Chapter76. Mission:Impossible in the Castle by Zantel
タイトル【ミッションインポッシブル・ガンテル】
冴島やパルメドの活躍の少し前に時間を遡り、物語を始めよう。
様々な大躍進を遂げる中、彼らの他に送り込まれた人間がもう一人いることを忘れてはいけない。最も城の兵士に怪しまれない男、ガンテルだ。
「畜生、こんなところに押し込めやがってこの野郎。人のことを何だと思ってんだ、覚えてやがれ!」
人気がないことをいいことに豪快に箱を突き破ると、体を伸ばしながら悪態を溢す。
一日近く狭苦しい木箱に押し込まれた挙句、乗り心地など考慮していない馬車に押し込まれたのだ。体を引き延ばしながら悪口の一つや二つ付きたくなる。
配達された場所はどうも倉庫らしいのは良いとして、武器ばかりが置かれているのが第一気に入らなかった。戦争中一日や二日は飯を抜いても平気だったが、誰だって空腹は嫌なものである。
腹が減ったまま仕事するというのは腹が立つので使えそうなものを漁ることにした。
「ああクソが、適当にうっぱらっても砂や干し草ってとこじゃねぇか。」
あるのは大量生産品の手槍や鉄の槍などであり値打ちのあるようなものはとにかくない。
前線に補給するための倉庫だということが分かったが今の彼にとってそんなことはどうでもいい。
「——かくなる上は…っておい、助かったぜ。こんなところに干し肉が…」
【作戦は始まっておるぞ。わかってるのか。それにお前の素行は記録されていることを忘れるな】
あまりに身勝手な行動を見過ごせなくなったのか中将はガンテルに釘を刺す。
【へいへい、わかっとりますよ。あ、そうだ。わかったことが一つ】
マリオネスめいた真っ当な指摘にどこか不貞腐れながら答えるが、どうにも分かったことがあるらしい。
【なんだ】
権能の問いを受け、ガンテルは続ける。
【多分城内にはスナイパーを配置する気はねぇらしい。前線向けなのか鉄の槍とかがゴロゴロしてるくせしてガロ―バン用の矢を置いてねぇってことはそういうことだ。スナイパーなんだからまともな将軍なら鉄の弓なんていう安物を使わせやしねぇ。】
【それに置いてるなら監視塔が関の山ってトコだろうな。こんな目にあって売れそうにないモンばっかしか——
…待てよコイツ聖水じゃん、ヒャア!すげぇ数だこりゃ。もういいだろ、こいつ盗んで売っぱらって終わりで!】
ここは前線兵士向けの武器がまとめておいてある倉庫である。それならば消耗品である手槍や矢等も当然置いてある。スナイパーを配置する気ならガロ―バン用の矢も当然あるはずだ。
【…お前の態度と素行はさておき…。わかったことは大きい。作戦を始めろ。】
これにより投下するBMDが撃破される可能性が低くなったことは良いが、他にも調べなければならないことが多すぎる。無線口でいつまでも干し肉を食い続ける彼に中将は杭を打った。
【わってますよったく。おちおち飯も食ってられねぇよ】
咀嚼した肉を飲み込むと体中の関節を鳴らしながら、悠々とした足取りで倉庫を後にするのだった。
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一見すると帝国軍のスナイパー。現職もそれに準じているのだが、あまりの適当な振る舞いと小賢しさが重なって余計に怪しまれることがない。口笛を吹きながら豪快に扉を開けて外に出てもそれは収まらない。
「暴言を言いすぎて矢切れしちまった。あーっと、何すりゃいいんだっけか」
ガンテルは長い苦行の末任務を忘れてしまったらしく、頭を掻きながらつぶやく。どうしようもない有様に中将は頭を抱えながら釘を打ちなおすのだ。
【敵規模や配置がわかるような資料を回収せよ】
とその時である。ゾンビのように徘徊するスナイパーが彼を呼び止めたのである。偽装が発覚したのだろうか。
「ようやく見つけたぞ、ここで逢ったが最後、絶対に来てもらうからな!監視塔の要員の!交代だ!この俺の休憩時間をこんだけ割きやがって…!次あったら俺はお前を殺す!」
違うようだ。あまりの疲労の末に狂気に足を突っ込んでおりガンテルを交代の兵士と勘違いしているのだ。9割背格好や装備品が同じな分、間違えるのも無理もない。
「知らねぇぞそんなん!いいか、俺は仕事なんぞしたくねぇんだ、わかるか?わかれよオイ!」
怠慢の塊である彼は男の提案から逃げようとすると、逃さないと言わんばかりに組み付いて叫び倒す。
「黙れ!俺は働いたんだ!休んでいいだろう!交代の人間はこねぇし、魔力灯で目はおかしくなるわ、眠いわ!俺はお前を殺す!」
「この野郎お前、人の耳元で怒鳴るな、耳がいてぇよ!」
狂気の監視兵に連れられるがまま、ガンテルは監視塔に拉致されていった。
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疲労ゆえに狂った兵士によって塔内に投獄されると、辺りを見回しながら独り言を垂れ流す。
「ここの将軍無駄にカネかけてんなぁ、ジャルニエにあったのは火のヤツだぞ?多分。
こんだけあれば人生空色ってもんなのによ。真面目にも程があるぜ…」
「お、誰のか知らねぇガロ―バンじゃん、置き忘れるなよ…いただくけど」
ここにある投光器は過去ジャルニエでも見られないものだった。
生火式のサーチライトと異なり、内部に仕込まれた魔力灯のおかげで風がこれだけ吹いていようが気にせず投光できる利点がある。
というのはガンテルにとっては関係ないようだ。
【…お前と違って生真面目なんだろう。ここに居ては埒が明かん、抜け出せるか】
流石にここに居たままでは作戦が進められないため、中将は彼にこう指示する。
【まぁそんな急がなくってもいいでしょうが、おっ、引き出し】
権能の指示を裏腹にガンテルは監視塔内を漁っているのだ。どれだけ手癖が悪いのだろうか底が知れない。
【…気が済んだら脱出してくれ】
彼はあまりの所業に呆れながら言い放つのだった。
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制御の効かなくなったガンテルは窃盗の現行犯で捕まるであろう勢いで引き出しを開けて中身を物色していた。
「あ、コレお偉いからの通達書じゃん。昨日あたりに帝国陸軍魔導士大隊からきてんじゃん。増援で。かーっ、殺すのだっる。どうりで水浴びできるくらい聖水があるわけだ。」
彼はとんでもないものを発見した。通達書である。来客などの際、侵入者ではないことを通達する書類、つまるところ[どこの誰が何人で来たか]の履歴だ。
そこに帝国軍大隊の文字があるということは増援を呼んだことを意味している。
【まさかそんなものが見つかるとはな。カメラに映してくれないか】
ガンテルの盛大な独り言を聞きかじった中将は指示を下すが、散々な目に遭ったのか彼は無駄に口答えをし始める。
【どうせおたくら文字が読めんくせに、俺知らないからな】
【いいからやれ】
圧力を掛けられたガンテルは心底めんどくさい顔をしながら襟元についているカメラに書類を見せると次の引き出しを物色し始める。
取手を掴んでおもむろに引くが、鍵がかかっているらしく開けることができなかった。
だがそこで諦めるほど彼は往生際の良い男ではない。
「…この野郎、無駄に鍵をかけてやがる、ごくろうなこった。運が悪かったな、マリオネスのへそくりを頂戴した俺にかかればこんなもの…」
懐から針金を取り出すと鍵穴に容赦なく突き立てた。この男、風俗代の為なら鍵のかかった上官のへそくりですらも盗み取るような不良兵士であることを忘れてはならない。
鍵穴としばし格闘し終えると何事もなかったかのように解錠し中身をいただこうとしたがガンテルの目は瞬時に曇った。
「日記木板かよ使えねぇなぁ…まぁいいか…」
スパイとしては大手柄だが生憎この愚か者はそういう類の人間ではない。
とりあえず他人の秘密を握って脅すことは大好きなので最低でも目を通すことにした。
「まずは今日の分だな…」
[——本日から帝国軍魔導士大隊が配属されるからといって俺たちの兵舎がそいつらに明け渡された。
俺たちをシュータ-の要員に回すこと前提に考えてやがる」
「城を守る由緒正しき兵士だというのに、この地に土足で入ってきたよそ者を当てにしているらしい。
サルバトーレ少佐を呼び戻したとかなんとかあるが、いくら英雄でも限度がある。
将軍や騎士将軍は兵の気持ちを考えられない畜生なのか。俺は信じられない。一体俺らが積んできた訓練や苦難はなんだったのか。なんのためにここに居るのかすら分からなくなってきた——]
「辛気臭ェな、次」
ガンテルは難とも言い難い顔をしながら日記を読むのをやめてしまった。
一方面基地から城に配置されるということは精鋭の証である。自分は兎も角他の連中も城に飛ばされた連中は大概喜んでいたヤツばかりだったと覚えている。
おおよそこれを書いた兵士は誇り高き騎士の精神とやらを発揮できる機会をよそ者に踏みにじられたらしい。
Soyuzは驚くべき装甲兵器で攻めてくるということが知らされているが故に、防御力を無視できる魔導士で固めるのは至って正しい。
だが戦いは何も正論だけで進められる程キリがいいものではない。
兵士も人間だ、不平不満などを感じるだろう。ここの将軍はそこをはき違え、面上のコマとしか考えられないのだ。
明らかに軍人統治者が考えることではない、貴族統治者の考えるソレだ。
小難しいことを考えるのはお偉いがたに任せるとしてガンテルはちょうどよく手にした日記を読むことにした。と言っても日付は5日前、まだまだ新しい。
「さぁてと…こいつは…」
[こないだ同僚の魔導士が結婚したらしい、こんな世情だが末永く暮らしてほしいものだ。まさかあの大弓引きと結ばれるなんて羨ましいにも程がある。ともかく、戦友の祝いはどうすべきか悩ましい。異端軍とかいう訳の分からん連中が来ていることもあって休暇が余計なくなった。全部あいつらが悪い。俺は悪くない。
水上市に行ければ、どうにかとして踏み入れられるなら話は変わるけど。]
「…腹立つなコイツら、まとめてぶっ殺してやろ。クソが」
どうでも良い内容を朗読していた時である。突如パルメドから呼び出された。
【こちらMountain windからunderground. 監視塔にある照明の破壊を頼みたい、ここからでは撃てん】
パルメドからの依頼だった。どうも腹の虫の居所が悪く、カネでもせびってやろうと考えたが今は作戦中。素直に答える。
【——あぁ?まぁいいけど。おおよそどこをぶち壊せばいいか検討はついてるしな。ただ時間が掛かる。それまで死んでたら俺の苦労はパァだ、それだけは御免被る】
ようやくここでガンテルにまともな仕事が回ってきた。
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先ほどから無線を聞こえないものとして行動していたが、あのアーマー男が城内図を手に入れたらしくソ・USEに受信していた。
「あのボケ、わざわざ言葉直すなよ…わけがわからないだろ!」
怪しい日本語に翻訳されていたため帝国人のガンテルは逆に城内図が読むことができず思わず悪態を吐き散らす。
【…一体誰がボケというんだ、ガンテル。答えてみろ。——この悪態にハゲと付けていなかったのが幸運だったな。挽肉になっていた所だ。…さっさとやれ】
一番聞かれたくない人物に聞かれてしまっていたようだ。
彼は最大限に肝を冷やしながらガロ―バンを構え、投光器に狙いをつけるのだった。
散々と茶化していたが、真面目に位置関係を確認するとパルメドらしきビーコンは確かに監視塔から見える位置にある。
褐色真面目男のPALのことだ、既に目の前にある二つは狙撃して破壊しているに違いない。
問題はヤツから見て最も右にある塔にある。
構造上屋根に上って撃たない限り破壊できないが、ちょうど投光器でPALを照らす事ができるため邪魔なことこの上ない。
「さぁて…と。」
ガンテルは腰を上げ、改めて現在地と標的の位置関係を見定めた。直線状にあるのは良かったが堂々と狙撃すれば鏃が光を反射してしまい、相手に感づかれてしまう。
相手は自分同様かそれ以上を行く腕前の人間、少しでも殺気を匂わせたら最後。狙撃し返されるに決まっている。自分なら間違いなく撃ち返す、絶対的な確証がある。
「見てろよ新婚野郎、俺の方が格上だってことを」
暫く投光器の場所を目に焼き付けた後、サーチライト脇に身を寄せながら呟いた。
一体彼は何をするつもりなのだろうか。
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ガロ―バンを片手に魔力投光器を目標側に一瞬だけ向けた。
瞬間的ながら赤い鎧を着た敵と黒いサーチライトが露わになる。これだけの光だ、当然照射でも受けたら人間だれしも怯む。
それだけの情報と時間さえあれば十分だ。渾身の力をもって大弓の弦を掴み、自分の耳元辺りまで引く。
暗がりに手元の魔具が放つ、ぼうっと赤い光が広がるが即座に闇がなだれ込んだ。
———CARSH!———
装甲を貫く矢が放たれると投光器が遠くで砕け散った。
視界が効かない中200mも離れている小さな目標を一瞬だけ照らし、そのまま射抜く。
まさに那須与一めいた神業が目の前で繰り広げられたと言っていい。
ガンテルは何故ガロ―バンを選んだのか。これにも訳がある。
そこにあったからと言ってしまえば身もふたもないが、鉄の弓では射程が足りず万が一破壊できたとしても【痕跡】が残ってしまう。
だがコイツであれば過貫通、つまりサーチライトを破壊してそのまま向こう側に突き抜けるため事故を装えるというわけだ。
「テメェ!よくもぶっ壊したな!」
暫くすると監視塔の向こう側から怒号が飛ぶ。
「違う!俺は何もしてねぇぞ!この野郎何でもかんでも人のせいにしやがって!第一お前、壊れる瞬間見てたのかよ!」
その追及に彼は全力ですっとぼける。魔力灯が自壊した可能性も考えうるからだ、そんなことを人のせいにされては困る。
ぐうの音も出ない正論を受け、肝心な時を見ていなかったのか向こう側に居る敵兵は黙り込んでしまった。
かくして三人は各々課せられた目標を達成。
部隊規模の把握・敵司令官の顔・爆薬の敷設と城内図確保。どれも今後の作戦において必須となるものばかり。
あとは翌日の降下作戦を待つばかりだった。悪魔がやってくるその日を三人はただ息をひそめて待っていた。
次回Chapter77は6月19日10時からの公開です。
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