Chapter271. Technology vs Sacred Treasure
タイトル【テクノロジーvs神器】
ところで。我々の世界には神器と呼ばれるものが存在する。
タイにある5つの神器などが数えられるが、一番身近なのは八咫鏡に天叢雲剣こと草薙の剣と八尺の勾玉か。
神話とセットで出てくる偉大かつ歴史深い存在で、有史以前から語り継がれてきたのは良いが、ならではの事情がある。
歴史の荒波にもまれるうちに紛失や焼失。
よって目の前にあるソレが、はたして実物なのか複製品なのか分からなくなってしまうことがあるのだ。
分かりやすい例が草薙の剣であり、壇ノ浦の戦いで壇ノ浦に沈んでしまったため、実は現在の剣は二代目だったりする。
そのオリジナルを見られる極めて珍しいこともそうだが、さらに神槍は数々の逸話が存在することが学術旅団の興味を引き、調査することになった。
神力を振り払う槍 メナジオン。
最深部で待ち受けている司令官 コンクールスを討ち取るのには必要不可欠である。
こんなこともあり、興味を掻き立てられたのであろう。
手始めに行うのは非破壊検査。
一応、正当な後継者であるソフィア・ワ―レンサットの了承を得ているが、これが違う意図返しになるとはまだ学者たちは知らなかった……
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非破壊検査、と呼ぶのもはばかれるが最初に行うのは写真撮影と寸法や重量測定だ。
後継者以外が触れると大惨劇になると言う事なので、殿下の協力を得ながら調査開始することに。
しかし早速トラブル発生。
「現物がないんですけど……」
担当のドクが呟く。あろうことか神槍メナジオンの実物が見当たらないのである!
当たり前だが、存在しないものを撮影することは出来ない。念写でもしろというのだろうか。
「あぁ。ご心配なく、よく言われるものですから」
しかしソフィアは全く持って狼狽えず、空中に腕を突き出す。
するとまばゆい光が放たれ、虚空から軽い装飾がされた槍が出現した。
スナック感覚で起きる超常現象にドクはため息交じりにこう言う。
「あのー……さっそく質量保存の法則をぶち壊すのやめてもらっていいですか」
これだけでメナジオンを神槍と呼ぶのに十分すぎる。
CGやVFX、マジックやイカサマの類では決してない。
深く考えると頭が爆裂してしまいかねない光景を前に、彼は頭を抱えることしかできなかった。
これ以上考えるのを止めた学者連中は背景に白幕を垂らし、一眼レフを用いて撮影を開始。
落したのをうっかり拾い上げた瞬間、労災が起きることが目に見えている。
もしかして人間が触った途端、こちら側が灰になってしまうかもしれない。
相手は何せ伝説の武器なのだから。
そのため殿下が支えながらシャッターを切っていく。
写真にはきっと、謎の手が写っているが気にしてはならないだろう。
「……ちょっと飾りがついている割と実用的な槍にしか見えないんすけどねぇ」
カメラを手にした学者がそう言うのも無理もない。
独裁者が持つ悪趣味な銃とは違い、これは使う事を前提にした神器。むしろ余計な飾りがついている方が不自然なのだ。
そんな最中。
「あっ」
おそらく殿下が手を滑らせたのだろう、支えを失ったメナジオンがバランスを崩し倒れてくる。
よくあることだ、と思っていたのも束の間。まるで軽トラックでも落としたかのような地響きが広がった。
———ZoooOOOMMMMM………———
あまりの事に辺りはしばらく時が止まる。
「ありえんことだ、本当にどうなってる」
ドクは呟く。
つい先ほど、物干し竿か何かのように扱っていた槍が立てて良い音ではない。
それもそのはず。
明らかに数トンの物体が落下したソレなのだ。
これに匹敵するものと言えば、ビルが爆破解体されるか倒壊するような時に生じるような轟音なのだから。
「これは……槍の形をした……我々の知らない物体なのかもしれんな……」
物理学者の長でも戦慄を隠せない。
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続いては重量測定。
先ほどの事故によって、本格的に圧死する可能性が浮上しているため作業はより慎重になるのも当然の成り行きだ。
ここでも嫌な予感は的中する。
「クレーンじゃ上がらないんですけど」
「マジか……」
紐が付いた台に載せたメナジオンを大型トラック用のクレーンで持ち上げることになったのだが、あろうことか持ち上がらない。
少なくとも4.95tの物体を吊り下げられる心強い代物だが、神器はあらゆる常識を超越してくるようだ。
仕方なく建設機械師団の大型クレーンを呼び出して持ち上げることに成功。
大型トラックでさえ測れるような巨大な秤に載せて計測を開始することに。
「何回も見てもこの数字が出るんですよね。常識っていうヒューズを飛ばした方がいいんでしょうかコレ」
結果を持ってきた研究員はとんでもない結果を持ってきた。
なんと重量5.82tという脳が拒否する値がはじき出されたのだから。
たかだか槍である、それにも関わらず乗用車より重いとは一体どうなっているのか。
「ああ。どれだけ狂った値でも記録するんだ。……これ非破壊検査できなくないか?」
ドクは諦めたかのように答えるが、ここである疑問が浮かんだ。
これだけ重い物体をMRIで撮影できるのだろうか、と。
そもそもこんな物体を置こうものなら、台が破壊されてしまう。
流石に滅茶苦茶に高い機材を破壊する訳にはいかない。
やれることはやっておこう。と考えたドクは物質組成の分析へと神器を持ち込む……
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——ショーユ・バイオテック
分析や定量はこの邪悪極まりない闇の牙城 バイオテックにおまかせ。
金属の組成分析はこれまで阿部一派の依頼をこなしていたため実績は問題ない。
メンゲレは幸いなことに多忙で研究所におらず、真木チームが引き継がれた。
一応破壊試験も許可をもらったので、原始的ながらも確実な分析をすることに。
方法は至って簡単。
メナジオンをグラインダーで削り、採取した金属粉を電子顕微鏡で表面観察。そこから何で出来ているか見出すというもの。
しかし常識や物理法則を無視してくる神器である、この程度で傷つくだろうか?
「博士、やすりじゃ歯が立ちません」
金属用ヤスリではとてもではないが削れない。
「博士、グラインダーで削ろうとしたらダイヤモンド砥石の方がどんどん……あ」
CRASHHH!!!!!
「嘘だろ、ディスクが割れた!」
人力で無理ならば機械の力。
圧倒的モーターとタングステンすら削れるダイヤモンドの砥石を使った結果、ディスク部分が逆に削られてしまい破壊されてしまった。破片が飛び散らなかったのが幸いか。
「こちらが破壊検査をしようとしたら破壊されてしまった……」
今更ながらソフィアが破壊検査を許したのは削れるものなら削ってみろ、そんな意図があったのかもしれない。
しかしこれが真木博士の危険なスイッチを押し込んでしまう。
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往生際の悪い真木はヤケになったのか戦車を呼び出したのである。
装甲を段ボールのように貫く、炭化タングステン弾芯のAPFSDSを使ってでもサンプリングするつもりだ。
「破壊不能ってことでいいでしょうよ真木さん、ここまで手を尽くしたんですからナチスも文句言わないですって」
余りの光景に、ギャンブル依存症の旦那を諭すかのように研究員が説得する。
「……しかし組成してる金属が何なのかが分かっていないのは事実。……奥の手をつかうしかないな」
破壊してサンプルが得られないのであれば、トコトン原始的に戻るしかない。
ここで他の物質と区別をつけるために必要なものについて考えよう。
固体から液体になる温度である融点もそうだが、密度も物質によって決まっている。
中学生の授業で金属を沈め、増えた水かさから密度をはじき出す。そんな授業が往々にしてあるものだが、それを今行おうというのだ!
あらゆる手が通じない以上、こうしたシンプルな手が生きてくるものである。
やらないという選択肢はない。
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「……これは間違いなく純度の高いタングステンで間違いないかと。重量と密度は合致しませんでしたが……」
「本当に?これが?タングステン?」
あらゆる手を尽くした結果をドクに報告することになったのだが、どうにも腑に落ちないようだ。
密度だけでは決め手に欠けるため、電気抵抗や放射線を遮る能力の測定なども合わせて測定した結果がコレである。
タングステンと言えば融点が3000度と異常に高く、徹甲弾の素材に使われるくらいにはとびぬけて硬く加工が難しい。
あらゆる不条理を抱えながら、ドクは最終試験に入る。
一体これがどれだけの力を持っているのか、威力の検証だ。
神話によればメナキノンと相反する魔封じの力を持つというが、こんなふざけた物体を振り回せば何ができるのか。知りたい人間は割と多いらしい。
そこで、あるものを持ってきて検証するのだが……
QRAQRARQA……
履帯が軋むと音と共に現れたのは5式中戦車。ゾルターンでロンドン討伐に活躍した車両なのだが、見るべきはその後ろ。
なんと、そこにはT-55がけん引されているではなかろうか。5式が停車すると、ドクは今から外へと出ようとする車長に問う。
「使っちゃって大丈夫なんですかアレ」
「元々は市民の会に訓練用にと貸してたんですがねぇ、クラッチ切り替えにミスって川底に沈んで行動不能になっちまって。あるんですよ、クラッチ戻らない事が。記録によれば80年代からコキ使ってたんで寿命だと思いますよ多分」
「どのみち廃車にするんで、盛大にやってくれると助かります。実戦状態のままにしろってんで弾薬と燃料入れてます、安全対策はしておいてくださいね」
訓練用にアクの強い車両を貸すなと思われるかもしれないが、訓練用のT-55は割とメジャーである。
それよりも5式の方が古い設計とは言ってはいけないが。
今までの実験結果から理論に根付いた学術的嫌な予感がしたため、的と投擲する側にハイスピードカメラを設置。
拳銃を撮影すれば生じる発射ガスや、発射された弾丸が回転していることが良く分かるだろう。
当然、非常にお値段が張る代物である。
実験内容はもう言う事はないだろう、ただ投げて直撃させるだけ。
「では」
殿下は投擲する際のフォームを取ると、当たり前のようにメナジオンを投擲しやすい場所へと呼び出した。
その次の瞬間。
Boob!!!
鈍い音と共に鉛色の煙が舞い上がり、茶碗を翻したかのような砲塔が見えなくなる。
凡そ人間が投げて出せるような速度ではないのは明白。これは予測出来ていた。
予想外な事実はいつも遅れてやってくるもの。
塵や装甲の破片によって生じた煙ならすぐ晴れる。しかし何やら様子がおかしい。
煤でも出ているような真っ黒い煙が濛々と噴き出ているではないか!
「逃げろ!戦車が爆発する!」
ドクがそう叫ぶも時すでに遅し。
恐らく猛烈なエネルギーを持った槍が砲塔内部にぎっしり詰められた弾薬に着火。
一気に弾薬庫へ火の手が回り、こうなった戦車の運命はただ一つ。
KA-BooooOOOMM!!!!
爆発だ。
下から突き上げる強烈な爆風により、砲塔はまるでメンコのように舞い上がる!
まるで対戦車ミサイルでも受けたような惨状が辺りに広がった……
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結局T-55の炎上は消火器で消し止められない程に燃え上がり、見事真っ黒に燃え尽きた後に弾痕検査を実施。
ハイスピードカメラによって算出された初速と照らし合わせ、何が起きたのか検証することに。
ドクは写真を見比べながら淡々と説明する。
「まずこれがHEAT。弾性を失うまで加圧されているので孔は割と綺麗だ。次、APFSDS。所詮は硬い鉄板にさらに硬いのを撃ってるから、アルミ板を千枚通しで思い切り刺したみたいになってる」
ロケットランチャーなどのHEAT弾は、起爆と同時に圧力によって弾性を失なわせて貫通する。
そのためぽっかりと穴が空く。
それに比べて原始的なAPFSDSは貫通した裏側が王冠のようになっているのが特徴的。
「まぁいつもの資料写真ですね」
具体例を出しながら、今度の実験で撮影された弾痕を比較する。
「んで例のヤツだ。真っ黒になってるが、後者と全く変わらん。カメラの方だが計算したところ毎秒2000m出ていることが判明した。……ただの徹甲弾だな。よし、解散!」
何故恐ろしい速さで投げられるのか、凄まじい貫通力を持つのか。戦車を爆発せしめるだけの熱エネルギーを持つのか。
理論的に考えれば色々な問題が頭をよぎるだろう。
しかしよく考えて欲しい。
もはや物理法則を無視しているような物体に、物理学という枠組みで太刀打ちできるのだろうか。
数年悩まないと出て来ない課題を、あらゆる不条理を前に疲労しきったドクに対して今出せというのは無理な話。
物理学者はなんとかこの神器を物理学という枠組みに落とし込むべく、データとにらめっこする日々が始まるのだった…
次回Chapter272は1月7日10時からの公開となります。
・登場兵器
神槍メナジオン
ファルケンシュタインの神話に登場する物品で力を与える「メナキノン」と対になる神器。
「数万年前に作られた実物」
力は与えないが、能力はメナキノンの逆で、奪う役目を持つ。
実体を持たずして、実体に干渉してくる不条理を滅するにはこの手しかない。




