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一話 母の引退

「お母さん、明日でお母さんを引退するわ」

「……はい?」


 母からの衝撃的な告白に、彼女の十番目の子どもである俺は、目を丸くした。


「いいでしょ? 一番下のあなたも、明日で大人になるし」

「い、いや、別に悪いとは言ってないけど……」


 母がそうしたいのなら、そうすればいい。

 母のただの子どもである俺達が、彼女の主張に文句は言えない。


 でも、なぜだろう。


 少し……なんだか……


 母は、煮え切らない俺の何かに気付いたのか、くすっと笑った。

 俺はムッとして、顔を逸らす。


「引退して、何かすんの?」

「別に、考えてはいないけど。歌手なんてどう? あなた達を育て上げた子守歌、売れると思わない?」

「そんなの、他のお母さんもできるよ」

「もう! あなたが一番好きって言ってくれたじゃんよ!」


 今度は母がむぅっと頬を膨らませて、そっぽを向く。


 このひとはいつもこんな感じだ。


 お母さんなのに、誰よりも自分がしたいことをするひとだった。

 きっと今までは、お母さんが彼女の一番したいことだったのだろう。


「他にしたいことがないのに、引退すんの?」

「探したいの、したいことを」

「それが今したいことなんだ」

「そう」


 母といっても、産みの親ではない。

 ここに母体から産まれてくる人間はいない。

 人間のみ、自然の理が消え去ったのだ。

 それは、クローン技術が完成した日だという都市伝説があるが、未だに解明はできていない。


 しかし、種の繁栄への執着と残ってしまった母子の関係。


 その曰く付きのクローン技術で生まれた命は、五歳になったら母という国家資格を取った者に二十歳までの十五年間育てられる。

 それまでは施設で同期と過ごすのだ。

 みんな、そうやって今の時代を生きている。


「そもそも、なんでお母さんをしたかったの? なんだかんだ、結構自分のしたいことを制限されんじゃん」


 母は多い時、七人の子ども達に囲まれていた。

 俺が彼女の子どもになった時でさえ、二人の兄と一人の姉がいた。

 お母さんが同じ子ども達は、兄弟姉妹として登録されることも残った関係性だった。


「うぅん、確かに辞めたい時はいっぱいあった。でも、なんかねぇ……まだ辞めたくなかったの、あの時は」


 母はもうすぐ還暦と呼ばれる歳になる。

 俺が物心がついた頃に見た彼女からはかなり皺と白髪が増え、肉体もほっそりしてしまっていた。

 それでも、彼女の仕草は二十歳そこそこの女性のようにも感じられる。


「楽しかったわ。本当に、ありがとう」

「ちょっと……明日までは、まだ俺はあなたの子どもなんですけど?」

「辞める選択肢があるって、でもいいわよね」

「へ?」


 この世界の母は辞めることができる。

 しかし、一度引退したら二度と母に復帰することできないし、育てた子ども達に会うことはできても母として俺達と思い出を共有することはできない。

 十五年分の母と子の思い出を話せない関係になれば、会えても苦痛になるようで、自然と会わなくなり、関係は消えていく。

 でも、これはこの時代の理だった。

 母の引退だけでなく、育てられる時期を過ぎれば勝手に親子関係はないものと思う子どもも多いためか、親子という関係がない人間はこの世界にいっぱいいる。


 俺も、その一人になる……



「シュウジ」


 母に付けられた名前を呼ばれて、俺はまた母の顔になった彼女を見た。


「なんだよ? 人の顔をじろじろ見て」

「もう、最後まで憎まれ口叩くのは、あなただけだわ」


 そう言って、母は「夕飯、作るわね」と言って立ち上がった。

 母はいつだって、俺の好きなものを栄養バランスを考えながら作ってくれる。

 今日は、材料からしてカレーのようだった。

 テーブルの向こう側にあるキッチンから幼い頃によく聴いた子守歌の鼻歌が聞こえてくる。


「母さん」


 思わず呼んだ俺に、振り向いた母の顔が今でも忘れらない。


 あんなに寂しそうな母さんを、俺は母さんの子どもになってからはじめて見たのだから……

お読みいただき、ありがとうございます!

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