Chapter 75. Mission:Impossible in the Castle by Palmed
タイトル【ミッションインポッシブル・パルメド】
少佐が大躍進を遂げる中、諜報役のパルメドも黙っていなかった。
何を思ったか冴島とは別の備蓄庫に搬入された彼は安全を確認すると、城の主カナリスを探すべく行動を開始する。
全身を都市迷彩の野戦服、ホルスターにはPSS拳銃、背中にはVSSと特殊任務装備で固められている。これらの武器はまとめて消音銃。
この城にいる人間すべてに姿ばかりか痕跡を辿られてはならないからだ。
視線を掻い潜らねばならないため相当に難しい任務となるだろう。
追い打ちとばかりにシルベー城に都合よく拳銃や狙撃銃の弾薬が落ちているはずもなく厳しい残弾管理が要求される。
誰にも見つからず、辿られず。必要であれば最低限の弾薬をもって敵を排除して敵の指令の顔を抑える。厳しい潜入任務だが、心強いサポートが付いていた。
【こちらBIG Brother, Mountain wind応答せよ】
数々の死線を潜り抜けてきた権能中将である。
本部拠点を任せられる程の経歴の他、少佐ももちろんのこと、数々の難作戦を成功させてきた名オペレーターだ。
また野戦服に着けられた超小型マイクとカメラによってリアルタイムでの指揮を可能としている。
【こちらMountain wind.作戦開始】
パルメドはPSSのセフティーを外し、スライドを静かに引きながら応答した。
携行できる弾倉はこれとVSSのものが二つずつ。全て使い切ってしまった時は死を覚悟するしかないだろう。
PALが最初に倉庫を漁るが、ここは兵舎向けと思われる寝具といった備品ばかりが置かれており偽装に使えそうなもの、特に兵士に成りすませるようなものが見当たらない。
止血に使うため布切れを拝借した程度で、それ以上に使用できるようなものまるでないのだ。そんな時中将から無線が入る。
【兵に偽装することは諦めた方が良いな。木箱を被りながら進めるか】
【了解】
冴島のようにシルベー兵に成りすますことのできる鎧がない以上、使えるものは木箱だけになる。意を決した彼は箱を被り通路へと向う。
これより不可能に近い作戦が今始められようとしていた。
—————
□
足が出るよう上蓋を近くにあった斧で金具を破壊し、パルメドは恐る恐る扉から姿を見せた。
箱からの隙間でもわかるほど辺りは暗い。このままでは敵の接近に気が付けず、不要な戦闘を起こしてしまうだろう。
そうなれば人生ゲームオーバー。コンテニューするためのコインはもうない。
一旦扉近くに腰を下ろすと暗視装置を起動し辺りの様子を伺った。足音一つない中、権能の声だけが耳に入る。
【——冴島が城内図を手に入れたらしい。端末を確認せよ】
パルメドは潜入用ソ・USEを手に取ると彼の言う通り、端末にはデジタルデータを読み込みこませる。ロードを終えるとマップが表示された。
紙の城内図をデジタル化し、それをベースに書き起こしたのだろう。
加えてビーコンの情報を基に自身の居る現在位置まで判別することができると来ている。
便利な所はそれだけにとどまらない。こういった書類は無論異言語で記されているはずだが、翻訳スクリプトを使ったのだろう。ところどころ怪しい言語になっていた。
今更になってそんなことを気にしている程PALはめんどくさい男ではない。図を基に目標が居るであろう城の本丸を探す。
「遠いな」
何度も何度もスクロールしてようやく天守閣を見つけると、PALはため息交じりにこうぼやいた。
ただでさえこんな地下深くに流された挙句ここまでスクロールしなければ表示されないことから直線状でも相当に距離が離れている。
厄介なことになるが任務の為なら目をつぶらざるを得ないだろう。
パルメドは進む。
——————
□
——シルベー城 大広間
時間をかけながら通路からようやく脱出したPALは将軍らが居ると思われる執務室向かうため大広間に出ていた。
時折兵士が来ることもあったが、その時はデジタル城内図を目に焼き付けながら機を伺ってすり抜けて今に至る。潜入任務は心臓に悪いことの繰り返しだ。
彼は木箱に開けられたわずかな隙間から広間の様子を垣間見る。
「このクイン・クレイン用破防矢は第4班へ回せ!」
「はやく交代要員を出してくれ、もう体が動かない!」
「クソッ。ここで寝ないといけねぇのかよ…!」
流石は大広間という事だけあり、多くの兵士がアリのように働いていた。
端には寝る場所すらないのか壁にもたれかかっているヤツもいる始末だ。よほど切羽詰まっている状況なのは確かである。
だが万が一発見された場合を想定してみると、振り切るには命がいくつあっても足りない。
【敵地中心部に突入します。通路中央に作業員多数。】
襟元についているカメラでは中将には伝わらないためPALは口頭で報告する。すると中将はわかりきった言い草で指示を出した。
【——やはりな。偽装の観点から壁に沿って移動した方が良さそうだな。俺なら大荷物を壁に置く。】
【了解】
パルメドは扉を出ると敵兵に疑われないよう屈みながら木箱の外板を壁に着けて腰を下ろす。
明らかに動く箱という奇怪なものが居るにも関わらず、繁忙さ故に目を付けられることなく、ゆっくりと着実に進んでいくのだった。
—————
□
潜入任務とは様々な苦痛や苦難が襲い掛かる。
それゆえ強靭な精神力がなければ遂行することができない。
PALは唇をかみしめて中腰姿勢を取り続けることによる腰痛に耐えながら、兵の目を掻い潜る。
執務室は長い回廊を発見されず登るとなると気が遠くなってきた。進むにつれて兵士の数が少なくなってきているばかりか、木箱さえ見当たらなくなってきたではないか。
腰を下ろして端末を確認すると、此処から先は執務室通路になっていた。
だがそんなこと構うことなく躍進を続けるパルメドを阻む壁が立ちはだかる。
まるで栓をするように石壁がそそり立ち、合間には大きな扉が一つ。思わず心中で舌打ちをしてしまう。
コイツをよくよく見ると、ノブがなく鍵穴だけが開いているではないか。
当然のことながら鍵がなければこの先侵入できそうにないだろう。何にせよ中将に報告を上げねばならない。
【施錠された扉を発見しました。】
【ううむ。回廊で工作を行えば音で発見されてしまう恐れがあるな。他を探せ】
生憎自分はガンテルよろしくピッキング技術なんて持ち合わせていないし、破壊のために物音を立て、痕跡が残すような行為は避けるべきである。
だが、そうでもしなければ鍵をこじ開けることはできない。脳内会議室では激論が繰り広げられ今にでもパンク寸前だ。
彼は解決できる手段をどうにか捻りだすべく、端末で城内図を見ている時のこと。
「——窓か…?」
回廊中に設けられている窓が残されていたのである。
幸いにも敵兵の気配もないことから此処ならば大なり小なり突破口が見出せる。
箱を壁沿いに投棄すると窓を開け、様子を伺うのだった……
—————
□
パルメドが身を乗り出しながら外を見渡していると、辛うじてかかとが乗る幅の足場がずらりと並んでいる。
これを渡れば扉を無視することができるだろう。
だが世の中そう上手くはいかない。
監視塔からサーチライトのような光帯が這うように動いており、今こそ外を向いているがやろうと思えば内側も照らせるだろう。
色合いからとして高カンデラの電灯ではないが、どのみちサーチライトが点灯しているのと大差ない。
暗い中双眼鏡で覗いてみると、やはりと言うべきか警備兵が反射鏡に入れられた光源を動かしていた。改めて見ると蝋燭とは考えづらく、室内を照らす魔力灯を応用したものだろう。
【監視塔を排除する必要があるな。執務室にはバルコニーのような空間がある、時計回りに屋根を伝っていけるかもしれん。それにあたりテレビのスターになっては困るな。】
中将が気晴らしに軽口を混ぜながら助言をするが、PALは真面目さを崩さない
【了解。ワンホールショットと行きましょう】
背負ったVSSを構えスコープを覗き込んだ。
どうやら銃の純正品ではなく、SVDについている専用スコープ PSO-1だったがむしろ好都合。暗闇の中でも光る照準線を監視塔へ向け、ターゲットであるライトを探す。
ざっと居所を掴むと倍率を上げ目標だけに狙いを定めた。
顕微鏡やカメラと同じく遠くのものを見ようとすると視野が小さくなり、手振れの影響も受けやすくなる。文字通り針の孔を縫う繊細な操作が要求されるのだ。
ここで撃つようなパルメドではない。一旦倍率を低くすると左端の坂のようになっている
簡易測離計を敵兵の頭に当てがった。距離は大まかに200m以下、VSSの短い射程内に収まるようだ。
「いける」
PALは引き金を引いた。
——————
□
——PALAT——
銃声特有の爆音はどこへやら、内部機構の小さな作動音だけが辺りに響く。
射程400mのVSSを携行するのか、その理由はここにある。潜入任務や特殊作戦に適する恐るべき消音性能のためだ。
身を乗り出して破壊できたか確認すると、静音弾丸を受けたライトは破壊され、途端に明かりが消えていた。
【よし、破壊したな。あと二つだ。あと一つは死角になっていてここからでは破壊できない】
パルメドは落ちた薬莢を回収しつつも次の目標に狙いを定める。
——PLAT——CARSH…!
彼は造作もなく破壊したが、問題は死角故破壊できない監視塔のことだ。屋根伝いで向かったとしてもあそこだけは避けられないだろう、城を作った人間は無能ではないらしい。
誰もいないことを見計らい城の窓からキャットウォークに足を下ろし、とある人物にコールした。
【こちらMountain windからunderground. 監視塔にある照明の破壊を頼みたい、ここからでは撃てん】
人格はともかく、腕だけ見れば英雄のガンテルである。
流してこそいたが先ほどからずっと独り言を無線で垂れ流していたのは良いとして、なんにせよ要請せねばならない。
一応聞こえていたようで、酷く小さな声で応答した。
【——あぁ?まぁいいけど。おおよそどこをぶち壊せばいいか検討はついてるしな。ただ時間が掛かる。それまで死んでたら俺の苦労はパァだ、それだけは御免被る】
全ての薬莢を回収したパルメドは窓から下半身を乗り出す。
命綱なしでキャットウォーク未満の足場に、かかとだけを乗せ不良座りの姿勢からゆっくりと壁沿いを進むのだった。その胸に恐怖を宿らせて。
——————
□
——シルベー城 執務室通路外壁
VSSを前に構えていざ降り立ってみると、外からは絶えず風が吹きおろし、下では無数の明かりが窓から漏れている。
暗いため高さは不明瞭だが10階建てのビル外壁に張り付いているのと同等だろう。
当然下にはスタントマン用のエアクッションやスパイ映画用の便利なワイヤーなんて贅沢なものはないし、まして命綱すらない。何かの手違いで落ちたら間違いなく死ぬ。
おまけに常にパルメドの体には横風が吹き付けており壁から引きはがそうと来ておりさながらアクション映画と言ったところだろう。
「今度潜入するんなら少なくともワイヤーはつけてほしいもんだ」
全身から脂汗が噴き出て、今にでも滑落してしまいそうな恐怖と戦いながら進むしかない。
今までの喧騒から一転、風だけが辺りを埋め尽くす。
空中に放り出されているつま先が風に触れるたび恐怖が迫りくる水のように押し寄せて堪ったものではない。
今にでも逃げ出したい気分になるが、どのみち逃避先がない分質が悪いにも程がある。
【映像、並び音声は届いとるぞ。——見ている側も手汗が出るような光景だ。】
中将の軽口がこれほどありがたいと思ったことはこの先々ないだろう。
——————
□
顔を歪ませながら足場の終わりまでたどり着くと、屋根上に上がるためのハシゴが設けられていた。よりにもよって足場がない場所に。
心底こんな配置にしたやつの頭を見たくなるが、しのごの言っている状況ではない。
はじめにパルメドは支柱を掴むと肩の力だけで180度反転してハシゴを捉え、慎重に上がっていった。
屋根上に上がると、三角錐のような構造らしく傾斜がきつい。すると権能より無線が入る。
【バルコニー様空間はここを直進すればいい。滑落だけはするな】
【了解】
そんなこと骨肉に染みる程思い知らされている。パルメドは槍先めいて尖った屋根を慎重に歩きながら反対側に渡ろうとした時である。
——CRAPCRAP…——
明らかに自分のものではない足音が聞こえるのだ。こんな場所にまで敵兵がいるとは思ってもみなかった。即座にVSSを背中に回しホルスターからPSSを抜きながら向こう側を覗く。
そこには三人ばかしの集団がこちらに向かってきているの。
それに加えパルメドは目を疑った。連中は赤い鎧を装備しておらず明らかに正規兵ではないのは確かだ。その時である!
——FRAZZ!!
パルメドの頬を何かが掠めたのである。矢である!
思わず壁を盾にして逃れると、スライドを引き臨戦状態に備える。思いもしない敵の出現、彼は額に冷や汗をにじませていたがいつになく冷徹だった。
——————
□
こんな時でこそPALは頭を冷やした。
弓というものは弦を引いて狙いをつけ発射する必要がある。
それに比べ拳銃は照準に敵を入れ撃つだけでいい。アドバンテージはこちら側にあるのは確かだ。
加えて月明かりで暗視装置を使うまでもない明るさである。
VSSのトリガー奥のセレクターを操作し、フルオートになるようセットすると拳銃片手に屋根影から飛び出した。
リアサイトの奥にある彼の眼差しは鋭い。どんな形にせよ敵との交戦は避けられないと悟っていた以上、任務遂行を妨害する敵に慈悲など無い。
——CRAP!CRAP!!——
二発の消音弾は手前に居た弓を持った男と後ろにいた男を射殺することができた。ではもう一人はどこにいるのだろうと思った瞬間である。
「——ッ!」
突如として殺気を感じたと思った矢先、斧がパルメドめがけて振り下ろされた。
間一髪で避けることができたが、この間合いでは拳銃では押し負けると考えた彼は、すかさずPSSをホルスターに収納しVSSに切り替える。
不意打ちを失敗してもなお敵は手斧を振りかざすことをやめようとしない。手斧と言えど直撃すれば致命傷を免れない、PALは決死で距離を取るべく後ろへ跳びながらVSSのトリガーを思い切り引く。
———PLATATATA!!!——
全身に銃弾を浴びた暴漢は音もなく倒れた。何発も弾を浴びて死なない人間はいるため、パルメドは行動不能に陥った敵の止めを忘れない。
【排除完了、これより目標地点に向かいます】
戦闘からしばし時を置くと彼はそう告げるのだった。
—————
□
予想外なことがあったが薬莢を回収した後、バルコニー様空間へと降り立った。
物陰からそっと執務室を覗くと、時刻はもう3時になるというというのに将軍と思われる銀色の縦長の兜をかぶったジェネラルと黄色い鎧のアーマーが何やら話をしている。
【——ダメです、兜のせいで狙撃できません】
今ある消音銃群であれば暗殺することも容易いが、互いにあの不条理な兜をかぶっているため銃弾がはじき返されることは明らか。
【了解、今つけているカメラで覗けるか】
そのことを知った中将は次なる手を彼に提示した。司令官を抹殺することができなくとも情報を得られれば大きな収穫につながると考えたからだ。
【了解】
パルメドは襟元に着けられたカメラをそっとバルコニーに忍ばせた。
【カナリス将軍。聞くまでもないでしょうがあの文章についていかがなさいますか】
【あれは無視して戦闘態勢を崩すな。オンス、魔導士大隊の配置は終わってるかい】
【ええ。翌朝より配置を予定しております。シューター部隊の補給の件ですが後二割程になりました。いかがなさいますか。】
【うん、どこに配置されてるかにもよるな。重要度の低い所なら翌朝に回して構わない】
【それがですね将軍…】
驚くべきことにカナリスと呼ばれる黄色いアーマーナイトが将軍だというのだ。中将の指示でカメラを回収する。
【よし。司令の顔は抑えた。制圧戦まで待機し、突入部隊と合流せよ。】
【了解】
多数の苦難の末、ついにPALは任務を果たすことができた。
冴島、ガンテル、そしてパルメド。彼らは残された潜入員の面々は制圧のため侵入してきた兵士と合流することになる。
当然それまでの間息をひそめなければならず、本当の潜入作戦はここから勝負と言って良い。
これより潜入工作からシルベー制圧に向けて動き出すのだった。
次回Chapter76は6月12日10時からの公開になります
・登場兵器
VSS
ソ連開発のオートマチック消音狙撃銃。
専用のスコープを使って狙撃することになるのだが、SVD用のスコープを利用していた。
実はフルオート射撃ができる。
PSS
同じくソ連で開発された消音自動拳銃。なんとサプレッサーを不要とせず、サイズが小さいため持ち運びやすい。弾丸が特殊なものであり、爆発を完全に封じ込めてピストンで押し込むことにより
動作音しかしない画期的な拳銃。ちなみに後継種が出ている。




