Chapter 72-1.the collar of country road Ⅱ
数々の戦いにて勝利を収めてきたSoyuz、そして指揮官の冴島。そんな彼は悪友と遜色ない内勤、マディソンの誘いでハリソンに足を運んでいた。
そこで味わうのは勝利の美酒。たまにはそんな日があっても良いだろう。
場に飲まれたマディは豪快に酒瓶から栓を抜き、互いのグラスに酒を注ぐ。まるで焼酎やアクアビットのように色はついておらず、水と見まがう見た目で良いアルコールだと一目でわかった。
「準備できてるぞ。」
冴島が静かに言うとグラス同士をそっとぶつけ、勢いよく酒を流し込む。
刃のように鋭い冷感が体に迸り、喉を下る。そして後から香る素朴なふかし芋の風味。
安価極まりない酒や上等な酒をいくら飲み連ねた身であっても、疲れた時に飲む温かみのある酒は格別である。
あまりに疲労がたまったときには複雑で上等なものは時にして向かない時がある。こういったものでいい。少佐はそう思っていた。
そしてテーブルに目を向けると、オーブンで焼いたようにぐらぐらと煮立ったニョゴールが目いっぱい広がる。
水で煮る代わりに油で小エビや干し肉、そして香草がちりばめられている。香ばしい匂いが食欲をそそり、今にも胃袋に入れてしまいたい衝動に襲われる。
「いただくとしよう…」
匙で油ごと小エビを掬い、口にほおばった。肉を歯で噛み砕くこの一瞬。
これこそ生きているという実感を沸かせるもので、やはり人間の根底は食にあるのだ。
味を楽しんでいるとふとあることに気が付いた。
ハッカとも何とも言い難いようなさわやかな風味が鼻を通っていくのだ。
「これは…」
口にしたことのない味を前に思わず少佐は声を漏らした。
思わず脂っこいという先入観があった油料理。それにも関わらず恐るべきさわやかさが待っているとはだれが思うだろうか。それだけにもとどまらない。
しっかりと余計なものをそぎ落とした食材そのもののうまみが油に溶けていて決して薄いとは言わせないのだ。相当な料理人でなければこのようなものは作れまい。
ただ少し、油に変わりないため舌が飽きてしまう。
そこで酒とクレソンがいい塩梅になり、緻密に計算されていると言わざるを得ない。フランスで食べた高級料理にも匹敵するのではないか、彼はそんなことを思いふける。
その傍らマディソンはさっそくその虜になったようで狂ったように酒とニョゴールを反復横跳びしている。
——休暇はそんなもので良いのだ。冴島はふと失ったものを思い出していた。
————
□
舌鼓を打ちながら酒を入れていると、いつも間にか鉄鍋は空になっていた。
現実は大抵そんなもので、カネといい飯といい目を離した途端に消えていることはザラにある。
「ジマさんさぁ、まだまだ〆が残ってるじゃないすか」
マディソンが酩酊しながらしこたま固いパンを引きちぎると、その一片を残った油につけ口にしたのである。ガンテルの真似をしているとなるとこれが本場の食べ方らしい。
それにしてもこのパンはこれまで手に取ってきたものの中で一番固く、鈍器にでも使えるのではないかと思う程で、ヤマザキパンのように割こうとしたのなら間違いなく返り討ちにあうだろう。
ジャム瓶のようにびくともしない代物だったが渾身の力で無理やり引きちぎり、そのかけらを残った油に着けてほおばった。
「Ahhh…」
思わずため息が出てしまう。
うまみが溶けている油をつけている以上、まずい訳がない。
肉、エビ、それを引き立てる辛さ…これがシンプルなパンに見事に合う。どこの世界にも巧いことを考える人間はいるものである。
下手に味が写っていなければここまで唸らせることはできないだろう。それができるということはこの料理に絶対的な自身がなければできない芸当だ。
前にクレソンを食べているかと様子を伺った時に、ほとんどの卓にはこの鉄鍋が置かれていたことから察するに、酒を飲むのと筆舌にしがたい程美味なニョゴールを食べに来ているのだ。
冴島は中身が半分も残った酒瓶に目を向けると容赦なく注文した。
「もうひと瓶!」
その鶴の一声にマディソンは絶望していた。
視界はぐるぐると回り、この身に掛かる重力がついに変な方向に向かっている程酔っているにも関わらず、目の前の大男は顔色一つ変えず酒をかっ食らうというのだ。
今頃思い出した。冴島という男はストイックな性格をしながら、とんでもない大酒飲みであることを!
「マジすか…俺もう…」
「付き合ってもらうからな」
少佐は普段見せない、勝ち誇ったかのような顔で言い放つのだった。
次回Chapter73は5月22日10時からの公開となります




