Chapter 64.the Researcher`s result
タイトル【研究結果】
一方その頃、ショーユ・バイオテックでは今まで行っていた研究発表会がセクター1の応接間にて行われていた。
ひとりの研究員がプロジェクターに移されたスライドにレーザーポインターを当てながら項目を口にしてゆく。
「ただいま研究所があります次元超越空間、通称U.U内での生体についての調査報告と結果ですが、我々の予想と同じく遺伝因子としてデオキシリボ核酸を持つなどのことが判明していますが、アイオテの草原に植生する植物や生物の遺伝情報はクエン酸回路や光呼吸といった生存に不可欠な機構は一致していたものの、Mt DNAやゲノムDNAなどをシークエンサで解読、同じ生物種と比較した結果、日本並びに世界中の生物と一致しませんでした。」
つまり何を言いたいかというと、既定現実側の生物が息を吸って生きているという根底的なところは変わらないが遺伝情報は全てU.U独自のものだという。
「—————ですが、学術旅団が持ち帰ったクレソンや常在菌として知られるStaphylococcus aureusに対して解析を行った所、クレソンではドイツで見られるものと一致S. aureusにおいてはペニシリンが普及する以前の非ペニシリン抵抗性株であったことが判明しました。何故これらが既存の遺伝子と合致するのか不明です。」
既定現実に存在する黄色ブドウ球菌は抗生物質が乱用されてきた歴史から、現在分離されるものはほぼ全て耐性を持っていることが多い。そうでなければ生き残れないからだ。
だが何故そうなのかは依然としてわからない。
「また今まで架空生物として認知されていた【ドラゴン】と呼称される生物ですが
遺伝情報としては既存の爬虫類・両生類などと一致せず、U.Uの独自生命体だと思われます。第一調査にて回収されたサンプルをA、拠点襲撃の際に撃墜された竜騎兵が乗っていた種、Bとジャルニエ城に飼育されていた種類Cの3種をYACベクターでゲノムライブラリーを作成し配列を解読しました。
それから得られた結果ですが、A・B・Cは科段階異なる別種だと判明しました。」
「ジャルニエで見られたCはいずれとも異なりますが、竜騎兵の利用していたBと野生個体Aに関しては野生種と家畜種レベルの違いしか見られず、大型個体であるAを基礎に家畜種Bを作出したと考えられます。
加えてCとAを比較した結果、共通した配列を発見しました。これら配列は家畜種Bには見られず、野生種特有のものであると考えられます。」
これら難解な発表を纏めると地球の生物とこの次元の生物の根幹は同じであるが、それ以降に目を向けるとありとあらゆるところで一致しない。
それに加え空想上でしか存在しない竜という生命体がこの世界特有の生き物であり、大型種と火竜は野生のけだもので、ワイバーンは家畜化されたものらしい。
それを聞いていた研究員に混ざって当然所長たるメンゲレも発表を聞いていた。
パイプ椅子に腰かけてもなお足を組み、頬杖をついてスライドを真摯に見つめる目はいつになく邪悪で生真面目であった。
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研究員は長くしゃべりすぎたのか一度息継ぎをするとスピーチを再開しようとした矢先である。
「すまないね、聞きたいことがあるんだけども。——大丈夫か」
博士が素直にマイクを手に取るとこう言った。いつになく暴言や差別発言、放送禁止用語や侮蔑する言葉が出てこない辺り、嫌味を含まない純粋な疑問なのだろう。
「ええ、どうぞ」
発表者は悪夢のような博士の代わりぶりに困惑しながらも質疑に備える。
「——うむ。なら言うけど…。遺伝子レベルでの研究は進んでいたとしても、骨格標本や今までの記録映像から【生態的】な研究がなされていないのが少しばかり引っ掛かってね。」
「私は植物の研究者で動物のことなどは全くの素人だが、骨格や映像で食性や習性など分かったことがあれば是非とも聞きたい。まぁその、あいつらが戦車砲やミサイルでバラバラにしたから難しいとは思うが一切記載されていないのは気になるな。時間的にそろそろ終わりだろうに。
Soyuzの連中だって遺伝子レベルでああだこうだ言っても分からないだろうし、それに価値がないだろう。そこの所どうなっているのかが気になってね、何かを入れ忘れたかのように存在しなかったものだから質疑応答まで待てなくってね。」
「言ってしまえば私が一枚かんでれば良かったけども、そもそも私、バラバラ死体とかそういうゴアがどうしても苦手で。」
博士は丁寧に気になったところを言ってのけた。いつも嫌味や暴言を垂れ流しているのは相手があまりにも無神経だからであるがためであり、同じ志あるものに対してある意味敬意を抱いている。
博士の指摘に対して少しだけ発表役の学者は冷や汗を流したが、こう弁明した。
「ええ、正直に言って生態どころか骨格標本の作製がうまくいっていないのは事実です。」
「損傷が激しいばかりかこれら生物は既存の生命体と比較して巨大で、現設備では標本作成が難しい状態です。…サンプルA・B・Cに言えることなのですが、これらは損傷が激しく完全な骨格標本が作製を止めている要員でもあります。
また記録映像に関してですが、ほとんどが生息する環境ではなくガンカメラなどの研究には不適切な映像がほとんどで、拍車をかけていまして…」
それもそのはずである。飛龍は地対空ミサイルで、野生種はミサイルどころか105mm砲を撃ち込まれジャルニエの火竜は攻撃ヘリコプターの全力砲火をもってして固定されている。到底まともな状態どころか肉片になっており、生態学などは微塵も進めることはできないだろう。
丁寧な弁明を聞いた博士はマイクのスイッチ辺りをしきりに触って眉間にしわを寄せて考えていると
「どうも。だいたいあんなミンチになっている中で研究しろというのが無理な話だったな。大方あのバトルシップ・ハゲのせいだからな。…一応そちらの方、くぎを刺しておこう。」
博士がそう口にしてから暫く質疑応答の時間が与えられたが、特筆すべきものもなく研究所内発表会は幕を閉じた。
朝から始めていたのだがいつのまにか日は天高く上り12時を示していた。
「本日の業務はこの時をもって終わりとする。やることのないヤツはさっさと帰れ」
メンゲレは少し早いながらも本日の業務終了を通達すると研究チームは各々昼食を取るものや徹夜していたのか寮に戻る人間等さまざまであった。
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だが博士にはまだやることが残っていた。彼は同じセクターにあるリフレッシュルームに足を運び、その奥にあるカップ式自販機の前に立つと、狭苦しいズボンのポケットから
長財布を取り出した。
「仕事が終わったらコレに限る、フフフ。これだけが楽しみで」
まるで聖母だった様相が溝に着けたように邪悪に変わる。博士は仕事終わりには必ずこの【淹れたてプレミアムホットココア】を呑むのが日課となっており、これが仕事の〆というわけである。
財布には大きいものしかなかったため、両替がてら1000円札をねじ込み、即座にボタンを押したまでは良かった。カップの落ちてくる音がしないのである
「は?」
メンゲレは気が抜けた風船のようにか細い声を出した。
よく見るとボタンが点灯しているものの、戻せない上に反応していないではないか。
——TAPTAP——
流石に腑抜けた押し方ではだめだったと思い込みボタンを押すが反応がない。
——TAPTAPTAP!!!——
ムキになった博士はありったけの力でボタンを連打する。だが反応がない。パソコンでいうところのフリーズを起こしてしまっているのだ。
博士の機嫌がみるみるうちに悪化してゆく、邪神が悪魔に否。暴れ牛へと変わっていくではないか。日頃の行いが悪いと言えばそれに尽きてしまうが博士は非常に都合の良い無理難題をつける男である。
1000円もの大金が飲まれた以上、怒りのボルテージは収まりそうになかった。
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午後12時を回ったとしても、昼休憩さえも与えられない部署がある。Soyuz事務部である。ジャルニエ城の改造経費や鉄道の城延伸計画に対する予算請求などといった仕事が山のように積み重なり、定時内に終わりそうにないのは明白だった。
———TAPTAPTAP…——TAP…TAPTAP…——
プレハブ事務室の空気をパソコンのタイプ音が埋めつくす。時折たどたどしい音が混ざるが、パソコンに慣れていないマリオネスのものである。そんな猫の手すら借りたい状況の中、どこの誰か扉をノックしてきた。
その時、事務椅子をロッキングチェアよろしく軋ませていた内勤クリスが窓もとにキャスターを滑らせて乗り付けるとプレハブ小屋の扉をがらりと開けて返事を返す
「なんだ、Docじゃないすか。」
「出せ」
彼の目の前に立っていた博士は、わざわざ口の割れた1000mlメスシリンダーを手に体中から呪われそうな覇気を放っていた。丁度8分目の所で割れており、その鋭利さは生半可な刃物を凌駕すること間違いない。
「何をです先生、名詞がなきゃわからないじゃあないですか。マディソンなら奥ですよ」
本能的に厄介なことに巻き込まれることを察知したクリスはなるべく刺激しないよう心掛けながら後ろにてExcelをいじり倒すマディソンを親指で示す。
自販機デストロイヤーの彼のことだ、博士の研究所にある自販機をまた壊したに違いない。すべては分かり切っていた。
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対象の居場所を知ったメンゲレは殺人ロボットのように気配を殺して射程圏内まで忍び寄ると、一気に襲い掛かった。
「なにをするダーッ!」
Excelで表を作り終わり、マリオネスにテンキーのことを大まか説明し終わっていたマディソンはようやく自分の仕事ができると視線をそらした途端、まるで武器人間そのもののような存在に襲い掛かられたのだ。
彼は思わず声を上げるが、その場にいる内勤全員が自販機を壊した因果応報と思っており常日頃鳴り響くタイプ音のように流されていた。
もう今週で2回目のことである、気を取られては仕事がいつまでたっても終わりそうにない。
「ブッ殺してやる!専門卒なめるな!」
割れたメスシリンダーを首に突き立てようとするメンゲレは到底正常な人間の顔ではない、まるで親の仇のようにギロリと光る鋭利な硬質ガラス先を向けている。
スラッシャー映画のような構図にも関わらず、その裏側ではパソコンを叩く内勤の姿がありシュールレアリスムを掻き立てられる光景である。
「この野郎、【淹れたてホットココア税込み100円 Mサイズ】ゥ!これを飲むためだけに1000円がゴミのように吸われたんだぞ!わかるか!昼飯代を崩そうと思った矢先にこれだ!丁重にお命を液体窒素にぶち込んでカチ割って殺してやる!防犯カメラでどこからどう見てもお前が映ってたの私が見たんだからな、オイ!」
「少なくとも俺は蹴ってないからな!ボタンは強く押した!」
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目の前で争うただならぬ男たちの乱闘に思わずマリオネスは手をかざすと、レーサーのように事務椅子を乗りこなすクリスがやってくると、仲裁に入る彼女を差し止めた。
「あのままやらせとけばいいよ、博士ちょっと妙な人だから。あと雷はうちのHDDに刻んだ記録が全部ぶっ飛ぶからNG」
バックアップがあるとは言え、これら次元を超えた向こう側の世界の記録はどのようなものであれ立派な機密データである。積み上げてきたデータが消えると言うことは仕事の後退を意味してしまう。
何十、何百とかけた時間がパァになってしまうことだけは避けたいことだけは個性的な内勤メンバーでも一丸となって思っていた。
「オートクレーブ、121度2気圧の怒り、思い知れ!」
「やめてくれー!」
事務室では彼の悲鳴が木霊するのだった。
次回Chapter65は3月28日10時からの公開です




