密談
「いらっしゃいませ、旦那さま!」
魔法商会の店先に響く接客の声が、たった今門前払いを受けたバスケの耳に。
入店していったのが、顔なじみの宿屋の主人ギルだとすぐにわかった。
その目は、ギルの背中を追った。
大人は入店を歓迎されるのが世の常なのだと、バスケはしみじみとギルの後ろ姿を見ながら、ため息をつくようであった。
「やあ。店主はいるかね?」
「手前どもの主にご用ですかい? あいにく本日は不在でございまして」
「ああそれなら、ちょうどいい。ここの魔法屋さんの商売は卸売りでしたな?」
「ええ、もちろんです」
両手を自分の腹の前ですり合わせて、腰を低く構えて、愛想笑いで応じる店番。
その目はさりげなくギルの懐にあった。
商売人が集金で使用する巾着袋をギルが携えていたからだ。
「店先でまだ立っているだろう、坊やを連日追い返すのは何故なのかね?」
店主の不在確認を済ませたギルが、店番にそう尋ねた。
「だ、旦那さま! ご冗談を言われちゃ困りますぜ。あんな子供に──」
ギルの問いかけに店番は苦笑しながら応える。
「はて、店屋の子供は商談をしちゃならない法がこの国にありましたかな」
「旦那さまは確か、あの道具屋の真向かいに宿を構えておいでですよね?」
「そのとおりだ」
「それならば、あの店がもう立ち行かないこともご存知でしょう。なのに子供の遊びに付き合えとおっしゃるのですか?」
父親のメルが病床に就き、店の経営が思わしくない。
子供相手に取引などしても、利益が向上するとは誰の目にも思えない。
「私とメルさんは長いお付き合いでな。──どうだろうか」
「は? たとえ旦那さまの口添えであっても、あの店に利益がないのですから」
「ほれ、これを受け取りなさい」
ギルはこの街でも一番の宿屋の大旦那である。それゆえに誰しも首を垂れる。
そのギルの言葉であっても、考えを改める素振りもなく、利益を真っ先に口にしてそこへの懸念を示す。
そんな店番の言い分も理解しながら、ギルは携えていた巾着袋をずんっと店番の懐へと押し付けたのだ。
「……っ旦那さま!? このような計らいをされては主に叱られます」
「そのわりには顔がほころんでおるようだが?」
手の中に納まった巾着袋はずっしりと重かった。その手ごたえに店番も思わず笑みをもらしてしまったのだ。これが嫌いだという人間もまず、いないから仕方がない。
「勘違いをしなさんな。私も商売人だ。お前さんを買収しようなどとは考えちゃいないよ」
「では、この大金はなんなのでしょうか?」
ギルが魔法商会の店番に随分な大金を手渡した。店に訪れるなり、挨拶代わりのようにポンと差し出したのだ。自分の主人に報告をせずに受け取れるはずもなく。
笑みを漏らしながらもきっぱり反論した。対してギルも懐柔が目的でないことを告げる。
それは間違いなく店先に一人佇む、バスケを思いやっての行動に他ならない。
ならば、なおさら店番の頭に張り付いた疑問符は当然のことだろう。
店番の頭の疑問符は、ギルの次の台詞により劇的に解消されることとなる。
「お前さんらもこの街で生まれ育った魔法屋なら……2番街の子孫の秘宝がいかほどか知りたくはないか」
「……だ、旦那様っ!? あなた様は確か、移住者でございましたね? なぜ、そのような恐れ多いことを口にされるのですか?」
ギルの申し出が恐れ多いこととは、いったいどういうことだろうか。
店番のその慌てぶりは尋常ではなかった。額から脂汗を垂らしていた。
「ならば問うが。メルさんも移住者のはずだが。それも王族の住む、1番街からのな」ギルが店番に詰め寄り、声を低くした。
「ま、まさかそんな……あのメルさんがですか!?」
「しっ! 声が大きい。人に聴かれて良い話ではないからな」
「いっ、痛で!」
ギルは咄嗟に店番のつま先をコツンと蹴った。