Chapter 7. THE FIRST CONTACT
タイトル【第一接触】
Soyuzというあまりに冷徹な集団と交渉を行っている頃、アイオテの草原では騎兵が皇女の後を追っていた。
赤い鎧に身を包んだ騎兵とドラゴンを駆る竜騎兵で構成された機動偵察隊である。
ひどく広大な草原から痕跡を追うのに普通の兵士では逃げる皇族集団には到底追いつけない。
そのため派遣された。
竜騎兵は空から、騎兵は地上の細かい痕跡を探すべく野原を進軍する。
今や皇帝なき帝国に皇族など不要である。処刑を免れた反逆者予備軍を燻り出し、万が一発見した際には殺す。それが偵察小隊の役目の一つである
馬の蹄が草原を踏み痕跡をたどっていた時。
「ありゃなんだ?」
一人の騎兵が馬を止めてそうつぶやいた。その視線の先には燃え尽きた馬車の残骸が残っていた。
拠点にするような場所ではない故、ここには賊が寄り付かず比較的平穏と言えるこの地においてこれだけのものが破壊されているのはあまりに不自然。
「どうしたエルモンド。何か発見したのか」
一人が止まれば当然隊も止まることとなる。
班長がその兵士の元へとやってくると、こう声を掛けた。
「班長、破壊された馬車の残骸を見つけました。調査に向かいます」
「了解」
班長がそう答えると隊はその残骸へと向っていく。
一度隊は円陣を組むように残骸を囲むと二人を見張りにつけて調査が始まった。
班長は真っ先に草をかきわけて残骸下の地面に手を付ける。
するとただの土が手にぽつぽつとついただけ。
長く燃え残った様子は無いようだった。改めてこの残骸を見ると一部が黒く焼け落ちている。
魔法によって爆破されたものであればこのような燃え方はしない。
だが火炎魔法で焼いたものならば原型が残っているはず。
火薬であるものであると考えたが、非常に値が貼る火薬を、逃亡する人間が、ましてや馬車を無残に破壊できるだけの量を手に入れるというのは考えにくい。
「班長。車輪を見つけました。結構ぶっ飛ばしたようですぜ」
調査をしていた一人の兵士、グレフリアがどこからか車輪を発見したようでこちらに持ってきていた。
彼の言い分を聞く限りではかなりの距離にある。
そうなると協力者の手によって破壊されたことが考えられるだろう。
「グレフリアとエルモンドは地面になにか異常があるか調べろ。私はこの残骸を復元する
おおよそこれは魔法でやられたとは考えにくい。第三者がこちらを襲撃する可能性が拭いきれない。見張りは持ち場を離れるな」
班長がそう命令すると、一部の騎兵は降馬してさらに詳細な調査が始められることに。
班長がばらばらになった部品をかき集め、ひたすら考える傍ら、二人の兵士は協力者の痕跡の探索。
そしてその周りには隙だらけになる班に敵襲を察知するために見張りを建てられている。
「班長、なんだぁコレ。こいつぁ馬車じゃねぇし、随分深く跡がついてやがる。見たことねぇ。バカみたいに重い何かがここにいたらしいぜ。貨物馬車じゃあねぇなんかだ。よく見ると模様が一つ一つ違うぞコレ」
エルモンドが声を上げるとその周りには跡がびっしりと並んでいた。その一つ一つ跡の模様が異なるようであり、複数の協力者の存在が脳裏に浮かぶ。
しかし馬車程度では付きそうもないような幅広で深い跡は一体何なのか。
想像がつかなかったが長居はできそうにないことから私はこう言い放った。
「反政府組織による接触によって逃亡した可能性が濃厚だな。ただしコレまでにない何かを持っていることは確かだ。各員撤収せよ。厄介な連中の相手は弓引き小隊に相手させればいい」
その命令が下ると一斉に降馬していた兵士は騎乗して草原を駆け抜けていった。
忙しく建設作業が進む拠点では依然として作業が続けられている。
ようやく装甲車や戦車を格納することができても、航空戦力を動かすだけの設備が未だに完成していないのだ。
滑走路が突貫工事ゆえに100mも完成しているか怪しい。
そのためか三菱の背中を蹴飛ばして作らせた、零式艦上戦闘機くらいしか配備することができずにいたのである。
「畜生、こんな野っ原に工期短縮しまくりの突貫で滑走路を5本も引けってどうかしてるぜ全く。」
作業員が休憩を終え、短くなったタバコを缶のスタンド灰皿に放り出しながら悪態を吐く。
給料が払われるとは言ってもこき使われるのは自分達。
誰だってクソッタレとも言いたくなるものである。作業員が痰を吐き捨てて立ち上がったその時であった。
―――WUUUUOOOOoooooMMMM!! 対空戦闘用意!対空戦闘用意!―――
警報音が一斉に鳴り響いたのである。警報を聞いた作業員や兵士が慌ただしく逃げ惑う。
「畜生、敵なんて死ねこの野郎!休憩がパァだ!」
「残業なんかしたかねぇ」
男たちの悲痛な叫びが警報にかき消される中、対空ミサイルの狙いがつけられようとしていた。
敵は空からやってくるのである。
その姿は偵察機であろうか。それとも戦闘機か、攻撃機か、はたまた爆撃機であろうか。
答えはそのどれでもない!
レーダーに写るその正体は人類が悪魔だと恐れたドラゴンを駆り、鳥や風さえも凌駕する速度で空を駆け抜ける文字通りの竜騎兵である!
草原をブラシの毛先に思えるほどの上空に警報の正体が陣取っていた。
騎兵よりも人肌をさらに隠し、厳重に外気から守られた赤い鎧が青い空に浮かび上がる
機動偵察小隊のドラゴンナイト1編隊3人チームから構成される調査班。
「ケッ、隊長のヤツ戦力を温存しやがって」
飛竜乗りの言う愚痴も上空の激しい気流に流され消えていく。
これだけ高ければ弓矢や魔法など届かない。敵はこちらから向かってくる同じ空を飛ぶ存在だけ。
激しい矢の如く風が襲い来るのが余計に苛立たせていた。
その兵士は槍を背中に固定すると身勝手に速力を落とし少しばかり後ろにつく。
それからしばらくたったある時、先行する僚兵がバイザーを開けると、速力を落として班長へと身を寄せた。
「班長、今までにない地上基地を確認しました。どうしますか」
声を張るために班長もバイザーを開けるとこう叫んだ。
「確認した、今までにない基地設備だ。高度を下げ―――ガーナリア、何か来る!」
BOOOoooooM!!!
煙を吹き出す何かがこちらに向かっていると思った次の瞬間、空に灰色の爆炎が広がった。
爆炎が晴れると二人ともども地上に引かれて落ちて行く。
ますますその人影が小さくなっていくと、ついには見えなくなってしまった。
「クソが、やってられねぇ!」
後ろを飛んでいた兵士は恐怖した。空という絶対的な位置にいる存在をいともたやすく死へと引きずり込む存在に。
竜騎兵を恐怖のどん底に叩き落とした悪魔の槍はもう一つ、煙を吐きながらこちらにやってきている。
思わず飛竜を反転させるべく手綱を思い切り引き、龍をのけぞらせたその時であった。
「しまっ―――」
迫りくる悪魔の毒牙は爆発した。
Soyuz拠点から遠く離れた草原の終わり、街との境界となるハンベルの森に夕闇が訪れる。
鳥たちがこの森に一斉に集まり騒がしくなる頃、木々に埋もれるようにして建てられた臨時の砦の一室での一幕だった。
辺りは視界の効かない宵闇であるにも関わらず灯一つも出ていない。
その上弓眼以外の隙間はすべて石垣で埋め尽くされており、異様な人工物として大自然の鉄壁に守られている。
機動偵察隊の隊長が、砦の主である女性士官に偵察結果を報告すべくやってきていた。
帝国では魔法に素養のある人物が女性に集中する故、女性指揮官も珍しくない。
軍隊が政権を掌握してから徴兵もより見境がなくなり、男女の差はほとんど無いと言っても差し支えが無いほど。
指揮官は不燃タールで塗られた木戸をノッカーでたたき、声を上げた
「機動偵察19小隊隊長のザングベリオ・ダスター少尉であります。偵察結果を報告しに参りました」
中尉が扉から一歩下がり応答を待っていると、扉越しに冷たい声が響く。
「入れ」
その声を合図にして扉をくぐると、蝋燭を立てた火皿が置かれたデスクの向こうに、狼のような目を向ける女性がいた。
短いブロンドに紺碧の目と共に、赤く塗られた鎧すら中尉に殺気を放っている。
指を組み合わせ、人差し指を動かし続けている姿は誰が見ようとも苛立っている様子であった。
炎が揺らめくと殺戮のため研ぎ澄まされた眼が時折垣間見えるほど。
皇族の討伐という命を受けているにも関わらず、砦の背後には軍とは別の暗殺部隊である[深淵の槍]が嗅ぎまわっているのである。
対象に寸分の差で逃げられることが多かった事、なによりあの騎士団という存在が彼女を不用意に苛立たせていた。
「アイオテの平原を偵察した結果、皇女を乗せていたと思われる馬車の残骸を発見しました。大量の火薬類で爆破されており、証拠を隠蔽したと考えられます」
「いくら皇女とその付き人がいるとしても、これだけの火薬を調達するのは不可能です。そのことから協力者がいる可能性が浮上しました。隣国に逃亡する可能性が高いと推察します」
すると、デスクに座っている女性は一度机上の蝋燭の灯火が揺れるほどの息を深く吐いて
「少尉の部隊は悔しいほど出来が良いな。ではこちらからある程度人員を東側によこそう。反乱分子の予備軍を根絶やしにするには事足りるだろう」
「どのみち草原を西に抜けた亜人の村にでも潜伏しているのだろうが焼き払ってくれる。それに、そちらの竜騎兵隊が帰還していないと聞いているがどうなっているのだ」
「……少尉の部隊にいる竜騎士は優秀だと思っているのだが」
偵察報告に対して、ブロンドの髪を時折指に巻きつけながら少尉に答えた。隙間風も入らぬ鉄壁の要塞に音など割り込む隙もなく、油の焦げたような臭気が充満する。
それはまるで少尉を尋問するように言い知れない圧迫感を与え始めた。
「あまり考えたくないのですが撃墜されたとしか思えないのです…マリオネス大尉。私としては貴重な飛行偵察隊であります故」
少尉は顔に影を作りながらそういった。
補填された兵士以外にも騎士上がりの兵もいる優秀な偵察兵であるため。逃げ切らなければ意味がない。
マリオネス大尉は感傷に浸らせる合間を与えず、机に爪を突き立ててダスター少尉を捲し立てた。
「貴様は軍人だろう。あの程度であれば補填すれば良い」
「アイオテの草原には国境警備隊以外の人間が寄り付かない辺境。そこで撃墜されたとなれば軍事力がある何かしらの存在がいることになる。大いなる脅威の発見だ」
「おそらく少尉の手に負える相手ではない。私の指揮する隊で奇襲し、逃げた皇女を生け捕り、そして血祭りに上げねばならないのだ。」
「手柄を取るためなら何でもするような”深淵の槍”に、我ら軍が遅れを取ってなるものか。
「それに、次の偵察任務は威力偵察も辞さなくなるだろう。より多くの損害が出ることが予想されるが今後を考えると安いもの。少尉も軍人であるならその程度わきまえたらどうなんだ」
少尉は顔を上げながらその言葉をただ聞き続けることしかできなかった。人を容易に失うのが軍隊というものである。
そのことを改めて肝に命じながら自らに決意するようにして言った。
「了解です。我が隊も大尉の期待に答えられるよう尽力します」
力強く誓うよう、敬礼しながらマリオネス大尉の前で言ってのけた。
「成果を期待しているぞ。ダスター少尉。私も、悠長にしている暇はないようだ」
少尉の答えを聞いたマリオネス大尉は血相を変えず、冷淡に言う。
蝋燭の炎が、大尉の後ろにかけられた巨大な弓を照らし、じりじりと蝋を滴らせながら短くなっていく。
どこかそれは皇族の命の灯を少しずつ、そして確実に削っていくようにも見えた。
次回Chapter8の公開は21日10時からになります!お楽しみに。