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四話 母の幸福

 アキナは、それからナツナ以外の子どもを育てることはしなかった。

 彼女はナツナが大人になると、母を引退した。

 俺はそれからもう一人女の子のミズキを育てている。

 すでに十八となり、彼女と過ごせるのも後二年ほどだ。


「ママってさぁ」

「うん?」

「ママ辞めたいって思わない?」


 ヘッドフォンで音楽を聴いていると思っていたミズキが訊いてきた。

 俺は洗濯物を畳みながら、答える。


「思う時はいっぱいあるよ。でも、なんか……今はなんでか辞めたいとは思わない」

「今はってことは、辞める時が来るかもしれないってこと?」


 いつの間にかヘッドフォンを置いたミズキは、俺の横で洗濯物を畳み出した。


「ママはなんでママになりたいって思ったの?」

「うぅん……母さんが、好きだったからかな」


 俺達の母であることを捨て、好きなことを選んだ母。

 それでも、その生き方に俺は憧れたのだ。


「ママ、あたしがママになることを選んだら、反対する?」

「えっ?」

「あたしもママが好きだもん」


 ミズキは照れ臭そうにちらっと俺を見た。

 俺は、自然と頬が綻び、ぎゅぅっと娘を抱き締めた。


「ミズキィ! 君っていう娘はぁ!」

「あぁ! もう! 調子に乗らない!」


 俺の頬をぐっと押し返す力は、年々強くなっていく。

 子どもはいつだって、俺を置いて育っていく。


 寂しいような……嬉しいような。


 母の気持ちを知ってか知らずか、ミズキはさっき聴いていた音楽がダウンロードされている端末を俺に見せた。


「それに、このひとの子守歌も好きだから、子どもに歌ってあげたくて」

「子守歌?」

「ママ知らないの? 最近の流行りもちゃんと抑えとかないと、次の子どもを育てる時、話題に困るよ」


 十八ともなれば、子ども自身ももう母が次の子どものことを考えなければならないことを知っている。

 俺にヘッドフォンを付けて、ミズキは曲を再生した。

 聴こえた歌声は――


「……ッ⁉」


 まさにその声は、幼い頃に聞いていた母の声だった。

 驚いて声の出ない俺に、ミズキが心配そうな顔をした。


「どうしたの? ママ?」

「えっ、あ……うん、素敵な歌声だね」


 俺の賛同に、ミズキは嬉しそうに「でしょぉ!」と声を上げた。


「でも、病気らしくて、もうこのひとの新しい子守歌は聴けないんだよね……」

「え……?」


 俺と母の再会は、これで最初で最後になった。

 母が亡くなったことは、翌日のニュースに取り上げれていた。


 母は、最期までしたいことができたのかな……?


 孝行したい時には親なし、という言葉があったと教科書で読んだ記憶がある。


 俺は母に何か孝行ができたのか?

 できることがあったのか?


 ミズキの弁当を作り終えた俺は、次のニュースを流す端末を見詰めながら思っていた。


「ママ! もう! 起こしてよぉ! もう!」

「何回も起こしたよぉ」

「二桁は起こしてないってことよね? もう!」

「牛さん、はよ行っておいで。朝ごはんも弁当で作っておいたから、一限目が終わった後にでも食べたら?」

「ママ! 神ぃ~!」


 あと半年で高校生活が終わるというのに、この娘はいつになったら寝坊をしないというルールを覚えるのだろうと俺は苦笑して、慌ただしく出ていく彼女を見送った。

 そういえば、俺が子ども頃、一番の寝坊助は母だった。

 夜の内に弁当と朝ごはんを作っておいて、朝はその時の一番上の子に任せていた。


 あのひと、つくづくお母さんじゃなかったなぁ。


 思い出して、笑いが込み上げてきた。

 電話が鳴った。

 それは施設からで、次の子どもを育ててほしいという依頼だった。

 俺は――


「はい、喜んで」


 一か月後には、ミズキに弟か妹ができる。

 どっちでもいいから下の子と一緒に住みたい、と彼女も言っていたから喜ぶだろう。

 俺は電話を置いて、ミズキの置いて行った端末を操作し、音楽を流す。


 母の子守歌を――


 そして、母として朝の掃除から始めるのだった。







 ~Fin~

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特の世界観のお話でありながら普遍的なものも感じられて、読んでいて引き込まれました。 特に最後の子守歌の場面の、シュウジ君の心の動きにグッときますね。 もっとこの世界について知りたくなりま…
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