Chapter281. Surrounded by enemy
タイトル【敵に囲まれて】
——Soyuz側
投降を散々呼びかけて、数時間が経過。
凄まじい爆音でソフィア・ワ―レンサットの肉声による演説文の朗読が響き渡る。
当人曰く1週間続ける位であれば容易だと言っており、作戦遂行になんら支障がないだろう。
やはり人間を超えた上位存在は違うというのか。
作戦指揮を執っていた冴島は、一日呼びかけをした程度では動きがないと踏んでいた。
帝都には軍人至上主義を洗脳同様、思想を植え付けられた人間で埋め尽くされている。
指揮を執るにはある種、マインドコントロールとも呼べる手を使うことも珍しくない。
学術旅団が回収してきたプロパガンダポスターの数々が声高々に叫び、情報統制によりそれしか信じられないようにしてきたのだ。
そうした強力な洗脳を解くには、人間を精神的に追い込みこちらの情報の海に引きずり込めるかに掛かってくる。
効果が出るのに時間がかかるものの、長時間の嫌がらせが一番よく効くだろう。
Soyuzは遅効性の特効薬を投与したのだ。
「さて……どう出てくるかだな……」
大佐は轟音に流すかのように呟く。
病気に対して薬を打ったがいいが、ここで問題が発生。
目の前にある帝都防壁が内部の様子を少しも漏らさないこと。
生半可に地対空ミサイルの類を装備している相手の敵地に偵察機は飛ばせない。
ビラを撒くTu-95からの映像が定期的に送信されてはいるが、グリコのおまけ同等の機材のために解像度や画質が悪い。
得られる情報は自ずと限られ、手に出来るのは地形程度だ。
いわば巨大な籠城戦、どう時間をかけて崩していこうか考えている、そんな矢先。
攻め入ってもいないにも関わらず、ある知らせが届く。
【GUNCAREER06からLONGPAT こちらに接近する人物を発見】
【LONGPAT了解】
深淵の槍 最高責任者テーヴァ少将のお出ましである。
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ここで時間を遡ろう。
深淵の槍 総大将が出てきたのは北地区の後方。
歩兵戦闘車などの比較的装甲の薄い車両が控えている場所であった。
東西様々な車種がずらりと並び、現場には投降放送の下で張り詰めた空気で満ちている。
外では頭を殴りつけるように音声が流れているにも関わらず、VTT323の車内は時間が止まったかのように動かない。待機するよう命じられているからだ。
あまりにも大音量で呼びかけているため、骨が直接揺さぶられる。
仕組みは骨伝導スピーカーと同じ原理で、音波を遮断するヘッドフォンでは意味を成さない。
すると砲手が驚くべきことを報告してきた。
「……2時方向、人間が出現。こちらに接近してきます」
「了解」
車長は上部ハッチを開けながら、2時方向。つまり右斜め上に視線をやる。
魔法も異次元もあるのだから、今更人間が瞬間移動してきても驚かない。
だが後方に出てくるのはあり得ない、何かがあると見て間違いはないだろう。
砲手の報告を元に双眼鏡を片手に辺りを伺うと、丁度200m先に人間がいるのが分かった。
倍率を高めてくると特徴が少しずつ露わになる。
大量の勲章を着けている老人で、丁度軍事パレードにでも出てきそうな恰好。
明らかに兵士ではない。何らかの高官だ。即座にソ・USEを取る。
【GUNCAREER06からLONGPAT こちらに接近する人物を確認】
【LONGPAT了解】
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心理戦闘車が吐き出す騒音の大きさで、接近しているとはいえ意思疎通が全く取れない。
そこでVTTはこちらから歩み寄ることにした。
人間が出せる声はスピーカーにかき消される。
車長はクルーに渡された、重メガホンを片手に思い切り叫ぶ。
「そこにいるのは誰か!名前と所属を答えよ!答えない場合、射殺する!」
「私はフェリックス・テーヴァ、階級は少将!確認したいことがあり、ここに参った!————!」
「何?聞こえない!」
数キロに渡って響く大騒音の中、辛うじて聞き取れたことはこれだけだった。
相手は一人の重役。当たり前だが、自爆する素振りはまるで見えない。
どういう訳か、本当に交渉に来たと見て良いだろう。車長はメガホンを抱えたまま車内に降りると、砲手と操縦手に的確に指示を出す。
「要人だ、砲を上げ止まれと言うまで直進。回収するぞ」
「了解」
VTTは機関砲を後ろに向けながら、ゆっくりと迫る。
あたかも送迎にきたリムジンのように乗り付けると、後部ハッチを展開。
内部にいる兵士がテーヴァを迎え入れた。
「快適とは言えないですが、どうぞ」
戦場のタクシーはいつも過酷だ。
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特大級の要人ということもあり、テーヴァ少将を乗せた装甲車は冴島大佐のいる西地区へと急行することに。
だが相手は今までクライアントの命を執拗に狙っていた組織のトップ。
冴島は疑念を抱いた。
国のプロパガンダにどっぷりと浸かった人間が、何故敵側に来たのか。
一体Soyuzの覗けない、ファルケンシュタイン帝国の中枢部に何が起き、そして起きようとしているのか、と。
何はともあれ、ここの責任者は大佐当人。
要件は殿下との面会とあるが、まず自分を通すのが鉄則だ。
——西地区近郊 Soyuz指揮所
「お急ぎのようですが申し訳ありません、規則ですので」
「いや、よくあることだろう。問題ない」
かくして、形式的で第一面会が始められることになる。
重鎮ということもあるのか。
はたまたシルベーの方であえて物流を残していたこともあるのか、末期的な様子はうかがえない。
テーヴェ少将も至って健康体であり、まさかか部下に謀反を起こされ襲撃されたという様子もないようだ。
大佐は推測を傍ら、淡々と質問を投げかけていく。
「改めて、いや何度もお聞きすることにはなりますが一応お聞かせ願いたい。ここにどうやって、どのような目的で来られたのでしょう」
レーダー情報にも敵機なし、地上からは突如出現したとある。
如何にも魔導的な手法できたのであろうが、一応どうやって来たのか聞いておく。
「非常用の転移機を使って来た。目的は次代の神が一体誰になっているか。その真偽を確かめに来た」
すると彼は正確に。まるでテープを巻き戻したかのように答えてみせた。
しかし軍人至上主義に染まっているのであれば、旧帝政の象徴である神を認めない筈。
情報部門の人間が神事について確認してくるのは道理に合わない。
すると一つの仮説が浮かんでくる。
内部分裂を起こしているのではないか、と。
そんな思惑を隠しながら、冴島はテーヴァの求める問いかけに返していく。
「こちらSoyuzでは神代の儀によりソフィア・ワ―レンサットが選ばれたと確認しております。少将おひとりならば面会も可能ですが、ご希望されますか」
心理戦闘車で方位しているものの、演説に関しては一部肉声による放送が行われている。
もちろん、本人が希望したためだ。
会いたいなら時間はかかるが不可能では決してない。
少将は分かり切っていたかのような表情を浮かべ、言葉を漏らす。
「やはり。……すまないが、面会を希望しよう」
冴島は彼の顔色が気になった。
おそらく予想していた展開と同じような状況になっているからこそ出る反応。
テーヴァ少将の置かれていた環境はどんなもので、はたして予想していた答えとは何か。
面会を通じて確かめねばなるまい。
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□
クライアントであるソフィア・ワ―レンサットは戦線にまで出張ってきているものの、彼女は国家に命を狙われる立場なのは言うまでもない。
そのため具体的な居所は伏せられた状態で、発せられた御言葉が心理戦闘車によって増幅。
かくして帝都全域に向け、アイドルのライブを凌駕する大音量・大出力で放送されているというカラクリだ。
ソフィアの居所は本作戦でのトップシークレット。知る者は大佐含めごくわずかである。
責任者としての立場があるため、二人の面会には冴島が立ち合うことで合意。
二人は車外が一切見えないVTT323に揺さぶられること数十分、何の変哲もない擬装陣地にたどり着いた。
一旦録音済みのテープを放送することに切り替え、ついに面会が始められる。
「……あぁ」
光り輝き、既に常人で無くなったソフィアの姿を見て、テーヴァ少将は諦めがついたような。
はたまた全てが終結し、憑き物が落ちたかのような声を出しながら肩をがっくりと下げた。
何もかもを察してしまったのだろう。
コンクールスの欺瞞を、真に神の力を継ぐ者を。そして国の未来が間違っていたことを。
今しがた国家に裏切られたのだ。
残酷ながら感傷に浸っている暇は与えられない、これも始まったばかりでしかない。
言葉に出来ないその真相を、紐解く時間が始まる。
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殿下はこれまであった事実。
先代皇帝 ヤルス・ワ―レンサットが声をかけ、自らにその力を委譲したこと。
証拠として退魔の神槍メナジオンをその身に宿し、Soyuzと共に政権奪還のため動いていることを伝えた。
さらにこう続ける。
「我が一族、特に兄マーディッシュに忠誠を誓っていた事は話に聞いています。これまで貴公は使命を果たしてきたことを感謝いたします」
かつて命を狙っていた組織の長だと言うのに、彼女は一族のために労って来たことを感謝すると返してきたのだ。
長官を含めた漆黒の騎士一人一人、国家に仕える忠実なる僕である。
曲がりなりにも国のため、忠を尽くした存在として敬意を示さなくてはならない。
そう考えるのは彼女にとって当然だと考えたのだろう。
「ありがたき御言葉」
女帝と化したソフィアからの直々の言葉に、テーヴァは胸に拳を当てながら深く跪く。
そのまばゆい光は紛れもなく先代ヤルス皇帝そのものであり、実物を見た人間はもう偽物に騙されない。
ただ、それ以上でもそれ以下でもなかった。
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時代の分岐が消え去った瞬間を冴島大佐は無言で立ち会っていたが、彼も彼でテーヴァ少将にあることを聞かなければならない。
「無粋なのは承知の上ですが、一つ聞きたい事があります。よろしいでしょうか」
「はて、一体何を申し上げれば良いのです」
「我々の場所まで来るのに使った転移機についてです。再利用される可能性があるのかどうか、お聞きしたい」
彼の話を聞くうちで一番引っ掛かったのが此処である。
悪用すれば兵士を送り込むことができる、そんな夢のワープマシン。
こんなものが許容できる訳がなかった。移動という概念を無視したふざけた機械など。
だが存在する。
その証拠が目の前に居るテーヴァ少将そのものなのだから。
すると彼は半ば自分に言い聞かせるように答えた。
「あの転移機は一度使えば……自壊すると設計されている。追跡を防ぐためだ。誰も戻れず、来ることもないないでしょう……」
「今城にあるのは私の残した部下と……コンクールス。そして……間違った未来だけです」
次回Chapter282は3月23日10時からの公開となります。




