Chapter259. Supply
タイトル:【補給】
国際犯罪組織ロンドンについて振り返ろう。
殺し・盗み・人攫い・人身販売・武器の横流し・詐欺・強盗・村の襲撃……
隣国ガビジャバンから発生したソレはあらゆる悪行をまき散らし、ファルケンシュタイン帝国ではラムジャーと結託し、ゾルターンを中心に存在を強固なものとした。
しかしSoyuzやラムジャーを許さない市民の会の台頭により、帝国軍の敗残兵が流入するなどにらみ合いが続いていたが、度重なる襲撃や大火力による攻勢。
更には窓口役のゲイルの戦死や直下精鋭部隊「ビッカース」の壊滅、場所を提供していたラムジャーやゾルターン県そのものが陥落してしまったことにより、急速に弱体化していった。
脅威は一度去ったかのように思えるが、市民の会やSoyuzは一切の妥協を許さない。
政治情勢などの専門家であるジングォン政治中佐の進言もあり、いよいよ殲滅作戦へと舵が切られたのである。
そこで市民の会はある確実な情報を手にしていた。
ロンドン残党はペノン県ヴェノマス沖に浮かぶ「エリーシェン諸島」に逃げ込む、と。
元々組織の海賊が取り仕切っている海域であり、恐らくツテを頼って逃走し一旦形勢を整えようとしているのだろう。
みすみす許すとでも思ったか。
されでも戦いの前には準備が必須なのもお忘れなきよう。
作戦の流れ自体は渡船や海上戦力を駆潜艇が相手をし、島を巡洋艦などで砲撃してあらかた一掃した後に上陸部隊を送り込んで制圧するというもの。
戦力を丸裸にするのは良いのだが、そうは問屋が卸す筈もなかった。
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「厄介なことになりましたな」
本作戦の司令官であるフィッシャー少将がぼやく。
ロンドン殲滅作戦には当然超大和型戦艦 尾道を参加させたいのはやまやまだが、時はゲニフィチニブ要塞を焼き尽くしたばかり。
補給を受けなければただの図体がデカい戦艦である。
更に困ったことに、究極兵器オンヘトゥの1つ「ベルハトゥの涙」のプレート落下によって引き起こされた津波がギンジバリス市のSoyuz専用荷下ろし港。
もとい補給設備を破壊してしまい、復旧のためには時間を要するという。
弾薬が残っているのは駆潜艇と観測を担っていたアレン・M・サムナー級駆逐艦「モンティパイソン」と「バイシクルリペアマン」
さらにアラスカ級大型巡洋艦「サウスパーク」くらいのものだろうか。
重巡洋艦大田切は海戦で受けた砲塔付近の損傷の修理中、スラーヴァ級巡洋艦では費用対効果に劣るとして出撃は難しい。
さらに空母北海からはいくらか爆撃機を飛ばせる予定だが、出撃できる爆撃機は限定的。
他に島々を完膚なきまで叩きのめすにはまだまだ足りない。
オンヘトゥ13使徒「ベストレオ」や帝国海軍との艦隊戦といった、度重なる激しい戦闘が短いスパンで続いていたため、満足に動ける艦艇は意外に少ないのだ。
駆逐艦での砲撃でも効果は見込めるだろうが、ロンドンを壊滅させるには足りない。
そもそも大本の目的は渡船らの排除であって火力支援ではないのである。
だからと言って巡洋艦サウスパークの1隻任せにするのも不安が残るのも事実。
頭が痛くなるような要素が重なっていくが、フィッシャーはここである妙案を思いつく。
「使えるものは使っておくとしよう…」
彼が言う「使えるもの」とは一体何なのか。
早速少将はギンジバリス市とベノマスへと連絡を取るのだった…
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——ペノン県ベノマス
——秘匿ドッグ
海に面している交易で栄えた街、ベノマス。
軍事政権に移行してからというもの、数多の軍艦が製造されてきたのは言うまでもないだろう。
当然竜母アドメントのように数が揃えたいものから、完全に秘匿されていたコンクールス級戦艦のように高性能なものまで種類を選ばない。
そこではある1隻の艦艇がSoyuzによって捕獲されていた。
第3号航空戦艦、またの名を強襲用幻影竜母【ヤルス・ワーレンサット】。
異世界のドレッドノートと言われたコンクールス級戦艦の船体をベースに、側面に飛行甲板を追加。
主砲の連装式魔甲砲を4基8門から3基6門に削減した、超攻撃型の大火力竜母である。
尾道が襲来している中動かせればよかったという声もあるだろうが、こういった艦船を運用するには馬鹿にならない程の人力が必要だ。
パニックに陥っていた未熟な支配者はそこまで考えが回らなかったのだろう。
だからこうして無傷で捕獲されたのだが。
Soyuzが使うとして誰がこの艦船を指揮し、運用するのだろう。
白刃の矢が立ったのは海戦の英雄「ギンジバリス提督」だった。
情勢の変化を悟っていた提督は渋々ながらロンドン殲滅作戦に参加することを承諾。再び手腕を振るうことに。
自軍を討つよりはずっといいが、軍事政権側の人間からするとどっちつかずと言う形で
気まずいのは言うまでもない。
ZAPS!ZAAAPS!!!——JARRRRR……
ドッグ内では常に溶接の火花が飛び散り、鎖が擦れ合う音が響く。
そこに収まる全長205m、海賊船の4倍もある巨大な船体を見て、調査に訪れていた阿部は言葉を漏らした。
「まさかこんなことになるなんて思いませんでしたな。それにしても自国の領海でこんなことをするとは……」
そもそも提督は荒っぽい性格ではないことは薄々知っていた。
艦艇の説明も心底丁寧なものだったし、几帳面で大まじめだと言うことは知っていたが、
決めるときは大胆だ。
やはり英雄と言われることはある。
「私は薄々感じていましたが?それにロンドンの問題は遅かれ早かれこうなるだろう、と考えていましてね。——ただ、異端軍である貴公らの力を借りたまでです」
チャンスはモノにする。
どれだけ時代が流れようとも、立場が移り変わろうと物ともせず、ものし上がっていく。
ここまでは良かったのだが、よく見ると学術旅団の他に、建設機械師団の人間も呼びつけられているではないか。
何やら側面に機銃なりを取り付けているように思える。
それはそうと秘匿されていた秘密兵器が発見されたモノだから、原型を記録しようとウキウキで現場入りしたら何やら改造が始まっているではないか。
絶対にないかもしれないが気のせいかもしれない。
「それにしても思い切り戦艦改装してないですか?いや確実にしてますよね?」
恐る恐るそう質問を投げると、真摯な答えが返って来た。
「当たり前のことを今更。離島での戦闘となれば航空戦力を差し向けてくる。
上陸制圧・偵察・制空と割り振り、なおかつこの艦が強襲用。
最前線まで来るとなると必然的に自衛することが求められてくるだろう」
「それでは主砲や副砲では不十分だと判断し、改装を進めている」
正論だ。
あまりに真っ当すぎてつけいる隙がどこにもない。
「間に合わせだが片側3、両舷に6基12門ずつ連射連装実砲を装備し対空装備としている。
あり合わせだが、無いよりはずっといい。
ヤルス・ワ―レンサットに乗務するのは私の育てたクルーが扱う予定だが、教育も済んでいる」
「それZPU-2ですよねソレ。えぇ……正式採用してないですか?」
帆船版「超弩級戦艦」兼空母。
それを改造されていく光景に、ただただ困惑する阿部であった。
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帝国系艦船のみならず、歴戦の猛者であるSoyuz艦も整備・補給を受けなければならない。
建設機械師団が破壊された港を修復するのと同時に、被害を免れたものや修復が終わったギンジバリス港湾設備を使って補給を行っていた。
昨今の大型化した軍艦の補給は機械力なくしては成り立たない。
巡洋艦サウスパークですら30.5cm3連装砲の1つを補給するにも、まるで高層ビルのような作業を要求されるのである。
WEEEEL………
「玉掛けヨシ、引き揚げろ!慎重にな!」
パレットに敷き詰められた木箱が、キリンを何十倍にも大きくした巨大なクレーンとそれに繋がったワイヤーがピンと張り詰めていく。
今持ち上げているのは大きくDangerと記された数多の木箱だが、これは砲弾の発射薬の部分。
甲板上に下ろしたら下ろしたで、ここから甲板に格納されているクレーンを使って補給用のハッチから砲塔の根奥まで届けなければいけないのだから大変だ。
その傍らでは超大和型戦艦 尾道の砲身交換という目を見張る、超重作業が行われている。
砲弾もそうだが、51cm砲弾を発射する柱のような巨大な砲身もまた消耗品だ。
既に数多もの艦砲射撃を行っている以上、清掃はもちろんのこと交換する所まで行ってしまっている。
何台もの巨大なクレーンが1本の柱をワイヤーで吊り、少しずつ引っ張っていく。
一つでもペースを崩せば即大災害。
砲身1本でも優に重量が200t以上。
もはやキャノンというよりは構造物、ちょっとした橋げたを交換しているようなものだ。
大鉄塊が落下すれば甲板にいる作業員に直撃、悪夢の労働災害に名を連ねること間違いなし。
オペレーターには阿吽の呼吸が求めてくる、極めて繊細な作業に違いない。
【1番砲塔の左砲身、取り外し完了】
【了解】
この戦いの功労者である戦艦尾道はしばし休暇に入っていた。
時にはメンテナンスは必要不可欠なのだが、これがまた悩みの種でもある…
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——巡洋艦サウスパーク
——ブリッジ
補給が行われている傍らで、ロンドンの最終拠点をどう陥落させるかを上層部が会合を始めていた。
オンライン上ではあるものの、参加しているのはサウスパーク艦長のケニー大佐に作戦総司令のフィッシャー少将。
市民の会代表のロジャーもお忘れなきよう。
ナジン級を駆るバートラー少佐一味や音声のみにはなるが、ギンジバリス提督とサルバトーレ級戦艦ヴェノマス号艦長のヒュドラも参加している。
早速、総司令である少将口火を切った。
「本作戦は陸海空の3方面でエリーシェン諸島に拠点をおくロンドンを無力化することにある。
しかし現有戦力は帝国軍との戦闘で疲弊、さらには荷下ろしを行うギンジバリス港湾が損害を受けているため動かせる戦力は有限だ」
現に尾道の主砲は奇跡的に逃れた砲身に全て交換予定であり、そう易々動かせたものではない。
大火力にモノを言わせて焼き払うことはできず、いかに効率よくロンドンを壊滅させるかを練らねばならないのだ。
「そこで巡洋艦サウスパークと竜母ヤルス・ワ―レンサットを前面に展開。
艦砲射撃を浴びせながら、市民の会の航空戦力を発艦させる。
その他の艦は敵水上戦力の排除、ないし無力化した敵兵の回収を行う」
「艦砲射撃終了後、巡洋艦は島の裏側に回り込み砲撃。ヤルス・ワ―レンサットは揚陸艦による陸上戦力の揚陸を援護せよ」
砲撃で敵の抵抗力を削いだ後に、フェロモラス島での重機などを陸揚げした揚陸艦により陸上戦へと持ち込み制圧へとつなげていく、というものだ。
ここでギンジバリス提督が意見を上げる。
「今回の戦闘は非正規、それも小賢しい賊集団の戦闘となる以上、逃亡を防ぐためにも裏手に回るのは大型船1隻では見逃しが生じる恐れがある。
加えて艦載騎への誤射の恐れが否めない。展開には留意するものの、それは承知の上だろうか?」
相手はすばしこい海賊。
それに地の利も多少なりともあることを考えると、いささか回り込むのが1隻では網目が荒いのではないか。
更に双方竜騎士や天馬騎士が入り乱れるため、誤射する恐れがあるのではないかという指摘だ。
艦載とは言うが、実際に戦うのは市民の会の人間である、事を荒立てたくはないのだろう。
その点も考えていたようで、少将はこう告げた。
「承知している。駆逐艦モンティパイソンないしバイシクルリペアマンを応援として差し向ける。誤射に関してはソ・USE端末を支給し位置情報を共有するつもりでいる」
Soyuzに抜け目は無い。
足の速い駆逐艦でカバーすることになり、徹底的にロンドンを海の藻屑に変えるつもりである。
議論は白熱していく。
続いてはヒュドラからの意見が旗のように上げられた。
「うちのヴェノマス号に関してだけども動かす要因が常にギリギリで余裕がはっきり言って無い。
ぶっちゃけると市民の会とかそっちの方からいくらか人間が欲しい。
若い衆と仲良くしてくれるならどんな奴か選ばないけども」
ロンドン海賊は古典的な船を横づけしてきて乱入、制圧をかけてくる戦法を使っているからこその言葉だろう。
実際に襲われている所を撃退したこともあり、この発言は無視できない。
するとロジャーが切り出してきた。
「その件に関して、我がラムジャーを許さない市民の会から勇者・魔導士、ソルジャーを応援に出そう。
交換条件とまではいかないが、余裕があるなら島に接岸して応援部隊を上陸させてほしい。Soyuzの船で私は上陸するが、どうにも不安だ」
揚陸艇は一度に送れる数には限りがある。
なるべく輸送力があるだけ望ましいと判断しての交渉だろう。
「そうしてもらえると偉くありがたい。なぁに人運びくらいおまかせあれ。ヴェノマス号は働きモンだからそれくらいしなきゃダメよダメ」
色々と聞き捨てならないことが漏れたような気がするが、この場で追及すべきではないだろう。
締めくくりをフィッシャーが取り仕切る。
「——その他質疑は」
Soyuz・元ファルケンシュタイン帝国軍・義賊・そしてラムジャーを許さない市民の会。思いもしなかった4連合が結束した瞬間だった。
次回Chapter260は12月8日10時からの公開となります。
登場兵器
・戦艦ヤルス・ワ―レンサット
実は幻影戦艦コンクールスの2番艦として建造されていたが、予算がオンヘトゥ13使徒へと使われたため完成を待たずに別艦に改装。
強襲幻影竜母というよくわからない艦になってしまった。
実力は未知数。
・ZPU-2
ソ連の14.5mm機関銃を2連化したもの。地対空ミサイルが普及した昨今は対空機銃としてよりも対地射撃していることが多い。トラックにも乗せられていることも。
実物は横浜にある不審船博物館で見る事が出来る。
いくらなんでも勝手につけてはいけない。
アラスカ級大型巡洋艦「サウスパーク」
主砲は前弩級戦艦と同等の3連装30.5cm砲を3基9門。
34基という恐ろしい数の20mm単装機銃や12.7cm連装砲を6基。さらには40mm4連装機関砲を14基と、もはやおぞましい領域に達している大型巡洋艦。
何故異世界入りに選ばれたのかは言わなくても分かるだろうか。




