Chapter 41. The day the rook was taken
タイトル【「ルーク」の取られた日】
ようやく少佐率いる戦闘部隊がジャルニエの城から帰投する頃、本部基地ではある話題で持ちきりだった。
建設師団鉄道部門によって本部拠点からハリソン飛行場まで急ピッチで行われていた貨物輸送線が簡易的な軌道だけではあるが完了したために他ならない。
いかんせん貨物駅設備や閉塞設備などはこれからではあるが、Soyuz開拓の大きな一歩であることに何ら変わりないだろう。
設備や車両を揃えるまでには数か月を要するが後は仕上げだけであり、大きな問題さえなければ無事開業できることが中将に報告が上がっていた。
そんな中はハリソンでも事は動き始めている。
なんと駐留する調査旅団に対しジャルニエ城書物の接収が命じられたのだ。
何分、こちら側では読むことができない現地文字が解読できる存在を有しており、何かしらの発見があるということでガリーシアを筆頭に海原達学者集団がジャルニエの城を訪れていた。
城の敷地に入る前から辺りには重機が働き溶接のスパークが迸る音だけではなく、まるで道路を舗装しなおしているかのような轟音が四方八方から鳴り響く。
まるで文明の上塗りのような様を見た学者は嫌味を吐き捨てる。
「派手にやってくれたな…」
それに海原は同意するようにこう言った。
「さっさとやろうじゃあないか。ここの美しさを持ち帰ろう。全部シリコン文明に上塗りされて台無しにされる前に」
海原は額に手のひらを乗せて髪をぬぐうとそう言いながらジャルニエの城へと足を向けていった。
後に続いて学者たちはまるで遠足に来た子供のようにディスカッションをしながら歩いて行ったが、ガリーシアだけは気まずそうな顔をしながらその後を追う。
帝国の敵に近い立場になって故郷を侵略するような罪悪感が彼女の中に渦巻いていると、学者たちが持つ端末を基に書物庫へと向かっていくのだった。
「観光で来れるとよかったんだけどな」
敷地に入るなり、ある学者は無碍に穿り返された中庭を見て眉をひそめる。
航空写真で見た整った様子はなく、近くの塔は火災で真っ黒な煤が窓にへばりつき奥の物は壁が破壊されていた。
どのみちセンスのかけらもないモルタルで埋める気なのだろうが、それが余計に彼らを不機嫌にさせている。
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Soyuz共通端末ソ・USEに受信させた城内図をタブレットに転送して展開させて書物庫の場所を突き止めると、調査旅団は戦火の爪痕が色濃く残る塔へと歩みを進めていく。
死体は片付けられ火葬が済んでいという話は聞いていたがそれでもなお血の残臭が残っており、吐き気を催すメンバーもちらほら。
そんな中場慣れしたように淡々と歩いていくガリーシアを見ると学者連中はどこか異様さを感じていた。そのうちの一人が彼女に対してある報告をすべく話かける。
「チーフ。気分を崩した内藤が外で休んでいるということです」
それに対しガリーシアはまるで人を殺しかねないような顔を向けるとこう答えた。
「新兵ではよく——いや。そうか、違ったんだったな。欠員1で作業を始めよう」
彼に向けられた視線はただのチームメイトではなく部下への冷たいものであった。そのことを了承すると書物庫へと足を踏み入れたのだ。
この帝国においては書物一冊といっても非常に高価である。
貸本でもない本が持てるということは富豪が持つ一種のステータスとも言えよう。
まるで古の図書館のように本棚が林のように並び立ち、それを守るかのように頑丈に作られた城内書物庫はまさに富の象徴。
今までディスカッションをしていた学者たちは餌を求める雛鳥めいてガリーシアに対して質問を浴びせる。
「チーフ、一つ問いたい。ここでの本の価値は一体どれほどのものだろうか」
その質問に対して適当な辞典を手に取りながらこう答えた。
「…例えばこの[飲み屋のタネ]という題名の本。ずっと貸本で読みたかったコレ。これだけでも良い鍛冶屋が鍛えた剣が15本買えてしまう。半年は暮らせるような額だ。…なんだか腹が立ってきた、貸本屋をハシゴしない借りれないモノがここにあるなんて」
学者に詰め寄られることについに慣れてきた彼女は適当な椅子に腰かけると、人目を気にせず辞典めいた本を読んでいく。
すると海原も適当な本を手に取るとこう感じた。
自分にはこの本の内容は何が書いてあるのかは理解こそできないが、ここで発想を転換する。
こいつの存在意義は一体なんなのだろうか、と。
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至極当然なことに立ち返ってみよう。
書籍は文字を解読し、文章を理解して初めて理解できるものである。
識字率の極めて高い国家に居るが故、この疑問に至らなかったのは非常に愚か極まるが、自虐するよりも推測するのが学者の性。
この料理のタネという題の本は大衆向けに作られたものなのだろうが、その大衆は文字が読める事が大前提である。
文明レベルが中世時代にも関わらず多くの民衆が文字を読めるのだろうか。整理された状況が謎を呼び、それは疑問へと昇華した。
それを基に海原はチーフに向けてこう尋ねた。
「しかしなチーフ、その本は民衆が読むことを前提にしているのだろう。貸本屋があるということは当然多くの人間がその本を目にするが…その、読むことができるのか?私たちの世界では何千年も長き間、普通の身分は本が縁遠いものだった。ここでは文字が読める人間は多いのか?」
他の学者たちも少なからず識字について知りたいのか、周りの学者は学会の質疑応答のように黙り込んで答えを待っているとガリーシアはページをめくりながら淡々と答えた。
「読み書きは大体初等学校アイヴェンで身に着けられる。大体の人間はここで農民の仕事の何某を叩き込まれる。貴族出で金があるとか、軍人志望の人間は高等学校ツゴールヴェンタンでより高いレベルの教育を受ける」
「私なんてそこの出だったが今じゃもう士官学校となんら変わりがなくなってる。昔は魔道具を作りたかったんだがなぁ。——運命があるとは信じてたまるものか」
私情が色濃く反映された独白しながら彼女はページに視線を落とす。
助成金が下りない学者同様、行く宛てもなく彷徨う人形のような様相だった。
成り行きは違うとは言えガリーシアと学者連中は同類なのである。
「まだ質問はあるのだろう。なければ私個人が読みたい本を好き勝手漁らせてもらうよ。読み聞かせくらいには応じるが」
念を押すかのように彼女はそう告げると、文字と文章の世界に没頭していった。
学者連中はチーフの様子がおかしいと思いつつも、指示に従いあらゆる本を机に積み上げると、そのページに含まれる文字を単離してゆく。
よく見るとジュースを溢したような文字には微妙ながら差異があり、丁寧にそれらを記録する。
非常に地道で華のない原始的作業に見えるが、始めなければ言語解析のスタートラインに立つことすらできないのである。
調査が進むにつれて、次々保存される予定の書物に糸目がつけられていった。
文化の次は歴史について調べるべく、学術旅団メンバーの一人が何の変哲もない分厚い書物を手に取る。
「…なんでこんな代物が残ってるんだ。これだけ本があれば検閲するのも骨が折れることくらいわかってる、よりにもよって…」
六法全書のように分厚い書物をチーフに見せるなり目が点になった。
それもそのはず。検閲された痕跡のないジャルニエの歴史書だった。
思想を調整するため、大幅に湾曲され隠ぺいされたものが置かれていることが多い帝国において修正が加えられていない書物は大変に貴重な物体である。
そんな貴重な一品を前にガリーシアはページをめくらない理由などない。
「なんだよコレ、知らないぞ!ジャルニエで反乱がいくつも…」
その凄惨な内容に思わずたじろいだ。
ジャルニエではいくども反乱がおきていたとのことだった。それからというもの、この地を治める将軍には必ず子供を人質に出すようになったという。
最も、自身が出動したはずの反乱鎮圧もなかったことにされていることに関して言葉が出なかった。
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衝撃的な文章の発掘に際して学術旅団のメスが封印された書物庫を切り開いていく。
その傍ら、ハリソンに届いた一通の手紙は国書と判明した。それでもなおX線検査に通された後厳重に保管され宛先へと向かう。
非破壊検査によって内部に爆弾等が仕込まれていないことが既に分かっていたためその封書は長い旅を終え、ソフィアの元へとたどり着いたのだった。
彼女は少佐からペーパーナイフを借りると封書を小綺麗に開封し国書を読み始める。
一体この国書はどこから送られてきたものなのだろうか。
答えはシンプルかつ残虐なものであった。すぐさま宛先へと視線を移すとソフィアは驚愕した。
帝国をおぞましい姿に変貌させた張本人であるマーディッシュ・ワ―レンサット。その当人から送られてきたというのだから。
確固たる政治を手に入れるため反乱軍の頭となる皇族や皇帝派の将軍を徹底的に排除してきた人間が今さら妹である自身に対してこのような手紙を送ってくるということは相当躍起になって排除を試みようとしているに違いない。思わず取り乱しそうになったが、肝心の内容に目を向けると意外なことが記されていた。
[ 我が親愛なる妹 ソフィア・ワ―レンサットへ。
ハリソンでの生活はいかがなものだろうか。
先日、議会にて今後結成及び存在するあらゆる反政府組織を非合法化する法律に署名をした。
貴公が未知の外部勢力と結託し崇高な次世代に旅立とうとする希望の帝国を転覆せしめんと情報が入っている。
我が一族のよしみ、状況確認のため私はジャルニエの城に親衛隊を引き連れて出向くだろう。
時刻は日が頂点に達する頃である。この事実が杞憂に終わることを願いたい。
新たなるファルケンシュタイン帝国に栄光あれ。
——マーディッシュ・ワ―レンサット ]
次回Chapter42は11月8日10時からの公開になります




