道具屋のバスケ
「2番街へようこそ! お、俺……わたくしメル道具屋のバスケと申します」
声変わりする一歩手前の軽やかな少年の声がそこにあった。
川の畔で水浴びをする小鳥のさえずりのような、清涼さも広がった。
すこし気取った口調で、声を低くして見せた。
ここはノクターン2番街にある、少し古びた道具屋の店内。
店名はメル道具屋。カウンター越しに若い店員による挨拶の声が客を迎える。
発声は軟弱で少々頼りない気がする。
若い店員は十五歳の少年で、名はバスケ。
バスケの視界に二人の男女の姿が飛び込んだ。
店構えは十五坪ほどの小規模店。
木造建築で木箱や木の棚が壁際に小綺麗に設置されている。
片手にすっぽり収まる飲み薬の詰まった小瓶が多数並ぶ。
回復薬や解毒の種がある。
ほかにも弓に装填して射る為の属性矢。
例にとれば、火、氷、雷の矢などが売られている。
道具屋のバスケは慣れた言葉遣いを言い正し、たどたどしい台詞とともに頭を下げた。
「やだぁ。バスケったら、まだ跡継ぎになった訳じゃないのに……」
「いや店番なんだから言葉遣いは肝心だ。街の評判にも関わることだからな、はっはっは」
店番をするバスケの前に、年頃の娘を連れた恰幅の良いおやじがやってきた。
まさか年頃の娘の来客に声を整えたのか。
この少年も色気づく年頃のようだ。
娘が跡継ぎには早いと笑う。
バスケが気取った挨拶をしたからだろうか。
娘もバスケと同年くらいだが、特にめかし込んでいるわけではない。
おやじは四十代半ば。
恰幅の良いおやじと来店したとき、娘の肩を優しく抱いていたから二人は親子かな。
娘の方は鞄のひとつも持たず、手ぶらだが。
恰幅の良いおやじはその手に水がめのように膨れた布袋をぶら下げていた。
布袋を揺らすたび、チャリチャリと音が聞こえてくる。
お金がたんまり入っているようだ。
娘は化粧もしてないが、わりと美少女でそこそこ色気もそなえていた。
だが、バスケの眼差しはしっかりと恰幅の良いおやじを捉えていた。
その娘はバスケの名前を気軽に呼び、内情を知ることから常連客のようである。
バスケはメル道具屋の子息のようだ。どうやら、家の手伝いをしているようだ。
「おじさん……ギル宿屋はメイドが居たり、コンシェルジュが居たりで羨ましいですね」
彼は、この道具屋で見習い店員を始めたばかりなのだろうか。
接客はいかにも不慣れで、経験が乏しいようにも感じる。
それに道具屋の店番はこの少年、一人だけのようだ。
客人もそのことを疑問に思っていない様子で、会話が進む。
バスケは来客のおやじに、どこかの宿屋の羽振りと感想を述べた。
挨拶の直後なのに、自分が働く店よりも、他の店のことが気になるようだ。
せっかく客が訪れているのに、店の自慢やオススメの商品を紹介もせず。
「いやなに、2番街の宿屋の数が少ないだけだよ。道具屋は手軽な資金で始められる商売だから、ライバル店も多いけどお客が一番立ち寄る確率の高い店舗だ」
「パパは商売上手よ。集客も大事だけど、近隣の店屋ともこうして親しくする点とかを重視するの」
「それを見越してメルさんの店の正面にうちの店を構えさせてもらったんだよ」
なるほど。向かい合った店舗の見知った同士か。
来客のおやじは宿屋の主人ギル。
道具屋の数は同じ街の中に結構な数が出店しているようだ。
それに比べて宿屋の数は、あっても二、三軒ぐらいだろうか。
宿屋と道具屋とでは、客一人から得られる収入も段違いだ。