Chapter 45.The Alien mountains and Witenagemot
タイトル【賢人会議と異界の山】
Soyuzは一日という長丁場になりながら県の中心であるジャルニエ城を制圧し、事実上ジャルニエ県を手中に収めることに成功した。ロケットランチャーの直撃でも致命傷を与えられない火竜と火力支援が受けづらい屋内制圧戦での熾烈な戦いの先に迎えた勝利だった。
それに並行して工事が行われていたハリソン‐本部拠点間を結ぶ貨物線も簡易ながら軌道が敷設され試運転も行える状況となっておりジャルニエを中心にSoyuzの基盤を構築することができた。
帝国に無事定着した今、地の利を得た敵軍側に追い詰められた挙句引きはがされて撤退するという事態は最小限に抑え込むことに成功し今後の依頼遂行に関しても良い足取りを取っていたのだった。
その一方で、帝国側はSoyuzに脅威と見ていた。反乱軍とはまた違う未知の集団によって軍事要塞化した市街と城を制圧されたためである。
このまま国の舵取りである賢人会議の面々は樹立した新政権を揺るがす可能性が高いと判断し、外交役であるマーディッシュ・ワ―レンサット皇太子殿下を派遣することで懐柔を図った。
帝国側はジャルニエの譲渡を認める代わりに内政不干渉を要求したが、依頼を遂行するSoyuz側としては依頼の遂行を優先するために侵攻すると宣言。平和的解決が音を立てて崩れ、全面戦争という血泥を纏った手が地獄の底から這い出てきたのである。
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そんな最果てのような夜は終わり、朝はやってきた。人が死に、そして生まれ、あらゆる理不尽が襲い来ようとも自然の摂理は変わらない。
ジャルニエ城向こう側に存在するダース山は古来より生き物がよりつかぬ霊峰と知られ、数百年前から鉱山として利用され膨大な軍拡を支えている帝国の要所である。その神々しさのためか頂上には聖堂が設けられている。
当然ながらそれだけではなく、聖堂付近には鉱山を守るため山肌を加工した空軍基地が敷設されている。
一晩明けた明け方、そこに所属する兵士の話題と言えば昨夜発生した巨大な爆発のことばかりであった。
当然ながら聞いたことのない耳障りな低音と共に爆発音が観測されたことは事実であるし、現場を調査するように指令が飛んでいた。
岩肌が無機質に露出した天井につるされた魔力カンテラが煌々と明かりを届けているなか兵士たちが朝食を取っていた。昨日のこともありガヤが勢いを増すばかりか収まる気配すらない。
「誰だよ今日の偵察役は。俺はパスだな、目に悪い体に悪い、それでいて中佐の機嫌に触れるのもごめんだ」
ある兵士が角材めいた硬さと水分のなさを兼ね備えた食べ物とはおおよそ言いたくもないパンを口にしながらそう言った。
「わりぃ、俺もだ。アイツみたいに中佐の機嫌取りをしたくない訳じゃない。槍が使ってないんだか知らないが錆びてきちまって。」
兵士たちは職務の押し付け合いをしていた。偵察というものはリスクがあるものである。撃墜されるリスクも高い。決まってこの役回りは悪性化した遠慮の塊であるのだ。
そんな時岩肌に直接記された偵察当番を見ている兵士が思わず顔をしかめた。
「おいクソが、マジかよ。何か知らんが体調が悪いときだっていうのに。中佐のご機嫌より俺の体の機嫌が大事だけどなぁ。何が面倒って中佐の説教がくどいし長いからな…」
当番は彼の日を示していたのである。寝起きから体調が悪いため誰かに擦り付けようと考えたのだが根性の塊である司令官にそれは通用しない。怠慢だとかなんとかとこじつけられ気が付いたら日が暮れるまで説教をされたという話すら聞いている。なんと恐ろしい話だろうか、どうやら事実らしい。
いくら前の戦争での英雄だからと言って説教が長い英傑などいてたまるものだろうか。重い体を揺らしながら糧食であるパンを受け取るとそのまま頂上の昇降場へと足を運ぶのだった。
「朝から腹具合は悪い、頭も痛い。おまけに現場の下見ときた。厄日だ、そうに違いない。」
発着場についた竜騎士は髪を手でぐしゃぐしゃと掻きまわしながら愚痴を垂れる。ずきずきと頭が痛む時に血が跳ね上がる飛行はしたくはないが、ここの司令官であるところの中佐の命令は絶対である。一兵卒ごときが体調不良と言う理由で出撃命令を拒否できるわけがない。どうあがいても絶望であった。
最近冷え込んでいるというのに山の頂上は輪にかけて酷く、極寒のようである。いくら空の寒さに耐えられる飛龍とは言え、体を縮こませている有様だ。
発着場近くに建てられた管制塔に警邏兵が昇り出撃用の青い旗を立てると竜騎兵はワイバーンにまたがると強めに離陸するように足で蹴飛ばして指示を飛ばす。
竜は少し渋ったが、それでもなお力強く羽ばたくと塵のようにその体は宙に浮き空へと舞いあがったのだった。
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この山の頂から下に下るときにはひどい濃霧に悩まされる。どうやら魔力湖ショゼール湖が生み出したものらしいが、なんにせよ視界がつぶれるというのは飛龍乗りにとって不安でしかない。
そんな中でも縦横無尽に空を泳ぐゲルリッツ中佐の気が知れないものである。霧を振り切ると山道が見えてきた。命令によれば音は基地西側にあるこちらから聞こえたという。
そして爆破地点を探すため高度を落とし飛龍に徐行をさせながら辺りを探し回る。藁の中に針金でも放り込んだかのように見つからないかと思ったがその痕跡はすぐに見つけることができた。
「クソッ、まともに道が使えやしねぇじゃねぇか。いやだぞ俺は旧道使うのは」
偵察竜騎がため息交じりの悪態をぽつりと空に浮かべた。
何にせよ偵察するヤツというのは最悪の光景をしばしば見ることが多い。今日もその例に漏れないらしい。登山道が地滑りでも起こしたかのようにぽっかりと抜けているのだ。魔道でもこの芸当はそうそうできたものではない。
復旧できる限度をはるかに超えており、登山道は廃止せざるを得ないだろう。古い道は坂が急で体力を持っていかれる上に回り道をしていることもあり煩わしさは増すこと間違いない。後々になってから事の重要さが浮き上がってきた。
もう、山から逃げることは叶わない。
空とは相反する地面の中。空軍基地司令室では司令官ゲルリッツ・ハイマイン中佐が執務を行っていた。定期的に偵察に出している兵士の報告では、ジャルニエの城が謎の旗になっていたことが妙に引っ掛かる。
隣県将軍ベラ・ホーディンは気高く真面目な男であり、悪ふざけなどは一切しない性分である。旗が挿げ替えられた以上、反乱軍が制圧したと考えられる。
さらにその兵士の報告には続きがあり、見たこともない文字が描かれているというのだ。ガビジャバンの連中が立てるようなものではないと断言している。いくら品のなく下劣な反乱軍とは言え、もう少しセンスのあるモノを掲げるに違いない。
そう考えると[未知の外部勢力]がすぐそばに迫っている、ということは理解できた。だがその実態はつかめないでいる。手がかりは昨日の耳障りの音だけと尻尾すら触れられてはいないのだ。中佐の考えは堂々巡りを繰り返す。
そんな時、ついに現場から偵察に出した兵が帰還したらしいという一報が入ったのだった。
「偵察ご苦労、状況を報告せよ」
中佐は報告に来た竜騎士に対し労いの言葉をかけると、真実を見てきた彼の光景を聞くべく待っていた。すると彼は淡々と事実を離し始めたのだった。
「はっ。新山道の方面が地滑りを起こしているかのように崩落していました。路盤が流失しており橋を架けるのには時間がかかるかと。幸いにも旧道には損害がありませんでした。敵影及び地上には敵を発見できず。以上となります」
ゲルリッツは思った。これは紛れもない敵対組織による妨害行動だと。不穏な情勢に傾きつつある昨今、修復に時間が掛かる陸送用新山道は一旦放棄し旧道に切り替えることにする。だが彼にとってやるべきことがあるのだ。中佐は竜騎士に対してこう問いかけた。
「——昨晩空から観測されたあの音と、この関係についてどう思う。」
すると身をわきまえた兵士は素直に自分の無知を報告したのだった。戦う兵士がいるならばそれの頭脳となる司令官がいる。軍とはそれぞれの仕事を分担しているものである。
「私は一兵卒の身、そのようなことは…」
「わからないか。山道はいわば我々の生命線、私が考えすぎと思いたいが、ここ最近反乱軍も台頭している。ジャルニエの城が陥落した可能性もあるという報告も聞いているだろう。そうした場合次狙われるのはここだ。その先手として寸断を図ったに違いない。
相手が死に絶えの国賊共とはいえこれは事実だ。得られた情報を分析し、それを基に手を打つ。どのような戦いでも通ずることだ。私の部隊に居る以上心がけてほしい。
——まぁいい、直ちに基地全ての飛龍射出器を再度点検整備せよ。これから酷使することになるのだからな。続いて頂上の発着昇降場のワイヤも同様だ。」
「了解」
中佐はそう指示を下した。皇帝を支配の玉座から降ろし、そうしてできた新しい世界が少しずつ、着実に綻んで行く。濛々と霧は立ち込み、空は鉛色に染まる。天空では不穏な風が渦巻き始めていたのだった。
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彼の鶴の一言で空軍基地設備の一斉点検が行われることになった。
飛龍の発着というものは航空機とは全く性質が異なり上方向に開けた空間があれば蝶や鳥同様に離陸することはできる。
ただしこの基地は山肌を掘り進めた防空壕めいた形を取るため上ベクトルの空間を確保することができない。狭いトンネルでは竜が入れるスペースこそあるものの、羽ばたくだけの場所もない。仮にできたとしても最高速度まで到達するには時間が掛かるために射出器が設置されていた。
使用頻度が高くなる射出器や味方の回収のための昇降器の点検が欠かせない。
特にカタパルトに関していえば魔力で起こした火を使い得られた蒸気を使う最新式のもので、射出速度は高く次騎の発進も苦労なく行える。
その代わりに旧式の木バネを使うものと比較して蒸気配管回りに関する高頻度のメンテナンスが必要となる代物でもある。
戦後ぱったりと使用機会がなくなったため点検頻度は月に一回程度だったが訓練を受けていたものの蒸気式射出器はメンテナンスをするほど使用していなかった。
また昇降器に関しては、吹き抜けにいくらかの滑車にロープをつけた床板に偵察要員を乗せて頂上に上げている簡易的なものだが回収中に事故があっては大惨事になりかねない。
一度基地最深部にあるボイラーを炊き、蒸気をクモの巣のように張り巡らされた配管に通し、漏れがないかの確認と並行してカタパルトの機能確認も行われた。
「あっつ!」
作業を担当していた兵士に蒸気が直撃し、ゆでたエビめいて顔を真っ赤にしながら慌てふためく。工作精度が芳しくない為漏れがあることは珍しくはない。
「漏れ1、ガタツキ4。…とっとと逃げるぞ!」
記録を担当する男がそういうと、持ち場から逃げるようにして退避していった。
異常発生位置は掴めたものの、それを修理することが残っている。それがメンテナンスというものだ。彼らの苦悩は絶えないのだった。
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その一方のSoyuz本部拠点では補給とある機体の搬入が行われていた。
続いて侵攻する場所は山岳地帯ということもあり、対空車両以上の大きさのある主力戦車などでは踏破は困難。
それに空軍基地ともあり歩兵戦力は少ないことが予想される。
三菱重工とトラックで名をはせた日野自動車に脅迫めいた協力を要請し、様々な箇所が現代に合わせ再生産した。半ば建造に近いが。
カバーに東京五輪2020と記された5式軽戦車がロールアウトしたのである。
何故だか[中止だ中止]という落書きが施されているが誰も気にしていなかった。
U.Uに来たSoyuzには比較的ありふれた光景ではあったが、そのたびにクライアントが搬入出口に詰め掛けてあれは一体何なのかの質問攻めをすることもまた日常の一コマである。
「今までとは大きさが違うものですが大丈夫なのでしょうか」
従来のソ連戦車と比べて明らかに小柄な軽戦車に思わず言葉を漏らす。明らかに砲も短いため見劣りは隠せない。その光景を見た整備士ジョンは隣でこう釈明する。
「——あんたか。こいつは今までよりも小さく軽い。T-55とかと比べると赤子のようだろう。こんなの地元に放り出したのなら5秒と持たないだろう、へなへな火力にトリ皮の方がましな装甲…時代遅れの産物だ。だけどこいつは軽いから山に強い。今までのが重すぎて進めない所や小回りが利くから兵士じゃどうしようもなく固い相手に使うらしい。矢とか銃弾であれば盾になれる。」
旧軍の軽戦車は現代にはあまりにも虚弱な存在であることは整備士であるジョンが一番知っていた。内部に新しい無線機をつけようが、暗視装置を装備しようが結局のところ装甲と砲がモノを言う。
「重装兵同様の役割を持つのですね、これジェネラルとして配置するには流石に…。軽くて動ける分、矢や火球等から守ってくれるだけではなく倒すのに苦労するアーマーも打倒せる存在は心強いでしょうに。屋内は特に。——えんじん回りはどうなっているのでしょう。」
時にソルジャーの盾になりながら進撃し強力な足掛かりとなる。
その存在はアーマーナイトのそれと同じである。向こう側に歩兵を脅かす存在に対して盾になれる最低限度が詰め込まれたモノが軽戦車という存在なのだとソフィアは理解したのだった。
次なる疑問はその足回りが一体どうなっていることである。かつて見たBTRとは大きくかけ離れた存在に好奇心が揺れる。
それにこの鎧を打ち付けたかのようなフォルムも何故か親近感が沸くというもの、聞かずにはいられない。そのことを聞いてくれたお目が高い殿下にジョンは食らいつく。
「そうなんだよ。どうもコレ、完璧に再現したらしくてな。その…足回りも。こんな骨とう品の中身が気になって仕方がない所なんだよ。たしか三菱のを使っているとは聞いてるが…。どうせ博物館に置いてあるのは動かない鉄のハリボテばかりだ。動いて戦える代物、めったに見れたものじゃあねぇんだが…。俺の担当外なんだよな、畜生」
Soyuzの補給はさらに進んでいった。軽戦車が試運転次いでに自走していると、その奥からはトラックにけん引されたゼロがやってきた。まるで兵器の博覧会かと疑いたいがこれは全て現地で使われるものである。ハイテク兵器というものはコストが必然的にかかってしまうものであり、Soyuzの懐は無限ではない。
その点を考慮してか権能中将はコストパフォーマンスの高い兵器を導入したのである。
「オーライ、オーライ。此奴高いんだから、傷物にするんじゃあないよ。」
搬入口に作業員の男が誘導している大声が響く。ゼロ等はトラックでがさつに牽引されていたが専用の牽引車が付いている辺り、それとは明らかに異なる体制である。
その白で埋め尽くされた向こう側から突き破る形で現れたのは、首長竜の如く首を突き出し、背中は人間の背中のようにわずかながら湾曲した姿を持つ機械化ワイバーン、Su-34だった。
機体は全て青空をそのまま映したかのような青と白が混ざり合った色で塗られ奇怪なプロペラもない姿にソフィアは釘付けになった。
「あれは…竜でも参考にしたのでしょうか。」
「空気の流れを参考にしたのさ」
不穏な空気を漂わせつつ、Soyuzの補給はなおも続く。弾薬、燃料。戦いを維持するためには膨大なカネとモノ、それを動かす人間が必要である。その準備を終えたのならば狙いは一つ。ジャルニエ城の向こう側に広がる霊峰、そこに存在するという帝国軍基地である。
次の戦火は、近い。
次回Chapter46は12月5日10時からの公開になります




