Chapter 62.take something back to the drawing board
タイトル【振出しにもどる】
Soyuzの威力偵察に対して行われた圧倒的な物量による反撃によって損害が出ると判断した冴島少佐は4式中戦車に援護下による後退命令を出し、事実上の撤退したのだった。
キリストが生まれてから2000年以上経過している既定現実世界ではありえない3m近い跳躍ができる歩兵の存在が大きかった。戦車こそ剣やハンマー如きではびくともしない。
だが車両の目と鼻となる歩兵に対しては武器の有意差を無視するため脅威となりえる。
むしろ100人近い数に襲撃されて殉職者が出なかったことが奇跡に近いだろう。
冴島少佐はふと交戦時のことを振り返っていた。
戦車部隊は一旦視界の開けた頂上付近まで後退している最中、冴島はとあることを考えていた。
このままでは盲目になった挙句、最悪戦車に侵入され全滅する危険性があることだ。
ジェイガン率いる隊の無線や時折ペリスコープを覗きながら様子を見ていたが、見たこともない装甲兵器や機関銃に対し、有り余る闘争心をぶつけて迫ってくる鬼人を相手にする恐ろしさは骨の髄にまで染みついている。
厄介と感じる以前に、まともな数や火力では押し切れないと本能的に察知したのだ。
そうして親指の爪で眉間を圧迫しながら考え、たどり着いた結論はただ一つ。
【ジャルニエ城基地から増援を呼ぶ】ことだった。
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前線をダース山に押し上げる輸送作戦は今だに続いていた。
いくら標高1500mという自然の作り出した防壁があろうが帝国軍は必ず県を奪還してくるに違いない。
あの位置に散々苦戦させられた数の兵力を保有するジャルニエ城があるということは、それらを運んできた帝国側輸送ルートが存在するということである。
そのため制圧後の城が急ピッチで現代武装化されたのもこういった訳である。
頂上に到着すると霧が見られず視界の一気に晴れる。
まさに空に浮かぶ山と言っても過言ではない息を飲む光景だがその背後には無数の装甲車両が跋扈しており、緊迫した空気が辺りに満ちていた。
部隊の点呼を取った冴島はSoyuz汎用端末SO-USEで本部への連絡を取る。少佐の後ろではジェイガン隊スタッフが一息つく。
【こちらLONGPATからJ-HQ、応答せよ】
【こちらBIGBROTHER】
重要拠点に格上げされたらしく、本部拠点に居る権能中将に転送された。
【想像以上の数と抵抗に遭い撤退、増援を要請する】
Soyuz初めての苦い結果となったが冴島は淡々と伝えた。感情に囚われず隠ぺいせず事実を伝える。何においても鉄則である。
【BIGBROTHER了解、増援を派遣する】
かくして増援が送り込まれることとなった。
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一度主力戦車類がこの山を登ることができるということが証明できた今、出し惜しみはしない。
城拠点から出てきた禍々しい現代兵器。一度日の光に浴びるとモスグリーンに塗装された戦車の足回りが現れた。
これだけではただのT-72かと思うだろう、しかし格納庫から現れた姿は主力戦車とは異なる歪なものだった。
カタツムリの頭のような砲塔にギラリと光る2つの30mm機関砲と対戦車ミサイル。
加えて半世紀近く前とは思えないセンサーの塊。チェンチェンゲリラに業を煮やしたロシアが本腰を入れて作った【絶滅車両】BMP-Tである。
何もそれが1両ではない、ぞろぞろと2,3と増えてゆき最終的には7両が集結した。
抜かりない増援の影は次々と鋼鉄の死神は屋外に出し切ると、再び何かが姿を現した。先ほどのBMP-Tよろしく履帯で動くまでは同じだった。天を貫く凶悪極まりない170mm砲が顔を出すまでは。
この車両の名前はコクサン自走砲。またの名を主体砲とも言う。
戦車にすら発射不能な巨大な砲弾を雨あられと撃ちまくり周囲を黙らせる恐ろしき力だ。それも北朝鮮から大人買いしたほんの一部がここに配備されている。
——VLoooOOOMMM!!!!——
エンジンの鼓動を高ぶらせターミネーターは頂上に向かう一方、悪の主体砲は城内で定位置につくにとどまった。艦砲にも匹敵する大口径砲を抱えたコクサンはその広大な射程故に現場に向かう必要すらないのだ。
正にゲリラ、人間を殺すための最適解を詰め込んだ機械仕掛けの神は確固たる殺意を込めながらダース山頂に急いだ。Soyuzに敗北は許されないのだから。
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山頂に居る冴島少佐は制圧した空軍基地を改造した倉庫にて補給を行うよう指示を下し、当の本人は汗を軍服の裾でぬぐうと少しばかり気休めをしていた。
連日のように起きる地獄の中で生き残ってきた秘訣、それは休憩にある。冴島はどこか自分らしからぬ焦りを感じていた。敵の数に負けて後退すること自体、予想外だったと言えよう。
見た目以上に誠実かつ真面目な彼は一歩間違えればブラックホークダウンの二の舞になりそうだったことを自戒していたからである、それが言い知れない焦りとなって出てきた。
人間、焦り一つで難なくこなせることが大失敗してしまうことがあるものである。
人生45年で得たシンプルかつ根源的に重要な戒め。焦りの中から要旨を抜き出してそれ以外を屑籠に捨てる。冴島は水筒とチョコ味のカロリーメイト片手に無我の境地へと入り心辺周りを整理していた。
「——PKを撃ちすぎちまった。俺らしくねぇ。あんときはサンキューな」
「何言ってんです、ジェイガン隊長。俺らはチームじゃないですか。らしくないじゃないですか——」
周囲では随伴歩兵隊らを筆頭に補給が行われる。戦車には軽油を、銃にはマガジンを。マガジンには弾丸を。戦場に休息はない、常にどこかしら動き続けているものである。
ひっきりなしに岩場を踏む軍靴の音、弾薬が担ぎ込まれる重厚な金属音に混ざる機械の血流の脈動。
冴島は息を深く吐きカロリーメイトを口に放り込んで、豪快に咀嚼すると一気に水で胃袋に押し込む。
風に心を任せ山肌に座り込むと赤熱化した銃身のように焦る心を急速に冷やすのだ。
——BrooooOOOO…——
熱くなった頭脳に高山の冷風は良く効く。巡洋艦めいた図体にぶつかると空気は笛のように大きな音を立てて通り抜けてゆく。
BEEP!BEEP!!
1時間ほど経過したころ、瞑想の最中にも関わらずSO-USEは場をわきまえずコール音を垂れ流す。
少佐は眉間にしわを寄せたまま目を開けて恐ろしい速度で端末を取り、即座に応答する。
【こちらLONGPAT】
【こちらD-GUNNER01.合流しました】
【LONGPAT了解】
無線の内容は増援が到着したものだった。彼は冴島から少佐へと一瞬で切り替えると、無線機などを回収し作業を行う全てのスタッフの耳に入るよう声を張り上げて人を集める
「これよりブリーフィングを行う!作業に従事しているものは中断し直ちに集合せよ!」
その表情は焦りや余計な感情などを持ち合わせない鋭い司令官としての面構えがあった。
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互いに敵同士、出会えば交戦が始まり戦闘が集結すれば当然ながら損害も発生する。
Soyuzもしかり、帝国軍もしかりである。
戦車の追撃命令から撤退命令を下したサルバトーレは敵の撤退後、一旦拠点へと帰還し損害の把握と体制を整えていた。
「ウォルフ・ダール・ニコス・アルデンダス戦死、ライダー・ニゴー・サンディス・イェン、行方不明。…ニール大尉、戦死。」
ボラン伍長が戦死者と行方不明者リストを淡々と読み上げてゆく。
これもたった一部であり、名簿はまだ半分すら到達していない有様である。
帰還したのはわずか32名、100人近く居た兵員の7割近くを失い全滅と言っても良い状況だった。
そのうちでも戦闘可能な兵士はたったの12名。何よりも大きかったのは副指令ニールの戦死であった。
悪夢と見まがうような状況だったがサルバトーレ少佐は顔色一つ変えずにリストを聞き入っている。
とりわけニールとは戦争を生き残ってきた間柄だが、悲しむことはない。戦闘が起きれば殺すか殺されるかのせめぎ合い、このようなことになることなど承知の上。
それ以上に彼の心をたぎらせていたものがあった。
敵を観察し、それから考察した戦術と圧倒的な数をもってして8人の敵兵に手も足も出ず大量の犠牲を出したのだ、サルバトーレには半ば憎悪に等しいような怒りと悔しさが付きまとう。
医務室から響く身も毛もよだつ恐ろしい悲鳴が一層やり場のない怒りを際立たせる。
リストが進んでゆくうちに少佐のガントレットは鈍く光りだし、鋼鉄が擦れ合う音が次第に大きくなってゆく。
「——以上です。いかがなさいましょう」
伍長は全て読み終わるとサルバトーレの顔色を伺う。
彼の顔はまるで石像のように仏頂面を貫いていたが、手元が強く握りこまれたがために魔具が鈍い光を上げ続けている。
顔や声等には一切出さないが、この結果にプライドに傷がつけらただけではない強い感情が渦巻いていたことを彼は知った。
「——次回からは交戦を避け、3人で分隊を組み敵の偵察に勤しめ。治療中の兵士が復帰次第偵察の回数は増やす。ニールの戦死に伴いボラン伍長に副指令は引き継がれるものとする。」
サルバトーレはボランに向け抑揚のない声で今後の部隊の活動について伝えた。
やむを得ないとは言え、伝説的剣豪の副官になる重責に戸惑っていると脂が付いた人斬り剣のような語気でこう続ける。
「いいかボラン伍長。ヤツは必ず仕留める。あらゆる場所、手段、手数を使ってでも。
たった8の敵とその随伴に全滅を食らい、壊滅さえあり得た状況…俺は地の果てまで追いかけでも連中を一人残らず斬り殺してやる」
「——いつまでも異端軍がのうのうと生きて居られると思うな。
だが俺は安い復讐屋ではない、必ずだ。必ず仕留めてやる。」
ボランが見た彼は決して苛立っていなかった。
自ら手ほどきした兵士を一瞬で蹴散らされた挙句、自分の尊厳を傷つけられた末の憎悪。
もはや何が何だか区別がつかないほどの凄まじい殺意がこめられていたのだ。
少佐の体からは濃い青紫色のオーラが見えてしまうのではないかと思う程の気迫が渦巻いている。彼を本気にさせてしまった。
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いくら感情を高ぶらせて敵に襲い掛かろうが死を生産するかのように殺していく相手に対しては何をしようが無駄であることは少佐当人が一番分かっていた。
だからこそサルバトーレはボランを連れ、臨時拠点最深部の洞穴を利用した倉庫に同行させた。
潜入してきた敵に破壊されると危険なため警備兵が立てられているが、それすら戦死していたため倉庫は静寂に包まれ、遠くからは相変わらずうめき声と共に洞窟に入り込んだ風が地形に反響する音だけで満ち溢れている。
倉庫という名の洞穴に足を踏み入れると標高にも拘わらず空気と湿り気は地表と同じくらいか。
湿り気に関しては地上と比較して乾いているように思えた。武器がまとまっておかれている場所は霧
で満ちたダース山の空気から隔離するために奥底にあった。
少佐は消すものが消えた魔力カンテラを片手に奥へ奥へと足を進める
「伍長。今更になってここに何故ここに来たかわかるか」
少佐は突然、酷く冷たい声色でボランに問う。
「——基地を放棄なさるのですか」
率直な答えをサルバトーレに返すと彼は顔色一つ変えず、まるで人形のように視線を伍長から洞穴の深淵に移すと
「近いな、だが違う。奴らに見つかる前に持ち出せるものを持ち出し、遊撃するからだ。当然補給は得られないといって良い。麓街は占領されるだろう」
「——奴らはまだこの国に入って半分すら制圧していない。仕留めるのは何もダースである必要はない。【鉄の嵐】と【悪夢】を封じることのできる場所とタイミングですれば良い。手立ては立てておく。…ゲルリッツの手を借りる事にもなるだろうな。」
サルバトーレはダース山での勝利ではなく、より有利な場所での勝利に切り替えていた。
山道は傾斜があるとは言え、Soyuzの機関銃などを無効化できる場所で近接戦に持ち込めるならば希望は見えてくる。
これで圧倒的練度が上な彼の部隊で襲撃をかけてしまえば瞬く間に制圧し返せるだろう。
連中の連れているモンスター等に接近することが出来たという結果がある。あの火力を封じ込めば確実だ。
何も自分はこのシルベーが地元ではない派遣の兵。
ハリソンに比べて城塞に転用できない街などくれてやる。むしろ慢心させるための餌として都合が良いと考えていたのだ。
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奥底に到達すると無数の木箱と、湿気吸い用の薪が置かれていた。臨時と言いながら整頓されており雑多という言葉が失礼な程である。
サルバトーレ少佐はさらなる奥に置かれた黒と赤で塗られた禍々しい箱の前までくると側面を蹴り飛ばして蓋を開け、赤い宝玉を埋め込まれた一見何の変哲もない剣を2本取り出した。
「錆びついていないようだ。」
少佐は冷たいまなざしを崩さないが舐めるようにその剣を見ていた。
「なんですそれは」
普段の彼らしくない挙動にボランは思わず口が開く。
「さすがに見たことがないだろう。この世に2本しか存在しないからな。
こいつはソウルキラー。ただの銀等級の剣に細工をしただけに見えるだろうが、ただの剣ではない」
「剣先についた赤い魔石が分かるだろう。ほんの先を突き刺せば勝負はつく。刺した相手の魂を魔力に変換しそのまま二度と目覚めぬ肉塊に変えてしまう、魔剣といって良い」
「———毒矢と違って深々刺す必要も時間を置く必要もなく、耐性があろうとなかろうと問わない。兵器研究所で作られた産物らしいが没になったらしい。理由までは知らんが。」
「——なまじ、いくら悪魔と呼ばれていようが奴らは魔道を使わない人間に過ぎん。
魂を引きはがすのにはそう時間がかかるまい。刺されたと気が付けただけ良い死にざまと言える。
伍長、お前は俺が見込んだ男だ。成果を出して見せるんだ」
魂を持つ生き物は元から、魔力を核とする亡霊や悪霊さえも二度殺すことが出来る恐ろしい代物。
どんなにタフな敵兵や怪物も軽く突されば最後、仲良く地獄行きになるだろう。
連中に対抗できるような武器はこれしかない。
魔力カンテラの光にあおられた禍々しい魔剣は妖しく光を反射していた。
次回Chapter63は3月20日10時からの公開となります




