Chapter 66.Anger of Counterattack by Soyuz
タイトル【Soyuz 怒りの反撃】
——ウイゴン暦6月13日 既定現実6月20日 未明
【OSKER01からLONGPAT 天気晴朗、霧発生せず】
日の出と共にハリソン飛行場から出撃したOV-10によってダース山シルベー側では珍しい霧のない晴れ間が広がっているという報告を受けた冴島はすかさず下山命令を出した。
いつ崩れるか分からない山岳地帯に訪れた奇跡的な晴天をみすみす逃す程少佐は抜けた人間ではない。
各種戦車・歩兵キラーBMP-T・随伴歩兵と冴島の乗る装甲車BTRたちのディーゼルエンジンのピストンが一斉に脈動し、排ガスの息吹が排気口を伝って霊峰の空を焼けるような風に染めてゆく。
———VLooOOOOMMM!!!——
少佐の目は以前の作戦群をものともしないような高温でドロドロになった鉄の如く煮えくり返っていた。
かつて、自分が嫌というほど思い知ったゲリラ戦。シリアに居たあの時の情景がふと蘇る。
次々と便衣兵に翻弄されてゆく陣営、そして味方。かつての記憶が手に取るように戻ってきた彼は冷徹な殺意に満ち溢れていた。
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再び車両たちが坂を下りはじめたその時から戦闘は始まっている。7両ものBMP-Tが戦車や歩兵の合間を埋めるように配置され、搭載した30mm機関砲が周囲に向けられる。
いかに敵が機関銃を察知して手ごろな岩などの遮蔽物を盾にしようが、情け無用に貫通して着実に殺すことのできる代物だ。
後方には常に空を監視し続けるツングースカが待機しており空軍基地戦のような空中奇襲に備える。正に走る鉄壁陣と言っても過言ではないだろう。
聖堂が見えなくなるほどまでにシルベー側方面に下ると、昨日見えなかったものが次々と現れる。山とは思えないほどの真っ赤な地表と相反する黒い岩が突き出ているのだ。
地の果てと言う言葉がこれほどまでにピッタリな光景だが、あまりの霧でこんなことも分からない程視界が効かない中で歩兵を展開して戦闘をしているとなると肝が冷える。
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霧のベールが消え去り、湿潤とした地表に突き刺すような日差しが照り付ける。
腐っても山頂近辺ということもあり依然として冷夏のように気温は伸び悩んではいたが極寒の地生まれのソ連製兵器はモノともせずに進む。
——DANG!DANG!DANG!!!——
歩兵の合間を縫ってずらりと並べられたBMP-Tの砲塔が旋回すると恐るべき精度で遮蔽物を射抜いていく。着弾した岩肌は砂と石ころに至るまで砕け散り、そのすぐ後ろに野生動物でもいるなら即死することだろう。
車体こそ125mm砲を積んだT-72と同格だがはるかに精度の良い電子装備を積んでいるからこそできる芸当である。
立ちはだかった4式中戦車の援護で群がるアリのような軍勢は減らせたが、ゲリラというものは神出鬼没。いくらカバーしあっても生じる死角から何をしでかしてくるか分からない未知の敵を相手取る以上、姿を現したところを地道に潰していかなければならない。
山を下ったその時から戦場は始まっているのだ、それに相手はこの地理を把握している人間。たとえ機関銃で排除できるような剣闘士であろうとも一瞬たりとも油断ならない。
鋼鉄の進軍は続く。
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——ウイゴン暦6月13日 既定現実6月20日 午前5時14分
追撃命令の挙句、多くの兵員を失っておりその規模は小隊と言っても少ない15人程度の兵員を抱えていた。増援がなければ殲滅されていたとも考えられるだろう。
大敗を喫したサルバトーレ少佐率いる帝国陸軍第四中隊は、対Soyuzに関しての姿勢を改め、観察という方向性に舵を切った。戦いは情報が勝敗を分かつものであるからだ。
勝負はまだ終わったわけではない。あの恐るべき火力を発揮されたら最後、今度こそ命はないだろう。
仮に連中を排除するならば、完璧に行動を封じることを前提に、師団単位で攻め込まなければ無理だろう。
少佐は考えた。打つ手はないのかと。そうした思案の果てに情報を集めることを最優先と結論付けたのだった。
作戦は即座に決行された。調査報告のブラッシュ・アップをかけるため、シルベー側の山道外に3人一組の偵察班をそれぞれ離れた位置に置き、徹底的に調べつくす。
不謹慎だが、兵員の数が減っていたがために間隔が開き1か所に集められて根絶やしにされるリスクも低減した。それによって残った人員で個々に情報を集めていけるという判断である。
捨て身とも言っても良い作戦だが軍隊は個が強いのではなく集団が強い存在であるがために得られた報告書を味方に託すことで間接的に仕留めることができる。もっとも、霧というアドバンテージが失われた今、無意味に突撃するよりも賢明な判断と言えよう。
早速、戦車部隊の存在は中隊の情報網に引っ掛かった。
「増えてないか」
班長の勇者はSoyuzの部隊を見て思わず声を漏らす。
それも無理もない、昨日見た鋼鉄の異形の他に歩兵間を埋めるようにして台座に乗せられた“カタツムリのような怪物”がいるではないだろうか。背格好が低い角付きと同じようだが異質な存在に違いない。
何がどうなっているか分かりっこないが、本能が今すぐ逃げろと騒ぐのを必死に抑え、一人を伝言役として差し向け、彼は観察を続けた。少しでも情報がいる。
異形戦団を追跡しながら監視を続けていると、ある程度の行動パターンが見出されてきた。
奴らは周囲を見渡しながら敵をいないか索敵し、少しでも疑わしいと思った瞬間攻撃をしてくるのだ。あまりに躊躇のない様からよほど昨日の戦闘が響いたと思われる。よほど警戒しているようだ。
偶然にも魔導士崩れの勇者がいるのが幸いし、感覚を研ぎ澄ましながらより鮮明な偵察を続けている最中、ある1つのカタツムリの化け物がしきりに頭を動かしはじめた。
何やら妙な動きをしていると思った矢先、動いていた頭部がぴたりと止まり目があってしまった。
ぎろりと光る黒2つの黒い角に睨まれた彼は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。今まで経験したことのない筆舌しがたい死の恐怖が体を乗っ取った。
——逃げろ!——
気が付くはずもない、はるか遠くの敵なのにも関わらず喉元に槍を突き立てられたかのような感覚、今までの経験や訓練を押しのけて戦士の勘が激しく告げる。
だが無情にも体は鞘にさび付いた剣のように動こうとしない。
思うように動かない肉体を無理にでも動かして思い切り叫びながら奥へと跳躍した。
「逃げろ!」
———DAGAGAGAGAG!!!!!
その途端、班長に向かって鉄の嵐が吹き荒れる。
判断がコンマ数秒遅れていれば、間違いなく死体に変えられていたことだろう。だがそれでも終わらない。逃げる勇者の足元まで攻撃が迫っているのだ。止まれば死が待っていることは明白だった。
彼は魔具の力添えで走った。あまりの恐怖に胸が今にでも破裂してしまいそうだが足を止めたら何もかも終わりである。
そんな彼の頭脳にはもう鳴り響く爆音すら届かない。極限状態で頭脳は逃げるために全神経を集中させていた。
一見正しい判断のように思えたが、それが命取りになった。班長の周りの岩が砕けていく、スナイパーの持つガロ―バンでも受け止められそうな強固な岩肌なのにも関わらず。
なにを隠そうBMP-Tにはそんな頑丈な岩壁すら貫通して向こう側に潜む敵を貫いて殺す30mm機関砲が2門備え付けられているからだ。
今までの機銃はあくまで追い込むことに過ぎない。隠れて反撃の機会をうかがうべく止まったところを射的の的のように機関砲で粉砕し排除する。非正規戦争に携わることの多いSoyuzの経験値の差が光ったと言えよう。
一方的な虐殺と言えるような短い戦いを繰り広げながら冴島率いる部隊は雪辱を晴らすかのように進んでいく。
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中隊は拠点を放棄している以上、帰る場所はない。
作戦でゲリラ戦をするのではなく敗残兵のように地べたを這いつくばることになってしまった。支援は受けられる見込みがあるかどうかは知らないが、全力を尽くさなければならない。彼直属の兵士は皆、覚悟を決めていた。
その渦中、息を上げながら仮説司令部に兵士が駆け込んできたのである。指揮官の姿を一目した彼は敬礼をすると即座に敵部隊発見の報告を上げたのだった。
「——そうか。」
辛うじて逃げてきた伝令勇者は敵部隊降下の一報をサルバトーレに伝えられると、少佐は全てがわかり切っていた顔でそう返した。
報告によると昨日と今日では歩兵の間を怪物が埋めており、大方少佐の思惑通りに動いているらしい。
「しかし、第5班は…」
「結構、それさえあれば十分だ」
彼の言い草から全滅したことが確定した。
配属した人間は少佐自らが育てた人材であることに加え戦争を生き残ってきた熟練した兵士が万が一にもドジ踏むとは考えにくい。
こうして彼が命からがら中腹まで来ているということは、向こうにいる兵員はおそらく死んでいると見て間違いはないだろう。
いずれにしても厄介なことに変わりはない。刻一刻と変化する戦場、やはり自分の目で確かめなければならない。
サルバトーレはシールド裏にソウルキラーを仕込むと
「この目で見なければ始まらないか」
吐き捨てるように独り言をつぶやくと、仮説拠点を後にした。
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Soyuz戦車部隊は昨日交戦があった場所まで来ていた。
霧が覆い隠した幻影は消え失せ、あたりには赤黒く染まった地表と血のりがべっとりとついた岩。無数の死体が転がる。あの戦いが何であれ、確かに此処で起こったことに違いない。
晴朗の元、改めてこの場所を見ると山道外には無数の兵士を隠すにはうってつけの岩肌がむき出しになっていた。
ゲリラ戦には現地に精通することだけではなく高度な作戦を練り、敵を観察しなければできない芸当である。
冴島は無線機を常に耳を当てながら、随伴する戦車や歩兵の報告に対し即座に動けるよう待ち構えていた。
時折自らガンナーを買って出ることもあり、砲塔を細かくハンドルで旋回させながら深淵からこちらを覗く敵を血眼になりながら探し続ける。
【OSKER01から各員、敵を発見。距離420】
低空を飛行するOV-10からの一報でSoyuz機甲部隊は一気に動き出した。
——ZDANDANDAN!!!—DLAAAAASH!!!!——
BMP-Tらは機関砲と機関銃で逃げる暇を与えず一心不乱に波状攻撃を仕掛ける。無数の薬莢が車体からこぼれ硝煙が砲身にまとわりつくが山風が洗い流す。
機銃と機関砲、合間に入る砲撃。鋼鉄のハリケーンが猛威を振るう。何もかも死に変える雨とすべてを押し流す暴風と抗うものを粉砕する戦車砲が襲いかかるのだった。
外と数十ミリの装甲に隔てられ、窮屈なBTRの砲塔内に半ば埋め込まれている少佐も攻撃に加わる。食いしばった目で照準を覗き隠れたゲリラを探しながらPKTの引き金を引き続けた。
無数の戦車と装甲車の攻撃を受ければ霧のようなおびただしい砂煙が舞い上がってもなお熱源探知などを使って無慈悲な追撃が行われていた。
肉眼だけが頼りである冴島も大まかな位置を割り出しながら射撃を続けていた。
———DLAAAA!!!
火薬が弾け銃弾と共に排熱と鼠色をした薬莢がばらまかれてもなお少佐はトリガーを引き続ける。死体を見るまでは終わらない、それがゲリラ戦の鉄則。
地面に転がる大量の敵の亡骸をこの目に焼き付けない限り不毛な戦いは続くのだ。
そんな異常事態の最中、風向きが変わり巻き上げられた粉塵が流され再び山肌が露わになる。
【打ち方やめ】
少佐は一旦攻撃を中断し、一斉砲火の成果を見るため攻撃中止命令を下す。すると、ある孤独なシルエットが浮かびあがった。
何やら赤く光る剣を手にした男の姿かと思われた矢先、砂埃が流されていくたびその色が徐々に明らかになった。それは今まで見てきた敵勇者の赤鎧ではなく、色相を反転させた青や紫を混ぜこぜにした色だった。
——ヤツだ——
少佐は直感した。ジェイガンを襲った凄腕の色違い剣士であると。明らかに目立つ色合いから司令官であることに間違いはない。冴島は絶好のチャンスを見逃すはずがない。
———ZDLAAAA!!!!
恐ろしく冷静になった彼は思い切りKPVの引き金を引いた。14mmという機関砲に片足を突っ込んだコレなら一発であろうと殺し切れる。今度は逃がさんぞという殺意を込め銃撃を浴びせると土煙が巻き込まれ影は消え失せてしまった。
冴島は奥歯を歯ぎしりさせ照準から一旦目線を外し、再び指揮官として舞い戻ったのだった。
ひどい鉄のゆりかごに揺られながら少佐は性懲りもなく熱くなったことを悔いながら考えていた。あの時見たのは幻影なのだろうかと。
ただ考えていても堂々巡りになると知った彼は息を吐いて気分を平にすると命令を下した
【LONGPATから各員、進軍を続けろ。警戒を怠るな】
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その警戒対象は当然空にも及ぶ。OV-10は戦車や歩兵等であっても死角になる遮蔽物等に隠れたゲリラを発見するため低空で飛行していた。当然高度が高すぎれば小さな人は見失ってしまうし、低すぎることがあれば敵の射程範囲にみすみす入ることになるため絶妙なコントロールが必須だ。
戦闘と関係のないように見える彼らにも危機が迫っていた。
戦車部隊に追従するようにぐるぐると回っている最中のことである。OV-10のレーダーに何やら接近する機影が映ったのである
「正面、国籍不明機接近。速力400距離350 蛇行を繰り返しています」
助役がパイロットに対し急速に接近しつつある敵の情報を告げた。
どこか妙だ、歴戦のブロンコ乗りサンダーは不可解な点に気が付いた。
竜騎兵の使うワイバーンの速度は精々350km強程度しか出せないことが判明しているし、先の戦いから出てきた、より速い天馬はこれ以上存在しないことが調査報告であったはずである。
その上普通ありえない蛇行を繰り返して接近しているとのことだ。
到底まともな戦闘機乗りでもそんなことする訳がない。
それに1キロを切るまで接近を許しておきながらツングースカに落とされないのは不可解と言っていい。
ではレーダーに映る点は一体何だというのか。サンダーは操縦桿を握りしめ機銃を撃ちながら右に舵を切ると炎のビームが機体をかすめた。
火炎放射口から打ち出された直線的な火は地面に穂を垂れながら消えていった。こんなもの生身の人間が直撃すればローストされてしまうだろう。
OV-10は地上のツングースカの巻き添えを食わないため大きく進路と高度を変えているとレーダーの点も後を追ってくる。正体が全くつかめない敵であっても助役は距離を刻み続けている。
「距離250、100、50…!」
曲がるため速度を落としてしまったブロンコに迫っていく。体当たりする気だ!いくら身なりが良くても航空機はデリケートな兵器である。
思い切りぶつかられて最悪墜落することだった十二分にあり得る。サンダーは左翼を傾け、一気に高度を落とした。
急な機動をしたため途端に重力がかかり、視界がぶれ始める。
「———ッ」
慣れない高G戦闘機動に彼らは歯を食いしばり、振り切ろうとした時パイロットはすれ違いざまに目を疑う光景を目の当たりにした。
レーダーに映っていた存在、それは龍の頭をした巨大な蛇だったのだ。戦闘機に匹敵するような長さだけではなく、戦闘機などの主翼と尾翼といったように翼が4対生えているではないか。
それに足は見当たらず逆鱗に触れたかのように牙を見せつけながら飛んでいる。
その出で立ちは悪魔と呼ぶのにふさわしい。
—————
□
地上にいた対空要員、ツングースカも黙ってはいない。
OV-10がサイドワインダー・ミサイルを搭載しているとは言え、戦闘機のするような激しいドッグファイトには向いていない。
今までレーダーに映らないのが不思議だったが、今はそんなことはどうでも良い。ただ撃ち落とすだけである。
2K22の砲塔と機関砲が人間のように細かく動き、常に回り続けるレーダーで敵に狙いをつけると機関砲が火を吹き、ミサイルが発射された。
———BALLLLL!!!!——SRASHHHHHHH!!!!!
その直後、遠方に小さな爆発が起きると同時に悪魔の断末魔めいた音が山一杯に響きわたり、双方のレーダーから機影が消滅した。
激しい一幕の後からというもの、地上の敵は一切出現しなかった。少佐は撤退したのではないかと思ったが何が起こるかわからない土地柄のため厳戒態勢は敷かれたまま山を下る。
ぽつぽつと採掘施設が点在しはじめたのを皮切りに、新たなる街が少しずつではあるが見えてきた。
レンガ造りの建物が半ば違法建築のように立ち並び、天高く煙突が突き立てられた。無数の煙突からは、白煙に混じり黒煙を上げている。空気はハリソンから一転し硫黄が混じり、遠方から労働者と思われる男たちが行きかうのが見えるほど活気のある市街。
ここはシルベーにある鉱物たちの街ゲンツー。帝国の重要な臓物の一つである。
ゲリラ戦を抜けた修羅のSoyuzは多数の戦車などを携えて街へ一気に近づいていく。
次回Chapter67は4月10日の公開となります




