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流浪の獄/2番街の秘宝  作者: ゼルダのりょーご
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理由ありのオニョ

 ◇六話:理由ワケありのオニョ



『それじゃ、いつものやつを』と、商品の陳列棚に顔を向け、眼差しで合図を出すギル。


 ギルの合図とともにバスケが傷薬の棚の前に移動し、商品を手にする。

 

「えっと……飲傷薬ポーション、五十個で二千五百ギアになります!」


 指定の商品をたどたどしい手付きで手提げの紙袋に詰めて、勘定に入るバスケ。

 バスケからずっしりとした紙袋を受け取ると、ギルは手荷物の布袋を彼に向けた。


「ほれ、代金だ。確認を忘れずにな」


 バスケの目が輝いた。

「いつも、ありがとう……ギルおじさん」

 ニコニコと表情も豊かで、声のトーンも明るいバスケにギルは訊ねた。

「お金が好きか? 巾着袋だと目立つからな」

 首を縦にコクリと頷く。

 両手で気持ち良さそうに金袋を撫でる上機嫌のバスケにオニョも言葉を添えた。

「今日も繁盛だね、バスケ!」


 通りを挟んで宿屋の正面に建つ道具屋があるのに、宿泊客へのサービスだと言って傷薬をまとめ買いをする。まとまった代金をポンとバスケの目の前に置いて「確認を」とギル。


 銀貨を詰めた布袋を勘定台に置くと、ジャリっという音が聞こえた。そのタイミングでオニョが「繁盛だね」と満面の笑みで温かく見つめた。バスケもお金を受け取った途端、笑みがこぼれた。

 このやり取りはすでに日常的になっているようだ。


「お金、お金、たんまりお金♪ ジャンジャンバリバリ手触りた~まらん」

 三人はお金が大好きと言わんばかりに唄を口ずさんだ。


 商売人の親が倒れれば、金策に追われることも常になる。

 長年の付き合いと人情からの助け合いに生活を救われていた。

 だが、救われているからこそ……もしかしたらバスケの胸の内で、その格差による焦りと悔しさの感情が芽生えている可能性も否めない。


 バスケの手元にはたっぷりの銀貨。ギルが薬のまとめ買いをしてくれたので、大金が入ったのだ。目も輝いており、浮かれた様子も見て取れる。

 オニョも大きな買い物を親と一緒にしたという思い。そしてバスケが上機嫌という状況に浮かれたのか。カウンターから少し離れた陳列棚に足を運んで、言った。


「なにか手伝おっか?」


 受け取った布袋の中に手を入れて、銀貨を一枚一枚取り出して、勘定の確認をしていたところにオニョの声が差し込んできた。


 バスケは売上金を手にして、全神経がその手元にある。

 すぐにはカウンターを離れられないと見計らったように。

 先程からもオニョは、陳列棚の前をうろついて商品類を指先で転がすように触れていた。


 金勘定はギルを信用している分もあり、背後にある鍵付きの戸棚へと移動。恐らく金庫と思われる場所に仕舞うことにした。仕舞いながら彼女の問いの返事をした。


「客にそんなことはさせられないよ。俺が、あとで値札を付けるから下がっててくんない?」


 

 カウンター越しにオニョを遠目に見据えた。

 バスケの目は、オニョの指先が傷薬の小瓶に触れるたび、苛立ちを覚える。


「仕事がはかどると思って親切で言っているのに……」

「いいから。これは俺んちの仕事だから、オニョはおじさんでも手伝いなよ」


 金勘定はひとまず置いて、カウンターを潜った。

 彼女の親切を大きなお世話と言わんばかりに、断った。

 自分の家を手伝えば良いと言い放ち、バスケは彼女を陳列棚から遠ざけた。


 どうやらオニョは、陳列商品を指先に絡めていれば、彼が視界に入ってくると分かっていたようだ。

 バスケとの距離を詰めたいのだろうか。

 オニョは長く伸ばした指の爪で、カリカリと小瓶の表面を引っ掻いていたのだ。


 苛立ちの原因はわざとらしく商品にキズをつけようとする仕草だ。

 バスケは客と店員のあるべき姿を彼女に説き、なんだか心の距離まで置こうとする。


 傷薬の陳列棚を彼女から取り戻し、ずれた小瓶の位置を手で戻し、布で小瓶を丁寧に拭った。薬の棚からは離れたオニョの足音がバスケから遠ざかる。


「ほら、コレなんかはもっと店先の目立つ所に飾るべきよ──」

 

 不意に彼女の声が聴こえた。背筋に緊張を覚えたバスケは振り返った。


 オニョが手に収める属性の火矢の束に、バスケは注視した。

 彼女は、手伝いの親切心を踏みにじられるように後退させられた直後、店奥に配置してあった高額の属性矢の束を店先の目立つ所に配置換えしようと意見を述べてきた。


 バスケが咄嗟に叫んだ。


「あ、よせっ! 手を滑らせて発火したらどうするんだっ!!」

「なによ、大声なんか出して! 私、そんな鈍くさくないんだからね」


 オニョは聞き分けずに文句を言い返した。

 バスケは少し驚き目を見開いて、言葉を続けた。


「商品の配置を勝手に変えないでくれと言ってるんだ。なに怒ってんの?」

「こうした方が冒険者ってのは喜ぶのよっ。ワイルド路線でアクティブに攻めないから客足が遠のくんじゃない。馬鹿ね」


 道具屋を訪ねて来る客といえば、そのほとんどがギルド所属の冒険者だ。


「回復薬を主力に安心の道具屋を目指して来たのは、父さんの信条だ! 危険物を推し出すやり方は、そうして勝ち得てきた客への裏切り行為だよっ!」

「これ、オニョ! やめなさいっ!──娘を連れて来るとまた迷惑をかけやしないか心配ではあったが。いつもすまないね、バスケ。……良かれと思いしたことだと、一つ寛大な心で許してやってくれ」


 二人の言い合いは、ほんの一瞬の出来事だった。

 宿屋のギルが娘の愚行に声を上げる。バツが悪そうにバスケに頭を下げる。

 しかし娘オニョの迷惑行動は今回限りではなさそうだ。

 

「いえ、こちらこそ熱くなってしまい。……オニョ。気持ちだけありがたく受け取るよ」


 初心者の客人にも道具屋にいる安心感を与える配慮でもてなす。

 そして冒険心をくすぐるように属性矢で奥へと誘う。ここにはここの信条がある。

 バスケは店番に過ぎない。己の分をわきまえて父親の守って来た方針を守りたい。


 自己主張はきっぱりとする。シャイな性格でもなさそうだ。どうやら彼女の身勝手な振る舞いが日常的にあって、バスケに慎重さと用心深さを植え込んでいたようだ。

 幼馴染みという割には、彼女の来店をあまり喜んでいなかった。

 彼女に対し、このような警戒心があった為、緊張を走らせていたのか。


「オニョ、迷惑をかけない約束で連れて来たんだ。お詫びぐらいしなさい!」

「ふんっ、なによ! パパまで」


 道具をポイっと手放し、入り口付近まで行き、窓から外の街並みに目をやった。

 日中の陽射しは強く、店内を燦々と照らし出す。

 ふくれっ面のオニョが一人窓から差す陽射しを見上げた。


 その、込み上げる瞳の涙がこぼれ落ちないように。

 




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