Chapter 63.the Battle field life
タイトル【戦場の日常】
熾烈な近接ゲリラ戦に遭遇した戦車部隊と歩兵部隊、そして部隊を指揮する冴島少佐を襲った。
相手はこちらに対して囮を差し向け、それから得られた経験を基に着実に分析・学習した上でこちらを殺しにかかるのだ。
相手は歴戦プロどころかプロを超越する存在、そのことくらいできて当然のこと。
ある意味、別次元に居たであろう冴島を相手取るのと大差ない。
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隊は一度、占領拠点化したダース山頂まで後退。そこで敵に有利な天候が崩れるまで待機し、圧倒的火力差を持つ増援でゲリラもろとも踏みつぶす作戦に切り替えた。
天候を確認するためにひたすら上空をOV-10が飛び続け、定時連絡を寄越していたがその結果は芳しくない。
ひたむきに少佐は無線機を片手に天候の回復を待ち望んでいたが、上空のOSKER01が止めを刺す。
【こちらOSKER01、天候は曇天、濃霧が覆っています】
【LONGPAT了解、本日中の作戦遂行は不可能と判断。帰投せよ】
その報告を耳にした少佐は即座に判断を下した。彼としてみれば作戦を伸ばしたくはないが、だからといって万全に整備や細工をされた敵のホームグラウンドに殴りこむほど愚かではない。
うだうだと悩んでいると上空の目を動かす燃料が尽きてしまうし、たださえ疲労の色が見える歩兵部隊を休ませない訳にはいかない。故に野泊し翌日に備えることにしたのだ。
【OSKER01了解。帰投する】
冴島からの指示を受け取ったOV-10は山を旋回するのをやめ、ハリソン飛行場方面へと向かっていった。
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——19時24分
流石に6月とあって日没時間が伸びてはいたが7時を過ぎると辺りは闇が支配した。
ポータルの先、横浜とつながっているはずだが、夏と思しき時期のジャルニエの空気は乾き暑いものである。だが山頂付近は季節が進もうがお構いなしに寒い。
野営については歩兵が持つレーションとBTR-80に押し込められていたテントが役に立った。
そのため明かりを兼ねる暖として焚火が炊かれており、隊の面々はそこで夜を明かすという。上にある石造りで冷気をシャットアウトする聖堂が憎らしい。
——CRAP、CRAP——
濛々と煙が出る中、雑多な火種とした細木が弾ける。空軍基地跡から泥炭が出てきたのは幸いだったと言えよう。
散々な死闘を潜り抜けた兵士たちは食事を済ませると泥のように重たい体をテントに放り込んで就寝しはじめた。
だがそんな中、少佐の仕事は終わらない。
何も司令官の仕事は戦地の後ろで玉座に座って踏ん反り返ることだけではないからだ。
そうは言っても冴島は人間である、多少なりとも休憩を取っていた。
薪の上に鋼鉄の水筒を乗せ、適当に煮えてきたところを取り出すのだ。
これがまた焼き鏝にでも出来そうな程熱くてたまらない。そんな中冴島はあろうことか素手で、取り出した。ただの煮え湯に過ぎないがこれを飲むと思いきや。
懐から、フォークと共にある秘密兵器を光らせた。【日清 チリトマトヌードル】である。
もちろん少佐とてMREが支給されるのだが、少しは味気のあるものを食べたいものである。
激安スーパーのないこの次元に放り込まれてからというもの、散々戦闘糧食と疲労を口にしており少佐にとって数少ない楽しみである。
湯が冷めないうちに蓋を開ける、そんなひと時でも冴島は口角を上げている。かくして灼熱の蓋を取って煮え湯を注いでフォークと適当な錘として拳銃のマガジンを置き、3分待つ。
そんなわずかな時間を縫って仕事をするのだ。
「ジェイガン、少しばかり話したいことがある」
こうして訪れたのは歩兵たちがテントを張っている場所だった。幸いにもジェイガンは就寝前であった。
「なんです、少佐。確かに我々はあのゲリラの数を前に——」
「そういうことではない。俺が聞きたいのは【暗視装置】のことについてだ」
「ああ、そういうことですか。NVは正しく動いていましたがね。こっちに向かってくるヤツは間違いなく見えましたし殺した手ごたえはあったかと。少佐、なんでカップ麺なんて持ち込んでんすか。」
そう、冴島少佐は機器類に何等かの異常がなかったかのことである。次元が違えば今まで類を見ない機械類に異常を発生させるような気象条件すらあってもおかしくないだろう。
敵はそれを利用したのではないかと彼は考えたのだ。
「——ほかにも何等か気になったことがあるか。…ジェイガン、チリトマトは俺のだ。お前にはグリーンカレーをやるが…湯はないぞ。自分で沸かしてこい」
時間が経ったのか少佐は考える傍ら蓋を開け、フォークを熱々のラーメンに突き立てると同時にそう尋ねる。
「雨が降った感じでもないのに霧が濃かったことですかね。何かこう、あんまりじめっぽくないのに。すごくじめーっとした時に出るじゃあないですか、霧なんて。
ああ、そうそう。俺を襲ってきた奴らの中にネガ写真みたいな鎧をつけたやつがいたんですよ。まるで雷みたいに間合いを詰めて…んでもって近づいたら生きたサムライみたく恐ろしい速さで剣を振ってきて。部下がいなかったら命がなかったと思います。ありゃニンジャとしか言いようがないです」
「…うむ」
ジェガンの証言からするに、霧は明らかに気象条件を無視して出来たものであること。
そして部隊長か、トップエースがいることが明らかになった。すると彼は不意に少佐に口利きする。
「俺グリーンカレー嫌いなんすよ、なんかイラつきませんか。他の味があれば」
「ないな」
冴島は無慈悲に答えた。
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——同刻、麓街ゲンツー
ゲンツーの街はダース山から取れた鉱石を輸送、または加工等の鉄鋼業とベーナブ湿原で採掘される燃料用泥炭で栄えた炭鉱の市街である。
ハリソンとうって変わって山が盾になることや、そこら中にある鍛冶屋の排煙の邪魔になるということで城塞化は施工されてはいないが、その多くはレンガできた趣ある場所である。
絶え間なく硫黄のような匂いが漂い、白い煙が濛々と立つ。武器屋からは常に金属音が響き続けている。
合間には寿司詰めになった住宅と呼ぶのも怪しい安宿が詰め込まれている。
まるで産業革命下のテムズめいた様相を呈しているが、事実限界まで街を拡大し続けた故の弊害であり、このような有様でありながら街の経済は止まらない。
当然ながら住人の多くは労働者で構成され、それを相手にする酒場が無数に存在する。取るに足らない一角で、男たちが酒をかっ食らう。
「3日飲まず、食わず、眠らず…おのれ、奴らめただでは済むと思うな。」
そこにはR44を食らったゲルリッツ中佐が居るではないだろうか。悪運の強い彼は咄嗟に竜を盾にして爆風を防ぐと落下傘を使い地上に降下したのだ。
落下地点はジャルニエ山、つまるところ敵地にあたるため三日間死力を尽くしてシルベー側に回り街に逃げ延びたのだ。
だが今度のゲルリッツは一人ではない。彼の向こう側にも誰かいるではないだろうか。
鉄の弓を携えたハンターと思しき様相でありながら、腰には短剣が携えられている。間違いない、冒険者である
「中佐さん…だっけ?あんたさ、怪物かバケモノか英雄、それか不死身とかあだ名がないかい?俺世間に疎くってさ。」
「シム。貴様、俺を知らないとは一体この人生何をして過ごしてきた。どこの生まれだ。大方の察しはついているが残念な人生に違いないな」
その言葉に対応する嫌味を飛ばすのだった。ゲルリッツという男は何度も死に際をさまよい生還する不死身の男ではあるのだが、どこか気難しいところがある。
「ンー、それか。親から固く口留めされてて。結局、どこ出身かで腕が決まるわけじゃあないんだから中佐殿ォ。そーれにしても驚いたな、あの暴れワイアームをギタギタにした挙句乗り回せるように調教しちまうんだからよっぽどの変態に違いないぜ。…まぁ確かに、飛龍。そんな安かったら困るけどな!」
シムと呼ばれる男はそんな嫌味をのらりくらりと躱し香草で風味がついたベーテ酒を胃袋に放り込む。本来こんな飲み方などできないほど高い代物だが、目の前にいるゲルリッツと組んだおかげで何もかもがうまくいったのだ。このくらいしても罰は当たらないだろう。
だが無駄に生真面目な彼は酒肉に一切手を付けず説教に移行しようとする。中佐の小言は巻物の朗読よりもはるかに長く、そして難癖まで含まれている代物で部下に恐れられている。
「当たり前だ。昔の戦争では——」
すると酔っているのか突拍子もなくシムは口を開く。
「あ、そうだ。んなことよりさ、ニョゴール追加しねぇと盛り上がらないじゃあないか。結果的にいいことあったし、カネは入るし。
それにあんたはその…騎兵の馬を手に入れたみたいな感じだし。いいじゃん、大体…固すぎるんだよ。ほら飲んでも文句言われないだろ!」
酔った人間の常識を超えた行動力というものは時に恐ろしいもので酷く厄介な人間に対しても大きく出てしまうものである。
彼は封すら開けていない酒瓶を手に取ると、吐き捨てるように開封した途端ゲルリッツに無理やり飲ませた。
最初こそは抵抗をしていたゲルリッツだが、それすら諦めて半ばシムから酒瓶を奪い取るとラッパ飲みし始めた。
強い蒸留酒なためそこまでは口にはしておらず、口を離した時にはまだ多くの酒が残っていた。すると目つきはどこか不貞腐れたものになっており、中佐が造作もなく視線を依頼掲示板に移した時である
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「あーんの文字!妙に手慣れた手書きの手配書、見覚えがあるぞ、俺は詳しいんだ。
ヤツだ、サルバトーレの野郎。ついにあるか知れないプライドを捨てて他の奴に討伐依頼なんて出したな!——待て、となるとあの連中、ついにシルベーに迫っているのか!」
飛龍乗り特有の常人離れした視力は10m離れた場所に張り付けられた依頼書を読むことなど朝飯前。特有の筆跡と図解、何より軍からの依頼であるのが確固たる証拠である。
そして手配書が出されているということは、サルバトーレがなりふり構わなくなっているということである。
であれば空軍基地を踏みつぶされたに違いないし、最悪打ち破られているということすら想像できる。ゲルリッツは一気に理性を取り戻し、酒の席を立った。
「どうしたんすか、兄貴ィ。知り合いでもいたんすか。サ…なんて?まぁいいですわ、それにまだまだ頼んでいってもバチは当たらんでしょうが…。てか餓死しそうだったんだから食わないとマズくないっすかね」
状況を微塵も理解できていないシムが彼を引き留めようと中佐の顔を見上げた時である。
「今から部隊を編成しなければこの街はやられる。あの少佐でもダメだったら何もかもがおしまいだ。いいかシム、得体の知れない侵略者にシルベーを好き勝手されていいのか。これは危機だ。いくら頭に空気が詰まっていてもそれくらいわかるだろう。なにより時間がない」
彼の顔はやつれた浮浪者や同業者のような様相からまるで戦争をする軍師のような鋭い顔つきになっていた。
今までの死にぞこないのドラゴンナイトから、戦争の英雄【不死身のゲルリッツ】であることを目の当たりにしたシムは悟った。
目前にいる男は敗残兵や同業者ではない、正真正銘のトップ・エースであると。
「…えぇ?酔ってんのか、あんた…」
シムはあえておどけてみせて、その真意を確かめるようにして尋ねた。
いくら名の知れた冒険者たちとはまるで違う気迫にどうしてよいのか分からないのが半分、そしてこの男の正体が知りたい半面が重なったからである。
男は答えた。
「私がこの程度で正気を失うとでも思っているのか。準備を進めなければならない。この街に必ず奴らはやってくる。」
「——何故お前のようなヤツを連れて回っているか理解できるか。弓引きのお前を。
連中は私のようなドラゴンナイトを突っ切るような速力でありながら、魔道を意に介さず飛び道具を使ってくるからだ。この飛びモノに当たれば死ぬ。部下はたった一つの敵のためだけに何十人も死んでいった。
そんな悪魔にこの街を占領されたらどうなる。何もかも終わりだ。…弓矢でさえ対抗できるか怪しいが私はやらないで後悔するよりもやって後悔した方が良いと考えている。
お前はどうだ」
「——やってやる。あんたみたいなバケモンを叩き落した連中と戦ってみたくなった」
そのことを確かめると中佐は酒場に飲み食いしただけの銀貨を置いて席を立った。
日が落ちてもなおゲンツーの街は硫黄の匂いと製鉄用の炎と煙は途絶えることはない。
人々が休まぬ地、質を問わねば何でもある。
「私は銀等級の槍さえあれば戦える。お前はありったけの矢を買い占めてこい」
「了解っス」
彼がそう指示をするとシムはワイアーム討伐の報酬金を握りしめ武器屋へと駆け込んでいった。
Soyuzが来るとは微塵も知らない人々が満ちるここゲンツーでゲルリッツとシム、二人だけの孤独な戦争が始まろうとしていた。
次回Chapter64は3月27日10時からの公開となります




