親密度
これまでに、こんな経験がないことを脳内の神経に問いかける思いで記憶の中に目をやった。
バスケの目が見る見るうちに遠くを見る。
焦りを振り切るように目に力を戻し、我に返った。
そして首を小さく横に振った。
どうやら、ギルが娘のことで詰め寄ってきた記憶は見つからなかったようだ。
「自分もバスケの気持ちと同調したくて、家の手伝いをすると聞かないのだ。だが──」
オニョが自宅で親に見せている我がままを、ギルがこぼしてくる。
なぜ急にそのような話題に入ったのか。思い当たることもないようだ。
ギルはどんどん話をし続けていく。
「あの……宿に戻らなくていいのですか」
バスケが目を伏せつつ、ギルにそう問いかけた。
続きを聞きたい気持ちもある。聞かなければ失礼にもなる。
そう思いつつ。
もしかしたら、商売のノウハウを苦労もせずに入手しようとしたから、腹を立ててしまったのだろうか。毎日のように買い物援助がある。暮しには困らないでいる。
それなのに金を儲けようとしたから、縁を切られるのではないか。
その為の話かも……オニョがそうなるのも自分のせいだという話なのかも知れない。
不安が頭をよぎって、店に帰らなくて良いのかと言葉を添えたのだろうか。
様々な思いが頭の中を駆け巡っているようだ。
ギルの言葉が進むたびに、バスケの唇はかすかに震えていく。
額には、じわっと汗が滲む。
ギル家との関わり方が変わるのでは、と。
そんな予感が彼を包み始める。
良い方向へと進むのか、別なる方向へと向かうのか。
ドギマギと。
目を見開いた彼の表情がそれを物語っていた。
同時に、不思議とギルとの親密度はグンと上昇しているのを感じていた。
『ここだけの話。君にだけ打ち明ける』──娘を外で待たせて、娘の胸の内を彼女に内緒でその父親からそっと告げられたのだ。
『娘の孝行の動機は、君を想うため』だと、囁くのだ。
胸の鼓動が大きく高鳴っていく。
ギルの声に一層耳を傾け、集中する。
宿屋のギルが自分に向けて放つ、秘密裏に進める話だと。
オニョが店の外で待機する状況から、心理的にそう思ったに違いない。
『ゴクン……』不覚にも唾を飲み込む音を漏らしてしまい、思わず頬を赤らめた。
バスケとギルは向き合いながら、耳がくっつくほど顔を近づけていた。
ギルは、バスケの返した言葉に返事はせず一泊置いて、再び話し出した。
「──年頃の愛娘を、下働きの者と同様に店で働かせるなどできるはずもない」
「……は、はい」
「それにオニョに店先に立たれたら、せっかくの客を逃がしてしまいかねない」
「ごもっともな意見だ」とバスケは首を大きく縦に振った。
「客の目に露骨なほど高価な物をチラつかせるでな、娘は」
高額プランばかり客に推す。早く金を出せとせがむようで、地道な努力をしないという意味だろうか。
先程も属性矢を道具屋の店先に置こうとした。
仮に客がそれに目を止め、購入を決めれば、他の安い商品まで金子が残らず、安い傷薬は売れ残る可能性がある。
属性矢は攻撃の火力が大幅に上がる為、敵を片す速度があがる。
結果的に回復薬の使用頻度が下がると客が認識し、買い過ぎず節約に努めるだろう。
「オニョも、お金が好きなんですかね」
「いや……うちでは何でも買い与えるから、小遣いなど強請られたことはないさ」