Chapter91. the Dragon Paper Boy
タイトル【ドラゴンに乗った配達人】
電撃をくらったかのような衝撃的一報がSoyuzに対し飛び込んできた。
【マーディッシュ・ワ―レンサットが幽閉されている】
と。
全ての発端はSoyuzが偵察機のスクランブルによってラムジャーの差し向けた刺客を捉えた頃に巻き戻る。
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——ウイゴン暦6月28日 既定現実7月5日 午前8時02分
シルベー城ではカナリスらの一件があったものの、依然として弾薬庫化施工はつづけられていた。
ゲンツーからベーナブ湿原を挟んだ先に位置にあるためミキサー車を送り込むことは難しく、本部拠点にてあらかじめ作られていた弾薬庫ユニットを分割して空輸。
現地で組み立て、埋め戻すというプレハブ方式によって建てられている。
機械師団はそれぞれ設けられたシフトを回し、4つの覆土式タンクと消火設備一式を地面に埋める所まで進んでいた。
残ったところと言えば、敵が侵入した際に全ての扉が自動で施錠される保安設備の設置だけになっていた。
「この作業を終えちまえば出来上がりだ、ひと踏ん張りいくぞ!」
この場を仕切る大林は作業員の指示の傍ら、最後まで気が抜かないように声を上げる。
現場は一日安全がモットーであり、こういった気が緩んだ時に惨事が起きるものだ。巨大な建造物はある意味死と隣り合わせである。
「流れ星かアレ…3回お願いしとこう…休暇、休暇——!」
とある男が空を見上げてそう言った。
「おい、もう朝だぞ!こっちに降ってくるぜ!」
時刻は朝の8時、既に星々が見えるような時間帯ではないことは明白だ。
流星にしては異様に小さく隕石とは思えない。次第に空から降ってくる物体は次第に影を落とすようになり、シルエットはくっきりと浮かび始めた。
それは隕石や流れ星、飛行円盤でもなかった。ドラゴンナイトだ!
———ZRaaaAAASHHH!!!——
墜落寸前の航空機のように制御もままならず、飛龍は地面と激突しあまりの衝撃から騎手はゴムマリのように放り出された。
地面はショベルで掘り進めたかのようにえぐれた末、飛龍はようやく止まり静寂が訪れる。
投げ出された騎士はしばらく地面に這いつくばっていると目を覚まし、血糊がべっとりとついた槍を地面に突き刺し松葉杖代わりにしながら立ち上がってきた。
肩には矢が刺さり、銀色だった鎧には乾いた血の上からさらに鮮血が流れ出し立っているだけで限界だろう。
勿論周辺にも作業員は居たのだが、あまりの凄惨さに声をかけることもできない様だった。
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直後、凄まじい物音を聞きつけた武装スタッフと大林が駆け付けた。鉄騎士が暴れ始めた次には墜落騒ぎときたものだから堪らない。
竜騎士はそんな彼らを一目すると決死の勢いでつかみかかり、鬼気迫る血相で怒鳴りつける。
「俺はもう持たない!ここにいる一番偉いやつを出せ!出すんだ!俺は伝令で——」
一昨日あったオンスの一件もあり、危害を加える人物に対していつでも排除できるよう息巻いていたスタッフはあまりの異様さに困惑を隠せない。
敵に殺してやるだの罵声を浴びせられることはあっても、責任者を出せと言われたことはないからだ。
人間は声を上げるのにも体力がいるもので、今にも立ち消えそうになっていた騎士は力なく倒れたのだった。
野次馬を集結させまいと大林が追い払いながら悪態を吐く。
「…客人の多いこと多いこと…。」
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あまりのことだった為、現地警邏スタッフによって医療班が呼ばれすぐさま豊富な医療設備を備えた本部拠点に運び込まれることになった。
白く塗られた命のMi-8に担ぎ込まれた際、黄色い腕章をつけた医療班長 クルーニーは一目見るなり深く息を吐いて、頭の中にある手立てを全てひり出すと的確に指示を出していく。
「骨折や打撲が多すぎて数え切れん!それに盲管矢創が3つに刺された傷さえある。患部の固定と止血急げ!こいつは死にかけだが、死んでも手をゆるめるな!ここさえ乗り切ればなんとかなる!」
軍医として同情は許されない。
異次元の人間だろうが、捕虜だろうがなんだろうが、目の前で生きようとしている人間に最善を尽す。それが自分に与えられた仕事である。
この傷から見るに5回は死んでいて間違いない、ここでやらねば一生響く。たとえ死んでも生かさねばならない。
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かくして本部拠点の手術室に運び込まれた際、回収された血まみれの文書から彼は何者からSoyuzに対してのメッセンジャーであることが判明した。
そのことから少佐は数少ない証言が得られると判断し、ゲンツーの街から急遽ヘリで本部拠点に帰投
していた。
特殊な事情もあり、冴島は簡易手術室の前に設けられた椅子に腰かけていた。
ふと彼が顔を上げると、ソフィアが腰かけていた。珍しいことにいつもの作業着ではなく初めて彼女を目にした時のような質素な服装で。
またその手には血濡れの文書が握られていたが、文字がぼやけているようだった。
「どうしてこんなところに。」
少佐はソフィアに問う。
いつもは整備班の連中といると思っていたが、そんなことはどこ吹く風。
そこにいるのは貪欲に知識を求める顔ではなく皇族の一人にふさわしい顔で脇にいるのだ。質問に彼女は重々しく答える。
「…あの手紙、兄上からのものだったんです。今までの失態が積み重なったからゾルターン領の島に幽閉されているって。…こうして戦っていること…兄上がこうなったのも、私が全て引き起こしたことです。いつまでも逃げてはいけないと思いまして。」
そんなことはない、と言いたいが残酷にも全て正論。
しかし、自覚しているのであればそれでいいと思った冴島は下手に意向を否定するのではなく、こう切り出した。
「…たしかに責任を取ることは大切なことですが、それは我々の仕事です。お気持ちだけ頂きましょう。」
だがソフィアは重苦しい空気を纏いながらこう続ける。
「お気遣い感謝します。——ただ私はいずれにせよ大罪を犯しました。一生をかけても償えそうにない罪を…。」
鉛のような空が広がっているような、筆舌にしがたい圧力がこの二人にのしかかる。
「お二方ちょっと良いですかな」
そんな曇天の空に風穴を開けたのはクルーニーだった。
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医療チームの尽力と咄嗟にO型血液の輸血をし続けたこともあり、騎士の一命をとりとめた。
だが墜落時に生じたと思われる外傷は数え切れず、完治するには一年近くの時間が掛かるという。
「今すぐの尋問はできそうにないな」
そう言いながら少しばかり冴島は考えた。報告によればセスナ機が墜落したのと同じようにシルベー城に不時着、衝撃で数十メートル弾き飛ばされたのだ、無理もない。
むしろ立ち上がってスタッフに怒鳴りつけていたのだ、奇跡どころか奇妙だ。
「それに矢創が3つ、刺傷や裂傷が無数。意識を保つのでやっとはなず。何度も死んでておかしくないでしょう。本来であればICUにぶち込まないといけないんですから。いつ意識が戻るか…。我々もやることやりましたが…ね」
クルーニーはカルテを片手に淡々と説明する。どこを負傷しているかを記録する図は塗り潰したように記録されており、夥しい量の文字が添えられていた。これが全て外傷名称で想像するだけでも痛々しい。
彼は額に手を添えながら状況を整理すると、やるべきことを明確に指示した。
「——うむ。尋問の件は後回しにしよう。目覚めたら【確かに伝令を受け取った】と伝えてくれ。
…それに殿下、まだ貴女にはしなければならないことがある。この手紙の翻訳だ。血で文字が強くぼやけている…これでは翻訳機が使えないからな。」
殿下をいつまでも特別扱いせず、Soyuzの一員として扱う。少佐なりの答えでもあった。
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【我が親愛なるソフィア・ワ―レンサットへ
私の砂城の如き儚い幻想は砕け散った。全ては自身の招いたものであり、お前は何の負い目を感じる必要などない。いずれにせよ軍人でのみ動かしてきた国家は破滅することが良く分かったと言える。
私はモガディシュという悪魔の甘美な誘惑に負けるような弱い人間だ。
故にワ―レンサット二世という幻影に仕立てられてしまった。
何をして良いものだろうか迷っているのがその証拠で、あまりに無力な人間であることをまざまざと知ることになった。
私は独房にいる中で、何をしていいのかの決断はできない。だがある真実を残しておくことにした。このことは国民おろか政治にかかわる局一部しか知りえぬ事実である。
正確には帝国を動かしているのは厳密には軍人の意思ではない。総意を語る一部の集団
「賢人会議」の匙加減で全ての決定がなされている。
議会も彼らの言う通りに動く道具になっていることはおおよそ察しがついているだろう。
度重なる失態の責任を取るべく私はゾルターン領の小島に幽閉されている。ソフィアもここに来る予定だった場所と言えばわかるか。
——奴らは新式鎧で顔を隠し、どんな人間かは分からない。
権限で知ることができたことと言えば、親友であるユンデルがいることと、この世の人間とは思えぬダークマージ「ファゴット」がいることだけだ。
この男、まったくの素性が知れないばかりか異端に近い考えをしている極めて怪しい。
ふと感じたことも記しておこう。帝国は力を温存していることは間違いない。
故に異端の対処は将軍に未だ委ねられているのだ。
何が目的かは知ることはできないが相応の人員を要する作戦を展開する気なのは間違いない。それにお前の姉、イベルが緑色のソーサラーらに連れ出されていた。新たに深淵の槍から身を守る盾にするつもりなのは間違いない。
一概に言えないが術でもかけて私よりも使い勝手の良い手駒にするのだろう。
話は変わって、お前がナンノリオンに連れられる頃になるが父上が破棄するように命令していたはずの対ガビジャバン絶滅兵器の資料が倉庫で見たことがあるがどこか持ち出されていた。
お前が違憲傭兵団Soyuzを牛耳っているならば気を抜くな。今の帝国は私の預かり知れぬ。
——マーディッシュ・ワ―レンサット】
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そんな一件があってもなお、少佐は多忙なのは変わりない。
次なる作戦を実行するかを考えつつブリーフィングルームに足を運ぶ。
偵察機からの情報によればシルベーに攻め込む軍勢が居るという。
コンプライアンスを厳守するなら、制圧地はSoyuzの管轄地になる。言い換えればSoyuzに対し侵攻しようとしているも同然であり見逃せるはずもない。
そうなれば砲撃によって直ちに殲滅できるだろうと考えるだろうが、そう問屋は卸さなかった。地形の問題があるからだ。
湿原は湖のようなもので橋を建造しなければ渡れない。そのために制圧作戦の時空中投下を行ったわけである。そういった制限が彼を苦しめはじめる。
「ここからどうするか…」
そうつぶやきながら蜜蝋を固めたように滑らかな廊下を進む。
こういった袋小路な時、どこかしら突破口は存在しているもの。その第一歩が重巡洋艦大田切との連絡を取ることが出来たことだろう。
よく考えてみれば、敵を砲撃しようにもベーナブ湿原の端から船を入れ揚陸すれば装甲兵器を送り込むことは不可能ではないだろう。しかし現実はいつも冷酷だ。
仮に船が海にいて陸揚げが出来たとしても、現地まで戦車が移動しなければならず時間が掛かるのは誰が見ても明らかだろう。
残された時間はあまり長くなく、有効活用せねばならない。
そう考えた結果、航空機と大田切の艦砲射撃で全てが排除できるとは思えずどうしても細かい残党が残ってしまう。
加えて撮影された航空写真から推測すると、防御力のある重装兵や機動力のある騎兵類を多く投下しており相手は一気に勝負をつけたがっているのは明白。
また、ゲンツーから湿原北部側、通称山側に回り込んでも良いかもしれないが、これでも相手の電撃戦に間に合いそうにない。
手詰まりになったチェス盤から、冴島は無理やりにでも勝ち筋を見つけるべく手はないかと頭を掻きながら記憶の奥底に潜り込んだ。
何か手があるはずだ、この状況を突破しうる何かが、と。
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一応現地にはレーダー類や防衛のための武装は設置こそされているものの、要となる装甲兵器が撤退してしまった以上不安が残る。
歩兵を殺す事に特化した軍勢に対し生身で挑むのは自殺行為他ならない。
ではどうするか。少佐は原点に立ち戻った。
固定的概念にとらわれず、発想を転換するのだ。そうして生まれた結果はただ一つ、陸も海もだめならば空が残っているではないか。
徹底的な攻撃で排除した後、空挺戦車の投下によって残党を狩る。
そう結論付けた少佐はブリーフィングルームの扉を叩いていた。
——ウイゴン暦 6月 28日 既定現実 7月 5日 13時28分
——本部拠点 ブリーフィングルーム
早速作戦内容の説明が開かれた。
部屋の電気は落とされプロジェクターが室内に漂う埃をダイヤモンドダストかのように光を静かに反射しつつ、スクリーンには多くの資料が表示される。
また独自回線を介し、ハリソン飛行場に設けられた視聴覚室にも通じていた。
総指揮を執る資料をバックに冴島はレーザーポインターを使いつつ状況を説明していく。
「これは偵察機がシルベー県境から撮影したものだ。ゾルターン側がどさくさを狙って侵攻していると俺は考えている。」
「画像には重装兵のみならず機動力のある騎兵も多くみられることから、敵は即座に勝負を仕掛けてくる。観測された地点は城より10km離れていない。少しの猶予はあるだろうが、時間はかけられないことを留意されたい。」
なおも続ける。
「更に地形の関係から戦車が自力でたどり着くには時間が掛かることが予想される。他の方法もしかりだ。」
「そこで連絡の取れた重巡洋艦大田切からの艦砲射撃と、Il-2による徹底的な対地攻撃を行いつつBMD-2を投下。仕留めきれなかった敵を仕留める。またこの際乗員降下はMi-24Pを使用する。」
あらかた説明し終わると、少佐は念を押した。
「なんとしても城に近づけるな。あそこには最低限の武装スタッフは残っているがせいぜいアーマーや騎兵を追い払うのが限界だ。我々には時間も、余裕も何もない。急げ!」
時間は残されていない。
シルベー城の改装工事には多くの作業員が残っているし、そんなところに接近戦のプロフェッショナルがなだれ込んだら最後、今まで機関銃で虐殺してきたことをそのまま返されることになるだろう。
それにしてもゾルターン将軍ラムジャーという男は知恵があることに間違いない。
カナリスの言うことが事実なら、悪行を重ねてきた業人だが腐っても県を預けられる程の才能を持っているということか。
ブリーフィングを終えた冴島は、ただならぬ緊張を抱きながら襟元を直すと早速格納庫に向かうのだった。
次回Chapter92は8月14日10時からの公開となります




