Chapter 65.Armor knight commander
タイトル【重装騎士指令】
——ウイゴン暦6月12日 既定現実世界6月19日
Soyuzがサルバトーレ率いる軍団と死闘を繰り広げられている間、ファルケンシュタイン帝国本部は確実に動いていた。
各県それぞれの城へとその旨が【国家を転覆する目的で侵略を続けている】という内容が通達され、将軍たちは絶滅危惧種同然のレジスタンスをはるかに超越する敵に慄く。
かくしてSoyuzの存在が公知されたばかりか国家反逆者として広く知られはじめていた。
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そんな対Soyuz最前線と統治の要であるシルベー城は建築上と防衛上の観点から湿原から遠く離れた小高い丘を丸ごと城塞化した城である。
小手先で改造を受けたジャルニエのものと比べ、軍事用に作られたため文化財に値する装飾は一切見受けられない。
内装は防火タールで塗られており、しいて黒くない場所と言えば客人や接見を行う応接間くらいである。
当然Soyuzの侵入を察知したシルベーも動き始めていた。ジャルニエをあっという間に制圧してきたような連中に、激しい焦りと恐怖を抱いた将軍カナリスはカネに糸目をつけず、おびただしい数の重量物射出器クイン・クレインの設置を急いだ。
設置型の反発力で重量物を射出することは変わらないが、これは特に鋭利な大槍や専用弾を用いるものを差す。いわば移動不能の巨大バリスタである。
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無数のソルジャーが大掛かりな設備を休憩返上で設置し続けていれば当然朝日が顔を出す頃合いになっていた。
「オンス騎士将軍、クイン・クレインの設置についての進捗と、今月のゲンツー街の利益と損失についての伝書について確認したい」
深紅の外套を身に着けた如何にもハプスブルク家のような顎をした貴族たるシルベー将軍、エムニ・カナリスは銀色のジェネラルに対して命令した。
彼は軍事力ではなくダース鉱山から採掘される鉱石とベーナブ湿原から得られる燃料や肥料に利用できる資源、泥炭を他県に売りさばくことでシルベーを発展させた立役者である。
「ははっ。設置率は7割と言ったところです。しかし本日はゾルダーン将軍ラムジャー氏がおいでになる日ではないのでしょうか」
トン超えの鎧をきしませオンスは将軍に対し拳を胸に押し付けて敬礼すると報告を上げた。
他県の将軍がわざわざこの地に来るという事態はあまり見られない。大体は県境についてのいざこざについての会談か、その他を話し合うくらいであるためだ。
当然将軍という高い地位の人間を迎えるわけだから、それなりの準備はいるだろうし工事中であればそれをやめさせて少しでも交渉が有利に働くように身なりは良くするものである。
オンスの言葉にカナリスは一瞬だけ表情を汚物でも見るかのような眼差しになったがすぐに平常に戻ると
「…。今は設置工事が先だ。オンス、いいから早く益損を確かめさせてほしい」
彼はただ伝書を寄越すように求め続けたのだった
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「humm…ゲンツーでは現状住居が足りないのか。だがこれ以上増築できまい。生産ノルマは無事こなしているばかりかそれ以上を出しているのは極めて良いことだと思うんだがな…。まぁいい、地下に住処でも作らせて、残土を掘りつくした湿原の埋め立てに使うとするか…。」
「それに対異端軍のこともある。もう少し締め上げてみて、シューターを購入する費用に使いたいけども納期的に間に合わんな。
小石を置くようにして設置できればこんな思いしなくて良いんだけど。どうももどかしい。
…僕に才能が少しでもあれば軍備をもう少し改革したいが、あいにくカネを出すことくらいしかできない、オンスに任せてもらうか…」
オンスがクイン・クレインのことで席を外している間、カナリスは執務室で今月の損益伝達を指ではじきながら独り言を浮かべ、思考世界に入り浸っていた。
自分はあくまで貴族の身で将軍という立場にいるに過ぎない。
それに比べてオンスという人間は立派なもので、将軍に与えられるはずの大部隊の指揮を取っているだけではなく、資源を売りさばいてできた僕の権威をうまいように利用して、英雄、サルバトーレ少佐さえも引き連れてきたときた。
あそこは厳しいノルマを課していることもあり、それなりの力のある人間で脱走者を増やさないために圧力をかける必要があった。
自分も彼も多忙の身で現地に向かうわけにいかず困っていた。
そんな中彼の機転で一気に解決したのだ。そう考えると軍事面において自分はなんと無力なのだろう。
一度だけオンスを信頼して経営をさせたことがあるがうまく波を掴めなかったらしく大失敗したことを鑑みると僕と彼は二人で一人、二人三脚で引っ張っていかねばならないと改めて思いなおした。
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だが玉座に座る人間が変わり、軍人至上主義の世の中になった以上こんな都合の良い間柄がいつまで続くか分からない。
次から次へ解決しなければいけない問題が湧き出てくるのには辟易してしまう。
後回しにするべきではない事であることは自分の中で分かっていることではあるが。
考え事を進めていくと、雑用を兼ねるソルジャーが僕に連絡した。
「カナリス将軍、ゾルダーン将軍ラムジャー様がお見えです」
「うむ。すぐに向かう」
報告を耳にしたカナリスはアーマーを着用し執務室を後にした。
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時にしていくら嫌な相手でも向かわなければならないことがある。それがサラリーマンであろうが、将軍だろうがそれは同じこと。
カナリスとオンスは回廊を歩みながら互いの緊張をほぐすべく話をしていた。
彼ら二人は一見部下のアーマーナイトと権力者であるジェネラルにしか見えないが実際は真逆で、カナリスがアーマーで、騎士将軍オンスがジェネラルなのである。これがシルベー城名物【あべこべ】なのだ。
「将軍、何か気に障ることでも」
彼に向けてオンスはヘルム上から顔色を伺う。
「何もないさ」
同じく彼も装甲兜のスリットの奥から答えた。長年そばにいたオンスはカナリスの不安を容易に見透かしたが、あえてそのことを指摘することはなかった。
彼とて自尊心というものがある。事実を包み隠さず伝えて良いのは戦場だけである。
そこでオンスは少しばかり回り道をした言い方をしたのだった。
「将軍、我が軍には遠距離攻撃を行うアーチャーや魔導士。近接には勇者やソルジャーがいます。壁となるアーマーに。何故、これほどの兵種がいると思われますか。アーマーは小回りが利かず、アーチャーや魔導士は近づかれたらどうしようもできず、歩兵は遠距離の攻撃に脆弱であるのに。
——結局的な話、互いに欠点を認め、埋め合わせながら動いていかないと意味がないのです。私とて闘技場の運営で大失敗したのもしかり。」
人間とはいくら立場を手に入れようが、か弱い生き物であることに変わりはない。故に手を取り合いながら組織を作り、国をつくっているのである。カナリスはその言葉にある種の納得したのかオンスに答える。
「悪い、将軍とあろうものが」
カナリスは重く鈍重なオンスに歩みを合わせながら応接間に向かっていった。
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応接間に到着すると、額に青筋を浮かべたグリーン一色の鎧を着用したジェネラルが堂々と座っていた。
白髭を携え、まるでホーディンのように見えたが嫌味なのか粘っこく手を握っては離しを繰り返す老人。彼こそがシルベーに隣接する県ゾルダーン将軍、ラムジャーである。
普通、こう言った場では騎士将軍を連れてきているはずだが毎度のこと姿が見えない。
「まるで礼儀を知らんボンボンがシルベー将軍とは…恐れ入る。城の外では埃臭く気品なく、おまけにもてなしの一つもできないとは一体どうなっておる。」
このラムジャーという男、ガビジャバン戦争において敵地で暴虐の限りを尽くした上、今では軍人至上主義を良いことに付近の県に兵力の違いや食料輸出停止をちらつかせて女と私腹を満たしていると噂される男である。
ついにここまで手を出してきたのかとシルベー側の人間は思っていた。
彼がカナリスに対して言い放った皮肉でさえヘドロのような悪臭を放っているように醜く感じられた。一応の形とは言え、互いがヘルムを脱ぐと一対一の会談が始められようとしていた。
場の空気は言い知れぬピリピリとした緊張が張り詰め、鎧奥のオンスは奥歯をきしませる。
「で。なんですラムジャー将軍。現在シルベーでは憲法違反国家反逆組織Soyuzに対しての対策で多忙な状況です。ご容赦ください」
口火を切ったのはカナリスだった。その口元は引きつっているかのように張り付いた笑顔を作っており、眼差しは微塵も笑っていない。
「では手短に。現在ゾルターンでは財政が厳しい状態で、そちらに卸している麦とイルタス(ジャガイモ)の取引価格を1kgあたり5000G以上であること保証願いたい。またそちらから買う泥炭は1kgあたり80Gで———」
ラムジャーの一言でカナリスの眼差しは死んだ魚から燃え盛る業火のように怒りを孕み始めた。
それもそのはず、ゾルターンの城は豪華絢爛もいいところで彼の資金力を誇示していると言っても良いだろう。おまけに毎日贅沢な生活を100年続けられるほどの資金力を持ちながら、都合の良いことを抜かしてきたのである。
どのみち失うカネをどうにかして減らし、利益を得ようとする見え透いた魂胆。そのためだけに交渉に来ているというのである。ずいぶん舐められたものだ、カナリスは腸が煮えくり返る思いだった。
「そのお話ですが縁がなかったことに」
ラムジャーの提案に対し彼は感情を込めるのも忘れて即答した。不平等にも良い所である、これがその辺の小悪党だったら刺殺しているところだが必死に殺意を抑えた。そのことを聞いた彼はさっそく圧力をかけ始める。
「——良いのか、我がラムジャーが保証すればこれら損失を見返すことができるだけの利益がでるというのに。」
彼の発言シルベー側の人間は思った。どの口が言うのか、と。
盛大な空振りを食らったことくらいラムジャーは理解したらしく、より一層言葉尻を強くしてきた。
「…そうまでして飲まぬというのならば考えがある。これが最終警告だ、この条件を呑む気にはなれないのか!」
突如として立ち上がり、唾を飛ばしながらカナリスに迫る。この悪人の考えることは目に見えている。穀物をありったけ高く売りつけ、そのくせ資源を無料で手にしたいのだ。
この男、貧乏神すら逃げ出す欲の塊だ。
圧力をかけられたままでカナリスは黙ってはいない。だがこの男、回りくどい皮肉は通じないだろう。ここで彼は頭を使い、涼しい顔であしらった。
「ラムジャー将軍。我がシルベーの泥炭並びに製品をそこまで言われたのならば私とて黙っていられません。そこまでおっしゃるならば金属製品・泥炭の取引を全て取りやめ、ゾルターンに転売しようとする組織を徹底的に取り締まります。」
「将軍、そこまで悪態をつくということはわが県の製品は大層使えない低品質のものなのでしょう。ならば使わなければ良く、他の県から得られる微細な量の泥炭などで暖炉を灯せば良いこと。まぁ、将軍の暖炉であれば魔力で十分でしょうが、ご自慢の畑はそうはいきますまい」
泥炭は何も燃やすためだけに使うのではない、耕作地改良としてもつかわれる。
とりわけゾルターンの土は肥沃だが、その代わり水はけが悪く普通に作物を植えるとたちまち根腐れを起こすことだろう。
土壌改良には大量の粉砕泥炭が使用され、耕作地拡大を狙うラムジャーにとってこれは大打撃であることは間違いない。
互いの欠点を支え合うが故、均衡が失われた場合あっという間に崩れ去ってゆく。
いくら短気な彼であってもそのことは理解できたのか熱した鉄のように顔を赤らめ、烈火のごとく怒りを露わにしながら捨てセリフを吐き捨てた。
「部下がジェネラルというのに、重騎士どまりの将軍が偉そうに…!おまけに一族とは関係ない騎士将軍に自分の家の紋章が入った盾を持たせてるような舐めた真似をしてくれる…」
兵種だけでいえばラムジャーの方が上である。
いざとなれば小癪な貴族崩れ如き大量の軍勢をもってして抹殺することは容易。
だがこのカナリスという男は膨大な資源の利権を盾にしている、こいつを殺せば背後にいる騎士将軍が取引全てを止めてしまうだろう。
どうしようもない状況に彼はやり場のない怒りを募らせる。
しかし感情でどうにかなるほど会合の場は甘くはない、むしろ都合の悪いことを突かれて反応してしまったが最後である。カナリスは哀れな将軍に止めを刺すように言い放った。
「我が県も対異端軍において決して少なくないカネを投下していまして、正直なところ財政がひっ迫している状況です。そのため今月より泥炭の取引価格を1kgあたり380Gから420Gに値上げになりました。」
「貴様、このわしを誰だと——」
ラムジャーはかつて自分がほかの人間にした仕打ちが返ってきていることに腹を立て、罵声を浴びせようとしたがカナリスは涼しい顔であしらった。
「この件に関して取引先の将軍に文書で通達していまして。全て承諾を得ています。」
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本来、泥炭は必要不可欠の物資であるためシルベーでは価格を抑え続けていた。
そのため1kgあたり380G日本円に相当する額にして420円に相当する。ラムジャーはこのことに腹を立て、今月もう8回も今日と似たようなことで罵声を浴びせておりもはや狂気に値するだろう。
そのたびにカナリスが下級兵職のアーマーナイトであること、オンスがその功績をたたえられ、将軍直々に貰った紋章に対し【ありえない】と侮蔑され続ける。
当然人の悪口等聞いていて気持ちの良いものではなく、これに付き合わされる両者護衛も呆れ始めていた。
耄碌した老人のような言い草で背後の護衛から槍を強引に奪い取るとカナリスに向けて振り下ろしたではないだろうか。
そんな蛮行を護衛も兼ねるオンスが見逃すはずもなく、すかさず巨大な盾で受け止めた。
合間に襲われた張本人は冷や汗をかきながら競り落とすかのように声を上げる。
「取り押さえろ!」
話が通じず暴れだす人間など将軍ではない。ただの暴漢同然である。
シルベー側とゾルターンの護衛が一斉に将軍ラムジャーに群がると応接間からたたき出されていった。
「やってられないよ」
カナリスは疲弊しきった顔でため息がてらこう吐き出した。
次回Chapter66は4月3日の公開になります




