Chapter 73.Operation name is ARSENE LUPIN
タイトル【作戦名はアルセーヌ・ルパン】
——ウイゴン暦6月20日 既定現実6月27日 午前6時02分
Soyuzが現在いる県はシルベー。休暇から復帰した冴島はその中枢部である城制圧作戦に参加していた。
ジャルニエ城での想像を超える苦戦や、シルベーの場合広大な湿地を超えた場所に城があること。
また航空偵察の結果から、湿原側と城西側合わせて300近い数の投石機が設置されていることが判明していることから上陸戦は不利だと判断した。
弓矢とは違い質量で攻撃するためどんなものが飛んでくるか分からないし、飛来するもの次第で戦車さえ撃破されてしまうだろう。
仮にカタパルトを虱潰しに破壊して回っても城にたどり着くころには消耗しきっており、内部に突入されても撃退するのは容易。
この戦法は敵が飛龍を使わず陸で攻めてくることを前提としたものだったが、その決断は非常に効率的である。
万が一予想が外れ、飛龍や類似する手段を使ってきた場合を想定し、城内には人員補填も兼ねて本国から増援として呼び寄せた魔導士大隊が待機しており抜け目がない。
硬い敵が空から侵入してきたとしても魔法の前には紙切れ同然、ファントンで切り刻んでやれば良いことだ。
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その一方、Soyuzは一味違った。
正面突破ではなく内側から打ち破ることにしたのだ。
降伏通達文書が到着するころを見計らい、潜入工作員を投下し城内図を奪取。
その後爆撃機で焼き払った所を装甲車両と制圧部隊が空挺降下、地図を基に司令部に直接殴り込みをかけるという複雑かつシンプルな作戦である。
装甲兵器が入り込めないのではという懸念があったが、その問題は学術旅団の手によって打ち砕かれていた。
ジャルニエ城を徹底的に調べ上げ、どういった寸法や構造が取られているかを解析しマニュアルを作成したため。
また書庫に記されていた帝国軍の統一規格として、一般的な通路は[アーマーナイト]および[ジェネラル]二人二組がすれ違える程の幅を設けなければならないとある。
一部接収した本の兵法編には、司令部を全力で守るため此処に通じる通路もそれ相応に空間が取られていることが判明していた。
輸送機で運ぶため幅詰めされた空挺戦車らにとって、かつてない程に輝ける晴れ舞台が用意されたに等しい。
作戦を実行するにあたり降伏勧告文書が作成されることになったのだが、配達はゲンツーの街にある飛龍郵便を使って送付された。
続いて潜入工作員を選抜し、潜り込ませる段階に至る。本格的な作戦を始める前に経路に関しても話し合われた。
潜入経路としては湿原をモーターボートで横断、武器が入っている木箱に偽装した潜入員を水上市場で船に積み替えし港で陸揚げ。
偵察機の結果から港と城は大きく離れていないことが分かっており、城内に搬入後に活動を開始する。
必要とされるのは城内に侵入し内部構造図を回収する潜入員、重要箇所を爆破する工作員
に、シルベー城の内部情報を把握する諜報員が一人。
これ加えてある役割が必要となった。貨物をシルベー城に届けるよう依頼し内部に潜入させる手引き人だ。
契約書を取り扱うため既定現実の人間には不可能。かつ顔が割れていない人員が用いられるのだが、白羽の矢が立つ人物がSoyuzに存在しうるだろうか。
一人だけいた。ここの所パッとしないエイジだ。
彼は皇族関係者ではあるが手配対象とされておらず、当人も帝国から逃げてきた身とあって様々な手続きに詳しいことが挙げられる。
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ベーナブ湿原に潜入要員のガンテル、爆破要員として少佐。諜報にはパルメド。
手続き役にエイジが集められ、慣れた手つきでパルメドが現地の船に偽装されたモーターボートをバンから降ろすと水面に浮かべた。
暑い日差しを避けるために日よけを立て、水冷船外機を動かす。
———Vroo-Vroom…——
澱んだ湿原をかき分けながら偽装ボートは進む。
此処ベーナブ湿原は大河を基軸にしながら幾度も氾濫を繰り返してきた。その度池や沼が形成され、数千年という長い時を経て境目がなくなってゆき湿地に変えていった。
そのため水上交通が栄えてきた歴史がある。こうしてできた湿原は水深が浅いことも多い。
また用具類にも細心の注意を配っている。
潜入用の木箱と別に船が座礁しないよう器具類が搭載されており、市場付近に接近するにあたり不審に思われないようオールも備え付けられていた。
偵察機の調査によれば水上市場はここから15kmとかなり離れているらしい。
このボートはエンジンが付いているとは言っても出せる速度には限界がある。
そのため早急に作戦を行う必要がない以上、しばらくゆったりとした船旅が始まった。
「こいつを何度か引っ張れば動く。その時はチョークを開けておけ。前に動かしたいときはここを倒して…レバーを回せばいい。曲がりたいときは直接右に向けてやればいい」
「俺がこの箱に入るまではなんとかするが…普通、こいつを見ても何かついている程度にしか見えないだろう」
「はぁ…」
パルメドは少佐に指示を受け、エイジに船外機の操作方法などを教えていた。箱に入ってしまえば頼れるのは彼だけとなる。万が一トラブルが発生しても解決できるようにするためだ。
エイジはというと聞いたこともない音を立てるエンジンに恐る恐る触れながらなんとか覚えようと苦心していた。
そんなことお構いなしに、ガンテルはいつの間にか持ち込んだ釣り具で呑気に釣りをしている始末。
ある意味彼らしいが、自分だけの世界に入っているらしく一言もしゃべろうとしない。
そんな中、少佐は船頭に立って風を感じていた。潜入工作経験もある人間というのはSoyuz内でも貴重だ。
比較的怪しまれないだろうとパルメドさえも潜入作戦への参加は初めてとなる。それを考慮して中将は経験豊富な少佐を班長として登用したのだろう。
ああ見えてボリスやコノヴァレンコは車両に長けるが、こういった作戦には向かないのも拍車をかける結果となった。
二人とも乗り物の扱いがやたら荒すぎるのがいけない。
「まるで熱帯だ…」
燦燦と差す日差しを反射する水面を見て冴島はそう呟いた。
今更恐れなどはない。ただ自分に課せられた任務を全うするだけのこと。
後方で指揮を取るばかりではなく、曲がりにも一兵士として戦地に赴くことになる。
そうやって頭を冷やしていると以前まであった焦りと怒りは消え失せ、無我の境地に自分を没入させていた。
照り付ける太陽、無限に広がる水辺。どこか少佐はかつて携わった麻薬密輸船製造所襲撃のことを思い出す。
大方戦いの回想しか浮かんでこないが、冴島はこうなることを承知で戦いに明け暮れる毎日を選択したのは自分。昔から俺はこんなことしか芸のない男だ。
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いかにエンジンを搭載しているとは言え、偽装モーターボートの速度は車などに比較すると遅いと言わざるを得ない。
そのため少佐が双眼鏡片手に市場を探し、他隊員は待機命令を出していた。
「横着するもんじゃねぇな。しっかしいいことねぇ、微妙に餌を小突くヤツがいるから何分タチがわりぃ」
どこからともなく手に入れた小魚か何かを餌に、釣竿を下ろしていたガンテルはぼやいた。
いっそまるで反応がないのなら諦めがつくが、期待させるように明らかに水の抵抗ではないアタリが来ている分腹立たしいにも程がある。
「そういえばここの湿原を渡った時、貨物に紛れて渡ったものだ。しかし改めてみると良い風景。…殿下にこれをお見せできれば」
湿原を前にエイジは独り言をつぶやく。
ほとんどが貨物に紛れて逃亡した身であるがため風景を見る余裕もなく、こうして見てみるとまだまだ見たことのないものが多いのだと実感する。あまりに悲壮にまみれた一言にパルメドはあるものを差し出した。
「こいつを使え。いい風景を切り取ることができる」
彼が渡したのはポラロイドカメラだった。ここにいるポラロイドマニアのスタッフに無理やり押し付けられたものらしいが、これ以上に気が利いたものはない。
「しかし…」
エイジは言葉に詰まるが、パルメドは食い気味に説明を始めた。愛想がないアラブ人である彼なりの親切なのだ。
「まぁいい、使え。切り取りたい風景をここの窓にいれたらここを押す。しばらく待ったら切り取れてるはずだ」
パルメドなりに言い換えたはいいが、風景を切り取るということがどういうことかエイジは分からないでいた。絵でもない限りこの風景は残せないと思っていたからだ。ましてこの怪しい箱で出来るとは到底見えない。
半信半疑ながらもエイジは試しに風景を覗き込み、試しにシャッターを切った。
———SPLAT!!…Buzzz…
大柄な箱から何か細かいカラクリが蠢く音がすると、一枚の黒い厚紙が吐き出された。
落ちそうになる写真をパルメドが取り上げて現像の具合を伺う。
「良く撮れてるじゃないか。此奴はそこで覗き込んだありのままがこうして出てくる。
遠くにある小さいのは小さく、遠いものはそのままだから気をつけろ」
「遠くのものを撮りたいんなら近づかないといけないからな」
彼が写真を渡すと、エイジは目を疑った。この小さな厚紙に今までの風景画では見たありのままが切り取られているのだ。
記録映像ではどことなく望遠魔法でも使っているのだろうと思っていたが、こうして手にしてみると最早恐ろしいとさえ思ってしまう。
そんな驚きの数々だがエイジにとって聞かねばならないことが残っていた。
「——どういう原理なのですか」
その言葉にどこかパルメドは悟ったかのように返すのだった。
「絶対あのねぇちゃんなら聞くだろうな。俺に聞くな、こいつを触ってるやつに聞いてくれ。」
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船が進んでいくにつれ、冴島は影に隠れながら双眼鏡で市場の場所を探していた。
その傍ら、操舵の手ほどきを受けたエイジが船頭を取り、パルメドとガンテルは荷物に隠れるべく木箱の蓋を開けていた。
「こいつかぁ…良く寝れそうにねぇな」
大弓を失ったガンテルは嫌味を飛ばすが、任務の都合上どうしようもないものである。
「まぁそうだな。——だからといって、これしか方法がないからな」
それに対してパルメドは宿命を受け入れたのか箱にうずくまりながらどんな調子なのかを探っていた。
ゆっくりと進んでいると、少佐の覗く双眼鏡にベトナムめいた水上市場が鮮明に映る。
そうなれば即座に声色を変えて作戦に向けて指示する。
「パルメド、ガンテルは直ちに木箱に入れ。続いてエイジは俺の木箱に封をした後、エンジンを止め、オールにて市場に接近せよ。」
作戦は本格的に動き出した。
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水上市場が間近に近づくころには全ての偽装し終えており、エンジンにはカバーを掛け移動はオールに切り替えていた。
一見すればただの貨物船にしか見えないだろう。
シルベー県水上市場内に入るとゲンツー等といった荒々しさはどこへやら、そこら中に木組みの浮屋が立てられ、手作りの船を改造し看板を出している商店がずらりと並ぶ。
だが今までの街とは違い、人が道を歩く代わりに船が行き交いしている。それにハリソンなどに比べどこか人情とのんびりとした時間が流れていた。
シルベーは膨大な利益を生み出す、いわば打ち出の小槌。
本部に収めるべき法外な税金をいともたやすく納めることができ、他県のようなノルマを課しつけて搾取するまでもないのだろう。
この市場には多くの商人などの部外者の人間が出入りすることもあり、一切エイジは怪しまれることなく進むことができた。
まずは作戦の第一歩として輸送船について聞き込みを始めることに。
エイジは船をとある雑貨店に横付けすると市女笠のようなものをかぶった店主に声をかける。
「ご主人。申し訳ない、輸送船の港はどこにあるのかご存じですか」
それに対して店主は気楽に答える。
「向こう行って右に止まってるよ。」
「どうも、それとご主人のつけてる帽子を一つ。」
「——どうも…1800Gを二つで3600ね。」
エイジとて殿下に関して思うこともあったが、ぐっと押し込めて停泊している船へと進むのだった。
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————輸送船専用水上港
この市場はゲンツーの街や東シルベー地方へ向けて燃料となる泥炭や武器類などに留まらず湿原で漁獲される魚類などを輸送する経由地とも言える性格も持ち合わせている。
当然それを生業とする業者も存在するため、本作戦では彼らを利用して城の中まで侵入しようという訳だ。
窓口となっている船員をなんとか見つけ出したエイジはさっそく依頼すべく筆を執る。
「武器類ね。んでどこまでだい?」
「シルベー城まで。」
この瞬間、エイジの心臓は張り裂けそうだった。万が一断られた場合作戦が何もかもおしまいだ。表情を決して崩さないがその内心は今にでも逃げたくなる程の心労がのしかかる。
そんなことを知ってか知らずか船員は大して固くない口を開く。
「やっぱネェ。最近むこうとの取引がドッと増えて俺たちゃ大変なんだよなぁ…
まぁいいや。あんたさんも大変でねぇ。夜も休まず運び倒しで一日はかかるよ。飛龍便なら行って帰って30分はかからないのにな。——2万4200Gになるが払えるか?」
上手くいった。シルベー将軍は焦っており、武器の納入を急いでいるのが幸いした。
隠れるなら多くのモノに埋もれるように皇帝陛下が仰っていたが、こんなところに役に立つとは思ってもみなかった。
「まいど。あー…仕事に戻るのか…いやだなぁ…」
エイジは仕事に戻りたくない船員に輸送費を渡すと胸をなでおろした。ここまで緊張したのは殿下と逃亡中、深淵の槍が荷物を漁りだした時以来だろう。
仕事を一度請け負った彼らは魔具を使いながら酷く重い木箱を船へと積まれていった。
毒餌がアリの手によって運ばれるように。
次回Chapter74は5月29日10時からの公開となります




