掌編「なんてったってマンモス」
お読みいただきありがとうございます。
日本に国家のできるそのもっとずっと前、シベリアから今でいう北海道にマンモス達が南下してきた。マンモスの群れは十頭で成り立ち、雌を中心に子マンモスを引き連れていた。彼女たちの目には、シベリアとは違う海峡に挟まれた日本の地形や景色は新鮮に見えたことだろう。子マンモスたちには餌や居場所を求めに移動してきたリーダーの意図はわからなかった。合図をされれば自然と付いてくるのだった。別にシベリアでの生活が良かったなんていう未練もない。子マンモスたちは、移動のさなか、水辺に浸かっていた今まで見たことない性質の木の枝を見つけたので、鼻を使って、枝をすくいあげ、方々にぶんぶんと振り回していた。枝を回すのは楽しくて陽気だった子マンモスたちだったが、群れのリーダーとお節介な大人のマンモスがじっと見つめてくるので、しだいにしゅんとしておとなしくなった。
このマンモスたちの群れをシベリアの狩人たちは途中までは追っていたのだが、いよいよ自分達の知らない領域にマンモスが移動していくのがわかると、追うのをやめて、元の棲家に戻った。ねぐらには今まで狩り倒した何十頭ものマンモスの骨が柱となり、荘厳に頑丈に支えていた。狩人たちがねぐらで寝静まった頃、一頭のアムールトラがねぐらに忍びこみ、狩人の一人を噛み砕いた。その叫び声に一同は目を覚まして、彼らの目の前にアムールトラがいることに震えを感じた。そして、彼らは携帯していた槍を構えた。その槍は木の樹木の先端に、火山の溶岩を切り取った鋭利な先のとがった石を獣の皮を乾燥させて加工した紐で縛り固定していた。アムールトラは数人が自分を囲むので、威圧しようと咆哮した。彼らはできることなら戦いを避けたかった。自分達が死ぬかもしれないという命の恐怖を感じたからだ。それはアムールトラにとっても同じだった。アムールトラは群れのトラがこの狩人たちに狩られたので、仕返しに来たのだった。アムールトラは自分の大切なトラを奪われた怒りの矛先をこの狩人たちを統率していたリーダーに向けていた。だから、目的が果たせたのなら、この先自分がまた逆恨みにやられようとも、これで十分に感じていた。アムールトラはねぐらの出入り口が狩人たちに塞がれずに開いたままになっていることに気づいた。
シベリアの狩人たちも出入り口を塞いでトラを閉じ込めることは考えられなかった。膠着しているようで、互いに怖れていた。ついにアムールトラが動き、出入り口目がけて飛び掛かった。その様から、狩人たちにはこのトラがもう自分達には危害を加えないことがわかったので、構えた槍はあくまで自分達を防衛するために構えたまま、そのトラが去っていくのを見送った。
マンモスの群れは、今でいう北海道で野生の稲を初めて見つけた。まず、群れのリーダーは信頼する別のマンモスに毒味するよう合図した。合図を受けたマンモスは稲をぱくっと食べてみた。そのほろっとする食感にマンモスは驚いた。これは食べても大丈夫と受け取ってもらえるよう、マンモスはその後幾つも稲をばくっと食べて、最後に鼻で稲を高く掲げた。
その動作を見て、リーダーが鳴き声を高くあげると、群れのマンモスたちが一斉に稲を食べ始めた。皆がその味に驚いた。こんな食べ物があったなんて。先に続いている稲の野道をマンモス達は道なりに食べては進んでいた。子マンモスたちも拾った木の枝はとっくに飽きて、この稲を食べては、もっと食べたいと食べ続けることに夢中だった。今でいうところの北海道に暮らしていた当時の人々は、はるか遠くにマンモスたちの群れを見つけ、なんだあれはと驚いた。今まで見た象よりも随分毛深い象たちだ。なかなか象は見かけないものだったから、これぞ絶好の機会だと人々は意気揚々と樹々の細い幹に火をつけて、皆が群れに駆け寄っていった。マンモスのリーダーは前方に人々が火を携えて近づいてくるのがわかり、危険を知らせ低く唸り声をあげた。群れのマンモスたちは稲を食べることを止めて目の前に脅威が迫っていることに気づいた。子マンモス達は、また人が追ってくるのがわかり、どうして人は自分達を痛めつけようとするのだろうとこの動機が掴めないままだった。マンモス達が逃げるのが速いか、人々が火を振り回すのが速いか、どちらが先かによって戦況は大きく変わった。マンモス達はこの地形にまだ慣れていなかったので、ぬかるみに足が浸かり、再び動きだすのに時間を要した。そうして抜け出すのに苦戦していたマンモスを人々は狙い、手に持つ炎を振り回して、マンモスを傷つけた。マンモスの群れのリーダーは群れを守ることを至上の義務としていたので、この人々に囲まれたマンモスのことは見捨て、人々の追跡からは逃れることに成功した。くたばったマンモスに人々は石包丁で止めを刺した。
静かになるマンモスに、人々は何日分もの食べ物が手に入ったと雄たけびを上げた。人々はこのマンモスの頭は次に不作のときにお祈りに使おうと丁重に扱った。この人々の棲家にマンモスの頭が引っ掛けられているので、マンモスの群れは更に先へ進むことができなかった。