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Chapter 9. arrow from shadow

タイトル【深淵からの矢】

異次元世界U.Uは横浜と同じ時間が流れている。


既定現実側の山下公園に夕暮れが訪れると向こう側も同じように日が暮れる。

たとえ日が落ちて獣がねぐらに帰る頃であっても作業は続いた。



昼間に据え付けきれなかった機関銃と機関砲がまだ残っているのと、同時に設置した固定機銃には肝心の弾丸が装填されていない。


運ぶものは機関銃から数百発からなる弾帯に成り代わっただけに過ぎなかった。



 濃緑に染まった草原でも夕日に照らされ、影が強く支配するようになると一枚の絵画のように美しい。そして日が落ちれば拠点に設置された発電機から電気を回して白熱灯を灯してなおも補給作業は続いた。



機械化歩兵から兵士、そして事務員に至るまであらゆる人員をこき使って戦車砲弾、機関砲弾、そして重機銃弾の装填が未だに終わらずにいた。



 かの美しい夕暮れから日が落ちて暗が支配してから数時間が過ぎていた。監視棟に置かれたデジタル時計が21時を迎えようとしていた頃合いである。



拠点の門周辺に積まれた土嚢に弾薬箱を設置しようとスタッフの一人であるマディソンが大きな米袋一つ分ほどの重い鉄箱を持ち上げた時であった。



「oh shit! 肩がぶっ壊れちまうぞ!」



マディソンがそう愚痴を吐き散らす。



機関銃は自動火器であり弾丸とそれに伴う死をばらまく兵器である。彼が持っているような200発程度しか入らない弾薬箱ではすぐに打ち尽くしてしまうだろう。



そのため土嚢の下にいくらかの箱が置かれているが、これを補充する作業は戦場に出る兵士ではないマディソンにとって苦痛極まりない。


肩をがっくりと落としてため息をついていると土嚢から乾いた音がした。



「なんだ雨かよ、まったく勘弁してくれ——」



目線を向けると土嚢に矢が突き刺さっていたのである。マディソンは自分がヤバイ薬を飲んだかと思い目を擦った。


だが矢は存在し続けている、それどころか夕立のように矢がこちらに向けて降り注いできたではないか!



「Ah——shit!shit!shit!」



拠点は赤い警告灯とけたたましいサイレンに包まれていく。

あたりに兵士と逃げる作業員が交差しあい混沌と化し始める中、静かな迎撃戦が始まった。

音を立てずに攻めてくる未知の文明から拠点を守るために。









—————————————








 損傷した機動偵察小隊はマリオネス大尉率いる陸軍第四小隊に併合され、皇族を匿っていると考えられる場所に夜襲をかけることとなった。


高い機動性と攻撃力を持つ騎兵を基軸としていたため突入の先陣を切ることになったのである。



 暗闇に包まれている中に煌々と光る場所が目に入ってきた、これこそ皇族がいる攻撃地点で間違いない。


騎兵は草原を風のように駆け抜け、そしてその光に寄せられるかのように前進を続けた。


体の至る場所を装甲で覆ったパラディンであるダスター少尉を筆頭に鏃のような陣形を取らせると、大槍を構えてこう叫んだ。



「突撃開始!」



その鶴の一声で一斉に騎兵の槍が構えられ、より速度を上げて反乱軍の拠点へと突撃を開始。

蹄が地面を蹴飛ばし続けていると遙か遠くにあった要塞の光が近づいていった。



空には魔導士の飛ばした火球が闇に隠れた雲を照らし、その合間を縫っておびただしい数の矢が火球を追い抜いていく。


これだけの矢と火球が直撃すればパニックになった兵士が丸腰で飛び出してくるだろう。

鍛錬を積んだ騎兵や聖騎士にとって入れ食いであることを意味する。



 要塞の門が火球の着弾によって見えてくる距離になると、隊が攻撃のため鏃から隊長を後ろに配置した谷の陣形へ変化。


先陣を文字通り切るエルモンドが槍を後ろに引き、より速度を出すように馬を蹴飛ばしながら



「目一杯槍をぶち込んでやるぜ」



と叫びながら突撃を敢行したのである。ところどころ着弾する火球に照らされた顔はギラリと目を光らせ、不気味な笑みが浮かぶ。


一見抵抗を見せない反乱軍拠点をなぶり殺しにしようという彼の魂胆が見え透いていた。







—————








 その一方でランボースキー(PKM)の黒く無機質な照門の中心にその愚かな騎兵を捉えられることも知らずに騎兵隊は接近を続けた。


沈黙を貫くSoyuz拠点は恐るべき威力を誇る対空機関砲も地面に向けられ、あらゆる機関銃の照準は草原へと向けられていることも知らずに。


そう、殺戮の準備は既に整っていたのである。



次の瞬間、拠点の沈黙が破られた。



BLATATATAT!!!


DALLLL!!!!


GLAGLAGLA!!!



 拠点に張り巡らされた機関銃と対空機関砲が一斉に牙を剥き、草原に鉄の嵐を巻き起こす。


乾いた機関銃の発砲音と硝煙を吐く空薬莢が落ちる音に混じるように、重く金属が跳ねる轟音も食い込む。


闇夜に曳光(えいこう)弾が混じりだし、遠方に光のアーチを見せる中、打ち付けるスコールをはるかに凌駕する弾幕はさっそく死をばらまき始めた。



その毒牙は勇敢にも槍を構えていたエルモンドに襲い掛かった。

かまいたちのような風を切る音、そして闇夜から矢よりもはるかに速い光のようなものがこちらに迫る。



「———ッ」



エルモンドは声を上げる間も与えられず兜ごと頭が吹き飛ばされ、力なき肉塊に成り果てると地面に転がり落ちた。

主を失った馬も凄まじい鋼鉄の嵐に晒されると悲鳴を上げることもなく沈黙する。



「散開し敵陣を突破しろ!」



エルモンドのあまりに無残な死を振り切るようにダスターは声を上げる。

人間と敵の戦いではいずれにせよ戦死者は出ることだろう。


昨日マリオネス大尉からの言葉を思い出しながら恐怖をかき消しながら馬を反転させジグザグに走らせる。



この鉄の大災害は遙か後方にいるマリオネスのもとにも襲い掛かった。

わずかながらの閃光と弓矢ではない空をナイフで切り裂いたような音、間違いなく銃のそのものであった。



銃自体が珍しい兵器であること、そして弾幕を張るほどの連射力。いずれにせよ部隊が大混乱に陥ることは間違いなかった。

大尉は夜風が吹きすさぶ中、巨大な大弓ガロ―バンを脇に挟み手のひらを空に向けると特徴のある火球を打ち出した



 それは隊の前進を意味する信号弾であった。

戦力をひきつけながらこちらの竜騎兵を突入させ捕縛する。それが大尉の作戦だ。






—————






 草原にいる両者間は大混乱の渦にあった。


帝国軍側は火球や矢とも違う恐るべき殺戮の雨の前に恐怖し、Soyuz側は外を監視する要員すら労働に従事させ続けていたために敵対軍の存在を見落としたために満足に準備できないまま迎撃せざるを得なかったためである。



接近してきた騎兵の殲滅はできたものの矢のスコールは止むことなく降り注ぎ、少佐と言えども前線に駆り出される始末であった。



 拠点に設置された機関銃の引き金を引き続ければボルトが前後し、崩れたベルトリンクと共に灼熱の薬莢を地面にばらまいてゆく。冴島は機関砲の砲手を受け持ち、制圧射撃を続けていた。


その最中、巡洋艦のような図体を小さな椅子にめりこませながら少佐は声を荒げた。



「投光器をつけろ!破壊されたら照明弾を迫撃砲から撃ち出せ!」



しばらくすると投光器からまばゆい光が照射された。凄まじい光源で敵を燻りだし、機関砲の一斉射撃を浴びせようというのである。



少佐が機関砲を少しでも旋回させたその時、蛍光灯が割れるような音と同時に敵を照らす灯は消えた。


冴島は今相手にしている敵が原住民や蛮族、並大抵のゲリラではなく戦い慣れている軍隊であることを痛感した。


しかし敵がプロフェッショナルならば、Soyuzとて同じこと。迫撃砲が発射されると、周辺は夜が明けたかのように照らされた。



その聖なる明かりにできた人影を見逃さない!



DALLLL!!!!



砲弾が草原を軽く吹き飛ばすと、そこには影すらも見えなくなっていた。

 その一方、標的となった依頼人(ソフィア)の護衛は一触即発の状態まで追い込まれていたのだった。



「窓から引き離せ!死ぬぞ!」



護衛のスタッフがライフルを片手にしながら窓にむかって怒鳴りつけていた。

皇女殿下がクライアントルームの窓から離れようとしないのである。


後ろにはエイジが鬼のような血相で引っ込めようとしていたが焼け石に水だった。



クライアントルームとは名ばかりのスーパーハウスであり、プレハブの進化系である。



もちろん装甲は張られていない上に窓も通常のガラスそのもの。


そのため銃弾や匹敵する矢が降り注いだ時には丸裸同然なのだ。



突如として奇襲を仕掛けられたため避難が間に合わず、外には火球すら降り注いでいる。丸裸同然ながらないよりは遙かにマシか。



 殿下は言葉を発することなく目を開いて火に燃える光景を見ていた。そのまなざしは好奇のものではなくその眼に焼き付けようとする意志からであった。



瞳に映るそれは帝国の演習とはまるで異なる異質なもので占められていた。



なにやら台車から恐ろしいほど大きい音とほとばしる閃光。

赤く光りながら鳴りやまぬ鐘の音。


そして大雨のように弾を撃ちだす銃のような物体。


何もかもが見たことのない物体で埋め尽くされていた。

危険なのは重々承知でありながら、この目で見定める必要がある。


Soyuzがどのような存在かを。


 拠点の中には非常灯が点灯していたが降り注ぐ矢と火球のおかげで居住施設の電力供給が時たま不安定になっていた。外では何やら筒が束になったようなものが空へと向けられていた。



SHHHOOOoooo!!!



爆発の嵐が吹き荒れる中、でもその音ははっきりと聞こえた。激しい煙と閃光と共に筒は空高く飛び立っていった。


その炎が生み出す明かりは闇夜でもくっきり見えるほどすさまじいものであった。

しばらくするとくぐもった爆発音が合間を縫うようにして耳に入る。


火薬の炸裂する音に支配された外からでも外のスタッフは騒いでいた。



「敵機を撃墜したぞ」



「数はそれだけか、安心するな」



その言葉を聞いてソフィアは感づいた。空には竜騎兵しかいないことを。


そして先ほどの空飛ぶ大筒が精鋭であるはずの竜騎兵に向かって炸裂し、撃墜したことを。体は力なく崩れ、膝をついた。


すかさずエイジがその体を支え


「いかがなさいましたか殿下」


そう言葉を投げかける。


しかし殿下は言葉を出すこともなくただその腕に支えられたままだった。いくら自分を抹殺しに来ている存在であろうが、その前に祖国の民である。



そして自分は帝国の民を間接的に手にかけたのだ。



わかっていたことだが、理屈で分かっていることと、現実に直面するのとでは重さがあまりにも違いすぎる。



心の底ではSoyuzという力に恐怖していたのも事実だった。

その傍ら祖国に牙をむいたという罪を自らの心に植え付けられたのだった。



 鉛のスコールが降り注ぐ草原では無残に損壊した死体と生きている人間の比率が崩壊していく。



遮蔽物のほとんどない草原に真っ当な逃げ場などあるはずもなく、魔導士にアーチャー、男女さえ関係なく死んでいく。戦死者は後方にいるマリオネスの近くにいる兵士にまで及んでいた。



頼みの綱である機動偵察隊の竜騎兵による突入も成功しなかった今、これ以上戦い続けていても消耗するだけであると大尉は考えていた。



 万が一そうなったとしてもマリオネスはうろたえることはない。

大尉の秘策に打って出る時がまさにきてしまった。



そのためにも捕虜にもされてよい囮を用意している。

大尉は手のひらを再び空に向けて電撃を呼び出し、伝令を出す。



撤退信号だ。









————————






一方、最前線にいる分隊は未知の兵器相手に戦闘を強いられていた。不用意に前進すれば死体に変えられてしまうことを分かったため、伏せながら弓を弾いていたのである。



 「撤退信号が出たぞ!」



大弓を持つスナイパーが声を上げたが、それをたしなめるように近くに立っていた伝令兵が肩に手を置く。



「分隊長、おたくらの分隊は隊の撤退支援をし続けろってマリオネス大尉がおっしゃっていた」



スナイパーは激高し、立ち上がりながら伝書兵を怒鳴りつける。



「なんで俺たちだけなんだ、あの野郎が逃げる捨て駒にされるってのか!」



その瞬間、肩に猛烈な衝撃が走り地面に倒れた。いざ肩を見ていると関節から出血し、焼けるような痛みが襲う。

傍らには首から先がない伝令兵の死体が転がっていた。



周りを見渡す合間にも次々と部下や戦友が腕を吹き飛ばされ、人間の形を保てなくなりながら死んでいく。



分隊長はいずれ隊全員を皆殺しにされる。そう死を覚悟しながら怯えることしかできなかった……






———————






戦闘は数時間が過ぎた後にマリオネスが率いる隊の撤退によって幕が閉じられた。



平和なアイオテの草原には吹き飛んだ腕や足、そして血にまみれた鎧だけになった死体がそこら中に転がっている。まるで子供がビー玉をばらまいたかのように。



 しかしSoyuzの仕事は防衛だけで満足するはずがない。

拠点を襲撃した存在は一体どのようなものなのか、突き止めなければならかったからだ。



未だに月と星々が天体プラネタリウムのように光り輝く中、損害確認が始まったのである。



 草原だけではなく拠点にも戦闘の爪痕は残されていた。


足の踏み場もないほどの空薬莢とベルトリンク、そして無数に刺さった矢とコンクリートや金網についた焦げた跡。


この時初めてSoyuzはファルケンシュタイン帝国を相手取って戦った、初めての日であった……

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