍びで行くことがあった私は同じ年頃の人間の友達がいた。もちろん正体は明かしていない。耳も魔法で丸くして、目立つ白銀の髪と赤い瞳を栗色に変えて、そうして人間のふりをして遊びにいくのだ。だから人間の年齢と見た目の比例を私はだいたい知っている。
出会った頃は同じ年くらいの見た目だったルゥは着実に大人に成長している。身長もとっくに越されていた。まだ幼さが残る私に対して人間のルゥは大人になっていく。ずっと変わらずそばにいてくれるけれど、置いていかれてる気分になって寂しかった。大人になっていくルゥは本当にかっこよくて綺麗で...彼への独占欲で私以外の誰の目にも触れさせたくはなかった。だって私がここまでルゥを育てたのよ。大切な大切な宝物だもの。でもそんな訳にはいかない。ルゥは無口だけど、全く喋らないわけじゃない。拾って、しばらくしたころルゥは自分にも仕事をさせてくれと言ったのだ。私はそんなことしなくていい。だってあなたは私の宝物で私に飼われていればいいのだと何度も説得したのに、彼は納得してくれなかった。仕方なく教養を身につけてもらうことから始めてみたが、仕事から戦闘訓練まで、彼は瞬く間に様々なことを吸収していった。そもそも教養はもともとあったのではないかとも思う。今では優秀すぎるほどにまで成長してしまった私のルゥ。流石に魔力を持たない人間のルゥに魔法は教えてあげれなかったけれど、彼から滲み出る魔力とは違うその威圧感に恐らく強い霊力を保持しているだろうとは予想している。ただ、彼の胸に違和感もあるけれど…
そんなどこまでも優秀な彼は私の護衛兼世話係になっていた。私がお世話をして大切に育てたのにいつの間にか私が世話をされるようになっていたのだ。なんだか悔しいような寂しいような気もするが、それでも常に彼と一緒に居ることができるとなればその他のことなど些事だった。けれど、やっぱり引っかかることもある。私の成長は緩やかになった。けれど、彼の成長は止まらない。しかも当時は同じ年頃だと思っていたが恐らく私より少しばかり年は上だったのだろう。痩せっぽっちだからきっと幼く見えたのだ。この世に生まれて18年。やっと成体となってこれから大人の魅力を身につけなければと思ったころには彼はもう十分過ぎるほどに魅力的な成体になっていたのだ。先に成長していくルゥ。どんどんかっこよく、魅力的に、妖艶になっていくルゥへの焦りが生まれたのはいつからだったか。
私の護衛兼世話役となったルゥは私以外と接しないなど不可能なのだ。彼には彼の仕事がある。だから、もう何年も生きている魅力的な女性が、彼のそばにいるだけで私の胸はちくりと痛み出す。あまりにも自分が幼いような気がして...ルゥに置いていかれているような気もして。本当は彼の成長を私達と同じようにすることもできる。私の血を彼に飲ませればいい。たった一滴だ。たった一滴で彼の霊力を魔の力に染め上げることができる。けれど、それは彼の意にそぐわないかもしれない。それに私はルゥの全てが好きだ。人間である事も含めて。
だから、この虚しさと寂しさは気づいてないふりをするの。私はこんな気持ち知らない。だってそうしないとすぐに弱虫の顔になってしまうのだもの。ルゥは聡いからすぐに私の変化に気づいてしまう。でもこんなこと言ったって彼を困らせるだけなのだ。昔の、出会った時のルゥを思い出す。彼は汚れていただけじゃない。体も心も傷ついていたのだ。彼の口からは聞いたことがないけれど、あの時月のように暖かな光を放つ瞳の奥は明らかな絶望と哀情を宿していた。あの時はそれがどうしたと思っていたけれど、彼が、私の宝物となった今その表情を思い出すたびに胸が締め付けられる。ルゥに悲しい顔をさせたくはないの。あなたの少し分かりずらい微笑みが好きよ。あなたの温かいその柔らかな瞳が好きなの。優しいあなたは私が辛い時いつでも一番に気がついて悲しそうに目を細めるの。だから私はあなたの前では常に笑ってなければ。
そんな事で悩めていた頃がいかに幸せだったか思い知らされるのはそう遠くはない未来だった。
それはルゥと人間の国へお忍びで出かけた時だった。
国の境の森をもうすぐで抜けるというところで当時彼を拾ったのもこのあたりだったなぁと、その懐かしさで心が満たされていた。
その瞬間、隣を歩いていたルゥが突然私の腕を掴み引っ張った。それと同時に前方からまばゆいばかりの黄金の光がこちらへと向かってきたのだ。ルゥは咄嗟に私を後ろに隠し霊力で結界を張ったがそれも虚しく私たちはその光に捕らえられたのだった。こんな時でも、とっさに守ってくれたルゥがかっこよかっただの、ルゥはやっぱり霊力をきちんと使いこなす事ができたのねと感心したりだの、どこまでも呑気な私はほんとは現実逃避をしたかっただけかもしれない。
私たちを囲った光が消え、ようやく目を開けると私たちは神官と思われる人間たちに囲まれていた。足もとには何やら術式のようなものが描かれており、足からチリチリとした痛みが走る。
あぁ、良くないものだ。
それを肌で感じる。これは魔族にしか効かないものだろうか。人間の彼にはこの痛みは無いのだろうか。無ければいいなと思う。ルゥが痛いのは嫌だ。だって彼は私の大切な宝物だもの。
神官達が私とルゥを囲んでいる中で一人異様な存在感を放っている人物が正面に立っていた。白いふんわりとしたドレスを身につけて優しく微笑む人間の女。いかにも清いその姿はおそらく....聖女。
「エリオル」
知らない名前を女が呼ぶ。
「立派になったわね」
その声が耳に届くたびに肌が泡立つ。
「よくやったわ。エリオル。私の可愛いエリオル。」
その女の目に届かぬようルゥが私を背に隠す。隠れてしまえるほど、いつのまにか大きくなったルゥ...
「エリオル。さぁ、戻っていらっしゃい」
なんだか、分からないけれどこれが良くない状況なのは分かる。おおよそ初めてだろう恐怖という感情が胸を支配してくるのを感じた。
「さぁ、ーーー来なさい」
その瞬間ルゥが呻き声を上げてその場に膝をついた。苦しそうに胸を押さえている。
私も慌てて床に膝をつき苦しんで蹲る彼の背中に触れた。呼吸が荒く背中が上下に大きく動いている。私は、そんな苦しむ彼の背中を撫でることしかできない。ルゥが苦しいのは嫌だ。ルゥを助けてあげたい。でも、私ももぅ長くは持たないだろう。下に敷かれた術式から力が抜かれていく感覚がある。どんなに魔法で防いでも次から次へと覆い被さるようにして着実に術式に吸い込まれていく感覚。どうしよう、ルゥを助けたいのに...
「ルゥ..ど、、こがい、たい?ルゥ、、、?」
声をかけたくても上手く言葉が出ない。
こんな事になるなら真面目に攻撃魔法を勉強しておけば良かったな。ルゥがいつもそばで守ってくれてたから要らないと思って油断してた。
「ルゥ.....」
ただ彼の名を呼び背中をさすることしか出来ない。
「まぁまあ!そうなの!さすがエリオルだわ。その女に気に入られていたのね。あぁ、偉いわエリオル。これで私の願いが叶うのよ。私は永遠の若さを手に入れるの。あなたを魔の国へ送った甲斐があったわぁ。まさかあなたがこれほどまでに仕事をしてくれるだなんて...。あとでご褒美をあげなくちゃね」
女が何かをほざいている。
でもそんなのどうでも良くて...ルゥが苦しそうなのが嫌で助けてあげたいのに何も出来なくて...
「ご、、、さ、、い」
その時、苦しそうにしているルゥが何かを話した。私は慌てて彼の顔へと耳を近づける。彼の言葉を聞き逃してしまったことが悔しい。けれど体は言うことを聞いてくれなくて鈍い体が煩わしい。
「な、に?ルゥ。ど、うしたの」
「ど、、こが、い、、たいの?」
「わ、わたしは、、ルゥにな、、にをして、、あげれ、、る?」
あぁ、言葉がうまく話せない。
ルゥ...
「ご、めん、、なさい。僕はあなたの敵、、だ。あの、時あなたと出会ったのは、必然で、、僕はあちら側の、、人間だ」
ルゥが、泣いてる。
彼の涙を初めてみた。
「僕は、、こんな僕を大切にしてくださった、、あなたの命を奪うためにあなたと出会った。あなたが守って育ててくださった命なのに、!!あなたを守れない!!」
叫ぶような吐露に胸が張り裂けそうだった。彼がこんなにも泣いている。
「ルゥは、、わ、たしの命がほしいの?」
彼は返事をしてくれない。ただ髪に隠れて微かに見える俯いた横顔から滴り落ちる涙に何でもよくなってしまうのだ。
力が入らない体を引きずり、何とかルゥの正面に移動して彼の頭を撫でた。腕に力を込めてその柔らかな髪を撫でていく。そうすれば、彼はゆっくりと顔を上げて私を見てくれる。大好きな月色の瞳が涙で濡れている。
震える手を何とか動かして彼の頬に伝う涙を拭った。なんて冷たいんだろ。寒いのかもしれない。ルゥは寒いのがあまり得意ではないのだから早く暖かいところに連れて行ってあげたい。
唇を噛んだのか、その薄い唇に血が滲んでいる。ルゥが痛いのは嫌だ。はやく治りますように。涙を拭った手をそのまま滑らせて彼の唇を撫でた。ルゥは私の顔を見たまま目を見開いて固まっている。そんな顔が可愛らしくて私はクスリッと笑った。
「いい、よ。ルゥが助かるなら、あげる」
でもね、そう言って唇を撫でていた手をさらに滑らせて彼の首にやり、僅かにのぞいていたペンダントを指に引っ掛けて取り出した。少し長めのチェーンには、いつの日か彼にあげた赤い宝石が埋め込まれたペンダントトップがついている。私の瞳の色をずっと身に付けてくれていたことを知っている。それだけで充分だった。彼がどんな感情を私に抱いているかはわからない。けれど、幼い私があげた石をずっとつけてくれているのだから、きっとそんな悪い感情ではなかったと思うのだ。
唇を少し噛んでその赤い石に口付けた。
滲んだ血に魔力と術を編んで流し込む。誰にも悟られてはいけない。だからほんの一瞬。ほんの一瞬でその石に力を封じ込める。彼への想いをのせて。
残っていた力を注ぎ込んでしまった今もう下から這い上がってくる術式に抵抗する術がない。力尽きて彼の方に体を預けた。不意に手放された、彼のペンダントが彼の首元で揺れている。それをみて無気力な体に反して湧き起こる感情がひとつ。
「リュ、リュ様...」
しんどいだろうに、ルゥは私を支えて抱え込んでくれる。そんな彼の耳元で彼への言葉を紡ぐ。
「あ、のね、ルゥーーー」
このペンダントに私の力を入れたの。
貴方にだけにしか、効かないものよ。
貴方が望むならこのペンダントに口付けを。
そうすればルゥの霊力は私の魔力に染まり貴方は魔族になれるの。でもね、それはルゥが決めてね。どちらの世界でも生きてきた貴方だから、きっと悩む日が来ると思うの。でもね、貴方はどちらでも生きる権利があると思うわ。貴方は自分は向こうの人間だと言ったけれど、こちらの生活を気に入ってくれていたことが嘘ではないことくらい私にだってわかるのよ。だから、あなたが好きなように選んでね。ルゥ、貴方は自由よ。好きに生きて幸せになってね。あ、でもね、好きに生きて欲しいけれど、怪我やあなたが苦しくて悲しいことはしないでね。ずっと笑っていてほしいの。だって...
私の宝物だもの。
「ねぇ、ルゥ...愛してる」
そうか....
この胸の疼きは恋で、この込み上げてくる思いは愛おしさだったのか。
私はあなたを、ルゥを愛していたんだね...。
言葉にして初めて自分の感情に気がつくなんてほんと私はどうしようもない。
それでも、ルゥがこれで助かるのなら私の命をあげる。私の大切なものはルゥに託した。だから、あの女にやるものなんて何もない。この力も想いも彼に託したのだ。
我ながら嫌な女だなと心の中で苦笑した。残された彼に自分の跡を残していくんだもの。どうしようもない独占欲だ。まぁ、それも何も話してくれなかったルゥへの意趣返しだと思えばちょっぴり面白かった。
ルゥが泣いてる。何かを叫んでる。きっと私の名前を呼んでくれてるのだ。でも、もう音も聞こえないから残念。泣いてる彼の涙も拭ってあげれない。ごめんね、ルゥ。
こうして私は大好きだった彼の腕の中で目を閉じたのだった。
思い立って久しぶりに新しいお話始めました。
読んでくださってありがとうございます。
のんびり更新していけたらなと思います。
よろしくお願いします。