Chapter 26. the end of dark night
タイトル【闇夜の終わり】
リソンの街を襲撃した謎の騎兵隊を殲滅することに成功したSoyuzだったが、多くの謎は残った。この集団は一体何者で、そして糸を操る存在は何か。
幸いなことにコノヴァレンコがパトロールカーで跳ね飛ばした歩兵の生存が確認されたことも重なって、捕虜の輸送を兼ねて装備品の輸送が行われることとなった。
帝国軍とは正反対の真っ黒の鎧と不釣り合いなほどに大きい槍と馬上剣。防衛騎士団の団員ですらこの装備の存在を知らず、不穏な空気は払しょくできそうにない。
捕虜はロープで縛られ、没収した装備品はうかつに使用できないよう鉄ワイヤーでまとめられ、輸送ヘリコプターへと積載されると本部拠点へ向かい飛び立った。
—————
□
これが戦死した騎士団員の火葬が行われる数時間前の出来事である。
本部拠点に到着次第、捕獲装備品を武装したスタッフがヘリから運び出すと、捕虜はようやく完成した収容室へと移送され、装備品の本格的な分析が始まった。
早速クライアントであるソフィア・ワ―レンサットを最高責任者である権能中将は指令室に呼びつけるに至る。
無機質な暖色系の壁と、ほのかな音を立てながら回るサーキュレータが中将と皇女殿下、そして付き人のエイジを見下ろす。
護衛スタッフが入り口付近に立っており、物々しい空気を醸し出していた。さらに床にはカバーのかけられた物体が置かれている。
「皇女殿下とエイジさん、我々の拠点での生活で何か不満点などありますか」
中将は戦艦めいた体をデスクから少しばかり乗り出すと、話を切り出した。
多忙を極める彼が時間を割いて話を設けるということは珍しいことであり、何かがあるのではないかとソフィアはにらんでいた。
「目につくようなものは特にありません。しいて言うならば、夜、こちらの明かりを落としても外が四六時中昼のように明るいものですから、エイジが眠りづらそうなので窓に垂れ幕さえあれば、と思っております」
拠点において一番辛いのは、昼夜問わず視界を確保するために電灯がつけられていることだ。
過酷な環境にさらされている経験はあるとはいえ、彼女らは電気の明かりのない世界で生活しており、LED光源の強い明かりに晒されていれば就寝は難しい。
特に不眠気味のエイジにとっては死活問題だった。Soyuz側もできるだけのことはしているのだが、度重なる事態の対応に迫られている現在、どうしても支援が後手に回ってしまうことが多いのだろう。
「それに関しては申し訳ない。早急に対応しよう。私としても眠れないのはとても耐えがたいものだからな。——本題についてだが…幕を取ってくれ。」
中将はやつれたエイジに対して同情の視線を向けながらそう言うと、指で護衛のスタッフに指示を送った。
その指示のままスタッフがベージュ色のカバーを取ると、そこには深淵のように黒い鎧とランスを巨大化させたような大槍が現れた。
その姿にエイジと殿下は驚きながら口元を手で押さえた。すると権能はさらに言葉を続けはじめた。
「これがハリソンの街での戦闘で回収された装備品になる。…見覚えがあれば教えてほしい。」
二人はこの鎧と槍に酷く見覚えがあった。逃亡した皇族を追跡する深淵の槍が身に着けている鎧と武器なのだから。
逃亡生活中にこの姿を見た際に息がまともにできなくなったことがある。
心の奥底に植え付けられた恐怖心が突沸し飲み込まれた。
真っ黒の鎧の集団につかまれば一貫の終わりだ、殺されるかもしれない。底知れぬ絶望が鮮明にふつふつと浮かび上がると同時に、ソフィアは頭を押さえながら過呼吸を起こし始めた。
一方エイジはひどく動揺し、口元に添えられた指をしきりに動かし浮かび上がる焦りと恐怖を抑え込んでいた。
その様子を見たスタッフはすかさずカバーをかけると、権能の指示で装備品が片付けられた。時間をおいてもあまりのショックからかまともに話すことができない皇女に代わってエイジは静かに語り始めた。
「紛れもなくあの鎧は深淵の槍の装備品で間違いありません。私どもが立ち寄った街や村にも奴らがやってきたと聞いていました。なのでハリソンに来るのも時間の問題かと思っていましたが…。ヤツらは独自の情報網を持っています」
「それでハリソンに居る人間全て反乱分子と知り、本格的に狩りを始めたのでしょう。
一度そうなってしまえば町の防衛騎士団、住民、女子供に至るまで殺戮の限りを尽くすのです。レジスタンスたちは平凡な人民と区別がつきませんから。」
エイジはさらに言葉をつづけた。
————
□
「深淵の槍はおおよそですが軍の管轄ではありません。加えて寝返った帝国軍の人間でも蹂躙できるよう、精鋭中の精鋭が軍隊とも思えない訓練を受け、特別な装備が与えられていると聞きます。私が知る限りの情報はこれくらいなのです」
「…殿下は幽閉されていた場所から逃亡する際、奴らに手ひどく追跡された上に交流のあった人たちや殿下自身も被害に遭って以来ひどく恐れるようになってしまって」
「……それでも祖国を変えるためには自分しかいないのだと、ご決心したのか素知らぬ不利をしていたのですが。申し訳ありません、従者が口にして良い内容かわかりませんが
これで私の知ることの全てです」
権能はエイジの話を黙って聞きながら、深く追求することはなかった。
誰とてトラウマをよりえぐるようなことはされたくはない。そのため中将はこれ以上質問することはなかった。加えて思う以上の情報が聞き出せた以上、問題ないと判断していた。
するとエイジは中将に向けてあることを頼み込んだ。
「申し訳ありません。従者である身でありますが殿下をしばらく休養させてはいただけませんでしょうか。わがままなのは承知ですが殿下自身も相当疲弊しております故」
「これ以上だとお心を壊しかねないと思いまして。私は煮るなり焼くなりされようがそれ相応の覚悟というものがありますが、殿下だけは。」
現実世界ではハイスクールライフを謳歌しているような年の少女が背負い込むにはあまりにも過ぎる責任と立場を背負って、助けを求められない環境下では爆発寸前になってしまった。
ついにはあの装備品が起爆剤となってしまったのだろう。
中将はそう察すると
「そうだな…。私共でもすぐにやれることはやっておこう」
ただそう答えたのだった。
その一方、元帝国軍所属スタッフらによる例の物品についてと捕虜に対する尋問が行われていた。
本部拠点に帰還していたガンテル、そして文献をまとめていたガリーシア。
反抗的態度の続くマリオネスは最後に回された。
尋問方法は装備品を見せながらこれがどういったものなのか答えるというものだった。
収容室は一種の尋問室を兼ねているため尋問はそこで行われることに。
尋問自体は彼らに面識のあるマディソンが行うこととなり、万が一に備え収容室には完全武装した護衛のスタッフが立ち合いの下始められた。
冷たいコンクリート打ちっぱなしの床と、尋問側と質問者側を隔てる衝立は刑務所の面会室のようである。
そこに置かれたパイプ椅子に踏ん反り返るガンテルと、それにあきれ果てたマディソンらが揃うと、鎧と大槍を目隠しするカバーが剥ぎ取られた。
「なんだこりゃあ。俺がおおまか5人ぶち殺したヤツの鎧だよな確か。あの野郎スナイパー慣れどころか騎士団にいる魔導士の魔法喰らっても燃えねぇから驚いたってもんよ。普通火炎魔法なんて顔に撃ち込まれたら即座に喉が焼けて息ができなくなって死ぬもんだけど。」
ガンテルはそう言いながら下顎を親指で撫でていた。騎士団を手玉に取った挙句血祭に上げた深淵の槍という存在を5人も倒したという。
スタッフも医務室に担ぎ込まれている人間も少なくないにも関わらず、元気溌剌な此奴は人間なのかマディソンは疑わしく思った。
「そうか、あの時お前ハリソンに居たのか。で、こいつを見た時の感想を聞かせてくれ。」
マディソンは頬杖をつきながらガンテルに聞いた。
まるで人望のかけらもなく、人間の屑極まりない不良兵士そのものである彼は、本来指揮権を与えられるほどに情報を持つ地位にいたはずであり、ある程度のことを知っているとマディソンは思っていた。
「端的に話すがアイツらは帝国軍じゃねぇよ。普通赤い鎧をもらうんだけどな、それ以外の色は基本的に許されねぇ。そんで敵に誤認されて殺されても文句は言えねぇ。罰則以前に誤射喰らっても何ら不思議じゃあねぇってことよ」
「こんなバカみたいなことしてる連中は冒険者くらいなもんだが、奴ら俺の待ち伏せに気が付いてた。ほとんどの撃破成績なんて超遠距離からぶち抜いたくらいなもんよ。どんな騎兵でも視力には限界があるからな。」
ガンテルはパイプ椅子を一度深く揺らし切るとマディソンの側に顔を突き出してさらに続けた。
「あとこいつらいい武器使ってんなぁ。でっかい槍の方は魔法の爆発で矛先を撃ちだして貫通して殺せるソルジャー・キラー。他にも見たのはアーマーですら殴り殺せる馬鹿でっかい剣、ヴェランダル。こんなの冒険野郎に買えた代物じゃあねぇさ。ていうかマトモな部隊に配備されるくらい安いもんじゃない」
「ウヒヒ、売ったらいい金になるぜ。おい、マディソン。そいつ売り飛ばしていいか?…最近、夜の太陽が見れる場所に行く金が…」
マディソンは激しい軽蔑の視線を向けながら言ったことを着実にメモしていた。兵士が戦うプロフェッショナルならば彼は事務作業のプロフェッショナルなのだ。
「お前ハリソンに前行ったときのカネどうしたんだよ…まぁいいか。んでその夜の太陽が見れる場所ってのはなんだ?」
マディソンがそういうと、軽蔑の視線を気にせずガンテルは嬉しそうに答えた。
「ああ、古い友達が店やってるところに投げ銭してきたのと、四六時中遊び歩いてたら空っぽになっちまった」
「…まぁ、さっきのはちょっとした隠語だな。夜に太陽見れる場所、といえば大まか嘘をつくときによく使う。例えばマリオネスがいるところで風俗に抜け出していくなんて言えないから夜に太陽を見れる場所に行ってくる、っていうんだ」
「ちょっとした言い回しでどこのどいつも使ってると思うぜ。後カネ貸してくれよ、こんぷら?ってやつでロンドン殺せなくてさぁ、小遣い稼ぎができなくって…」
「…わかった。後、お前Soyuz副業禁止だからな。」
マディソンはひどく眉をひそめてそう言った。
————
□
次に尋問されることとなったのはガリーシア。
記録した発言のことや反応の差分を見るために同じくマディソンが質問役を続投したのだった。
結果はマディソン想像通り、鎧と槍を見せてもガンテルと同じような反応が返ってきた。
これらは帝国軍では使われるものでもなく、それでいて冒険者や傭兵が使えるような安物ではない非常に高価なものであることであること。
そこでマディソンは少しばかり変化球を彼女に投げかけることにしたのだった。
「証言には魔導士の火球がすぐ消えた、銃弾等が効かなかったとあるが。このことについて知っていることはないか」
彼はそう告げると、ガリーシアは頭の片隅に置かれていた何かを引きずり出すかのようにしばらく考え込んだ。
すると思い出したかのような顔をしてこう答えた。
「ユンデル式…魔術硬化装甲。そもそも私は魔導を志している身だったが軍人よりも魔具の開発をしたかったから少しばかりかじっていた。講義だとこれはまだ開発段階のもの、と聞いている。値段を聞いたことがあるが恐ろしい数字だったのを覚えている。鎧にするだけでいくらかかることか…」
「普通、魔法を付与して魔具は作るのだけれど、そもそも防御魔道は永続効果をつけるのが極めて難しいし、衝撃までは殺せない。この装甲は鉄自体に衝撃を殺すような魔法をしみこませて効果を得ることができるらしい」
「そうすると軽量ながら軍用の魔法やメイスなどで殴られても火や衝撃を打ち消すことができる…とかなんとか。悪い、これ以上はうまく知らない」
その変化球は新たな情報を引き換えにしてこちらに帰ってきた。
魔導や銃弾などの外部的要因だけを減退させることができる、となるとスタッフの証言であった通りM4の5.56mm弾の効果が薄いことも合点が行く。
全ての糸はつながったように見えた。
————————
□
かくして捕虜の尋問が行われる番がやってきた。
帝国軍所属していたスタッフやクライアントの証言によって、捕虜に対する疑惑が固まりつつあったため、マディソンでは手に負えないと判断した中将は交渉人マリスも付けての尋問が始まる。
マディソンとマリスは捕虜の容姿などは知らされていなかったが、いざ収容室に入り顔を伺うと捕虜はまるで冤罪でもかけられたかのように振舞っていたらしい。
そのことを聞くと、本来事務方にも関わらず敵軍捕虜と接する機会の多いマディソンはその様子に面食らってしまった。
普通、敵軍の捕虜となり尋問される以上、何かしらの反抗的態度は見られるはずだからである。あたかも一般人のように振舞う事など正気の沙汰ではできない芸当である。
刑務所のような尋問室に二人が入ると、ついに尋問が始まった。
「まず、所属と名前を答えてもらおう。」
警戒の色濃いマディソンが顔を険しくしながらそう問う。
彼の心の中ではどうも腑に落ちない点があまりにも多いためだ。
本当に容疑がないならその旨をしつこく話しているはずである。この態度は模範囚のようなもの。
「ただの傭兵業やってる人間だよ、なんも面白みもない。名前なんて聞いても何か面白いもんでもあるのか」
その言葉にマリスは表情こそ動かさなかったが、不穏なものを感じ取っているのは事実だった。マディソンは少し首をかしげながら質問を繰り出す。
「名前を聞けってのがここのルールなもんでね、名前を証明できるようなモンでも渡してくれりゃ助かる。そう、傭兵業ねぇ…」
「なら仕方ねぇさ。俺はギーメン。あんまり育ちが良くないもんでこんなくらいしか名前がねぇんだ。許してくれ」
マディソンが質問を与え、捕虜がそれに答える。その合間にマリスは捕虜の様子を観察していた。名前を言う合間にわずかに時間があったのである。
本来名を名乗る際にはすらすらと出てくるものであり、わずかな時間すら取らせないものである。その不自然さをマリスはただその眼で見つめていた。
「で、どこのどいつに雇われた?傭兵なら雇先くらいあるはずだ。」
質問を重ねていくのが尋問のやり方である。ここでどれだけのピースが集められるかがカギとなる。マディソンはそれを踏まえて細かな質問をしていく。
「月夜の太陽ってところだよ、小さいところだけどどうも耳慣れないってのが多くてさ。宣伝も兼ねてるって訳だ。金さえちゃんと払えばどんな仕事だろうがやるのがウリだ」
質問側の二人は同じタイミングで違和感に気が付いた。
マディソンは夜の太陽というフレーズ、マリスはギーメンの答えが返ってくる速さに。
夜には太陽など存在しえない上、ジョン・ドゥのように架空の物を差すことを思い出しながらメモを取る。
一方マリスはプリセットでもされていたかのように出てきた答えに違和感があった。まるで話術を得物としている人間と話しているような感覚を。
マリス自身も捕虜になった時、反抗的な態度のひとつくらいを取るだろうとタカを踏んでいたにも関わらずあくまで友好的に振舞い求められた情報を与える。
これは自分が行う交渉のそれだった。
まるで手込めに取ろうとしている感覚に人一倍敏感になってしまうマリスにとってマディソン同様、眉を顰めたくなったが悟られぬように彼も手帳に何かを書き込んでいた。
「そうだ、悪い悪い。身分がわかるもんだって?悪いが俺は兵隊じゃあない。兵隊ならそんなもんくらい持ってるだろうが俺にはない。いちいちそんなもん持って歩くんならどっかでなくしちまうよ」
ギーメンはどうしようもないアイツよりは幾分マシだが、まるでその場を和ませようと言わんばかりに口を開く。
ここまで敵軍捕虜がお喋りだとマディソンの調子も段々と狂い始めてきた。
するとマリスは思い立ったかのように立ち上がると、こう言い残し尋問室の外へと出ていった。
「だいたいわかった。失礼させてもらおう」
マディソンは彼までも調子をおかしくしていたのかと思ってしまった。
マリスの頭の中ではこの男は何かしら尋問員を誘導する訓練を受けていると確信した。
基本的に機密情報を持っている人間がその情報を聞き出されようとした場合、黙秘を行うことが多い。
まして兵士という気力と意地がそれなりに求められる人間であれば、なおさら黙り込むことが多いだろう。
捕虜の尋問に携わっていたマリスとして、この反応の返し方は尋問を行ったマリオネス大尉で顕著に見られるものだ。
想像を絶する反抗心と敵対心がそれを生み今の段階では情報どころか雑談にすら応じない始末である。
それらと比較してあの男は口数がやたら多い上にこちらが求めた情報に対して正確か、あるいはもっともらしいことを喋っている。そう、敵側である我々を否定していないのである。
交渉においては重要なことで心を開かせこちらの舞台に引き込もうとしている。
得られたことを全て纏めるとただの兵士ではないという容疑がほぼ確定した。何かしらの訓練や講義を受けていなければこのような対応は取れない。
今までしていた違和感、それはただの兵士がこれほどまでの心理戦をこちらに仕掛けていたことだった。
マリスが外に出ると、護衛のスタッフに声をかけられた。
「先生、どうしたんですか。マディが残っています。」
するとマリスはスタッフに目を合わせてからこういったのだった。
「ヤツはただの兵士じゃあない。君らと変わらん人間が敵地に落ち、かつ尋問を受けているとしよう。そこで心理戦を仕掛け、逆に心を開かせてこちらを欺こうと思うか?
私的にはあまりに出来すぎていると思うが。そのことは置いておいて報告だ。
——正直あの大尉よりも情報を引きずり出すのは難しいだろう」
次回Chapter27は8月14日10時からの公開となります
・登場兵器
対装甲槍ソルジャーキラー
35mmの装甲を貫くことが出来るランス状の大槍。対アーマーナイト用に開発された
先端部が爆発魔導の力で飛び出し、相手を串刺しにする仕掛けが施されている。
ヤリとは言え、軽装甲車両を刺し貫けるのは脅威でありボディーアーマーを着込んだ人間でも即死は免れない。
それにただでさえ大柄なため普通に使っても歩兵を屠ることは造作もない。
正にあらゆる兵士を倒すことに特化した「ソルジャー」殺しである。




