Chapter 60.The Recurring Nightmare
タイトル【悪夢再び】
——ウイゴン暦 6月9日 既定現実世界6月16日午後5時12分——
威力偵察目標はダース山麓の市街に定められた。
兵員、装甲兵器、そして敵目標が決まれば起こることは一つ。戦い。
一時あらぬトラブルによって全面撤退をせざるを得なかったが、これを狙って帝国軍がジャルニエ奪還させる暇を与えないため急ピッチで戦線の押し上げが図られたのである。
これにより今までにない速度でSoyuzの部隊はダース山ジャルニエ側山頂付近まで来ていた。山頂に登頂した翌日にはゲリラ戦が予想されるため山頂付近にはハリソン飛行場から出撃したOV-10が張り付く。
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何故そこまでスピードアップが可能だったか。それにはある秘密があった。
貨物鉄道ハリソン線が完成したのである。鉄道は航空機輸送と比べてローコストかつはるかに多い量を輸送することができる。
物流も、そして兵器も。
貨車に出撃前最終点検を終えた主力戦車T-55を2両と自走対空砲ツングースカ1両、T-72が1つ。
更に旧日本軍の遅すぎた象徴4式中戦車2015が作戦のために3両導入され、総指揮を執る装甲車BTR-80Kが積み込まれると即座に本部拠点を出発した。
一旦ハリソンに到着するとジャルニエ基地を経由して敵の居ないジャルニエ側を登頂しはじめたのだ。
随伴歩兵隊は数が数故にハリソン飛行場からヘリで運ばれて山頂で上がってきた装甲兵器と合流後、野営で一夜を明かした後にようやく作戦が進められることとなった。
というのもダース山のシルベー側にはビーコン類が一切ないため、遭難する恐れがあったのである。
かつての日本では遭難の挙句、部隊が全滅したこともあり未開の地では敵よりも大自然の方が恐ろしいものである。
双方の天候は相変わらず濃霧と曇天の空が広がり暗視装置が兵器や歩兵に欠かせない。
ジャルニエ側から向こう側に行ける通路はなく、マンノース聖堂の入り口から反対側に侵入できるとのことでSoyuz機械化部隊はそこから侵入しはじめたのだった。
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しばらく進むと山の空気がガラリと変わり、湿っぽい空気が渦巻きはじめた。
同じ山であっても気流の流れなどで違うものである。
この差というものこそ未知の領域に入ったことを何よりも暗示していた。
―――VooouumMMM――
ダース山の静寂を聞いたこともない、まるで竜が唸るような低音が支配する。
そのことに気がついたのはSoyuzと距離的に近い[プロテアーゼ]の面々だった。
散々待ち続け、諦めかけた瞬間にお目当てがようやく現れたのだ、報酬が法外に高いためにやっているようなものだがそうでなければ帰っている案件だった。
インテリ破壊群プロテアーゼを率いる長が耳慣れない轟音を察知するや否や、感覚拡張魔法フォスルを使って辺りを見回した。
軍にいる魔道士はこのような魔法を覚えては居ないがギルドと軍では、相手にする存在がまるで異なるため独学で覚えたのだ。
「依頼書にあった角つきの馬なし自走車と黒尽くめの人形生物はあれか。いっちょ狩らせてもらうか。蛮族に報酬はやらせんぞ」
濃霧の中でも強化した5感の元で轟音のする方向を重点的に探すと、待ちかねた異形が現れた。
すると彼は魔導書を取り出すと意識を集中させ、左手首で照準をつけ右手首を顔面に向けてから心で強く念じた。
【ファントン】
すると濃霧の中であっても太陽のように煌々と光る刃が飛び出したのである。
相手が鋼鉄で構成されていない獣や人間であれば、たとえ剣が折れるほど硬い存在であろうが細切れにすることが出来る魔法の刃だ。
霧をつんざくように白い刃は異形に向けて飛んでゆくと、他方面からも刃がかまいたちのように襲いかかった。
非常に目立つファントンは信号弾としての役割を担っていたのである。
完全な待ち伏せに成功し、致命的になる魔法を打ち込んだのだ、仕留められなかったとしても大打撃を与えられるはずだった。
魔道士長は拡張された感覚で討伐モンスターにどんな影響があったかを固唾を飲んで見守っていると、激しい白光が火花のように飛び散って刃が藻屑と化してしまった。
やつは金属で出来ている、そのことを叫ぼうとした矢先である。
鋼鉄の悪魔は濃霧の上、はるか遠くに隠れている魔道士に向けて旋回部をゆっくりとこちらに回すと不気味な2つ目スリットをこちらに向け、角の先と目があってしまったのである。
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――KABooooOOOMMM!!!――
精霊住まう静寂の高原に重々しい爆発音が響き渡った。
魔道士長がいた場所は激しく土混じりの血煙が舞い上がり、虫けらのように命を散らす。
「コーソン!」
あまりに一瞬の死に他のメンバーも思わず声を上げてしまった。
それも無理ない、以下に効率的に敵を始末するように特化し続けた装甲兵器の前で勇ましく死ぬことすら許されず、この異形の兵器からもたらされるのは絶対的な死なのだから。
―――DLALALALA!!!!――BooOOMM!!!
一度彼らを刺激したのが全ての失敗だった。
ファントンによる総攻撃の後からは近づけぬ程の矢以上に早い幕が展開され、無謀にもそれに立ち向かおうとした魔道士たちは氷が溶けるように死んでゆく。
なんとかそれから逃れて隠れていようとも付近をヴァドムのような爆発で隠れ場所を粉砕され続け、あの死幕へと飛び出さねばならない。
雑魚モンスターと思い狩り殺してやろうとしていたところを、逆にいつ殺されてもおかしくない地獄のどん底に叩き落されたのだ。
生き残ったメンツをかき集め、爆発魔法ヴァドムで吹き飛ばしてようやく倒せるような相手だろう。
詠唱には大きな隙を与えることになる事に加え、走って逃げるだけでも追いつかれそうになるほど敵の攻撃は速い。
ヴァドムのために止まったが最後、着実に殺られる。
圧倒的な手数の多さ、それをあざ笑うかのように存在する絶望的な火力差。
生き残ることのできた数少ないプロテアーゼたちは、度重なる恐怖で思考が麻痺しながらも思い知らされた。
[勝てない]と。
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突如SoyuzのT-55めがけて飛来した光る刃。
狙いが戦車であることや、とっさに体制を低くすることでジェイガン率いる随伴部隊はその被害に合うことはなかった。
だが装甲板に接触した途端アーク溶接のような白光をばらまいた後に消滅してしまった。
それからというもの、後方にいるBTRに機銃掃射による援護を受けながら、戦車では発見しづらい細かい敵を隊員たちが始末にかかる。
魔導の毒牙にかけられた経験を持つ彼らがしたことは弾幕で魔道士を出さないことと、一箇所にとどまらせないことの2つである。
【我々以外の動く人影は全てゲリラだ。絶滅させろ】
【殲滅だ】
冴島からの横槍を入れられつつ、ジェイガンは無線で短くこう指示をするとゲリラという名の冒険者集団を手当たり次第に狩りはじめた。
赤外線式暗視装置で写った人影、それに類するもの。
そしてありとあらゆる遮蔽物。
全てを破壊してからこそ対ゲリラ戦である。
誰もが無線を取り合い、弾幕を背に受けながらモノトーンの世界に映り込む白い影や構造物めがけて銃撃を浴びせてゆく。
———PATLALALA!!!!——FLAZ!FLAZZ!!
辺りには銃撃音と弾丸が空気を切り裂く音だけで満たされ、敵の待ち伏せを砕いてゆく。
【こちらジェイガン、10時方向距離150の遮蔽物を破壊してくれ】
【YOGA-02了解】
隊長のジェイガンとて手をこまねているわけではない。後方で可能な限りの索敵を行いながら身を隠せそうな場所を1つ1つ地道に消していくのだ。
指示を受けたT-55はゆっくりと砲塔を旋回しながら100mm戦車砲の仰角を調整すると、即座に砲撃する。
———ZDAASH!!!!!
直撃を受けた岩は砂の城を蹴散らしたかのように砕け散り、粉塵が渦巻く。
隣で随伴するダルシム率いるT-55は同軸機銃をうならせて支援しながらゲリラがここから消え失せるまで丹念に攻撃を行う。
戦車は装甲が分厚いがために視界が二の次になっていることが多い。
各戦場ではゲリラの待ち伏せによって歩兵に対し、無敵を誇るT-55らが無残に鉄屑になっていることが多い。
故に潔癖症のように恐れているのだ。
こうして高原はSoyuzによって完膚なきまでに蹂躙され、踏みつぶされた。
現代的な戦車砲と機関銃を前に前時代的な冒険者などは動く的にしか過ぎない。
——QLAQLA——
戦車と自走対空砲の群れは鉄の履帯をきしませ、小さな岩や砂利を砕きながら進む。
馬走貨車やシューターと比べ物にならない排除能力を持つ彼らは、下山しながらその麓街を制圧するために進み続けていたのだった。
プロテアーゼの下方にいるガルーダの面々はいきなり始まった戦いと思しき未知の音に身構えていた。
連続する爆発、滝のような轟音に混ざって聞こえる竜の唸り。
暫くすると弩級に大きい音は消え失せ、遠方から竜の唸りが接近しているではないだろうか。
未知に慣れ切っていた彼らであっても悪魔の這いよるような恐怖にかられ、誰しもが弓と斧を構え臨戦状態になるのも自然の成り行きである。
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彼らを尻目に酷く涼しげな顔をしていた男がいた。
「少なくないカネを払ったのだから、良い実験台になってもらわねばな」
その男こそ歴戦の剣豪、サルバトーレ少佐である。
記録板ではなく高価な紙を持ち出して冒険者集団ガルーダの様子を実験のように垣間見ていた。
粗雑な魔導士の集まり如きでは相手にならないことを実証できたが、問題は死角があるかどうか。
それが確認でき次第、下で待機している主戦力と合流する手立てである。
所詮ガルーダの面々も未知の敵に対しての肉の盾に過ぎない。
賽の目がどう転ぼうが結果を出してもらえねばならないため、隠れて良き実験台である彼らを山道からも距離を置いた場所からどのような末路を辿るのかを見物しているのである。
少佐は本番に向けて鋭い剣のような眼差しを送った。
鋼鉄を踏みつぶしたかのような金属音と、竜のため息を合わせた怪音が冒険者諸君に近づいてゆく。敵と味方がぶつかり合えば、戦いが始まる。
深い霧が辺りを覆い、スモークホワイトの視界の中ではT-55らの履帯とディーゼルエンジンの排気だけが響く。
一帯はOV-10をもってしても濃霧のため視界が効かない状況であり、頼れるのはジェイガン率いる随伴歩兵隊である。
霧の影響は少なからず戦車の目である彼らにも影響を与えていた。
「クソッ。NVの調子が悪いな」
ジェイガンは視界のあやふやさに苦言を呈していた。
空気中の水分が漂い続けている濃霧という状況下では感度が下がってしまう。
流石に近くにいるスタッフや戦車の排気部程度であれば問題はないが、隠れた敵兵が発見できないことを危惧していた。
——TANG!——
【2時方向、攻撃を確認!】
突如として前方の歩兵めがけて濃霧を切り裂きながら矢が飛来してきたのである。
10mの視界が効くかどうかといったところ、敵はそう離れてはいない。
彼がすかさず無線で報告すると、戦車部隊は寝た子を起こしたかのように動き出した。
——VooooOOOOMMM!!!!
ディーゼルの雄たけびを上げながら1両のT-55は歩兵の盾となるように前に出ると、すかさず矢が飛んできた方位に向けて同軸機銃を撃ちながら砲撃する。
——QLAQLA——ZDAASH!!!!!
その背後では少佐の指示によってBTRの砲塔が回転し、歩兵にどこにいるか知れない敵を近づけないため弾幕を張り続けていた。
そうして生じた鉛の嵐は無差別に破壊を広げていく。ゲリラが少しの隠れ場所に隠れてしまうのならば更地にしてしまえば良い。
がさつとは言え視界がまともに機能しない以上これが得策である。
ありったけの機銃をばらまいていたSoyuzであったがそれでもなお、あざ笑うようにどこからともなく矢が降り注いでいた。
「グワーッ!」
突如、右舷にいた隊員の胸部に矢が突き刺さり衝撃で地面に倒れ込んだ。
まぎれもなく敵の仕業である。幸いにも分厚い防弾チョッキの影響で何とか胴体に突き刺さっていなかった。
「楽勝ッ!賞金はいただ——」
あまりの依頼金が入ったと思ったのだろう、ハンターは立ち上がると大きく声を上げたのである。手持ちカネを増やすため次の餌食となるSoyuzスタッフに向けて弓を向けた時である。
——DLATATA!!!
倒れたスタッフのカバーにあたった隊員によって声を頼りに探り当てられ、容赦のないライフルの掃射を浴びせて射殺する。
感度は落ちているとは言っても直立した人間の位置くらいくっきりと映し出すことができる、ましてプロ中のプロである彼らの前で的に当てることなど造作でもないのだ。
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そのことは山道の凹凸に隠れ待ち伏せする戦士にも同じことである。
声を上げながら斧で襲い掛かる存在など的にしかならない。
はじめはその異様さにおどろかされたものの、Bチームごときを2度も揺さぶるに足らず、容赦なく数を減らしていく。
ガルーダのメンバーは無残にも散っていった。まるで埃を払うごとく歴戦の戦友を取るに値しないと言わんばかりに。
この音は紛れもなく銃と何かであることくらいわかっていた。彼が聞きかじったものとはまるで違い、波塊のように押し寄せるのだ。
隊長格であるダーツは瞬時に仲間が死に、自分だけ取り残された極限状態故に何が起こったか把握することができず、正気を保つのがやっとだった。
親友、気に食わないが腕は絶つハンターコンビ。すべてが死んだ。正確には生きているか死んでいるかわからない。わかるのはこの場で頼れるのは自分だけである。
最早法外な報酬よりも生きてミコヤンの街に帰るのだ。
たとえ死に絶えた彼らの屍を超えて何と言われようが生き延びなければならない。そこまでに戦車軍団と随伴歩兵の圧倒的機銃掃射は着実に彼を追い込んでいく。
咄嗟に近くの岩に身を隠し、悪夢の嵐からなんとか身を守っていたが、近くにいる角付きの放つ生々しい爆発が着実に居場所を消してゆくのだ。
——KA-BooOOOMM!!!——
突如角が火を噴くと、ダーツが隠れていた岩が無残に消え去った。
巻き込まれた場所は跡形もなく消え去っており、もしあそこに居続けたらと考えるだけで気が狂いそうになる。
いかなる魔物に対してもこのような感情を抱いたことはなかった、どこか生き残れるとかけらでも思っていたからだろう。
だがこいつは違う、無機質に自分たちを殺しに来ているのだ。
どうにでもなるようなものではないことくらいわかっていた。
ダーツは無理矢理にでも気を奮い立たせ、自慢の斧を改めて握りなおすと後ろにいた鋼鉄のイノシシ向けて走り始めた。
「くたばれ―――ッ!」
声を張り上げながらBTRに向けて突撃すると、こちらに向けて緑色の怪物が頭とも思えぬ場所をぐるりと回りダーツに狙いを定める。
下を向けないのかこちらに銃弾を一発たりとも撃ってこないあたり、死角にとりついたらしい。
彼は思い切り斧を振り上げ、悪魔の鋼鉄めがけ振り下ろした―――
【こちらLONGPAT、敵の全滅を確認】
かすかなる希望は無慈悲に打ち砕かれる。
何も死角に感づいていたのはダーツだけではなかった。
霧の中、死角をついたことは大変に大きいチャンスといえるだろう。
だがゲリラ戦に慣れた随伴歩兵隊が許すはずがない。
霧の中、単独で突撃しているところを容赦なく銃弾を浴びせたのだ。
敵の物理的無力化を確認した戦車部隊はなおも山を下り、ふもとの市街を抑えるべく進軍する。
ダース山は鉱山として知られているほどであり市街が発展しているということは鉄鋼業が盛んな証。制圧してしまえば敵をじり貧に追いやることができるだろう。
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動くのは当然Soyuzだけにとどまらなかった。
山道はずれた場所に隠れていたサルバトーレ率いる小隊も同じことである。
標高の低い場所に本体である中隊、ざっと100人近くで待ち伏せさせており大まかな観察が終わった後に率いている小隊と合流させる算段となっている。
少佐は将校用に与えられる単眼鏡を時折覗き込みながら、持ち運び筆記具を片手に貴重な記録用紙を文字でびっちりと埋め、図解を記すべく二枚目へと移っていた。
「これは一体?」
付近の兵士が単眼鏡を物珍しそうに聞いた。偵察兵でも与えられないような代物故、筒を見て何か良いことはあるのだろうか、純粋な疑問だった。
「魔道単眼鏡だ。これがあればフォスルと違って耳がつぶれなくて済む。」
彼はそう答えると、しばし観察書に追記を加えてひと段落すると小隊に指示を下す。
「これより旧山道から下山し、下方で待機中の本隊に合流する。敵の進軍速度から鑑みて追い越すことができるだろう。高い金を払って連中を雇ったのは正解だった」
「周りの歩兵が目となっているのだろう、でなければあそこまで精密な攻撃はできんさ。
その目をつぶさねばならん」
少佐の手には濃霧という環境下でありながら恐ろしい精度で書かれたBTR-80の図解が握られていたのだった。
次回Chapter61は3月6日10時からの公開となります




