Chapter42. The day the rook was taken NEXT
タイトル【ルークが取られた翌日】
その内容は直下の部隊を引き連れてジャルニエの城へ視察にくるというものだった。
肝心の城は改修工事がSoyuzの手によって日夜行われている。目が節穴で出来ている人間から見ても外部勢力と結託していることは火を見るよりも明らか。
しかし彼女は、Soyuzとの関与を隠滅する気等さらさらない。
監視の目から逃れ、深淵の槍に追跡されている時点で落命したのと同じこと。
今さらこのようなことで揺れ動き赤ん坊のように泣き叫んでも何も解決しないだろう。
何もそこまで自分は愚かではないが、錯乱が隠せない状態で国を揺るがす判断はあまりにも無茶である。
父上ならばどうしていただろうか。何故自分にはこのような機転がないのだろうか。
ソフィアは自身の無力さを心底悔い、そして思い悩んだ。
元を正せば一族のいがみ合いがこのような惨劇を生んだのである。それすら解決できないのだから。
現時点で最高の政治決定権を握るマーディッシュ・ワ―レンサットから送られた視察の要請は殿下からエイジに伝えられた。
彼は知識では知っていたが手腕を振るったことはない。そこで下手な助言をするのではなく、彼女をそっとハグするだけに留めた。
逃避しても残酷にも現実はそこにあり続けるものである。エイジは考えた、この状況を打開する手段はないのだろうか、と。
こうして行きついた結論は、何も自分らだけで抱え込むのではなくSoyuzらの知識を借ることだった。すぐさま報告する、何事においても重要なことである。彼はそう思い立つとすぐさま中将と少佐にそのことを包み隠さず全て報告した。
そのことを把握した中将はエイジを司令室に呼びつけると、彼に対して重戦艦めいた体から出てきた不安を感じさせぬ重量的余裕を保ちながらこう言った。
「——事態を抱え込むのは良くないことですな。報告が上がってから政治的動向があるとは思ってましたから、既に手は打っております。だろう、冴島よ」
権能は脇に控えた冴島に対して話を振ると、少佐は淡々と手打ちを明かしてゆく。
「ええ、敵襲に備え早期警戒機を24時間体制で飛行させております。敵が空からやってくる場合はこれで察知、戦闘機を発進後に撃墜します。地上からの侵攻に関しては同様の体制で監視しすぐさま出撃できるよう準備を終えています」
その報告が終わると中将は話を継ぐかのように話を続ける。
「——それに代表との会談だが貴女にはやや荷が重すぎることは重々承知している。俺と少佐がSoyuzの窓口になろう。不要かもしれないが念を押しておく。
会談こそ俺と冴島が買って出るが、殿下も代表と出てもらうことになる。我々はあくまでも力であって頭ではないからだ。」
そのことに対しクライアントは静かに眼を閉じて決心すると
「発端は私ども一族のこと。いかに荷が重かろうと、それは帝国に関わらない言い訳にはなりません故。——兄は竜騎兵でしたから、来るのならば空からやってくると思います。」
16の年端もいかない姿とはまるで思えぬ鋼鉄の意思表示を中将は受け取ると、冴島に地上部隊の準備を終えるように命じると、再びSoyuzが動き出すのだった。
「この[軍民対話]まで持っているとはな。皇帝から引き継いだ…ちょうどマーディッシュ年1年の冬頃だったかな。人民目線で軍部に対し卑劣な嫌味をまき散らすような本だと聞いているし、運よく読めたが内容は言うほど面白くない。この時点で罰せられるべきだが軍の目に留まって書いたやつは即座に部隊が送り込まれ軟禁されて発刊されなくなった。多く燃やされたとも聞いたなぁこれ。貸本屋でも高いから困りものだ…
——これ、言うほど軍に対して嫌味を言ってるのか?どう見ても愚痴にしか見えないんだけど。」
無数に積み上げられた本を読みながらチーフであるガリーシアは学者連中に押し付けられた本を時折読み聞かせる傍ら自身もかねてから読みたいと思っていた書物を忍ばせる。
「手が込んでるなぁったく。焚書どころか著者を豚箱にぶち込むとは丁寧極まりない、アフターサービスまでついてるなんてな。こいつの題名はなんて言うんだい。文字がからっきし読めないんでね」
彼女が愚痴に近い感想を駄弁りながら、学者が渡した本を受け取るとタイトルに目を通す。するとお気に入りの文字の海を波乗りし、そして渡された伝記の題名を読み上げる
「こいつは…[異界は未知鉱石板と共にあらん]か、読んだことくらいある。昔の神話だ。…今すぐその内容が知りたいようだから略して話そう。
ここら辺にクレソンとかを持ち込んだのは違う世界から来た人間がここに舞い降りたからだ、なんていうのがまとめられてる。それだけを集めたようなものだ。それぞれがはるか昔に起きた事実を纏めてあるんだからたまったもんじゃない。」
チーフはつまらない映画でも見た後のように内容を語りだした。
異界からやってきた人間が何かを持ち込み革命を起こした、英雄碌をまとめたものらしい。それに対して本を渡した張本人は既視感を抱きながらこう返す。
「そんな本ならうちの地元には酔っ払いが吐いたゲロのようにあるとも。ただしこれがある実例を元にした神話なら考古学的エビデンスになりえるだろう。回収しておこう」
ジャルニエの城での略奪に近い資料の回収はまだまだ続く。これも翻訳と文法の解読が終わるまでの辛抱、書物庫に膨大な本が返却されるには学者たちにかかっているのだから。
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□
その頃、ファルケンシュタイン帝国の首都ティーベスでは翌日のジャルニエ県郊外にある未知外部組織を視察の際に随伴するドラゴンナイトを用意するべく、空軍基地では飛龍の健康状態確認とその点検が行われ翌日の飛行に備えていた。
また官邸では帝国の代表であるマーディッシュ・ワ―レンサットが元モガディシュ首領たちや魔導省のトップとの会合を終え国家安全保障委員会からの報告に目を通した後、翌日に控えた反政府勢力視察に向けて身なりを揃える。たとえ敗戦国ガビジャバンであっても当然の礼儀である。
そんな中彼はふと脳裏に今までの報告が浮かびあがる。
国境であるハリソンの陥落、そして先日にはジャルニエ県そのものが逆賊の手に堕ちたというのだ。巨額の軍備を投じて教育を施した膨大な数の兵士がいるにも関わらず、帝国領土の一部を容易く占領されたのだ。それも根絶寸前の反乱組織群に。
ジャルニエ自体が隣国との距離が近いことやこれだけの力を持っている以上帝国の脅威と認めざるを得なかったのである。会合の内容もそのことで持ちきりだった程である。
一体誰が敵対勢力を引き入れているのか、その答えは調査結果を見るまでもなかった。幽閉先からハリソン方面に逃亡していた妹の消息が絶えた報告から、いくらか時間を置いてジャルニエ県が占領されたという情報が入ったことを鑑みるにあの女が反乱軍の指揮を取っているに違いない。なんと浅ましい女であろうか。
そう考えながら回廊を二人のジェネラルを護衛につけて歩いていると、全身を司祭のローブで覆った男が守衛に止められることなく彼に近づいた。
「陛下、翌日の視察のことでお話がございます」
魔法省の高官であるマクガフィン・ユンデルだった。マーディッシュとは古くからの間柄の人間で幼少期からの付き合いがある人間である。この地位まで上り詰めたのは皇族のコネではなく本人の能力である。マディは周囲を確認するとユンデルに対してこう返した。
「非公式な場では昔のままで良い。お前と私の間柄だ。」
その言葉に一礼するとユンデルは奇術師めいたフードをまくり素顔を晒すと彼を気遣うように口利きした。
「それなら良いけど。何分得体の知れない連中と話に行くんだ。気をつけておくれよ」
皇帝と魔法省高官との間柄に守衛は思わず見つめあったがマーディッシュは異様な目力を発揮すると彼らは定位置につかされた。
「護衛には腕利きの飛龍乗りを連れていく。それ以前に地上部隊は4日前にジャルニエの城に向かわせている。何も戦いを仕掛けに行くのではないし、第一私は軍人だ。野盗に襲われたとしても返り討ちにするくらいはできるとも」
心配をよそに彼はこう言ってのけた。身をわきまえていることなど重々承知であったが、皇族の息子という立場を払しょくするために軍に入り戦争すら経験した自身には余計な世話というものである。
「ああ。悪かったね。君も立派になったもんなぁ。」
赤い外陰をはためかせ手腕を振るい国家を動かす正に竜のような立ち振る舞い。かつて青二才だった時の彼を微塵も思わせない威厳のある背中になったものだ、と思っているとマディは突拍子もなくこう言った。
「視察後予定を開けておく。マックも同じようにしておいてほしい」
「了解、そっちが仕事を増やさなければね。」
そうして二人は別れ、互いの姿が見えなくなった所でマクガフィンはフードを深くかぶり、マーディッシュは冷徹な眼差しに戻ると回廊を進んでいった。
翌日で懐柔できるか、それとも決裂か。
帝国を揺るがす不確定要素を排除せねば今後の方針に支障をきたすことだろう。
すべてはここに掛かっている。マーディッシュは絨毯を深く踏みしめながら次なる業務へ向かうべく向かっていったのだった。
次回Chapter43は11月14日10時からの公開となります




