Chapter81. the death duel
タイトル【死の遊戯】
——ウイゴン暦6月22日 既定現実6月29日 午前10時12分
——シルベー城司令部地下通路 250m付近
死屍累々の地獄を踏みつけながら突入チームは司令部制圧のため奥へと突き進む。
当然ながら罠や策略が張り巡らされていようとも、そんなことは知っていた。
そんな小細工をかみ砕きながら進むのが特殊部隊の使命でもある。
先にミジューラを、その背後に突入部隊がぴたりとくっつきながら、さらに背後にいるBMDが引っかからないか誘導していた。そんな時のことである。
【だめです、50m先、入れたとしても後退できません】
Gチーム隊員が無線機片手につぶやいた。
空挺戦車は火力支援やいざという時の発破にも使うことができる。その反面、退避口に蓋をしてしまうということを忘れてはならない。
ジャルニエ城制圧作戦ではこういった密室で敵を排除するため火つけする事例から、装甲兵器が行動不能に陥り後退が遅れてしまうことが懸念される。
そのため少佐は無理な前進はせず、入れないと判断した場所で停止するよう命令を出して
いた。
【LONGPAT了解。】
報告してきた隊員にそう返すと、冴島は意を決しニキータに対しこういった。
【LONGPATからG TEAM READER.50m先より通路の構造上火力支援を行えない。支援を求める場合後退せよ。——お前たちは優秀な部下だ。成功を祈っている。】
司令という立場上、実際に戦うことはできないし指揮という形で手助けすることができない。
しかも間接的という制約がつく。直接的にクモの糸を垂らすことはできず、彼らが苦悩する様を見ていることしかできないのは幾度経験していても心に来る。
【G TEAM LEADER了解.】
その言葉にニキータは了解とだけ済ませた。彼が不愛想なわけではない、この一言は少佐に対して必ず期待に応えてみせるという決意でもあるのだ。
——————
□
————シルベー城司令部地下通路 300m付近
次突き進もうとしたところ当然というべきか扉が固く閉じられ施錠されていた。今まで敵を阻むことなくおびき寄せる意図が見えていたがそれにしては不自然だ。
電子城内図によればここは最初の扉で司令部まで半分といったところ。封じ込めるにはあまりに手前すぎる。
中途半端に閉じられた隔壁に念仏を唱えても進まないためニキータはミジューラに扉をこじ開けるよう命じた。
「爺さん、頼む」
「任されよう」
ジェネラルの鎧は中型トラックにも匹敵するような重量がある。拳や蹴り一つでもプリウス弾と同等の威力を持つ。
———GRAAASH!!!——GRAAASH!!!!———
その名の通り、車が幾度も激突したかのような音が通路に響く。
重量3tという恐ろしい質量の連続攻撃に晒され無残にカギは破壊された。といっても木扉が衝撃に耐えられず突き崩されたといっても良く、とどめにはBMDの30mm機関砲で鍵を完膚なきまで粉砕。
侵入することに成功した。
何が起こるかわからない以上、ミジューラが盾になりながら様子を伺う。
「——ぬぅ…」
そこには異様ともいえる光景が広がっていた。兵を運用する気がないのかあたりは一筋の光もない闇に覆われていたのである。
魔導士とは言えフレイアなりで明かりを設けるはずだ。気になった彼は暗視装置の電源を入れるヒモを引き、何が起きているのかを確認した。
すると魔力灯がすべて破壊されていたのである。待ち伏せされているとミジューラは察知する。
「——待ち伏せされておる。魔導士や弓引きのすることではない。おそらく歩兵だ。
儂が追い付けぬかもしれん。用心せよ」
戦場慣れした英雄はどのような敵が待ち伏せているか大まかに理解できる。
魔導士やアーチャー、スナイパーであれば開けた瞬間に攻撃が待っているというもの。
あれだけの大きな音を立てれば敵が侵入したことくらいわかる。それにも関わらず一斉攻撃をしてこないのは敵の射程に入っていないことを意味する。
消去法で残るのはアーマーや勇者やソルジャーといった歩兵。
「了解、フォーメーションB展開せよ。」
ニキータは全員にこう指示を出した。どこからくるかわからない敵に対してはこれが一番である。
人間、単独ではどうしても死角ができてしまうというもの。隊員に陣形を作らせることにより互いを補い合うのだ。
こうしてひどく寂しく、罠が待ち受ける通路へと足を踏み入れていった。
暗視装置を使っていたとしても相手は想像を超えた手段を使ってくるだろう。暗闇をかぎ分けることができたとしても、この瞳に実像が映るかわからない。
———ZAC…ZAC…——
隊員たちの軍靴が石畳に覆われた通路内に満ちてゆく。だというのに敵影はこれっぽっちも映らない。常人ではあまりの不気味さに怖気づくような環境に置かれながら、彼らは不安にはならなかった。出てきたところを確実に仕留めるだけの腕と自信があるためである。
——————
□
そんな時であった。隊員たちの目の前に焚火のように揺らぐ人影が現れたのである。それも壁を走っている。
いち早くトリガーを引いたのはゴードンだった。
「11時方向敵発見、交戦開始」
だが敵の様子がどうにもおかしい。病み上がりとは言え、特殊部隊に選抜された腕前である。
走る人間に対して当てることは極めて容易。
——BTATATA!!!!——
「湯気に撃ってるのと同じじゃねぇか—」
奥歯をかみしめながらゴードンは捨て台詞を吐いた。
敵に向けて銃を使うとき、当てた時の手ごたえがあるもの。
だが、不気味なことにそれが一切ない。彼はデコイではないかと疑いをかける。
多くの隊員も同じだろう。
囮に妙な仕掛けがされていることも考え、着実につぶしていく他ない。
「——2時方向!」
敵はいつになく無常だ。常にこちらの計画を崩すように動くのだから。二人目の発見報告が叫ばれれば、すかさず恐ろしく正確な射撃が向けられる。
——CRSH…!——
囮に向けられた一発の銃弾が何かを貫き砕いた音がした。
ある隊員が一瞬だけ視線を向けると、ライフル弾が貫通したのか破壊された装飾品と、それをつけていたと思われる死んだネズミが転がっていた。
これが移動式プロジェクターのような役割を担っているのだろう、まさに魔法の世界ならではの使い方だ。
そう納得し目線を戻した時だった。目の前に敵の勇者が来ていたのは。
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□
1秒にも満たない世界で隊員に向け赤く光る剣が振り下ろされる!
言葉をつらつらと並べるだけの時間はない。煌々と輝く一撃を彼は間一髪、避けることができた。
デコイに注意を割いていたのは紛れもない自分であることくらいわかっていた。
それを知って、敵は視線が奪われた極めてわずかなスキを嗅ぎつけてきたに違いない。
そして奴が持っているスターウォーズめいた剣。虫の知らせかこいつには当たっていけないと告げている。理性ではない、本能が。
敵はこちらが感傷に浸っている時間にも付け入ってくる。続いて横に斬撃をしてきたのだ。
まともな人間の腕力でできるような速度ではなく、次の攻撃は避けられない!
———QRAM!!——
剣と銃が鍔迫り合い、火花が散る。
辛うじてレシーバーで受け止めることができたが、スピードだけではなく敵のパワーも並大抵のテロリストとはまるで桁が違う。
まるで万力と腕相撲しているかのようだ。
しかし、一度こちらの手中に入れてしまえばこちらのもの。強大な力がかかった剣を払いのけ、咄嗟にM4を乱射して距離を取る。
——BLATATA!!!!——
相手はターミネーターではない、自動小銃の至近弾を何発も食らった敵は引き下がった時
バックアップについていた味方が敵を射殺した。
「おどかしやがって」
ゴードンは気を引き締めながらつぶやいた。だが彼らは知らない。本当の恐怖はまだ残っていることを。
「警戒を怠るな」
戦闘終結後、さらなる伏兵に備えてニキータは隊員の気を引き締める。隠れる場所は少ないとは言え、今回の作戦は早期制圧を目的としているためサーマルゴーグルを装備していない。
暗視装置はあくまで人間の暗中での視界を保証するもので、可視光を透過するような敵に対してはガラクタ同然、基底現実世界には光学迷彩を装備した無茶苦茶な敵は未だ出現していないためである。
「——!」
その時である。
背後からわずかながら殺気を感じ、振り向いた。明らかに兵士の貧乏芸の一つではない、ここまで気配を殺すことのできる人間は特殊部隊のような人間を超越したような存在。
ニキータの瞳には青紫とも言い難い鎧を着たもう一人の勇者が投影されていた。
ダース山でジェイガンを襲った、忌々しき剣士サルバトーレだ。
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□
真っ黒い装備に、異形の銃。ニキータたちGチームは己の部下を虫けら同然にあしらい、殺戮していった仇で間違いない。
それだというのに彼はひどく冷静沈着を貫いていた。少佐にとって戦友よりも作戦の遂行がはるかに重要である。
ソウルキラーを差し向けたものの、殺せると確信した瞬間に感づかれ結果的に彼の闇討ちは失敗した。
そのくらい想定の内。わずかな時間が命取りとなる以上、こんな取り巻きにかまっている暇などない。だが放置するわけにもいかず戦闘する能力を大幅に削ぐ必要があった。
ニキータを援護するようにトムスが敵目掛け狙いをつける。
———BLATATATA!!!——
銃弾を浴びせた人間は間違いなく死ぬ。そうなれば良かった。
———QRAN!QRAN!QRAN!——
サルバトーレは銃口に合わせて剣を平行に保ち、銃弾を受け流した。狙いが正確すぎるがため、読むこともまた容易。
固定されている刀に銃弾を撃ち込むのならまだわかる、だが目の前にいる怪物は造作もないことのようにやってのけた。
トマスは目を疑う。
明らかに貫通できそうな相手に対し弾を撃ち込んでおいて倒れないやつはいないと思っていたからだ。
戦いは止まらない。
奇襲が失敗しようが、サルバトーレにはまだ敵を錯乱させるという任務が残っている。
まるで忍者めいて体制を低く取ると、ちょうど付近にいた隊員に襲い掛かった。
——BTATATAT!!!!———
この男、一度見たものは通用しない。手にしたソウルキラーと盾で弾丸を水しぶきの如くはじき返しながら懐まで迫る!
もはやここまで来られたが最後、長銃は意味をなさないと判断した隊員はライフルを投げ捨て拳銃を取り出した。
「伍長の手向けになってもらう」
先ほど襲い来た勇者とは速度が根底的まで違う。
格闘戦訓練を積んでいるはずの特殊部隊を追い越す、まさに電雷のような速さでボディーアーマーを切り裂いた。そしてソウルキラーの本領を活かすべく剣先を肉体へ突き立てようとした時である
——BANG!!——
「——!」
9mmパラベラムがサルバトーレの肉体にめり込み、肩に焼けるような激痛が響く。
攻撃が単純であれば読みやすい、それはGチームも同じこと。絶対的に防げないタイミングでトリガーを引いたのだ。
いくら超人でも物理法則には抗えない。至近距離で銃弾の衝撃を食い、思わずよろめくが止まることはない。
盾を放り投げ足に力を籠めると魔具【ブーツ】がぼんやりと光ったかと思うと少佐は高く跳躍していた。
死角をいくら突いても連携攻撃を行われる、咄嗟に上からならどれだけ腕を上げようが対応は難しいと踏んだのである。
ここまで来るとこの場に平凡な人間はだれ一人いないことがよくわかるだろう。
次毒牙にかかるのは一体誰か。
「野郎!」
ゴードンだ!着地した瞬間、降りしきる鉄の雨を凌ぐ合間なく銃声が浴びせられるが
サルバトーレはそれを見越し何かを盾にした。
——QRAM!!QRAM!!QRAM!!!!
ここは地下通路、遮蔽物などないが一体何を傘にしたのか。Gチームの盾、ミジューラだ!
如何に彼が速いと言っても、ジェネラルは動きが制限され超人的な勇者の動きにはついていけない。
まして異常なまでの素早さを誇る彼にとって良い隠れ蓑と化す。
自ら飛び込んできた敵に対しミジューラは槍を振り上げた。魔具のおかげで動きが兵士に近くなるとは言え、相手にするのはエースすら蹂躙する恐ろしき魔獣。
彼にとってはジェネラルの動きなど荒いコマ撮り動画のように見えている。
矛先が今振り下ろされた瞬間、地面を勢いよく蹴り上げると、構えられた盾を踏み台にGチームの背後に回り込んだ。
次の瞬間。用はないと言わんばかりに、壁を忍者めいて左右の壁をけりながら逃げていくではないか。
奇襲が失敗したと言え、訓練された特殊部隊を手玉に取り目的を達成してしまったことを意味していた。
ニキータらの失態かと思いきや、たとえ連携したとしても人間という枠組みをはるか彼方に置いてきた厄災相手に死者を出さなかったこと自体がもはや偉業である。
【G TEAM READERからLONGPATへ、敵に突破された。壁をけりながらそちらに接近している。また、対象に真っ向からの銃撃は弾かれ効果がない。——追跡を開始する!】
【LONGPAT了解】
サルバトーレは向かう、本当の指揮官を討ち取るために。
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□
Gチームらが追跡するも、あまりにもヤツは速い、速すぎる。
まるでサラブレッドを追う亀のごとくニキータ率いる隊員たちはみるみるうちに引きはがされていく。
おまけに城内図では直線状であるとされているが、実際のところ山道のようにうねり下っており恐ろしい速度で死角に入られたことになる。
間違いなく言えることはどれだけ走ろうとも間に合わないということだった。
————シルベー城司令部地下通路 250m付近
ニキータからの連絡を受け、BMDは機銃を放っていた。
鍛え抜かれたGチームでさえ振り払うだけの速度を出す相手だ。
至近距離まで接近された際に死角ができてしまうだけではなく、旋回が遅い機関砲では間に合わないと少佐は考えていた。
——BLATATA!!!———
薄暗い通路に機銃弾が降り注ぐが、それをあざ笑うかのように敵は壁を蹴り非人間的三次元機動でこちらにやってくる。
どのみち当たらないのはわかっていた、機銃掃射はあくまで行動を押さえつける足かせなのだから。
動ける範囲を制限して、何をするかに意味がある。
冴島は愛用のガバメントのセフティーを解除するとゆっくりとハンマーを下ろし、スライドを引く。
「正気ですか」
いちはやく異変に気が付いた砲手が彼に問う。
「敵はニキータではなく、俺を狙っている。正面からの銃撃が効かない以上、BMDの機銃は無意味だ。俺自身が餌になり直接仕留める。
やつは優秀な部下を振り切って来たような奴だ。小細工など通用するわけがない。ここからは俺と奴との決闘だ。…らしくないがやるしかない。」
スライド越しの眼差しはひどく鋭かった。
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□
意を決した冴島は車長用ハッチから身を乗り出す。
改めて動きを追ってみると、歴戦の彼でもついていくのがやっと。こんな怪奇相手にGチーム、またBチームはよく戦ったものである。
サルバトーレ少佐は壁を左右に蹴りながら迫ってくる。あまりに速く形を捉えられるはずもなく青紫の残像だけが残るのだ。
とても正気とは思えないような速度を出しているが、敵も狂っているとしか言いようがないような身体能力で迫っているのは事実。
目には目を、狂気は同じ狂気を。
冴島少佐は銃を持った右腕を上げ、左脇を絞める。目は真開き、狙いを定めた頭は主力戦車のようにピクリとも動かさず照門に敵が入るのを待つ。
一瞬たりとも気を抜いたら死が待っている、ヤツはそれを狙ってくるようなプロだ。
敵はこちらをかく乱すべく、複雑な三次元立体機動で飛び掛かる。ここまで来てしまうと戦闘機と何ら変わりない。
どちらの少佐とて武器は違えど勝負は一瞬だとわかり切っている。先に仕掛けたのはサルバトーレだった。
ソウルキラーの不気味に光る剣先が冴島向けて猛突するが彼は引き金を引こうとしない。
反応が遅れたわけではない。ここからでも弾いてくることを予見し限界までひきつけているのだ!
ふわりとガバメントの銃口がほんの少しだけ上へ向けられた瞬間、トリガーが引かれた!
———BANG!!——
スライドが後退し空薬莢を薬室から引き出し外へと放り投げた時。サルバトーレの眉間には.45ACPによる風穴が開けられていた。
死を迎えた肉体と魂殺しは冴島に突き刺さることを敵わず掠めていく。
空薬莢が着地すると同時に死体は力なく倒れた。
次回Chapter82は7月17日10時からの公開となります




