Chapter 57.Contain the devil!
タイトル【悪魔を封じ込めろ!】
Soyuz戦闘スタッフはダース山で多くの戦闘を繰り広げていたが、何も戦っているのは歩兵と戦闘機乗りだけにとどまらない。
彼らが制圧したジャルニエの城に収録されていた書籍の解読に挑んでいた学術旅団もその一員である。
彼らの拠点はある程度の生活インフラが揃っているハリソンの片隅に作られた。地下含め2階のプレハブ小屋である。
まるでイタリアの街にぽつりと立っているこの建物は異彩を放ち、住民から[氷]と呼ばれていた。
「AHHHHH!!!!!クソ!クソ!」
旅団拠点からは文字に浸食された学者、山中の悲痛な叫びが木霊する。
デスクでは書籍データが書き込まれたCDを閉じたケースが散乱し、真っ新なCD-ROMがトーテムポールかのように連なる。
これでもマシになった方で、ほんの少し前はチーフの朗読を書き起こす地獄のような作業であった。
それよりは改善されたと言っても良いが、いかんせん長時間の繰り返し作業というものは精神を侵食するものである。
そんな様子でもガリーシアは涼しい顔をしながら書籍を読みふけっていた。
「そろそろハリソンの食べ歩き集団が帰る頃だろう。何も私らがやる必要はない、もう少しだ。ご自慢の[言語解析しすてむ ダザイ]がある分、マシだとは思え」
時折ニウトンを口に放り込みながら狂気の学者集団を指揮していたのである。元居た戦地も殺し合いの場、正気ではいられない。場は違うとは言え狂っていることに変わりはないのである。
暫くすると記録担当の山中は崩れ落ちるようにデスクに突っ伏した。
「——今日分の転写、終わりました…。二度と文字を見たくない」
「ご苦労、しばらく地下で仮眠しているといい。私は食べ歩き集団の報告書に目を通しておく」
休憩の指示を出す彼女の顔つきからは軍人的な険しさは消え失せ、どこか優しげな顔つきになっていた。いかに前の部隊での仕事が苦行だったかを如実に表しているだろう。
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傍ら、食べ歩き集団とまでこき下ろされた食文化調査隊は報告書を携えて帰投していた。
深淵の槍撃退以降というもの、異界の人間に対しての空気というものは確実に良くなっており協力的な店も少なからず増えてきた。どの文化であろうとも沼が深いものである。
特にニョゴールたる料理は日本のラーメンをはるかに凌駕する発展ぶりを見せており店ごとに味付け、具まで違うという徹底ぶりである。
油でひたひたにした鉄鍋で具を加熱して食べるというシンプルなものながら奥が深いもの。
身を食い切った後、うまみが出た熱々の床油を固いパンに着けて口に放り込むと天にも昇るように美味い。
ラーメンの食べ歩きブログを書くことが密かな趣味である海原でも舌を巻き、報告書がただの食レポになっている始末である。
「どこが一番うまかった?」
顔を赤くした学者が突拍子もなく話はじめた。
「一番ありきたりで困る質問だな、どちらかというとミジェ―ル酒場系譜のニョゴールが好きだな。どれも甲乙つけがたいが。」
隣にいる学者は口元に親指を押し当てながら意見を述べる。
あくまでもテレビ番組ではなく探求のために食しているのだ。
彼らと議論は隣り合わせなのだ。すると海原は深く考えながらこう主張する。
「うむ、どの店も違っているようで系譜があるのはやはり現実世界と変わらないようだ。それに酒に関して味等は変わらないな、ほとんどが同じだ」
「卸売り業者が存在するのだろう。本当に価格が安いところはチェーン店のようなシステムがあった。なかなかに考えられているな。特筆に値する。…お前、これ以上酒はやめておけ。」
こうして路上談義に花を咲かせていると、ある屈強な人物とすれ違った。やたら上機嫌なハリソン市街の担当者、コノヴァレンコ中尉である。
海原は一度議論を他のメンバーに任せ、彼を小突いた。
「ちょっと、あんたコノヴァレンコだろう。ちょっと用があるんだが…」
呼び止められた少尉は心底不機嫌そうな顔をしながら振り向くと舌打ちをしながら答えた。
「なんだ海原の先生。あんたまでこの俺を邪魔しようっていうんですか。あのふざけた馬乗りに襲われたときのナントカ騎士団所属のガンナーと馬が合うからぶっ飛ばしてやろうっていうのに、あんたまで俺の邪魔するのか」
「ああ、イライラしてきた。スカしたクソ騎士共め、俺のアルファロメオ159のドア持ってきやがって。もう一度会ったら殺して修理代をせびってやる。で、なんだ、用ってのは」
どうやら深淵の槍襲撃の際、無理に乗せた防衛騎士団員とで走り屋の魂が共鳴したらしく、ドライブに出かける予定が入っているらしい。
「申し訳ない。我々にも自動車を導入したいと思っていまして。自転車では重量物の輸送には適さないと思っています。トラックからの積み下ろしは特に」
気分を害したことを気遣って海原はコノヴァレンコに手短に要件を伝える。
「今は軍用車が先に搬入されてる、俺の159は正直言ってコネでねじ込んだが…ていうか大体そういうことは少佐を通してくれ」
「…まさか俺のコネを使おうって魂胆じゃあねぇだろうな。だったらチャリで頑張ることだな、俺は知らんからな———」
流石に突っぱねるわけにいかないため彼は事実を淡々と告げていた時である。
突然Soyuz端末ソ・USEのコール音が鳴り響いた。その相手は戦地に居る筈の少佐からである。
一体何があったのだろうか。コノヴァレンコは即座に応答する。
【こちらCRAZY TAXI.】
【こちらLONGPAT、直ちに学術旅団を飛行場に集めて送信座標に向かえ。】
【CRAZY TAXI了解】
そう言って交信を終えると、コノヴァレンコは海原にこう言ったのだった。
「40秒で支度してスクランブルだ、クソ野郎。急げ!」
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学術旅団連中はハリソン飛行場に招集後すぐに輸送ヘリMi-8に押し込められ、即座に離陸した。
どうにも様子がおかしい。
まるでチェルノブイリめいた事故が起きたかのように現場は騒がしい上に出動が早い。
そうやってハリソンを飛び立つと、すぐにジャルニエの城が見えてくる辺りまで来ていた。ローターが空気を切り裂く音がより一層大きく貨物室に響く。
「空を飛んだ感想はどうです」
ヘリコプターに生まれてはじめて乗るとあって、海原はチーフにこう質問する。
「最悪だ」
彼女はタンを吐き捨てるかのように答えたのだった。
しばらく飛行を続けているとダース山の頂上が見え始め、霧が濃くなってゆく頃合いだった。
端末が無線を受信したとあって、けたたましいコール音が騒がしいヘリ内で鳴り始めたのである。
【こちらLONGPAT―――】
【誰だあんた、よく聞こえない!】
【こちら冴島少佐、緊急事態だ、魔法とその他による知見が必要になった。直ちに現地に来てもらいたい!資料を朗読するから記録せよ!】
どうにも少佐の様子も妙である。わざわざ戦闘部隊ではない自分らを呼びつけたのだ。
きな臭い気配があることは事実である。
海原は端末を操作しスピーカーフォンに切り替えてから、旅団メンバーはけたたましいローター音の中に交じる情報に聞き耳を立てる。
少佐から別の老人に変わると、資料がよまれてゆく。
それによると魔術により人間の意識を術者のものに上書き保存して。意のまま操る人間がいること、術を封じるには魔力そのものを封じる必要性があることが明るみに出てきた。
以上の報告にガリーシアはこう言った。
「確かに、魔導は人間の心と繋がっているから人格に働きかけて操る魔術ができたのは当然の成り行きではある。だけど完全に上塗りするほど強くはできない。こんなのありえないはずだ。…どうなってる」
魔導は人の精神にリンクしている。それまではよかったが、あくまで人格を上塗りした挙げ句それを乗り捨てた盗難車のような廃人にすることなどできるはずがないのである。
魔法はそこまで万能ではないが、研究所から発見した報告書に書かれた内容である以上
現地では人格の上塗りが起きている。
そのことを重く見たSoyuzは侵攻作戦を一時中断、封じ込め作業に取り掛かっていた。
「どうすれば封じ込められる」
学者の一人がこう言うと、チーフはいつになく深刻な顔をしながら答える。
「そいつを殺すのが早い。半径に入らず殺す方法なんていくらでもあるから。生かしてくんなら意識を永遠に飛ばしておくか魔力を使えないほど減らした後に二度と魔術が使えないよう魔力放出具を装着する必要がある。水瓶に2か3つ穴を開けるんだ。
――だけど」
「だけど?」
「牢獄の標準設備なんだ。…それがどこかにあれば…!」
その設備は魔道士の捕虜を封じ込めておくものであり、人間を縛り付けることに違いないがあまりに大きすぎる。
大前提として、ヘリコプターの上にもありとあらゆるSoyuz関連基地にはない、と思われた。そこである学者の頭に電流が走った。
「待て、牢獄…あのジャルニエの城だ!あそこには牢獄がある!」
かくしてジャルニエ基地に駐留していた部隊の協力を得て、魔力放出具一式を積み込んだヘリと旅団を載せたヒップは例の地点に着陸した。
既に災害派遣でもされたかのように多くのSoyuzスタッフが作業にあたっている。
肝心の対象には麻酔科医による投薬により昏睡状態に保たれてはいたが、持てる限りの麻酔を撃ち込んで限界まで時間をのばしたとは言え、制限時間は5時間。
そのうちに殺すか制御装置を作り上げるかの二択が取られることになった。
だが少佐の判断により人道的処置が望ましいとして、実質的な選択肢は装置を作る一択だったのだ。
作業はすぐ取り掛かられた。麻酔から覚醒するまでの間に制御装置を完成させなければ戦闘員が人形と化し地獄絵図になることは火を見るよりも明らかである。
ヘリから積荷が降ろされている間、チーフは他の旅団メンバーに介入させる合間も与えないほど集中しながら報告書を頭の中に叩き込んでいく。
「――従来の術と異なり、乗っ取られた人間の意思などは全て消去され、廃人同様になる。――有効半径は通常50m圏内であり、フレイアが発動できる程度の魔力が残存していた場合でも発動が可能と推測される」
「なに、この能力を使徒できる範囲はナントカを装着している人間であれば 距離に制限なく乗っ取れる!?…こういう時に器具の項目が黒塗りになってる!つい最近人形になってたやつについてた妙なものを洗いざらい調べて欲しい、いますぐに!」
「また魔力放出機構を作動させるのに最低限の部品をならべて作動させるために時間がいる、調査と平行して行って欲しい」
彼女の指示で現場は潤滑油が注がれたかのように動き出す。
スタッフらは大雑把に牢獄についていた設備をまるごとおろした後、銃殺された重装兵に妙なものがついていなかったかを探しにゆく。
チーフは限られた時間を無下にしないよう降ろされた魔力放出機構の部品をユニットごとに仕分けする。旅団メンバーはガリーシアが読む資料を運ぶためひっきりなしに動き回る。
重装兵の亡骸を調査に向かった隊員はなぶり殺しにされた死体に対し不快に思いながらライトを当てながら妙なものがついていないかを探して回る、そうしか手がない。
胸の装甲板が引き剥がされた挙げ句激しい暴行の挙げ句銃弾で引き裂かれた上半身はほとんど発見に値するものがなかった。
しかしながら下半身に目を移すとほとんど無傷であり、形が残っているではないか。
「こいつはなんだ」
隊員はアーマーナイトの腰につけられた南京錠めいたベルトのバックルを発見した。
どのようなものにせよ妙なものに間違いはない。
留め金に悪戦苦闘しながら死体より引き剥がすと、錠前バックルのようなものを片手に外へと駆け出したのだった。
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発見された奇妙な器具は海原を通じてすぐさまチーフの元へと届けられた。するとしばらく不思議そうな眼差しで物体に目を通すと素早く答えを出す。
「魔導具に間違いはないだろう、多分これがあの資料のおまけ程度にかかれていたザガォートというものに違いない」
「…こいつか、こいつが魔力を増幅してありとあらゆる人間を操れるようにしていたのは。引き剥がせただけ成果が出たか。
調整と必要部品の取り出しに時間がかかった、いかんせん専門外だったから。」
そんな作業で非常に慌ただしい中、冴島が進捗を確認すべくやってきて海原とガリーシアの二人の間を割って入ってきた。
「麻酔が切れるまで3時間を切った。今はどのように進んでいる」
無粋極まりない問いかけに、焦りで顔を真っ赤にしながら冷や汗をかきながらチーフはできるだけ具体的に答える。
「対象の魔力を媒介する接触伝達部は手錠を解体して気合で再構築したからいいとして、問題は魔力を発散する部品とこいつをつなぐパイプがない」
「本来牢獄に設置する部分は魔道士につけられた床固定型の手錠を通じて伝達されたものを発散部に接続して魔力を消費して無効化する。今あるのは魔力を引き出す手錠だけ、そこから先の部品が経年劣化で封じ込めに適さない。…どうしたらいいことか…!」
現状からして電池から電気を取り出す金具と、消費して動作するソケットと豆電球はあるもののそれをつなぐ銅線が欠損している状態であり非常にもどかしい状態であった。
今更牢獄から使えそうな部品を個々に持ってきて解体するまでに軽く1時間近く掛かる。どうあがいても時間が足りず、覚醒されてしまうだろう。
絶対絶命他ならない状況に陥ったのである。チーフはあまりの悔しさに岩を殴りつけた。
後もう少しという所でどうしようもない壁にぶつかったのである。
誰のせいにもできないゆえ、想像を絶する悔しさともどかしさが渦巻くのだった。
ヒステリックを起こして解決手段を見過ごすよりも、出来るだけの手数を打った方が後腐れがない。
ガリーシアはやけになりながら、最後の希望ザガォートについての実験書と報告書を読み漁る。
「[――試製魔導式武器召喚器具ザガォートは魔力を通じて作動させ、200m圏内にタグ付けされた武器類を召喚できるベルト]こんなのどうでもいい。[タグと本体を魔力同士をつなぎ合わせ、押し金具一つで作動することで接続し中央部から召喚する…]これだ!」
チーフは報告書を投げ捨てるなり旅団をかき集めると、あることを指示した。
「こいつを力ずくでバラす。バラバラにしたら設計図を基にそれっぽいパーツを取り出す。部品一つを破壊したら何もかもがおしまいだ。作動させると爆発するらしいが解体程度なら問題ない、やってくれるよね」
時は緊急事態、答えは出たも同然だった。
「なんでコイツネジが全部プラスネジで出来てないんだ!」
「こいつ作ったやつメンテナンスのこと考えてないだろ!」
学者たちはザガォードの解体に悪戦苦闘していた。ただでさえドライバーが普通の鉄棒同然になっていただけではなく、試作段階故に構造が複雑で力ずくで外さなければならない。
それに加えてこの世界ではこのような器具は手製である。
故に、部品精度がガタガタで普通に抜けることもあれば無理やり嵌め合わせたとしか考えられない程固いものもあるのだ。
とりわけメカニックの専門家ではない彼らに任せているため時間はあっという間に過ぎてゆく。
時計の針は残り1時間、残り45分と過ぎてゆく中、少しずつ解体されていった。
チーフはなぜか黒塗りになっていなかったザガォードの設計図とにらみ合い、電球と電池をつなぐ魔力の銅線部を探す。
「あった!誰か板が蛇腹になっているような部品を取り出してないか!」
ガリーシアは魔力動力部を見出すと旅団に確認を取る。ここまで部品摘出に手間取ることになるとは計算外であり、残された時間は残り30分を切っていた。
「この奥にあるやつだ!今固定具を取り外してる!」
最早彼らに残された時間はもうない。
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爆弾解体のような切迫した作業の末、ついに長期収容に耐えうる魔力伝達部を摘出し終えることができた。
はんだ付けで無理やり突貫魔力発散器を作り終えた後に残っていたのは10分。
現代技術の範疇にない以上、チーフの知識だけが頼りである。効率の観点から手錠から
足枷型に改造された装置を強力なバンドで抑えられた対象に装着したのだった。
「理論は全て正しいはず、これでもダメなら本当に殺すしか手がなくなる。」
ガリーシアは神頼みめいて弱音を漏らした。手は尽くしたがどうなるか分からないのだ。
「やるしかないでしょうが。ダメならダメで手を打つ。実験の前提だと思いますがね」
海原は不安を払しょくするようにこう言った。それを裏付けるように武装したスタッフは覚醒間近の対象に向け銃口を向けていた。
丁度意識を取り戻す時間を過ぎたころ、アントゥースは目を覚ました。
未だに錯乱しているのか、ヒステリックな叫び声をあげるのと同じくして発散装置が光りだす。
「あれは?」
一人の学者がチーフに問う。どうやら金属そのものが発光しているようで今まで見たこともない光景だからである。
「正常に作動してる、あれが健在な限りもう二度と術は使えない。」
彼女はエネルギーを使い果たしたかのように岩にもたれかかりながら、勝ち誇った顔で言った。
その傍ら、アントゥースを乗せたヘリコプターは本部基地へと向けて飛び立っていった。
次回Chapter58は2月13日からの公開となります




