Chapter 50.Holy Falkenstein empire Core
タイトル【ファルケンシュタイン帝国の聖なる中核】
——ウイゴン歴6月11日 刻火竜目覚し時
ジャルニエ城で行われた対Soyuz会談を終え、皇太子殿下と親衛隊は帝都に戻っていた。
それから一晩が明け、国の中枢である賢人会議にて結果について1時間後に会合が行われることになる。
軍人であるがため、事実上の次期皇帝の座を約束されてもなお、殿下は極めて質素な生活を送っていた。
軍人たちの楽園を作り上げたにも関わらず、人民の目には「支配者」として映る。
これまでの皇帝同様の絢爛な暮らしを営んでいては政権の支持層である各方面の兵士たちから反感を買う羽目になるだろう。
再びクーデターを起こされることを一番恐れていた。
自らが武力で政権を握ったが故、このような同族に対しての警戒心は人一倍ある。
そんな彼の朝食は将軍や高官の口にするものではなく、一般兵に支給されるパンと少々の干し肉。
父が皇帝だったころは、回廊いっぱいの大きさのテーブルと深紅のクロスが敷かれ、島のような量の皿が並べられることもあった。
従軍して根性を叩き直された今はこのような食生活になってしまったのである。
殿下は専用に拵えた小さなテーブルで石のように固いパンをちぎると、口にゆっくりと運び、しばし咀嚼する。
こういった時に限って自分の世界に入り込んでしまうため、彼は昨日のことを思い返していた。
Soyuzという組織はまるで性格がないように感じていた。
隣国や他国の代表と会合する機会がある。
その時はお国柄というものが必ずしも出てくるもので、帝国に対しての嫌悪や好意、そして裏の思惑。
だがSoyuzにはそれがないのである。
まるで水流を受けひたすら回る水車や作物を無限に食らいつくす害虫のように。
その上ジャルニエを瞬く間に制圧せしめた戦力といい、異質であることを認めざるを得ないだろう。
そこまでは見えているがあの強大な力を退けることができるのだろうか。
彼にとっては一番の気がかりである。ジャルニエ城は比較的アーマーナイトの割合が多い部隊であり、将軍も無能ではない。
それを正面から破るような連中をどう対処するのだろうか。
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殿下は答えのない回問答をしながら朝食を終えると、すぐさま議会へと足を運ぶ。
左右には護衛のジェネラルが付き、より一層ものものしさを増している。決まった人間しかつけないもの彼の異様なまでの警戒心を物語っていた。
今の帝国において議会は軍部の操り人形といっても良いだろう。
ならばその軍部の意思決定をする部門は一体どこに存在するのだろうか、当然のことながら軍人たちの暴徒的意見ではない。
少なくとも教育を受け、実績を上げた人間でなければ国のかじ取りはできないだろう。そうして帝国を陰で操るのが賢人議会である。
議会員になれるのは8人だけであり、その選ばれた座席に座ることができるのは魔道省のトップ、または高官であるか、優秀なモガディシュ系の残党将軍。
それぞれ物資の生産・加工・治安維持などに関わる人間であり文字通り国から選ばれたエリートである。
皇帝による統治では行き届かない、きめの細かい場所まで最適化ができ、今日の急速な発展を支えている。
しかし最近では、反政府組織の発足により皇太子と一部の議員を除くメンバーにはジェネラルの使用する新式鎧の着用が義務付けられており、情勢に振り回されることも多い。
殿下とその護衛は議会の隠された一室の前にまで来ると周囲を確認すると、護衛が扉に設けられた穴に槍を突き刺して鍵のように回した。
そうして重々しい装甲のように分厚い扉を開く。
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内部は窓が存在しないにも関わらず魔力灯のおかげで昼のように明るく、中央には装飾された円卓が一つ置かれているだけである。
既に他7人も来ていたようで、会合の結果を心待ちにしているようだった。
皇太子は言いしれない気まずさを隠しながら座に就くと、紫の大鎧を付け、頬杖をついた男が口火を切る。
「殿下、昨日行われた反乱分子集団の懐柔についてですが。進展はございましたかな」
冷ややかな政治的な一言がたまらなく皇太子に対して突き刺さる。残酷なことに結果を報告しなければならず、彼は重い口を開いた。
「それでは結果を報告する。ジャルニエを制圧した組織はSoyuzと言う傭兵集団である。またジャルニエ譲渡を条件に内政不干渉を提案するも拒否、宣戦布告を確認した」
「以下これら傭兵集団は違法反政府集団と認定し、その排除を行うことに決定した。優先度を特級とし、最優先で排除する意向を決定した。今後は各県将軍及び拠点においてもSoyuz所属と思しき人間をすべて排除するよう勅令を下す予定である」
その言葉に周囲はざわつく。
反乱軍の派生と思われていた雑多な集団が組織めいて行動した挙句、帝国に対して宣戦布告を行ったからである。
ガヤで満ちた賢人議会だったが、紫の鎧を付けた男は毅然として殿下に詰め寄った。
「それはそれは。必ずとも交渉は成功しないものは良いとして。殿下、貴公の立場をわかっていて、我々の監視なく勅命を出すつもりなのか。次期皇帝の座にあるとは言えつけあがっては困りますな。身の程を弁えては如何なものかと」
男の発言に対し、他の大鎧を着た男も食って掛かる。
「私としても同じ見解であります。殿下は一兵卒故に存じ上げぬやもしれませぬが、無作為な戦争は身を亡ぼすだけ」
「むやみやたらに戦争をしては、生産体制やその後の尻拭いのこと。
次の段階に移らねばならないことを考えると、ジャルニエの反抗分子の懐柔が必須だったのではないだろうか」
そんな中、ローブを身にまとったダークマージが異を唱えた。
「ほほほ、どのみち蛮族と話をつけるだけ無駄なこと。わしとしては帝国の力を見せ、和平に持ち込めばよいこと。何も目先にとらわれる必要などない」
「何より、我々魔道省の最新技術によって生み出された兵器を投下する絶好の機会。いかんせん反乱軍の雑魚どもに使うには惜しい代物。殿下はそのまま強硬路線で結構。」
ダークマージは狂気に憑りつかれたかのように持論を展開するがここはあくまで国の舵取りを行う場所であり、リアリストの集まりである。すぐさま彼に対して反論が飛んできた。
「ファゴット司祭。その意見を踏みにじることになりますがここは賢人会議の場、そのことはお控えいただきたい。交戦するとしても兵力や資源は無限ではありません」
「殿下も尽力なさいましたが、傭兵集団にそもそも交渉など不可能だったのでしょう。今後は反乱分子を押し返して和平を突き付けるのが最もでしょう。」
その言葉を投げかけたのはユンデルであった。
若くして深淵の槍専用装備ユンデル式装甲を開発した第一人者であり、魔具に関してのエキスパートと言っても良い。
彼の存在こそが年功世界だった帝国を180度翻し、才能あるものが上にいく世の中に変貌した象徴なのだから。
交渉の決裂が報告され混乱し続けていた賢人会議も時間と意見がまとまるにつれて、次第に混乱はおさまっていった。
そんな中、多くの見解は
【殿下の懐柔の失敗により違法集団との全面戦争が訪れ、その責任を取り皇太子は他県城に過去のナンノリオン県将軍同様、特定動乱人物として他県城に捕縛されている皇族と共に幽閉措置が取られる】ことが可決された。
残酷極まりない決定に対して殿下は何も言うことなく承諾し、次の議題に移ることになった。
問題はSoyuzが帝国領土に深く侵攻された場合、どう打開するかというものだ。
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会合の途中で殿下は議長である紫鎧の男によって退出するように指示を受けていた。
議会ではその長が絶対。
基本的な振る舞いが軍隊的である議会では逆らうことは許されないのである。
扉を警邏するジェネラルは重い兜を動かしながら与太話をしていた。
「ふと思ったが転属になったら面倒ごとが増えるぜ」
「そりゃあないだろう。殿下の付き人だぞ?普通に考えて帝都から離れられないだろう、普通。」
そんな他愛もない話をしていると、内側から扉が開こうとしていた。
彼らは慌てて扉を開けると、殿下が出てきたのである。
会議は続いているはずにも関わらず。
それに加えてどこか陰のある表情をしており、何かしらがあったらしいがそれを聞く権限は護衛のジェネラルには与えられていない。
マーディッシュは責任感とSoyuzに対抗する意思を表し続ける賢人会議にいら立ちを感じていた。どう見てもまともな相手ではないし、既存の作戦で対応しようというのだ。
だからと言って自分の権限では意見を上げることすらままならないため、悶々としたいら立ちが立ち込めている。
何が賢人会議だろうか、たかだか高官のなれ合いの場ではないだろうか、それのついでに政治を決めているに過ぎない。
薄々は感じていたがここまで醜いとは想像していなかった。ヤケを起こしてSoyuzに対して情報を向ければあの恐ろしい深淵の槍が自分に向くことになるだろう。
どうしようもない葛藤に挟まれ、彼は思わず思いきり拳を握りしめる。
「いかがなさいましたか」
護衛のジェネラルは殿下に様子を伺う。下っ端の護衛にできることは同情だけである。
「いや」
皇太子殿下はただそう言うと、一言も発することなく執務室へと戻っていったのである。
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——ウイゴン歴6月8日、日が頂点に登る刻。
賢人議会が行われる傍ら、ダース鉱山シルベー県側では別動隊が活躍していた。
標高は頂上の1400m付近ではなく350m付近とふもとに近い場所にて、帝国陸軍第14中隊が逃亡鉱夫の追跡任務にあたっていた。
日に日に生産ノルマが厳しくなるにつれ逃亡兵が増え続け、採掘ギルドの持つ奴隷ですら逃げる有様で、生産効率もがた落ちしていた。
そのためわざわざ軍が派遣されたのである。
「少佐、連中を捕縛しました。見せしめに一人を殺しましたが、どうしますか」
逃亡労働者を捕縛したバトルアックスを手にした勇者が少佐と呼ばれる男に報告を上げる。
背後では逃げだした奴隷が恐怖で歯をガチガチと音を鳴らしており、付近には惨殺体が転がっていた。
見せしめのために殺したに違いないだろう。
「任務ご苦労。両腕切断、左足粉砕、腹部に大きな刺傷、頭蓋粉砕。良い見せしめの作り方、上出来だ。しかしシルベー将軍は何をやっている。このままでは見せしめがなくなるぞ」
「ノルマは見たが人民の使い方がなってない。だから実戦経験のない貴族上がりはダメだ、生かさず殺さずをわかっていないからだ」
死体をまるで料理の採点の如く見下ろす男こそ部隊の指揮官、サルバトーレ少佐だ。
帝国軍では剣を使う上級兵種として勇者が存在している。
剣・斧・ハンマーを使うあらゆる状況、敵に対してのプロフェッショナルである。過去の神話に出てくる英雄になぞらえて彼らはそう呼ばれていた。
サルバトーレ少佐は武器をしまうと恐怖に支配された奴隷たちに腰を落とし目線まで合わせてやると冷淡に告げる。
「さっきのは尊い犠牲だ。知っての通り、お前らのような逃亡する連中を連れ戻すためにここに派遣されてる。だが、俺は皆殺しにするほど悪魔じゃあない。将軍にノルマ改善するように提言しておく。仕事は誰だって軽いほうがいいからな。」
そんなとき、別の兵士がやってきた。別の報告があるのだろうか何か様子が妙である。
「少佐、ゲルリッツ中佐率いる第4竜騎大隊と山頂航空基地が壊滅したという知らせが入りました。また中佐は撃墜されたと思われます」
兵士は彼に向けて小声で伝えたのだった。よりにもよって英雄が指揮する部隊が、である。
加えて司令官が撃墜されたという知らせも加わって絶望的に思えたがサルバトーレ少佐は顔色一つ変えずに報告を聞くと、兵士にむけてこう返す。
「例の反乱軍がここまでやってきているのか。ジャルニエが抑えらえれた以上そろそろ来る頃合いなのは想像つく。——策を考えねばいけないようだ、今までの農民狩りとはわけが違うぞ。」
少佐はなおも続ける。
「竜騎兵は撃墜されればまぎれもなく死ぬだろう、それはまともな人間の場合だ。
堕とされたのがゲルリッツだということを忘れるな。ヤツは帰ってくる、でなければあの山で大将なんてしてない。殺しても殺せないさ」
その眼差しは確かな旧友に対する信頼が宿っていた。その様子を信じられないとばかりに部下は再び彼に問う。
「——救援は出さなくても良いのですか」
「やめておけ、撃墜くらったあいつは機嫌が悪い。——威力偵察班を編成する。そろそろ冒険者ども嗅ぎつけてくる頃合いだろう。敵を見極め、冒険者で実験した後に仕留める。」
Soyuzの部隊がいる山の反対側では別の思惑が動き出していた…
次回Chapter51は2021年1月2日10時からになります




