Chapter 8. Undercard of War game
タイトル【戦争への前夜祭】
謎の世界UUの探査当日から建造されてきた、UU拠点の工事は日を追うにつれてチェックが付けられていく。
拠点の機能がついに完成したのはクライアントであるソフィア皇女を保護してから数日が経過した時のこと。
権能中将の計らいにより、予定外の突貫工事でつくられたプレハブハウスでしばらく過ごしてもらうこととなった。
いざ拠点が完成したとなっても赤テープを切る暇はない。直ぐに大型装甲兵器の搬入が始められることに。
「ちんたら動くんじゃあねぇ、後が詰まってやがるんだ。さっさと動けこの野郎。あとツングースカがあといくつあると思ってる」
サングラスをした誘導員が大声で叫びながら誘導灯を振り、現実世界とU.Uを往来していく。
次元間を満たす激しい光に裸眼で晒されば労災を生みかねないため、彼はタールのようなサングラスをしていたのである。
誘導員はT-72戦車を安全に向こう側の世界に送り出そうとしていた。Soyuz上層部は相当数の戦闘車両を送り込むことを決定したらしく、あまりの数に疲弊し始めていた。
「こちとら何両動かしてんだか分らん!数すら数えたくなくなってきた!さっさと案内しろおたんこ茄子」
送り込むT-72の操縦手がハッチから乗り出して誘導員に悪態をつける。
Soyuz上層部は相当数の戦闘車両を送り込むことを決定したらしく、そのあまりの数に操縦手と誘導員の互いが疲弊し始めていた。
かれこれ7時間搬入と誘導を繰り返していれば互いの精神は目に見えて削れていく。
そのT-72の背後にはオリーブドラブに塗られた相当数のツングースカが控え、無数の戦車や装甲車が長い列を作っていたのである。
「畜生、21を超えちまった。」
「ついてねぇなぁ」
挙句の果てには装甲車や戦車の上でブラックジャックを始めるスタッフも出る程である。
その光景とは裏腹に、指令室では依頼人に対しての尋問が行われていた。
滑走路は完成し、偵察機をいつでも離発着可能な状況だとはいえども、多くの民間人が抱える事情というのは航空カメラのレンズではとらえられないからである。
格納庫以外は無防備なユニット式家屋で作られているが、大量の機関銃と地対空ミサイル発射システムの一式。
そして地上と空中を見張るレーダーが張り巡らされたこの拠点は現代兵器の傘で守られた状態にある。
そのためか客人用の設備はまるでないと言っても良く、そのため尋問は中将の指令室にて行われることとなったのである。
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肝心の皇女は拠点内のプレハブ小屋を好奇の目で見ている一方、その傍らのエイジは体の底から訪れる恐怖に苛まれ続けていた。
言い伝えとはまるで異なる、人間かも怪しい装備と黒い不気味な銃を使い、辺りにはひとりでに回る不気味な塔が張り巡らされている。
さらに圧迫を覚える石垣とは異なる壁で覆われているときている。彼の精神は摩耗していることに間違いはなかった。
自動小銃を持った守衛と護衛がクライアントとエイジを連れてくると指令室とは思えない引き戸が開かれ、以前のように中将の前に迎えられた。
隅にはパキラの鉢植え、天井にはシーリングライトが音を立てて回転している。
「何度も厄介をかけて申し訳ない。我々の要求に印を押していただいたことは感謝している」
「だが我々がこの帝国の首都を制圧し、政権を奪還するには相手の情報、そして貴女の祖国の情勢を鑑みて適切な行動を取らなければならない。故に必要なのだ」
「歩兵の装備、装甲兵器、航空兵器——……覚えているだけでも構わない」
権能は軍艦めいた体を椅子にきしませながらそう口にした。
Soyuzはかつて地球に起きた凄惨な戦いと政治劇を繰り返さないという方針を取っている。
その上層部にいる中将はそのことをより理解していた。
彼はゆっくりと指を組むとデスクにつけ、答えを待つ。
その光景は尋問というよりも企業の説明会に思えるほどだ。
ソフィアは地に目をそらした。たった一撃で、馬車をいともたやすく屠るほどの兵器を無数に保有する彼らに依頼する、それは悪魔と取引しているのと何ら変わらない。
鉛のように重い口を開け、水晶のような愛国心を砕いて口を開く。
「お答えします」
皇女はか弱い拳を握りしめ、顔を中将に向けた。
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たとえ堕ちた祖国であろうとも、自分の生まれ育った国を敵に明け渡すというのは断腸の思いであることに間違いない。
それが前線の兵士であろうが、国の太陽とも言える王族であろうとも。
ソフィアは時折声を震わせながらも権能の質問に見合う答えを紡いでいった。
「我が帝国の歩兵は鎧を纏い、そして各々が選んだ武器——剣、槍、斧、鉄打具、弓…それぞれを手にし敵陣に突撃し、敵を打ち破る。そう聞いています」
「……わが軍には優秀な兵が居ました。先陣を切るソルジャー、時には鉄壁になるアーマーナイト、兵の突撃を助け、遠くから敵を打ち破るアーチャーとスナイパー。馬を駆り敵軍を強襲する騎兵、そして龍にまたがり空を制する竜騎兵……」
「私の生まれる前には過去の戦争で武勲を上げた英雄が何人もいたのです」
権能はいたいけな皇女を哀れみの目で見ることなく視線を貫き通しながら、その言葉に耳を傾ける。頭の片隅にはどのように兵を配分するかを考える冷酷な自身もまた話を聞いていた。
エイジに視線を向けると皇女を心配するような目を向けているだけだ。
「さらに魔導士や兵を治癒する軍属の聖者がいました。——私のもとに居たのは過去の話ですが」
「……この帝国は領地の集まり、県によって営んでいます。帝都はそれを統括する一つの都市に過ぎません。それぞれの長である将軍が自前の軍を持ち、将軍の伝令を受ける騎士将軍がいるのです」
「軍が皇帝の玉座に座っていれば当然反逆する県もあります。さすれば領地の人間すべてが反政府組織とされ軍や[深淵の槍]を用いて鎮圧されたと聞きます。」
聞き耳を立てていた中将の瞼がナイフのように研ぎ澄まされるように細くなった。
軍とは別の扱いを受けている[深淵の槍]とは一体何であろうか。そして皇女を暗殺するという役割を担うということはどのような扱いを受けているか。
戦略的な頭脳がその一言を逃さなかった。
「その[深淵の槍]というのは?」
中将は依頼人を刺激せず、かつくっきりと聞き取れる声で質問をした。歩兵程度であれば機関銃があれば多少なりとも対処は可能であると踏んでのことであった。
「その[深淵の槍]は軍とは別で動く【帝国の内乱や転覆を狙う国賊を討伐する】精鋭部隊だと記憶しています。申し訳ありません、この組織の動きは反逆者に察知されないよう多くのことが秘密になっていて、私はこの程度しか…」
中将は鋭いまなざしを解いて巨大な手のひらを向けてさらに問う
「おそらくその身分によって追われる身になったのだろう。——姿なりを見たりはしていないか。」
その一言を聞くなり沈黙を貫いたエイジが中将に向けて声を上げた。
「私はその姿を、この目で見ました。——馬にすら鎧をつけた精鋭の騎兵でした。魔導士すら討伐できるように、特殊な細工をされた黒い鎧をつけていると。逃亡中に知りえたものでは…ありますが」
エイジは突き動かされるように早口で話した。頭が混乱で満たされている中、彼ができる精いっぱいのことであったが、中将はそれを聞き取ったのか下唇を指で撫でていた。
指令室の扉一枚を隔てた外では戦車類の搬入を終えたのか、無数のトラックがディーゼルの息を吐きながら大型兵器を次々に運び入れていた。
機関銃、対空機関砲。戦車の攻撃力の源となる100mm砲弾などの巨大な弾薬を運び込むほど。
大型装甲兵器を運び入れる工程から、弾薬を装甲車等に補給する一大作業に移りつつある。
スタッフの補填に関しては依然として時間がかかっていたため人員が足りないままであり、機械化歩兵のスタッフすら慣れない平日大工をする有様だ。
拠点の外へと向けられる予定の機関銃を持った兵士が土嚢を積み上げた機銃座に座り込んで一息を漏らした。
「畜生、これでランボースキーが最後っていうから恐ろしいよなぁ。アカの銃しかねぇじゃんかよ、どこぞのシンパかってんだ」
ため息をついて重い鉄の塊を土嚢に乗せると崩れるように座り込んだ。一日中ウォーターサーバーの水を運んでいれば疲れにすら襲われる。いかにスタッフでいようとも人間なのだから。
それを尻目にもう一人のスタッフが冷やかしにやってきた。
「おいマディソン、対空砲の設置もやれってお達しが来たぞ。仕事だ仕事」
その一言にマディソンは口を大きく開けて声を漏らした。トラックの荷台にまるまる収まるような大きな機関砲の設置ときている。
疲れた身以前に、レーダー中隊の自分はそもそもレーダースクリーンとにらみ合いをするのが仕事のはずである。
「知るかよ、しかも機銃設置が終われば休憩の時間じゃあねぇか。やってられねぇや。そんでぇ、あれだけ兵器ぶち込んだんだから戦車隊ができてもいいんじゃあねぇのか。なぁ、ジェシーよぉ」
あまりにつかれたマディソンは土嚢に背を向けて一服を始めようとしていた。
まだまだ仕事を抱えたジェシーは彼に嫌な顔でもしながらこう言った。
「だろうな。ついでにアフガン帰りのシルカも運び込んでるってさ。何やってんだか。
戦車隊が今までいねぇってのもおかしな話だぜ。お前は休憩でいいよなぁ、俺は弾薬をマシンガンのケツにぶち込む仕事が残ってやがる」
水平線が赤く染め上げられてもなお、仕事は終わりを告げることなく続く。
しかしSoyuzが工事を進める拠点へ、赤い影が着実に忍び寄っているのであった…
Chapter 9.は24日16時公開です。お楽しみください