二人の秘めごと
『娘の孝行の動機は、君を想うため』だと、囁くのだ。
胸の鼓動が大きく高鳴っていく。ギルの声に一層耳を傾け、集中する。
宿屋のギルが自分に向けて放つ、秘密裏に進める話だと。
オニョが店の外で待機する状況から、心理的にそう思ったに違いない。
『ゴクン……』不覚にも唾を飲み込む音を漏らしてしまい、思わず頬を赤らめた。
バスケとギルは向き合いながら、耳がくっつくほど顔を近づけていた。
ギルは、バスケの返した言葉に返事はせず一泊置いて、再び話し出した。
「──年頃の愛娘を、下働きの者と同様に店で働かせるなどできるはずもない」
「……は、はい」
ギルの口調は穏やかだった。バスケはごもっともな意見だと頷いた。
あの調子で店先に立たれては宿の信用が下がり、信頼が減ると言って置きながら、どうも本音はこちらのようであった。
この道具屋のように経営不振にある訳でもなく、大繁盛している。
未成年の家族を手伝いに使う必要性がないのだ。
だが、バスケの場合はそれだけの理由が発生しているというわけだ。
じっと受け身になりながら、ギルの耳打ち話に緊張を隠せないバスケ。
「私がここへ毎日のように通い、まとめ買いをしていることは……メルさんにはずっと内緒のことだよ、バスケ」
「……はい」
なんと! 道具屋の主人メルには内緒で援助を受けていたのだ。
詰め寄り、ひそひそ話を始めるから何かと思えば。二人は秘め事を抱えていた。
思い返すように二人は。
「彼は職人気質な男だから、そこまでの施しを受けるぐらいなら店を畳むと言いかねなかった」
「俺は店を潰して欲しくなくて、必死に手伝いを申し出た──」
「──残念だが道具の取り扱いにも資格がいる。何もない君の手伝いぐらいで商売が軌道に乗るほどこの世は甘くないとあの時、私は言ったんだ」
沈黙などはなく。
「それが悔しくて、溜らなくて、夜を通して泣きましたよ」
バスケは想い出すように、落ち着いた口調で言葉を継いだ。
「私たちが多少のカンパという体で施すことは、メルさんも受け入れてくれた。家族のために商売人のプライドを少しばかり曲げてね」
つまり、家族交流のあった宿屋のギルが援助への説得を試みて、一応のもと、メルの同意は得られたということになるのか。だがなぜ、毎日のように物を買いに来るようになったのか。
先ほど支払った代金の額は、かなり大きいものだ。
それを毎日なら、三人家族で裕に遊んで暮らせる額になる。
いつからか分からないが、バスケが哀れになり、入金額が度を越してしまったのだろうか。
いや、それは違うだろう。
そうなればギルがバスケに囁いたように、メルのプライドで店を畳む結末を迎えることになる筈だから。
しかし──。
この過剰な援助はいったい何の為になされているのか。
そもそも、メルには内緒だと言う点が気にかかる。
これから第三者の介入があればこの気がかりは解消に向かうのか。
「父さんも、そこまで頑固じゃないですけど。……この取引は打ち明けられない」
「もちろんだ……それを打ち明けるなど、とんでもない。──苦労して取った資格だものな。魔法界への出入りも叶ったことだし。誰にも知られてはならないぞ」
道具屋の息子バスケと宿屋の主人ギル。
親に内密にしながら商売に手を出しているのか。その為の資金援助か。
なぜ、そうまでして子供のバスケが商売にのめり込まねばならないのだろう。
魔法界? それに資格を取ったとか。
大人社会ではないか。ギルの助けを借りてバスケは、社交の場に出ているのか。
二人だけの秘め事が数年の間、続いていたというのか。