Chapter254. Duplication of magic
タイトル【複製魔術】
要塞地下通路の半分に差し掛かろうとしていた。だが敵も必死、そう簡単に問屋が卸すだろうか。
兵士たちの目の前に鎮座する残骸群。ジェネラルのシールドやアーマーナイトの大きな胸当てが立ち並ぶ。
この狭い場所において効果的かつ、スタッフの一番みたくなかった存在、バリケードである。
試しに梱包爆薬の一つを、防壁が弱っていそうな場所に設置し、反射的にボタンを押す。
——KA-BoooMM……——
ドアも吹き飛ぶような強力な爆風が襲うも、肝心の壁には傷一つつかない。
「装甲車でも盾にしてんのか?」
スタッフは思わずつぶやく。
いかに強大な敵を倒しても進めなければ本末転倒だ。
こうなってはもう仕方がない、この先に足を踏み入れるためなら手段は選んでいられるだろうか。
「これなら良いだろう」
無数に張り付けられた爆薬。
言わずもがな、空挺戦車内に持ち込んでいた屋内突破用の爆薬数十キロ余り。つまるところ車両に積載した全てである!
BooooOOOOOOOOOOMMMM!!!!!
梱包爆薬でどうにか破壊。
そこまでは良かったが、思わぬトラブルが彼らを襲う。
【Light armor04 この先は進めそうにない】
【了解】
火力と盾を兼ね備えるBMD-4が奥へと入れないという。
よく見れば通路幅が狭められており、このままでは車体が閊えてしまうのも無理ない。
空挺部隊たちは仕方なく司令部へと繋がる通路へと足を踏み入れるのだった。
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奥へ切り込んでいく兵士たち。
しかし気になることが一つだけ、それも少なからず違和感を持つことがあった。
迎撃の兵士が出て来ないのである。
殴り込みをかけられるのが予め分かっているのであれば、普通は兵士を配置するのが常識。
気圧の関係で、吹き込んでくる風が反響する音がしっかりと聞き取れるまで静かなのはあり得ない。
考えられることは2つ。
待ち伏せするために兵士を集中させているか、あるいは出せるだけの兵力が存在しない。
つまりは弾切れを起こしているかに絞られる。
【Fall01からLONGPAT第二ホールへつながる扉を発見】
【LONGPAT了解。繰り返しになるが待ち伏せに気を付けろ】
【了解】
前者でも後者でも十分あり得る状況下、ついに扉の前へとたどり着いた……
——第二ホール
扉前
「……どういうことだ、鍵が掛けられていないぞ」
「何?」
普段冷徹であるはずの空挺兵が言葉を漏らす。
なんと、最深部に近いというのに扉に鍵をかけた上で板を打ち付けてあるどころか、そもそも鍵すらかかっていない。
あの強固極まりなかったバリケードは何だったのか。辻褄が合わず、説明がつかない。
しかし彼らは楽観的には決してならず、ある部下は仮説を立てた。
「……隊長。恐らく兵士の弾切れは間違いないでしょう。すると……」
「待ち伏せだな」
「ええ」
兵士の弾切れに伴い、侵入者を一掃するため、強力な「何か」を使った待ち伏せだと考えたのである。
隊長は部下たちに壁に張り付くようにハンドサインを出し、その後あえて蝶番を破壊するように命令を下す。
BANG!!BANG!!!
扉板を支えるものはあっけなく砕かれ、いよいよ敵の姿が露わになる。
壁に沿いながらホールの方向へと視線を向けた兵士は口走った。
「どうなってる」
無理もない。
潰れたように低い砲塔。
見慣れた100mm低圧砲に、同軸兵装として取り付けられた30mm機関砲、大げさなくらいな車体。
そこに居たのは、あろうことか頼れる味方であるはずの「BMD-4」なのだから……
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本来味方である筈のBMD-4の出現に、精鋭部隊の塊である空挺部隊らは戸惑いを隠せなかった。
鹵獲されたという報告も、ましてや技術レベルから複製は不可能と言われた装甲車両が突然現れたのだから無理はない。
【こちらFall01 要塞地下にBMD-4が出現。どうなっている】
まさかの複製品の出現。
動揺を誘う敵の作戦ならあまりにも効果的と言えるだろう。
対抗できる武器を持っている兵士は例のジェネラルとの戦闘で後退している。最悪の二段構えだ。
【こちらLONGPAT。車番は】
しかし戦場において鹵獲する、されるというのは日常茶判事。
冴島大佐はここで車番は何かを聞いてきたのである。
Soyuzに限らず、軍用車両には長い桁数の番号があてがわれている。
運用している車両に描かれている番号は下3桁。
照会をかければ、どこで何をしていてどんな状態に置かれているのか一目瞭然だ。
【……334、334号車です】
【LONGPAT了解、照会をかける】
しかし敵は安息など与えてくれない。
VEEEEEE!!!!!——BooM!BooM!!!
BMDの潜むホール奥から熱戦やら隕石が降り注いでくる。
こちらへと近づかないよう射撃を続けるが、それも効いている素振りを見せない。
すり抜けてしまうのだ。あの時の幻影の様に。
兵士は壁にぴったりと張り付きながら突破方法を勘ぐる。
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【こちらLONGPAT。BMD-4 520-334号車について照会が完了した。当車両はナンノリオン城制圧戦に参加、現在ヴェノマス整備工場で補給と整備を受けている】
【捕獲されたという報告もないどころか、現物が実在する。——目の前にいる334号車は偽物か、あるいはBMD-4を踏み台にした新兵器だ!】
どのタイミングで空挺戦車についての詳細情報が漏れたか分からない。
それどころか自動車すら存在せず、文字が一切読めない人間が扱える訳もないのに、現に空挺部隊たちに攻撃を加えている。
一つだけわかる事があるとするなら、どこかのタイミングで334号車と接触。
これをベースにしてコピー機のように忠実に作っていることは間違いないだろう。
すると隊長から答えが返ってくる。
【Fall01 了解。敵車両は火器兵装を一切搭載せず、魔法的射撃を行っています】
【また、対戦車火器もすり抜けてしまいます】
冴島はすり抜ける、という言葉に強い引っ掛かりを覚えた。
ナンノリオン城で現れた謎の幻影。神槍を使い、実体を持たずして一方的に干渉してきた超常現象的事案である。
あの時、BMD-4に接触されたという報告がされていたことを思い出す。
点と線が繋がった。
複製品は恐らく神槍メナキノンの機能によってコピーされたもの。
何かをバラバラにしてそこから同じものを作り上げたのではなく、334号車を丸ごと読み込んで作り出した存在なのだ。
紙幣をそのままコピー機にかけて作った偽札の様に、何もかもが同じなのも合点がいく。
その一方で、武装類は帝国にとっても扱える魔導によって置き換えられている。
T-72や先軍915と言った戦車が複製されないだけ有情だろうか。
「……厄介なことになった」
恐らく神というふざけた力なら、こんな舐め腐った物体をいくつも生み出すことくらい造作もないだろう。
しかし今はどうにかとして目先の突破方法を考えるべきである。
冴島は深く息を呑む。
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前線では付け加えるかのように、魔導と物理学のプロフェッショナルからの助言が入る。
【えぇこちら、バイオテック物理部とオンヘトゥ開発部リーダーのドク。聞こえているか?魔導的な方面であればBMD-4そのものを複製することは理論上可能だ。繰り返す、理論上は可能だ】
あのBMD-4は鹵獲されたわけでも、リバースエンジニアリングから作られたモノでもない。単純に魔力によってかたどられた偽物である。
物理的な攻撃が一切通らず、すり抜けてしまうところを見ると、末期の人間が見る幻影と大差ない。
【だが幻術ではなく、そこに存在するとなると話は別だ。開発部の連中もどうやって実現して見せたのかまるで分らないと言っている!】
【つまり、そこにいる戦車は……もう既に我々の常識が通じる相手ではないという事だ!何をしてくるか全く予想がつかん!】
「こちらの兵器をそっくりそのまま、ガワだけコピー機にかけやがって……」
兵が悪態を付く。
しかし、このボヤキが隊長に閃きを生んだ。
形だけの偽物ならば、中に魔導だろうが妙な道具を詰め込もうと勝手である。
武装は火器ではないし、そもそもこれは内部に入って動かしているとは限らないのである。
常識で考えるだけ無駄なのだ。
つまり、遠くからリモコン操縦しているドローンと同じだとしても何の違和感もない。
複製されて時間が経っていない以上、操縦などを兵に学習させるのは不可能。
キチンと練度が担保されているのは遠隔操作されている説は濃厚だろう。
無線機を取り、先ほど連絡を寄越した学者連中に折り返す。
【こちらFall01。対象は自律型か?】
現実世界に存在する無人兵器は基本的に「自律行動」することができない。
それ故に地球の反対側から操作する人間が必要となってくる。いわば大掛かりなラジコンなのだ。
当然ラジコンのコントローラを破壊すれば操作されているものも機能を停止する。
隊長は目の前の無人装甲車が自律行動しているかどうかの確証が欲しいのだ。
【こちらオンヘトゥ開発部。結論から言うが、不可能だ。アイツは自律行動していない。
実体がある存在なら魂由来の自律行動回路を組むことは出来るが、恐らく魔力の塊だろう。
そうすると同じ魔力で構成される制御用魂と混ざり合ってしまう】
コンピュータの代わりに制御を担う魂は魔力で構成された人魂。
実体がない物体に対して装置はすり抜けて組み込めず、直接放り込むと混ざり合って機能しなくなってしまう。
プールに血を一滴たらせば薄まり過ぎて赤くならないのと同じだ。
【デタラメな狙いではないなら……恐らく、操作している人間は近くにいるだろう。よく探してほしい】
また侵入者に対してそれなりの精度で攻撃を浴びせることができるなら、近くでラジコンしていることは確実と言える。
【了解】
隊長は答えの出たかのように短く答えた。
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異様に低い砲塔に低圧砲と同軸の機関砲にグリーンの塗装。目に焼き付くほど見慣れたBMD-4空挺戦車。
しかし空挺部隊の知っている実物とは違い、幻影のように実体が存在せず攻撃がすり抜けてしまう。
そればかりか当たれば即死の隕石やレーザービームで攻撃してくる様は正に「怪異」の言葉がふさわしい。
BaaaAAAAAAHHHHHH!!!!!!!1
これまでの攻撃と明らかに違う、とてつもない太さの電気束が放たれた。
当たれば問答無用で炭素の塊になって死ぬ、超高圧電流を生じさせる上位魔導【バルベルデ】だ。
いつまで経っても侵入者を排除できないことに業を煮やしているのがよくわかる。
辛うじてよけられたが、超高電圧攻撃という都合上、グズグズはしていられない。
「ありったけの弾をぶち込め!」
BLATATATAT!!!!!!!——ZASH!!!!
鶴の一声で、兵士たちは銃を乱射し始めた。
ライフルやグレネードに、RPG16の成形火薬弾頭。ありとあらゆる種類の弾丸がホールに解き放たれ、破壊が舞う。
隊長の出した答えとは単純明快。
たとえ本体に対して全く効かなくとも、操作をしている人間を倒せば良いのである!
DAM!!DAM!!DAM!!!
BMDからは機関弾の代わりにギドゥール由来の隕石が飛来するも、目で追える攻撃など精鋭にはかする筈もない!
なおも総攻撃は続く。
攻撃そのものは魔力で構築された空挺戦車には意に介さない。
しかし、分厚い装甲バリケードを吹き飛ばしてからは一転。複製からの攻撃どころか動きはぴたりと止まった。
そのことを察知した兵はすかさずクリアリングに入る。
不自然に築かれた場所を発見するや否や、銃を向けながら丹念に調べることに。
すり抜けるとホログラムの様に空挺戦車をすり抜けた先に待っていたのは、一人の爆死した兵士の亡骸。
「……コイツで間違いないな」
おそらく操作要員と見て間違いないだろう。表情を変えることもなく、スタッフは呟いた。
あまりに呆気ない最期に、無力化としたという実感が湧かないが立ち止まる訳にはいかない。
「無力化を確認しました」
もう一人の兵士が報告すると、次に待ち受けるのは司令部。いよいよ敵の中枢部で勝利まで秒読み段階と言ったところ。
だが相手は高い実力を持つ高官ユンデル。
筋金入りの反Soyuz人間なら潔い訳がないため、死力を尽くして反抗してくるに決まっている。
一瞬たりとも気が抜けない中、兵士は進むのだった。
次回Chapter255は11月11日10時からの公開となります。




