Chapter 6. Shaken by Armor
タイトル【装甲にゆられて】
暗殺の手が迫る皇女ソフィア・ワーレンサットを保護した装輪小隊は本部にその旨を連絡し、帰投することになった。
それにあたり、様々な準備と工作が行われることとなったのである。
接触の際に使用した馬車が残っていれば追手が周囲をさらに捜索することは目に見えている。
追手を退けるには彼女とその従者が死んだことを明確に知らしめる必要があった。
軍に追われていることが事実であれば、この程度の工作などでは安全になるとは言い切れない。
がいずれにせよ時間が稼げればそれで良かった。
兵員が馬車から馬を遠ざけ、他の車両を退けると少佐はAMXに砲撃の命令を下す。
【ROMEO-CHARLEE了解】
車長であるカルロス少尉が無線をそう飛ばすと狭苦しい装甲車の内部は一層あわただしくなってゆく。装填手が肩に担げるほどの砲弾を軽々と持ち上げ、装填すると同時に蓋ががっちりと閉まった。
ZOOOOMM!!!
間髪を入れずに車内がすさまじい硝煙と揺れに襲われると、照準の先にあった布張り馬車は原型を失いながらもところどころ燃え始めていた。
使ったのは焼夷弾ではないため完全に燃やすことはできないが、これほどまでにボロボロであれば内部の人間は生きているとは思わないだろう。
再び兵員を装甲車に押し込めると、小隊は魔獣がうねり暴れるかのような排気を吐き出しながら本部へと向かって走りだす。
ソフィア皇女は屈強な兵士が押し込められる鉄の棺桶BTRや恐るべき砲撃能力を持つAMXやチェンタウロではなく、スペースのあるストライカーに乗ることとなった。
魔獣が吠えるような轟音とともに、馬車を一撃で燃えるガラクタに変化させた様をみてソフィアは確信した。これは神の使いに違いないと。
しかし心のどこかに引っ掛かりが残っていた。あの集団はあくまで人間にしか見えなかったこと、そしてサエジマという男が言った[我々は神ではない]ということ。
少しばかり唇に人差し指を乗せながら、激しく揺れる装甲のゆりかごにて考えこんでいた。
ふとエイジを見ると、彼の目は泳ぎ、状況を飲み込めずにいる。
現に状況が呑み込めないのは私と同じである。その点では私はこの状況を隠しているだけで、本心はエイジのように揺れ動いているのだと。
私は嫌でも自覚せざるを得なかったのである。
完全なる禁忌に手を出したのかもしれなかったことを。
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□
数時間を経て草原を渡ると、そこには建造の進む拠点が待ち受けていた。
建物そのものはプレハブに過ぎないが、それに不釣り合いな戦車格納庫と思しき大きな建物や航空機も収容できる巨大な建物もあり、粗雑ながらもSoyuz拠点と言って差し支えない。
冴島の部隊が拠点予定地に到着した後、冴島は小隊をP-15対空警戒レーダーの横に止め、本部に連絡を取る。
【こちらBIG BROTHER。要人を保護したようだな。後の始末は俺がつけよう。護衛をそちらに向かわせる】
ディーゼルエンジンめいた男の声が無線越しでそう答えた。無線越しにでもわかる声の主はこの拠点の最高責任者である権能中将であった。
外では建設機械師団のミキサー車など様々な重機がエンジンのセレナーデを奏でながら作業を進めている。
感傷に浸っていると、全身を真っ黒の装備をつけた護衛がやってきた。彼らはストライカーにつめよると皇女らを連れ出していった。ここからは中将の役目。
少佐はそう思っていた。
ソフィアの周りには護衛という夜のとばりがぐるりと囲み、このSoyuzなる存在がいかに異質かを物語っていた。
エイジの目元からは困惑がほとばしるが、私にとってはこれからが本当の勝負になるのである。
石垣のような色をした滑らかな石畳を進んでゆく。
周囲には木箱のような小屋が連なり見たこともない異人たちが駆け回る。それと共に黄に塗られた奇妙な機械も獣が唸るような音と白煙をまきながら動き続けていた。
護衛の異人がとある木箱めいた建物へと導き、ノッカーで扉を叩くと、従者のように扉を開けた。粗雑なのか砂が混じっているように扉が開かれる。
その先には皮を引いたように壁や床がつるりとしている部屋が現れた。いくらかの鉢植えが隅に置かれ、奥には灰色をしたデスクが鎮座していた。
「私がここSoyuz本部基地の最高司令官である権能だ。少佐のエスコートに不備はなかったか」
頭を丸めた戦艦めいた男は低い声でそう言う。
今まで見てきた王族や将軍とは違う空気が漂っていることを私は感じた。
多くの人間を動かす立場の人間は特有の気迫というものがある。この男のそれは皇帝のような覇気そのものであった。
「いえ。よく訓練がされている兵のようで。私はファルケンシュタイン帝国の皇帝の血を引く皇女、ソフィア・ワーレンサットと申します」
私はこう言った。私とて皇帝やこの男の前では血筋の良い小娘に過ぎないのだ。彼が少しばかり指でサインを作ると、隅に居た黒服が動き始め応接の準備を始めた。
「ここはまだ建造中で満足に客人を招き入れられないが…まぁ良いだろう。本題に入ってもよろしいかな」
私は悟られぬよう左手を握り込み、手汗を拭う。
そして中将に言われるがまま、用意された座椅子に向かって足を向けた。
かつての王政にいた大臣もこのような重圧に耐えきり国の舵を切ったのだろうか。
「はい。この国ファルケンシュタインの地は軍隊が皇帝の座にあります。それを良いことに重税を課し、罪なき民を処刑しつづけています」
「軍は拡大の一途を遂げ、自由無き生き地獄に国を変えました。軍から皇帝の座を奪還し国を再び光ある地にするため私は来ています」
中将は目を閉じて一言言い終わるまで待ち切ると、少佐のような冷え切った目でこう切り出した。
「クーデターの鎮圧と政権の奪還。引き受けよう。しかし皇女殿下。兵を起こすにはそれなりの対価が必要であることも存じ上げていましょう。我々側からも少しばかり要求させて頂きたい」
「構いません」
目の前に広がる殺伐とした修羅場、これこそが外交なのである。皇女は堕落している皇族の血族から脱し国の舵を切る存在に初めてなったのである。
「要求したいものは3つ。1つ、拠点を作るための土地」
「2つ、事態収束時の報酬。3つ、敵対した勢力に対し想像を絶する殺戮を行うことを了承すること」
「貴女の命を保証するが敵対した存在の命は容赦なく奪う。それが我々Soyuzの方針だ」
中将はひどく慎重に口を開く。
しばらくの沈黙の後、皇女はその要求を飲み事態の解決をSoyuzに依頼した。
エイジはこの決断に黙っていることしかできなかった。帝国中の騎士、そして将軍全てを敵に回したことを知った彼の拳は震え、まるで涙を流すかのように。
それに対し皇女はピアノ線が切れたかのようにうつむいていたが、一時経つと普段どおり顔を上げる。
それを目の当たりにした中将は両手の指を組み合わせて冷徹に考えていた。
次の手を打つにはどうしたら良いのだろうかと。