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館の住人

作者: こっぺぱん

ふと目に入った古い洋館。

今ここにはだれも住んでいないはずだったのに...。


館の住人




きれいな満月の夜だった。




街ですれ違うスーツを着たサラリーマンや、カップル、みんな空を見上げては、きれいだのすごいだの耳に入ってきた。




しかし当の自分は今それどころでは無いのだ。


小学6年生の12月、両親はお父さんお母さんともに名門校と呼ばれる大学を優秀な成績で卒業したらしく、自分の子供もそうでないといけないらしい。毎日小学校が終われば難関私立中学校に入学するために夜の遅くまで塾に通わされているのだ。




正直勉強する事は嫌いではない。


学校にいても友達と呼べる人は一人もいない。


それどころか俺に話しかけてくる人も、俺から話しかける人もいない。




小学校低学年の頃は、お父さんが某有名自動車会社の副課長に勤めていることから、男子女子関係なく一躍クラスの有名人となった。その時は自分もクラスの中心人物であることにまんざらでもない感じで、教室では少し威張った態度で過ごしていた。


その頃はお父さんもお母さんも優しかった。




しかし学年を重ねる毎に、お父さんからの期待は重くのしかかり始めた。周りからの声も鬱陶しく感じるようになっていた。


それからは、家では毎日お父さんから叱責をくらい、毎日机に向かわされるようになった。


教室でも周りと関わることをやめて、孤立して行った。




しかし友達が居なくなることに何不自由もなければ不幸だとも思っていない。


ただ一つ辛いと言えば、『愛情』と言うものを両親から送られていただろうか。


ただただお父さんの地位のための道具なのでは無いのだろうか。


そう思ってしまう事だ。




そして12月の寒い満月の夜、


今日は一段と寒い日で、朝の天気予報士のアナウンサーも真冬日となり各地で雪の観測が予想されると言っていた。


そのアナウンサーの予報は当たった。塾を出ると、一瞬でからだ全身が冷凍庫に入れられたかのように固まった。




しかし立ち止まってる場合では無いのだ。


親に持たされている携帯にお母さんから一通のメールが届いていた。


その内容は模試の結果が僕が学校にいる間に家に届いていたらしく、しかも結果は前よりも点数が下がっていたと言う。


もちろんお父さんもその結果を見ている。


今日はきっと家に帰ると大目玉を食らうことになる。さらに俺の家は塾で帰りが遅くなるというのに、家に帰るのが10時半を過ぎているとその日は朝まで勉強をしなければならない。


いつも帰りが遅れている理由は塾の授業が長引いているのが原因だと言うのに、一切耳を傾けてはくれない。




今日に限って塾は授業が長引いた。


走って帰らなきゃ。凍えたからだを奮い立たせ、イルミネーションで彩られた街の歩道を走り抜ける。




すれ違う人はみんな厚着で、体を震わせながら歩いていた。


しかし皆空を見上げては、目を輝かせていた。


それほどにきれいな満月なのだろう。


そう思って走っていると、何か冷たい埃のような物が目に入った。


思わず立ち止まり目を擦ってしまった。


その瞬間この埃のような物が何なのか気付いた。


真っ白な雪だったのだ。


カップル達はまるで理想の展開に出会ったかのように喜び、笑い合っていた、サラリーマンたちもきれいな満月と雪のコラボレーションに少し興奮しているようだった。




自分にとってこの満月と雪はまるで悲劇の中にいる主人公を満月で照らし、降りしきる雪に絶望の思いを乗せているように思えた。




そして俺はまた走り出した。街を抜け、いつもの街外れの山の麓までたどり着いた。


この山の頂上にある大きな一軒家が俺の家だ。いや、俺のお父さんの城だ。




そしてその山道に足を踏み出そうとした時、


横の館に目が行った。


その館は現在誰も住んでいないらしい。


かなり古い館で、地元の小学生や中学生の肝試しとしてもよく使われているらしいが、


噂で時々その館の近くで行方不明になった人がいると聞いたことがある。




そんなのただの噂で嘘に決まっていると思っていたのだが、館の二階の右端の窓のカーテンから白いワンピースを着た女の人の影が一瞬見えたような気がしたのだ。


一体誰なのだろう。きれいなワンピースと長い髪の毛に見惚れていた。


住人がいないと聞いていたけど、最近引っ越して来た人なのだろうか。


なんだか気になってしまう。




今はそれどころではない、一刻も早く家に帰らなければいけない。


なのになぜかからだはそこから動こうとしない。さらに館の中へと入ろうとしているのだ。からだが館の方へと吸い込まれてしまうのだ。




怖くないかと言われると怖いが、毎日の親からの叱責や重圧に比べればなんともなかった。もう逃げ出したかったのだ。


俺は門を開け、扉の方へと一歩ずつ進んでいった。


まるで天国へと登って行くような、地獄へと落ちて行くような。どちらとも言えない。


なんとも不思議な感覚で扉の目の前まで進んだ。




扉に手をかけようと手を伸ばした時、後ろの方でバタバタバタッと音がした。


俺は思わず驚き声を上げて体を縮めた。そして振り返ると、烏が飛んでいた。


いつもは何とも思わないのになぜか嫌に不気味だ。


さっきまでただただ寒いとだけ感じていただけの木枯らしでさえ雰囲気を出しているように感じてしまう。




肝試しは夏よりも冬にやる方がよっぽど怖い。




でもなぜか戻ろうとは思わなかった。


むしろこの館にずっと呼ばれていたのにやっと気付いて、まるで招待されているかのような気持ちだ。だんだん不安や恐怖は薄れて、好奇心が現れた。




「もう大丈夫。」




扉の向こう側からそう聞こえた気がした。




そして扉を開け、暗闇の中へと入っていった。




あぁ、またこの館の住人が一人増えたのだ。



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