Chapter86. Battle in holiday part1
タイトル【休日の戦い】
戦いは終わった。長く続いたジャルニエ城制圧作戦と比較して効率的に制圧することが出来たと言える。
これ以上戦闘員の駐在は不要ということで冴島たちは早々に引き上げていったが、ここで視点を本部拠点に移そう。
戦闘に参加した装甲兵器類は一度の帰還ごとに本部拠点に空輸で戻され、整備が行われる。
整備不良での損害を出さないため、日ごろから細かな所を見ているのだ。ここが金もなく切羽詰まった内戦中の国家とは根本的に違う点だろう。
この度使用された兵器類は少なく、BMD-2が2両。
救出任務に充てられた方はまだしも、冴島少佐が指揮を取り最前線にいた側の車両ではある特異的なことが起きていた。
「壊してはぶっこわしの繰り返しときたが…こいつぁなんだ…?」
「確かにそうっすね、貫通されてはないみたいっすけど、溶剤ぶっかけたみたいに塗装がはがれてるみたいで。——しかも少佐、だれかひき逃げしたでしょ。血痕あるし…めんどくさいな」
ジョンと後輩アブドゥルの二人は不自然にまで塗装が剥げ、装甲の地肌が多く露出したBMDを不審に思った。
それもそうである、弾丸が擦れたなら引きはがされた痕跡があるものだが何か溶剤のようなもので溶けだしたかのように剥げているのだ。
だとしても液状の物体を掛ければ必ず飛沫するものだがその痕跡が見当たらない。
兎も角、さび止めすらはがれている有様なため再びコーティングから再塗装しなければならないのが億劫で仕方ない。
「どうにもアレだな…嬢ちゃんに聞いてくる。」
「——塗装やるんすか。全部。」
「ったり前だろクラッカー。んくらいすぐ済むだろ…」
「ですけどねぇ…」
ジョンは逃げるように立ち去った。
何故彼はソフィアの元に訪れたか、その理由は簡単。
明らかにこの世のものとは思えない痕跡を見つけた以上、最前線で知る人間にどういったものかを聞かなければならないためだ。
ジョンの名誉のために付け加えるが、作業放棄をしたいわけでは決してない。
彼女に帰還時に撮影された写真を提示すると答えはすぐ返ってきた。
「紛れもなくこれはファントンの痕跡です。石の顔料を使ってないアーマーであればこんな跡が付くのを見たことが。——金属なら問題ないですが、革や肉であればいくら硬くても切り刻むことができるので。ただし隙間があればそこからバッサリと。」
曰く金属でなければ問題ないが、生物由来や有機物であれば物質の硬度を無視して切断できるという。
金属以外はあらゆるものが切れるライトセーバーを飛ばしているようなものだ。そう考えるとジョンの顔から血の気が引いていく。
「——俺の包丁と変えてもらいたいね、その辺の兵士なら…ああ考えたくねぇな。
今思い出したけどよ、なんかこだわりってのがあるか?なんかこう、俺だったら道具だけど。」
どうにか話を変えるべく思いついた話題に切り替えようと足掻く。
「槍…ですかねぇ。槍。」
「槍…。」
思いもしない返答にジョンは何とも言い難いリアクションを取ってしまう。
普通、こういったものには麺料理のゆでる時間とか、味付けとかそういったものが出てくると期待した自分が馬鹿だった。
目の前にいる彼女にそんな質問すれば堅苦しい返答なのはわかり切っていたはずなのに。
その決断をしなかったことをまざまざと見せつけるようにソフィアは長話の体制を取りはじめた。
「銀等級の槍もそりゃあまぁ、いいですけど。やはり自分で作った方がいいかなと。
投げるのにも、突くにも。柄の重量や混ぜ物や——」
「わかった、わかった!もういい、もういいだろ!見せてくれ、そっちがはやい!」
辛うじておぞましい長話から逃れたジョンが待ち受けていたのは、また地獄だった。
ジャルニエ制圧後、武装解除の際に多くが接収された槍や鎧といった武器の廃棄処分なども回されており、刀剣の山ができるほどである。
ソフィアはその辺に放置されていた手槍を一本引き抜き、異様に慣れた手つきで槍ごと一回転後に石突を地面に着けたかと思うと軽く構えた挙句、こうつぶやく。
「——そこまで悪いものではない、かな」
そのまま槍を風音が生じる程、頭上や脇周囲で回すと一国の皇女とは思えぬほど整った姿勢で手放した。
——CARSH!!!!——
矢を射ったかのような音が響く。また着弾した箇所でも並々たらぬ衝撃があったようで積み上げられたスクラップの一部が流れ出る程だ。
肝心の手槍はというとソルジャーの胸当てを貫いており、ジョンの冷や汗は滝のように流れ落ちた。生身の人間が入っていたと考えるとゾッとする。
「なんとなくですが良くできたモノを投げたような。刃のつなぎ目も綺麗でぐらつきもなく。重心が後ろにあるのも投げやすい。——確実に熟練の仕事。手槍は数をこしらえるものですからもっと雑に作っても問題ないはず。服があるとどうにも投げづらい…」
「あんたオリンピックから逃げ出してきたんじゃないか?」
そんなことよりもジョンにとってはどうでも良く、その辺のか弱いはずの女性がアレを戦車砲弾のように投げたことが到底信じられないでいた。
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□
帝国軍の持っている槍、その中でも投擲に適したジャベリンのようなもの。それが手槍だ。
ソフィアはジョンに対し、同じ作り方をされていても細かな金属組成の異なりが重要な影響を及ぼす
と言った論文の朗読をひたすら聞かされている中で、グロッキーになりながら別のことを思い出し始めていた。
「ああ…それもそうだけども、だ。こっちからもこってり話してやる…どうにも眠くてたまらん。今度の城を抑えにいく最中でついに出たんだと、あのコック帽みたいな兜被ったアレが。んで堅物同士の戦いになって勝負がつかねぇんで、対処まで時間がかかったとさ。それをなんとかできないかって少佐が整備班に打診してきたってわけだ。タコス屋台に寿司出せって言ってるもんだ」
それは史上初かもしれないジェネラル同士の戦いについてだった。
「確かにジェネラルは後方にいる司令官といった立場の人間が担う兵職です。
——そもそも屋内戦向けの新式鎧。分厚さはアーマーナイトの二倍と聞きます。そうなれば槍や斧、剣では太刀打ちできず燃やすくらいしか手立てがないはず…。でもあなた方にはそれを貫ける武器がある、と。例えば対戦車誘導弾や対戦車擲弾発射機しかり。まさか運用できない条件が?」
文庫本のような世界から出てきた人間に対戦車ミサイルや擲弾という言葉が出てくるのに正直驚いたが、ジョンは続ける。
「確かに、そんくらいならRPGやTOWをぶち込んで黙らせりゃいい。銃すら足止めにならないっていう報告さえ上がってきたくらいだしな。」
「——それじゃダメだ。いいか、俺らの使うランチャーってのは反動を打ち消すために弾が出る反対方向に爆風を作って反動を相殺してる、わかるだろ。」
「コレが堪らなくクソだ。当然爆風ってんだから熱くてヤバイ。屋内でぶっぱなしたらわかるだろ?ローストチキンは誰もが好きだがローストチキンには誰もなりたかねぇ。
よりにもよって、やっこさんが出てくるのは室内だ。どうすりゃいいんだ…」
屋内でこれらロケットランチャーを使うにあたってはバックブラストの問題が生じる。
これらは高熱かつ凄まじいエネルギーを持っているため巻き込まれる可能性が高いのだ。
まして密閉された所で発射した時にはむしろこちら側の損害が大きくなるだろう。
そしてソフィアは対戦車ミサイルではならない、ある欠点を指摘する。
「一度対戦車誘導弾の操作方法をかじったことがあるのですけれど、頻繁に動くような兵職には適さないと思いますし、操作手順が多かったのも難点かと。
もっとこう…ぶつけるだけ、とかできたのならいいのですけれど」
「そうなんだよなぁ…」
ミサイルも重量があり、特殊部隊のような機動力のある人間には向いていない。
それに手順が多く撃ち切りであることも問題だ。問題は八方ふさがりに思えた。
「ミサイルも、ランチャーもダメ。戦車砲なんてとてもじゃないが俺らじゃ持てやしねぇ。持てたらミサイルとかランチャーいらねぇよ…火炎放射器を屋内で使うのあいつら嫌がるし…俺だって嫌だ。」
ジョンは頭を抱えて慟哭した。
焼き殺す以外の方法で装甲を貫通し、かつ取り回しが良い都合が良いもの等存在しないからだ。此処まで行くと無理問答と言って差し支えない。
魔法が防御力を無視してダメージを与えられるのはどこかのゲームだけの話に限ったもので、ここでは圧倒的装甲が押し寄せる攻撃を装甲が完全に遮断してしまっている。
帝国軍にしてきたことに対するしっぺ返しだろうか。彼はそう考えていると、ソフィアはあることに気が付いた。
「——ランチャーは発射機の意味ですよね、確か。つまり貫くようなものをぶつければ良い。発射機を使わず、直接勢いよくぶつければ…?たとえば柄をつけて投擲する、や弓を使ってしまうとか」
我々のような現代人はあることを忘れていた。銃も対戦車ミサイルも、ICBMや核ミサイルに共通することとは何か。
いかなるテクノロジーをもってしても遠距離から何をぶつける、ということは有史以来変化しない、することはない。様々なことに触れそして、理解したからこそ出せる結論だった。
「…RPGの弾頭は確かに安全ピンさえとっちまえば敵にあたろうが落っことそうが起爆しちまうから出来るにはできる…が。至近距離で爆弾を爆発させたら普通耐えられるはずが——…いるじゃねぇかオイ!歩くトーチカが!」
「頭ン中70年前で止まってんじゃねぇか?」
二人の提案を聞いたグラサン顔の班長はあきれ返っていた。
それもそのはず、古今人間が苦労して対戦車爆弾を長く正確に飛ばそうと必死こいて努力し続けている。
それにも関わらず穂先に爆弾をつけて刺突というあまりに原始的な方法、先祖返りが起きているからだ。
「そこをなんとか…ね、班長?」
厳しいまなざしを向けられてもなおジョンは彼に懇願する。誰がこの案を出したのか、隣にいる殿下様が如実に示していることもあり、班長は渋々答えた。
「使わなくなったPG-7VLのダミーがあるからソレ使いな。刺突爆雷にしたいんなら適当なパイプを溶接すりゃいいだろ。最悪はめ込んで外からバーナーで焼いてはめ込んじまうか。ダミーなら鉄くず置き場にあった、まぁ探すこったな。」
その一言があれば心強い、ジョンは天にも昇るような声を出す。
「ほんとすか!?」
「——別にいいけどよ、ジョン公。そういう案件なんだろ?」
班長は頭を掻きながら本音を溢す。整備班の中でもソフィアは腕こそ立つが暴走する異常な好奇心に対し、別個の対応を取っている節がある。
彼は大方そのことだといち早く気が付いたがために兵器開発を許可したのだった。
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アークやガス溶接というのは流石に国家資格もので並大抵の人間では取得できないため模擬弾頭とパイプを接合するには金属の膨張を利用した焼き入れをすることとなった。
異界のものであろうがバーナー程度手慣れたもので、スクラップの山から模擬弾頭とパイプを引きずり出すと粗雑であるがHEAT槍を作り上げてしまった。
「バーナー触ってもう…一週間くらいか?やべぇな。」
「エアブラシと似たような感覚でしたので。」
「そうはならないだろ…」
少々の掛け合いの後、ソフィアは粗雑な槍を何度か風音が出るまで頭上や脇で回し始めた。ジョンの知っている武道や騎士道精神とはかけ離れていたが、確実に殺意のこもった一閃を目の当たりにすれば偏見だと理解できる。
この一部始終を終えた彼女は納得がいかないようで、どこか不満げだった。
「…想定していた通り、重心が前に来すぎている…。重しをつけるにしても吟味しないと。——たしかこの先を爆発させるためには逐一安全装置を解除しないといけないのでしょう。そう考えると槍を使う身としては遅すぎる。
でも槍と形状はさほど変わりませんから、違和感はそこまではないかと。」
彼女の言うことは真っ当だ。ただ重さの配分などされていないパイプにHEAT弾頭を括り付けただけでは重心が偏り、敏感な槍使いにとって大きな障害になること。
またRPGの弾頭を流用するため安全装置を解除する必要がある。あらかじめ解除しておくという方法もあるだろうが安全性に欠ける。何かの拍子で起爆した場合、非装甲スタッフに対する被害は甚大だ。
どのみち今のままでは問題が山積みであることに変わりはなく、ジョンは息を深く吐きながら額の汗をぬぐう。
「1から作る必要があるな…重心がああだこうだ、ってのは任せろ。錘を溶接しといてやる。」
全く新しいジャンルの兵器開発が始まろうとしていた。
次回Chapter86-1は7月30日10時からの公開となります




