Chapter 58. They begin to move
タイトル【始動】
かくして特大級危険物の収容に成功したSoyuzは、ダース山侵攻作戦の続行は不可能と判断したのだった。
装甲兵器類は一旦ジャルニエ基地に帰還させ、歩兵部隊と旅団メンバーはヘリコプターで本部基地へと回送されていった。
冴島は確保したホーディンの娘をある種のカードとして利用できると考えていた。
当然、人道的な扱いをすることは言うまでもないが、ベラ・ホーディンはジャルニエ将軍であり本国と密接な関わり合いがあるはずである。
ダース鉱山航空基地のことも彼から得られた情報の一部でしかない。より多くの情報を握っていることは明らかだ。
ただしここで大きな問題が生じていた。
肝心要のベラ・ホーディンがSoyuzに非協力的態度をとっていたのである。
侵略してきた人間にホイホイと情報を垂れ流すガンテルのほうがむしろイレギュラーなのであって、本来は彼のような態度を取られても不自然ではない。
やろうと思えばコンプライアンスを無視し、世にも恐ろしい拷問や薬物投与によって引き出しても良いが、Soyuzは悪魔ではない。
可能な限り、事をスムーズに進めるのがスタンスである。
そのため、本部基地にいるホーディンに対し直接連絡を取ろうとしたのだがこれが最悪の結果を生んでしまった。
「おのれ将軍ホーディン、貴様は騎士勲章をぶら下げジェネラルになっているに加えてジャルニエという県の指導者たる人間にも拘わらず人の皮をかぶった悪魔を育てているとは何事か」
「何をどうしたのなら兵士や人間を虫けら同然に扱い、いい年した娘が自分以外の思い通りにならないと知るや否や喚き散らし物に当たるとは言語道断。一体貴様は人間を悪魔に変えたのだ。
親の顔を見てみたいわ!帝国人の恥さらしめ、覚悟なされよ」
「かつての英雄であるミジューラ将軍とあっても言ってよいことと悪いことの区別がつかないのか。わが娘の心をあれほどまでに破壊するような残虐横暴の反乱軍に肩入れしながら人の子育てのなにがしを言うなどと。私とて一人の父親として全うなことをしてきたまでである、人質として取られる前までは。ああなったのは開発所の連中がつけあがらせたからだ、断じて私の責任ではない。」
「貴様、軍人以前に騎士として言い訳をするのか!」
この騒動。ホーディンと連絡を取るといって無線機を使ったのがすべての始まりだった。
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ヘリに搭乗する以前に娘を確保したというという連絡をニキータがしていたのだが、通信を終える寸前にミジューラが端末を半ば強奪し、あまつさえヘリにぶら下げられてもこの調子である。
無力化前からどことなく怒りをはらんでいることはわかっていたのだが、それが一気に爆発したのだろう。
普段は広大な土地の支配者とは思えぬほどの物腰の低さと親しみやすさで知られていたのだが、ついに堪忍袋が核爆発してしまい、この様である。
あまりの豹変ぶりに元Gチーム兵員は隊長ニキータを含めた誰もが震え上がっていた。
この騒ぎは基地に到着する寸前まで続き、端末の充電切れで幕を閉じた。本部拠点に到着すると、ホーディンに対し再び尋問が行われることとなった。ある種の札をちらつかせながら。
「今更何を。口にすることはないでしょう。」
指令室に通されたホーディンは権能に対して白々しく言い放つ。言葉では反抗的意思を見せてはいないが、権能は彼の京都人のような硬派な態度を見て口を割る気はないらしいことなどお見通しである。
「そちらにも複雑な事情があるのでしょう。これを見てからでもことは遅くないはず。入れ」
権能が外に待機しているスタッフに言うと、指令室の引き戸が開かれ二人の人物が足を踏み入れた。ひとりは武装した兵士であり、もう一人は封じ込めされたはずのアントゥースだった。
だが、彼女の様子が奇妙だった。まるで人形のように固まった笑顔を向け、人間味のない覇気を放っていた。散々親として見てきたホーディンはその違和感に気が付いた。
「貴様ら、いったい何をしたというのだ」
彼は今までの涼しい顔つきを崩し、烈火のごとく怒りを表にして権能に詰め寄った。
人形遣いに一体、何があったというのだろうか。
権能は少しばかりうつむくと、深刻な顔をしながらその真実を話すのだった。
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「——本当は、何事もなく確保できれば幸いだった。」
もったいぶった言い方はホーディンの怒りのツボをいたずらに刺激する。
「やはり蛮族らしい手を使う、帝国本部と同じ手を使うのか!」
帝国は各県の将軍が反乱を起こさないよう、親族などを人質として差し出しているのだ。下手に牙をむければ殺されることは間違いない。日本においては古来からの上等手段である。
ミジューラに関しては自身が処刑寸前の人質と同じ扱いだったため例外だったがホーディンの場合は一人娘を盾にされたのである。
帝国軍から政権を奪還するという綺麗事をたれながら、やっていることは残虐極まりない所業なのだと。彼の怒りを買うにはあまりにも十分だった。
「——大変に心苦しいが、彼女の素養について…存じ上げていますね」
「それくらいわかっている、誰が娘自身の足で歩き、言葉を告げる瞬間を見てきたというのだ」
お互いの言葉がぶつかり合い、火花を散らす。どちらも正しいが故の衝突である。
「兵器開発試験場にあった報告書には、娘さんの力は【自身の魔力以下や近い存在に対し人格を上書きし、人形のように操ること】というところまで来ていました。
「これで乗っ取られたものは2度と人間として動くことはないと記されていました。一度上書きされたが最後、飽きられたらそのまま捨てられ朽ち果てながら死んでゆくでしょう」
「またそのままでは有効半径が存在していましたが、とある器具の媒介によりその距離は無視できるとあります」
そんな絶大な能力を前にした娘さんはひどく増長し、命を飽きたら捨てれば良いのだと思い始めたとあります。当の研究スタッフにはなんとよばれていたかご存じでしょうか。
[悪魔]とまで呼ばれていました。」
あまりに残酷で残虐な真実がホーディンに突き刺さる。仏やイエスのような心を持っていない限り、絶大な力を手に入れた人間はとどまりなくつけあがるのだ。
故に悪魔と呼ばれ戦線に投下されてしまったのだ。なおも真実を明るみにすべく、権能は口を開く。
「収容に関し魔力を持たない我々に対しこの力を使用し指揮能力を失った場合、しかるべき措置を取らねばなりません。——可能な限り無傷で無力化すべく手は施しました」
「この力の源は心とつながっている魔力だそうですね。それを失活させるため、当時操っていた人形に対し抵抗する気力が二度とわかないほどに圧力をかけ、確保しました。現在は装置をつけている限り、悪魔の力を行使することはできないでしょう」
「あまりにも小さい魔力でも行使することができるという記述があったため、魔力をほとんど空にするまでの圧力をかけた結果…。医師からは記憶を喪失してると診断されています」
戦場はこのような残酷な現実の積み重ねである。戦争とはアクション映画のような爽快なものもなく、ひたすらこのようなことが繰り返されるのだ。
底知れぬ陰湿に耐えきれなくなったついに折れてしまい、ホーディンは中将に短く言った。
「——そうか。私も話すことを話さねばなるまい」
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その一方、ダース山シルベー県側にある帝国陸軍第4中隊駐屯地では依頼を受けた冒険者集団を待ちかねていた。
予定の日付よりも1日遅れていたため通常の依頼主であれば依頼を放棄したとみなされているはずだが、予定にない天候不順を考慮してサルバトーレ少佐は気長に待っていたのである。
現地で作られた粗雑な司令室テントの奥にある椅子に彼は深々と腰かけていると応接対応をしているニール曹長が報告に上がった。
「依頼していたゲンツーギルドからの2つ目の集団がやってきました。」
「いいだろう」
サルバトーレの一言で司令室に招かれた冒険者集団は、帝国軍ソルジャーと異なる胸部の増加装甲をつけ、腕には特有の防護鋼板兼用の盾をオフセット。
そして背中には特有の斧ダルケンを装備している屈強な戦士が4人と、腰蓑のマウントに矢筒を装備したハンターを3人引き連れていた。
荒くれの寄せ集めに過ぎないが、こんな身なりであろうとも実力者であることは防具についている無数の傷が物語っていた。
「あんたが依頼主のサルバトーレ少佐、本人だな?」
隊長格の男が無礼な口ぶり少佐に問うと、背後の兵士は一斉に剣を取り出そうとするが少佐はそれをたしなめるかのように階級章を見せつけながら口を開いたのだった
「いかにも、この俺がサルバトーレ・ボラージュ。兵職は勇者、階級は少佐。お前ら、剣を抜くな。
俺の偽物が出ているならそう言いたくもなるのもわかるとも。
「——話を戻すと、本依頼は謎の軍勢の討伐なのだが。奴らは一度退却したという情報が入っている。しばらくすれば記載した進行ルート上に現れるだろう」
「それまでの間、詫び代として金貨2枚ばかし払おう。拠点からは常識的範囲において補給しても良い。——その活躍に期待している」
場を平穏に収めると、彼は淡々と依頼の説明と遅延についての保証をしたのだった。
冒険者集団【ガルーダ】の面々はその言葉を聞いていたが、説明が終わると隊長が一つばかり質問をした。
「——この依頼を受けているもう一つの連中がいるはずだ、そいつらは?」
何分報酬が高額で、保証までしている優良依頼に他の奴らが食らいつくのは至極全うである。
酒場での依頼掲示板ではガルーダと相反する頭脳的魔道火力殲滅集団【プロテアーゼ】が依頼を受けているはずなのである。
その質問に少佐は軽々と答えて見せた。
「もちろん、ニールという名前のシャーマンや魔導士集団も来ている。正直言ってだが貴公らの方が実績は上だ。——それと金貨二枚…依頼書に掛かれていた詫び代よりも高いだろう?」
「最もニールと君らは仲が悪いと聞いていてね、俺としても実績が上な方にカネを払いたいからな。連中には記述通り銀貨20枚にしてある。」
その言葉を聞くなり冒険者集団にざわめきが起こる。これだけの期待を持ってくれたのはなかなかないからだ。
しばらくすると後ろにいたハンターの一人が突拍子もなく、口慣れていない敬語でサルバトーレに聞いた。
「ジャルニエ側に居る…ゲルリッツ中佐なんですがね、是非ともお会いしたくって。
少佐殿は最近会ったことがあるんですか?」
あまりの質問に少佐は少しばかり考えると、こう答えを提示した。
「もちろんいるとも、だがやめておくんだな。ゲルリッツは想像以上に気難しい。どうもここ最近機嫌が良くなくてな。殴られれば良い方だろう。」
「…はぁ」
かくして冒険者集団に依頼説明を聞き終わったガルーダのメンバーは作戦を練るべく一度駐屯地を足早に去っていった。
彼らが居なくなるなり話を聞いていたニールはサルバトーレ少佐に言い寄る。
「本当に連中のことを信じているんですか、少佐。奴ら、税逃れの連中ですよ」
冒険者集団は古来かある制度であり、探索や治安維持を目的に活動している。
その収入の不安定さから税が免除されているのだ。
当然軍人にも少なからず税がある以上彼らをどこか妬しく思う者も当然いる、加えてならず者集団で構成されているのも相まって軍人にはあまり信頼されていないのだ。
「なぁに、俺の言葉が一言一句全て正しい訳なかろう。連中より大事なのはお前を含む、俺が鍛えなおした優秀な部下たちだ」
「未知の敵に対しておいそれと捨て駒扱い等するものか。
どこかで言ったと思うが俺は戦闘バカのゲルリッツとは違う。
当然得体の知れない勢力はどのみち殲滅するが、その力を見ない限りには悪戯に兵士を消費してしまうだろうに」
「あの蛮族は肉盾に過ぎん。——それとニールよ、帝国本部に出した申請書が通って兵員補填がされたそうだな」
サルバトーレも冒険者たちに対して方便を利かせていただけで考え方はニールと同じだったのだ。
ある種、蛮族集団は酒場に依頼書が出ている限り、消耗を気にせず投下できる程度の認識でしかない。
本格的に討伐作戦を組むにしても、訓練もまばらで上級兵職ではない連中の腕はたかが知れているし、自分の叩き直した部下のほうがよっぽど使える。
「そろそろ着任するころでしょう。少佐おひとりで[修正]なさいますか」
「そうさせてもらおう。」
Soyuzがもめに揉めている間、止まった時は着実に動き出そうとしていた。
空の魔人ゲルリッツと相反する存在、知将剣豪サルバトーレの不穏な影の前に冴島たちはどう攻め入るのだろうか…
次回Chapter59は2月20日10時からの公開となります




