Chapter287. The Enemy Turn
タイトル【敵の陣】
——帝都 司令部
コンクールスはただひたすらに苛立っていた。
神に相応しいと呼ばれたその男が、何故怒りを覚えているのかには訳がある。
城内への動員兵の投下である。
いきなり市民だったものが臨時とはいえ軍人。
この軍人至上主義国家であるファルケンシュタイン帝国、元からいた兵士にとっては不服を覚えても無理はない。
士気を最も下げてはならない中枢防衛部隊にとって、やってはいけない行為故にコンクールスは非常に嫌がっていた。
だがベストレオ撃破による大量戦死。そして今の今まで敗北を喫してきたツケが回って来た今ではどうも言っていられない。
賢人会議の面々が強く出て来たため、彼も城に配備することを決めたのである。
ここまでガタガタだとイベルによる体裁などどうでも良い。
自らを国家代表への代理人とコンクールスは名乗り、自分に直接伝えてくるように命令。
それほどまでに切羽詰まっているのだ。
大方どう出てくるかは予想がついているのは良いが、問題はあの付け焼刃、剣の錆びにしかならない動員兵の事である。
煮ても焼いても所詮は素人が武器を持たせただけの下賎な存在。
逃げ出されては士気の低下に拍車がかかり、物資を盗み出したらもう手に負えない。
その矢先、伝令が最悪な知らせを持ってきた。
「将軍。脱走者が出ました」
あれだけ逃げ道を封じていたというのに、ついに逃げ出す者が現れるとは。
司令部の机に座っていたコンクールスは思わず拳を叩きつけた。
「………すまない、貴公は何も悪くないな。私の管理不足だ」
表情が見えないようジェネラルの鎧と兜をしていても伝わる怒気。
物腰は確かにやわらかいものの、確実に腸が煮えくり返っているのは明白である。
彼とて人間だ。感情の1つや2つくらいあることを忘れてはならない。
しかしながら、冷静に対処しなければ始まらないもまた事実。
逃げ出さないように逃亡者が殺してもいいが、暴動が起きて自滅し合う可能性が出てくる。
そこで神に相応しい男はあることを命じた。
「地下蒸気昇降機を始動準備、炉に火を絶やすな。人員が足りなければ動員兵から一部応援を送るように」
たったこれだけ。
速い話、余計な考えをさせないようにすれば良い。
思考を破壊、単純化してしまえば、人間は仕事を成すマシーンへと変貌してしまう。
ブラック企業の人間が転職を考え着かないように。
どのみち城直属の人間は全て仕事を動員兵に押し付けるだろう、そう考えれば逃亡防止に丁度いいではないか。
「はっ。では失礼します」
その指示を受け取った伝令はそそくさと司令室から出て行き、扉ががたりと閉じる。
丁度足音が聞こえなくなったところで、コンクールスはあるものを手に取った。
ありのままの水晶玉、いやイベル操作用魔具のスペアと言うべきか。
占い師が未来を見通すように、操作コントロールはこの透明な球体で行っている。
GRaaaassshhhHHH!!!!!
すると彼は紙の様に砕いて見せたではないか!
さらに砕け散った破片を葉巻のように踏みつけ、ぐりぐりと地面に擦り付けて忽ち砂へと変えていく。
「人民風情が小癪な真似を……」
もうここには誰も居なければ、助けてもくれない。血迷っても神になぞ死んでも祈るなど以ての外。
国家は神という古き人間と遠い存在ではなく、人間が行うべきである。
そして才能ある人間、つまるところ鍛え抜かれた軍人による統治がなされてこそ国は発展するのだ。
ユンデル式魔導浸透装甲も、ハイゼンベルグの魔力中間体式駆動装置も腑抜けた人民が思いつく筈がなかった産物ではないか。
ガビジャバン戦争の終結と共に無下にされた人間たち、軍人がいたからこそできた進歩と言えよう。
だが人民にも食糧生産などの役割があるが、結局のところそれしか出来ない連中ばかりだ。
それが地をはいずり回り、死線を潜り抜けて来た人間を排他してきたのか。
だからこうして今の政権がある。
それが間違っていた?一体誰がその正解を定めたというのか。
ましてや外から来た連中などに。答案用紙でも持っているのかとでも問い詰めたい。
コンクールスは非常に珍しく感情的になっていたが、ため息を吐いて理性を働かせにかかる。
やるべきこと、為すべき事を全て片付けておかなければ。
ハイゼンベルグに合わせる顔がない。
—————————―――
□
コンクールスは別世界の暗黒司祭の名前を出して思い出した。
ベストレオの完成形を作るために作った検証模型である。
トンデモな機動をすると内部にどれだけの負荷が掛かるかの検証実験に使ったらしい。
特大級の軍事機密なのだが日頃、正当な評価をしてもらっている感謝と地位のお礼だったハズ。
今はそんなことはどうでも良い。重量や大きさはちょうど竜と同程度。
しかもご丁寧にハイゼンベルグが置いて行ってくれたマニュアルがある始末だ。
これを使わない手はない。
彼も遠方で頑張っているだろうか、そんなことを想い馳せながらマニュアルを捲っていく。
起動手順から指定目標設定の方法などが随分と丁寧に書かれており、これさえあれば誰でも扱えることは想像に難くない。
まるで何かあった時の護身用として使ってくれとでも言わんばかりに。
「……稼働時間は1回の標準魔力水注入につき……8時間。主砲は28回発射可能……十分すぎる」
この模型、動力炉まで縮小サイズで作られており想像をはるかに上回る低燃費。
それだけハイゼンベルグの生み出した炉の性能が良かったことになる。
しかも瓶1本分を注入すれば、武装を動かしても8時間は動き続けるらしい。
だが最後には謎の文章が添えられていた。
「『注意!!この試作品はイスラエル製品です、日本製ではありませんし変形もしません』イスラエル……?日本とは何だ……?」
茶目っ気を忘れないところも彼らしい。
—――――————
□
——城内 地下格納庫
コンクールスの命令が下ったことにより、昇降機の指導前点検が始められた。
このエレベーターは軍事政権後に建造されたもの。有事の際や送迎用に使われる蒸気エレベーターである。
竜さえも軽々と持ち上げられるような広さは圧巻されるに違いない。
整備は熟練した兵士の手で行われ、荷物運びなどの雑用は動員兵に回されることに。
「第一昇降機、昇降チェーン・閉塞扉異常なし。蒸気圧力確認!」
淡々とチェックリストを読み上げて、丹念に確認を続ける。
続いてはエレベーターを動かす動力源の蒸気バルブとパイプの点検だ。
主にこれの圧力で鎖を動かして床を動かす方式となっており、点検は欠かせない。
声と共に炉からスチームが供給され、計器の値が増加していく。
「蒸気圧正常。次、バルブ段階確認」
制御そのものは電気トースターのように決まった目盛りまで回し、弁の開放度を調節。
速さや落下速度の制限を行うように設計されている。
バルブを1から2。次第に最大値の5まで設定するが異常はない。
エレベーターがピクリとも動かずともできるのは、空回りするように設定してあるため。
実戦ではきちんと噛ませて上下を行う。
「バルブ・配管異常なし。直結ギアは点検したか?」
ここに来てダブルチェックが入った。
ギアが破損した場合、エレベーターは侵入口になってしまう。
「点検してるが異常はない」
しかし既に点検済みとある。
一応整備兵は目を通しておくが、目に見えるようなひび割れや金属疲労は見えない。
「チェックリストは完了。次、2番昇降機に向かうぞ」
「了解」
その間にもSoyuzの魔の手は刻々と迫る……
次回Chapter288は4月29日10時からの公開となります。
登場物
・ユンデル式魔導浸透装甲
防御魔法を鉄板にしみ込ませることによって生まれた、画期的な装甲。
正にRPGの防御力アップをそのまま体現している。
「同じ重量・質量を持ちながら」防御力を飛躍的に向上、矢がバスバス抜けるただの鎧でも銃弾を弾き返す装甲車並みの防御力を得る事が可能。
非常にコストがかかる他、分厚すぎる鉄板だと浸透しにくいため、深淵の槍で試験運用されていた。
・魔力中間体式駆動装置
魔力から火や電気に変わる過程で生まれる「エネルギーそのもの」の中間体を使い、油圧のように動かすシステム。
関節そのものに実体を持たず、配管や機械装置を必要しないのが特徴。
ただし中間体そのものが不安定なので、関節ではなく供給装置等が誘爆、もしくは破壊されないよう注意を配る必要がある。
帝国で見られる歩行駆動系は全てコレ。




