Chapter 55.Person praying is egoist
タイトル【人間の戯れ】
――悪魔の潜む世界の窯は開かれた。
過酷な戦闘の後、怪しい空間を発見したSoyuzは迷わず[悪魔の封じられている穴]へと侵入を開始した。
内装は防空壕を連想させる地下構造体であり、洞穴をそのまま利用しているようには見えない。
「ダース兵器開発試験場…か、いまだに使っているとは」
壁掛けにされていた開発試験場にミジューラは思わず苦虫を奥歯で噛んだような声を鎧奥から出した。
まして戦争中に作られたこの施設がいまだに閉鎖されず、あたかもマンノース聖堂を隠れ蓑にした挙句、影で操っていた存在になっていたとは言語道断である。
「質の悪い設計局みたいなものか、少佐め。とんでもないものを引き当てたな」
その言葉を聞いたニキータは思わず口にした。どこの国を渡ってもこのような場所は自ずとあるものである。ただ立地が立地なだけに彼自身もどこか気を悪くしていたのだった。
整備された壕を徘徊するようにして進んでいくと、一つの大広間に行き着く。
通常手順であれば規定現実から来た人間である歩兵チームとその長、ニキータが先行するはずであったが、いかんせん文字の解読ができないためミジューラを先に向かわせていたのだった。
すると先行していた彼がぴたりと止まった。何事かと思い隊員たちは息を殺しつつ感覚を研ぎ澄ませ、大鎧の向こう側で何が起きているかを探り始めた。
「しまった、もう終わりだ」
「だから兵隊なんて出すなって止めたんだ。」
「警備隊が勝手に出て行ったんだ、俺のせいじゃなあい」
視界の先では研究員と思われる人間が歩兵チームの侵入によって混乱していた。
ニキータはハンドサインを出して隊員たちに無音の命令を下すと、ミジューラを待機させ濁流が流れるように隊員たちが一挙に展開し始めたのである。
追い詰められた人間ほど何をするか知れたものではない、即座に無力化し場を保存し使えそうな情報を隠滅させない。機密を抱え込んだ研究所ならばなおさら。
すかさずその場にいた研究員に向けて銃口が向けられると、人間に着弾しないように四方八方から銃弾が飛び交う。
「そこから一歩も動くんじゃない、直ちに武装解除し、投降せよ。不審な動きを見せた場合、即時射殺する」
ニキータがそう勧告すると、彼らの脳天にいくつもの赤い点が密集していた。
現実世界ではいつでも射殺用意ができていることを表しているがそのようなものが存在しない世界においては不気味極まりないものでしかない。
研究員たちは声も出せないほどの恐怖に支配された。
情報を知りえるためには、いついかなる時も尋問が欠かせない。
だがその役割はニキータのすることとは違ってくる。
彼は特殊部隊の指揮官であり、話術のプロフェッショナルではない。誰がその役割を担うか、それはもう明確であろう。
「…一体、ここでは何が行われていたんだ」
まぎれもなく少佐である。いくらかの隊員が研究員の背に固い銃口を押し付けながら、並大抵の人間が震え上がるような恐ろしい圧力をかけながら問答する。
「ずけずけとこんなところに来たような連中に、しゃべるわけがないだろう」
彼の言葉に研究を行っていた魔導士は強く反抗した。
「——そうか」
大方わかりきっていた反応をされた少佐は胸元から禍々しいMP443を取り出すとためらいもなく天井に向けて発砲した。
――BANG!!!
所内に鋭い発砲音と、カートリッジが転がる音だけが広がる。そうして拳銃を持ち替え、ホールドオープンしていないにも関わらず、威圧を込めてゆっくりとスライドを引いた。
そうして硝煙の白い煙を濛々と吐き出す銃口を突き付けると冷たい一言を吐き捨てる。
「御縁がないようで残念だ」
冷たいトリガーに指をかけた瞬間、堤防が決壊したかのように魔導士はしゃべり始めた。
「こ、ここは前の戦争で鹵獲した兵器とかを実験してると、所だ。エリートが持ってるソルジャーキラーなんてそれだ!戦争が終わった今じゃあ、あ、悪魔の装備に関しての研究とかをしている!し、資料はこの階層の下にある!」
「悪魔、とはなんだ」
冴島は悪魔というあいまいな単語に反応し、熱せられた銃口を脳天にぴたりと付けて更に揺さぶった。
「お、俺が知るか。俺は天馬騎士の部門だったんだ!知るわけないだろ!一度だけ見たことがある、あれは…悪魔としか言いようがない!本当だ!そいつは一番奥にいるらしい、詳しいことは俺以外に聞いてくれ、とやかく俺は知らないんだ」
「担当のヤツは誰だ」
獲物を食い殺した猛獣のような目がぎょろりと他のメンバーに向くと、絶対的に敵わない存在を目の当たりにした彼らは震え上がることしかできなかった。
これが少佐の尋問なのである。
————
□
その傍ら、歩兵チームに暇は訪れることはない。
この研究所には有象無象のデータと文献が存在していることは間違いないが何より専門家集団の目を通さねばならない物体も存在するだろう。
いずれにせよ1歩兵部隊ができることを大幅に超えている。
少佐の尋問の末、ついに資料室を突き止めたニキータ率いる部隊はその探索に当てられたのである。
厳重に施錠された扉を破壊しながら進むと、サーバールームのように本棚が生えている一室が現れた。
「骨が折れるな…」
その様にトムスはこう言うことしかできなかった。書斎とは比べ物にならない程の書物がおぞましい量存在するのだ。冴島少佐の聞いた【悪魔】についての資料については皆目見当がつかない。
「やるしかないな。…虱潰しに調べたいところだが爺さん、できるか」
「こんな所で儂の命を懸けることになるとは。地団太しても進みやしないのでしょう」
砂漠に落とした砂粒一つを探すような捜索作業が幕を開けたのだった。
壁には無数の記録板がかけられており、机にすらジュースをぶちまけたかのような文字で何かしらが書かれている。
翻訳係がミジューラ一人なため、着実に知の海に散らばった資料をピンポイントで彼の目に通さねばならない。
どんなにアーマーを着込んでいようが、敵を蹂躙しようが人間に変わりはない、心が折れる前に見つけ出さないといけないことは重々に承知していたものの、この書物量からは無茶ぶりも過ぎる。
「爺さん、頼むよ。秘密にしたい本ってのは大概見えないところに隠すもんだろう。エロ本とか。」
とある隊員がミジューラにある本を渡した。どうやら回りくどい隠し場所にあったものらしく、ジャルニエ城での通路発見した彼の目にはこれだろうと思ったのだろうか。
「…先ほどの話は聞かなかったことにする。これは…深淵の槍装備についての試験結果ではないだろうか。」
書籍を渡された彼は、ページを流しながら速読してゆく。そこにあったものは驚愕すべくものだった。
[ ユンデル式魔術硬化装甲の実験記録121
【██の槍】部隊向けの最小効果装甲厚の検討02
████の承認下でユンデル式魔術硬化装甲 厚さ██に対してフレイア、アドメント、ファントン、ゴルドレン、ヴァドム等で攻撃を行った。それを基に減退とその効果が見られる装甲厚を検討した。
厚さ█で各魔術の無力化を確認した。実験記録120での結果を考慮し、厚さ██が物理、魔術双方からの確実な防御力を得られるだろう。
補遺:ユンデル式魔術硬化装甲は従来の鋼板と比較して███倍の防御力が見込まれる。
そのため████に配備するにあたり従来装甲よりも軽量化が可能である。たとえ神のような厚さの新装甲をマスケット銃で撃ち抜こうが、はじき返すことできるだろう。 ]
この今まで知らない装甲について記載された文書は報告書の原本として書かれ、転写後に装甲厚や配備先についての記述をインクで黒塗りにしたのであろう。
ミジューラは平静を保ちながら次のページをめくると配備先について記されている項目、そのはずだった。
—————
□
そのページは配備先以外の文字が全て黒塗りだったのである。
彼は驚愕した、これが本当に量産体制に入った暁にはいかなるレジスタンスは蹂躙され、根絶やしにされてしまうことに間違いない。
ミジューラはいつになく焦りながら、実験記録の日付を見つけるべく躍起になって探し回ったが、あっけないほど答えは見つかるものである。
「なんと…」
その日付は2年も前を指し示していたのである。おおよそ深淵の槍に配備されるのには十分すぎる時間が経っていたのだった。
研究所に半ば封じ込められている[悪魔]と呼ばれる存在とは何なのか。
「悪魔とは何なんだ」
少佐は担当研究員に質問を投げかける。
「言葉通りだよ、一度見りゃわかる。…そいつは地下深く、鉛の扉に封じ込められている。警備してるアーマーが一人やられてからはそいつを経由していろいろ研究をしている」
「悪魔はありとあらゆる生き物を乗っ取って上書きすることができる。どれだけ意識を保とうしても無駄だ」
いくら揺さぶってもあいまいな答えしか出ないが、それでも冴島は問い続ける。
「どうやって乗っ取るんだ」
「簡単だ、周りにいればいいんだ。そうすればどんな奴もあいつの人形になり果てる。だから鉛の扉で封じ込めちまう、外に出れないように。だけど一度人形を操っている以上、乗り換えはできない」
「あいつはそうやって好きな人形をとっかえひっかえしてやがる。資料が見たいんならくれてやる。鉛の扉近くの棚に置いてあるさ。あいつは危険すぎるから機密もへったくれもないのさ」
人の意思を上書きし、意のままに操る。
マインドコントロールよりも確実で催眠のように覚めることのない悪夢を永遠見せ続ける存在。まさに悪魔の言葉に等しい。
【こちらLONGPAT、悪魔の資料は地下奥深くにあるらしい。突入せよ】
【了解、資料確認後、悪の巣に突入、制圧します】
地獄の窯の蓋が開く。
—————
□
帝国陸軍第5兵器実験試験場。
地下奥深くにたどり着いた歩兵チームは冴島の報告にあった鉛の扉を確認した後、付近に本棚があることを確かめると、手あたり次第に調べ始めた。
何の変哲もない一つの書物に記載されていた物事は懐疑的なものであった。
[ 実験試料776取り扱い手順
実験試料776は独房に収容されます。また一日3度の食事を与えてください。
この接触の際には事案によって生じた元警備兵████、現事案生成物01をはさんでください。
また事案生成物01を殺傷することは禁じられています。
実験試料776はジャルニエ県将軍ベラ・ホーディンの三女であるベラ・アントゥースです。██年に軍部より人質として幽閉され、██年に実験試料に登録されました。
実験試料776は特筆すべき魔力干渉型精神操作が可能です。
周囲50mに存在する人間などの意識を乗っ取り、上書きします。
半径を離れる、あるいは集中を断絶することにより操作できなくなりますが、一度書き換わった存在はすべての感覚を喪失し、二度と戻りません。
この際、乗っ取った相手の視界を776は共有することができ、痛覚も減退しながらも感じ取ることができます。
また████の装着によって行動半径を無視することができることが判明しました。]
人のことにも関わらず、マウスやモルモットと大差ない扱いに隊員たちはどう口にしていいかわからなくなった。
そんな中、資料を読みふけっていたミジューラだけがガントレットを鉄がすれる音がするまで深く握りしめ怒りを露わにしていた。
そんな中、部隊を仕切る隊長であるニキータは事態を重く受け止めつつ決断を下す。
「このまま闇雲に突入したとしてもなんらかのインシデントが発生するおそれがある。突入は俺の合流後にしろ」
「了解」
各員、声をそろえて答えた。相手が悪魔だろうが、なんであろうが任務を果たさなければならない。
本能を超えた責務感が隊員たちを動かしていたのだ。
次回Chapter56は1月31日からの公開となります




