Chapter 4. POWN・GOSE・UNKNOWN
タイトル【ポーンは「未知」へと往く】
ショーユ・バイオテックによって得られたデータはSoyuz本社に極秘で伝えられた。
さらなる調べによって撃墜した飛竜は地球の生命体と偶発的に合致する面は確かにあるものの、種別レベルでのDNA配列ではあらゆる祖先と合致しないという結果が出された。
それを受け、Soyuzは格納庫の先に広がる異次元空間を地球とはまるで違う未知の次元、アンノウン・ユニバースと命名し、無数の建設機械を派遣して調査拠点を建造していた。
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また人間がみられたという報告から、現地文明の理由なき侵略と略奪を禁止すべく事案の秘匿と封じ込めが徹底された。
重要人物を除く、あらゆる人間、それも研究員や現地に向かったSoyuzスタッフ等は一度立ち入れば出ることすら叶わない監獄のようになるほどだった。
二度とコンキスタドールによる暴虐を起こさないためにも、Soyuzは決断したのだった。
かくしてU・Uと現実世界を行き来できる人物、去るところ現地司令官の選定はSoyuz内でも数々の栄誉と忠誠を持つとされる権能中将が選ばれ、彼の指揮下で探索が続けられることになった。
拠点の建造が進みつつある中、権能は会社重役のロッチナにわざわざ本社まで呼び出された。
権能は内部決定を知らされておらず専ら当人は何かしらのコンプライアンス違反を犯したのかと思い込んでいた。
戦艦のように恰幅の良い体をSoyuz本社の狭い通路でたびたび閊えながらロッチナに指定された部屋までやってきた。IDカードを通し、軽くノックすれば
「入ってくれたまえ」
酷く冷たいロッチナの声が扉の向こうから返ってきた。
「失礼いたします」
中将はそう言って入ると、そこには金髪を短くし、ベージュの軍帽をつけた男が座っていた。
緑の眼からは声の通り凍り付いた目線が中将に向けられる。
ロッチナに会うということは大概何か厄介ごとを起こしたこと以外には考えられないからである。
「何、そこまで改まる必要はない。今はコンプライアンスに対して話すのではない。
将校である貴公を立ち話させるのは流石に無礼だ。座ってもかまわない、話は少しばかりこじれている」
その言葉を聞くと、中将は大きな図体を小さな椅子に落とし込んだ。若草色の軍服が擦れ合い、胸の勲章が揺れる。
ロッチナは卓上にあるスイッチを押して扉を閉め、さらにロックを掛けた上でこう続けた。
「それで、要件に入ろう。君は横浜本部基地、大型第一格納庫の向こう側に広がる世界については存じてはいないだろう。今回はそれについて話す。私が言うのだから冗談やフカシではないことはよくわかるだろう。」
権能はただ黙ってロッチナの言葉を聞いていた。
彼のひどく落ち着いた眼は口にしていることが真実であることを物語っている。
それでいても格納庫の先に妙な世界が広がっている、とは到底信じがたい事実。
「そこではあるが中将。当然司令官が必要になってくるのだが、そこの指令官に貴公が任命されたことを通達したくてね。上からの決定だ。私が口利きしたかったのではあるが社長も君の腕を見込んでのことだろう。」
そう言い終わると権能は半ば諦めがついたように
「その期待にはぜひともお応えしたい所存であります。しかし私の立場であってもその案件のことは私の耳に入ることはなかったのです、相当の機密なのでしょう。そんな状況で現場を下見もせず名ばかり司令官ではまともな指揮はできますまい。一度その現場を見てからでも遅くはないと私は思います。」
権能は淡々とそう言った。指令に選ばれておきながら見ず知らずの場所を指揮するのは自分のプライドが許さなかった。最前線にいるスタッフ全員にこれこそが無礼だという彼の信条がこの言葉を言わせたのである。
「中将はそうだったな。UUの存在も発見されてまだ久しくはないのだ。よりによって重要度がかなり高いことばかりが迫ってきて伝える時間がなかったことは謝罪しよう。何せ急な事案だったのでな。おおよそ現状、現地の拠点は中将にまともな茶すら用意できないほどの有様だが…」
ロッチナは口を濁すように言ったが、それに権能は割って入った。
「それでも問題はありますまい。私は知らなくてはならない立場にいる。そうではないですかな、ロッチナ専務」
そうして俺とロッチナ専務は例の格納庫までやってきた。
専務は仕事がまだ残っているということもあり足早に帰ってしまったが俺の仕事はここから始まるのである。
そう思うと拳を握りしめて格納庫の入り口とされている扉の正反対にある例の扉の向こうへと足を踏み入れた。
するとそこは草原と青空が広がっていた。
これでは誰しも理解を拒んでもなにも不自然ではないだろう。本来この先はSoyuzの敷地、自然などない無機質な地であるのだから。
草原でもあるにも関わらず緑が異様に濃いことに気が付くと、ここは慣れ親しんだ故郷を彷彿とさせず、異次元であることを痛感させられる。
それほどに此処は現実世界と似て非なる空間なのである。
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しかしその目先では拠点を作るための基礎工事が今まさに行われていた。
これだけ広大な草原であれば装甲車類やまして航空機の格納庫、そして兵士を駐在させる設備のみならず、調査したものを分析する設備も入れることも可能なほど。
あわただしくコンクリート基礎を作っているとなると専務の言い草も納得だ。
私は手帳を取り出して実現が可能であることをひたすら記録した。
何を配備するかは本社との兼ね合いがあるだろうが、考案することくらいは自由である。ここでの責任者はロッチナなどの手を離れ、今俺の手にあるのだから。