Chapter250. Do or die
タイトル【殺るか、殺られるか】
残されたベストレオの砲門。
射程距離 数百キロ、直撃した際にはミサイルを何十発撃ち込んでも耐える要塞を蒸発させる。
たった一つ破壊し損ねただけでも戦況を覆しうる、まさに究極兵器の象徴たる存在だ。
悪魔の砲台を破壊すべく、尾道の主砲内はめまぐるしく動き続ける。
たった1発で軽自動車と同等かそれ以上の重さを誇る51cm徹甲榴弾を弾込めするだけでも、機械力がなければ始まらない。
砲弾本体と、それを遠方20kmの彼方まで飛ばす装薬が奥底の弾薬庫からチェーンで引き揚げられると、素早く装填されていく。
尾栓をしっかりと閉じると、装填に当たっていた乗員が一斉に逃げ出し、砲撃を告げるブザーが鳴った。
———BEEEPP!!!!———
人智を超えた巨砲が生み出す衝撃は人一人を殺すことなど造作もない。
GaaaaaAAAAAAAAAASHHHHHHH!!!!!!!!!!
尾道に据え付けられた連装砲3基6門が一斉に火を噴いた。
その矛先は全て一つの的に集約されている。
既に相手方は装填を終えて、引き金に手を掛けている状態。
もう2度目はない。
これで外せば超大和型であろうとも蒸発する。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという言葉があるように、それだけ躍起になって破壊しなければならないのだ。
大爆発のエネルギーを一身に受けた砲弾は、トンネルのような太さの砲身の中で回転しながら飛び出していった。
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夜のとばりが覆い尽くしたこの戦場を柱と見まがうような弾が飛翔する。
満点の星空、わずかな明かりを齎す異界の月。
音速を超越した速度で飛ぶ砲弾には感傷に浸っている暇すら与えられない。
発射された余韻が残る数十秒。徹甲榴弾にしてみれば8km程度舞ったころだろうか、ついに城塞がついに姿を現す。
この先に底知れぬ死を与える敵目標が存在するのだ。
時計の秒針が1秒、また1秒を指し示していくうちに距離は目減りしていく。
もう着弾まで数百メートルを切った頃、破壊された残骸に紛れて四角い異形が飛び込んできたではないか。
あれこそベストレオの中核を担い、悪夢のような破壊をもたらすクリーンな戦略兵器。
主砲試作品の一つだ!
距離は時を刻むたび益々大きくなっていき、ついには視界一杯に天板が広がった暁には……
————KA-BooooooOOOOOOOMMMMM!!!!!!!!!!
絶対の死を与える機械仕掛けの死神は砕け散った。
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【目標5番 沈黙】
尾道にとって初めての希望が差し込んだ。
その知らせに寺田は目をつぶり、束の間の安堵を噛みしめるがそんな暇はない。
大型艦砲 通称目標A、中型のBやCが無数に残って居るのだから。
「弾種通常に変更。以降各砲座、自由照準。効力射」
強力な敵砲台を徹底的、かつ確実に破壊するための徹甲榴弾から、周囲への破壊力に長ける通常弾頭に変更。
加えて、20km先にある要塞に届くならば主砲のみならず副砲の203mm砲と言ったあらゆる砲で攻撃するように命じた。
弾数は今までの戦いよりは少ないだろうが、やれるだけのことはやっておくに越したことはない。
さらに決まった目標を定めず、艦長の指示ではなく主砲要員の判断で狙いを着けさせ
要塞を徹底的に焼き払う段階へ移行したのである。
なおも寺田は止まらない。フィッシャー少将に報告を上げた。
「少将閣下。省目標は全て沈黙しました」
「よし。ケニー中佐に伝えよう」
もうこれ以上、尾道とサウスパークはひそひそと忍ぶ必要もない。
双方一発撃沈の脅威を排除した今、やることと言えばたった一つ。
あの要塞を火の海にしてやることだ。
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——大型巡洋艦サウスパーク
——ブリッジ
尾道が要塞の切り札を全て破壊したという情報はソ・USEを使ったデータリンク・システムを使ってサウスパーク側にもその報告がもたらされた。
世界のあらゆる水上戦力を蹴散らせるSoyuz海軍の要というだけはある。
艦長はもとより、全てのクルーの成果と言えよう。
やるときにやるのは司令官として、いや単純に人間として「漢」を見せてくれたのだ。
つないだバトンを無碍にするわけにはいかかない。すかさず艦長のケニー中佐はこう命令を出した。
「方位085 距離18000、各砲座、撃ち方はじめ」
「方位085 距離18000、各砲座、撃ち方はじめ!」
尾道と指示が異なるのには訳がある。
戦艦とは違い、サウスパークは保険であり絶対発見されてはならない存在。
限界まで息を潜めるために先ほどの砲撃には参加しなかった。
つまり、撃ってどこに飛んでいくか分からないのである。
だが何時でもリカバリーできるよう、砲だけは要塞に向いていたこともあって引き金を引くだけで良い状態だったことが幸いか。
それも敵が堂々と熱光線を使って探りを入れていることもあって、弾着観測は容易。
要塞そのものに制圧をかける陸上部隊へとバトンを渡すべく、30.5cm3連装砲が一斉に火を噴いた!
———ZGaaaAAAASHHH!!!!!———
制圧への花道の扉が開く。
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——戦艦尾道
しかし射程差というアドバンテージを失っているSoyuz。攻撃すれば反撃が飛んでくるのも当然の成り行き。
たとえ尾道の主・副砲を乱射していても、帝国軍は使える砲を全てなげうって反撃を受けていた。
VEEEEEE!!!!!
夥しい数の熱線と砲弾が空中を牛耳っている今、暗闇故の隠匿性はもう機能していない。
あれだけ暴れれば場所も突き止められるのもまた時間の問題であり、付近には無数の至近弾が次々と着弾。
そのため、草原には火の手が上がっていた。
だが止まない雨がないように、要塞にある砲台を虱潰しにすれば攻撃は停止する。
そう信じひたすら砲撃をしていた矢先のこと。
——ZEEEEEKK!!!!
艦の後ろに凄まじい光と熱が襲った!
「3番砲塔被弾。損害軽微。火災なし」
相手の光線は散々外しているとは言っても、少しずつ収束されつつあるこの状況。
ついに当てられたか。寺田の目元はより鋭さを増す。
対艦ミサイル如きではビクともしない超大和型とは言え、凄まじい量の危険物「発射薬」を抱えている主砲に向けて熱は決して無視できない。
砲塔が攻撃に耐えられたとしても、操作している要員が蒸し焼きにされては元も子もないからである。
「航海長、両舷前進原速」
「了解。両舷前進原速。左右岸壁の距離に十分注意」
錨を下ろさなかったのは全てこのためだ。
被害を最小限にすべく船を進めながら攻撃の手を止めようとしない。
出だしは良い、だが結局は仕上がりにある。
道を作れるか。
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□
———ゲフィチニブ要塞
————FEEEEEEE!!!!
降りしきる艦砲の雨。
水たまりの代わりに大火災が至る所で発生し、魔甲砲の機構が破壊された影響か極彩色の光柱がトゲのように出始めていた。
頼みの綱のベストレオ砲が全て破壊されてしまい、一見して打つ手がないように見える。
——DooooOOMM……——
砲弾が地表に落ちてくるたび、地下のある司令部は地震でも起きたかのような激しい揺れに襲われる。
しかし揺るがない。揺るぎようもない。
彼は要塞の司令官であり、魔法界における重鎮でもあるユンデルにとってみれば、ここからが本番。
取り乱すこともなく、ひたすら無機質に指示を下し続ける。
「各砲座の要員は迎撃を続行し、重騎士中隊は地上に展開。重魔導大隊は中隊を援護せよ」
ポポルタ線といった「過去の遺物」とゲニフィチニブの決定的な違いは弾薬が理論上尽きないことだ。
あの怪しげな男が作った砲が良い的になってくれたお陰で、強力な砲が残っている。
それに敵艦は逃げ場のない運河にまんまと出てきたのも大きい。
アレを始末してしまえば、制圧のためにやってくる陸上戦力を蹴散らせるだろう。
しかし油断は禁物。
異端軍は帝国と同様、空挺降下できる戦力を保有していることを忘れてはならない。
空挺降下してくる兵士とはいえ、所詮はモンスターでもなんでもない人間だ。
そのこと考慮して、重装甲の兵と火力に秀でたソーサラーを送り込んだのである。
彼らは装甲兵器には歯が立たない代わりに、人間を殺すことなら横に出るものはいない精鋭なのだから。
「やれることはやってやるさ……」
ユンデルは苦虫を嚙み潰したような表情で呟くと、近くにあった杖を手に取って魔力を注ぎながら敵を探る。
反応が返ってこないあたり、まだ敵が射程範囲に来ていない。そうなると、しばらく砲撃は続くだろう。
「あの目障りな島さえ潰せればな……」
要塞の真価は「ひたすら耐久し、敵を徹底的に疲弊させること」に尽きる。
しかしこれはあくまでも彼の理論上でのみの話。現実はそうは上手く行かなかった。
「司令!」
地上から司令部へと繋がる伝声管からユンデルを呼びかける声がするではないか。
何かがおかしい。嫌な予感を察知した彼は管に耳を傾け応答する。
「——一体どうした」
「重魔導中隊が出撃拒否しています!」
「何!?」
当たり前である。
51cm砲やら30.5cmといった戦艦級の榴弾が地獄の様に降り注ぐような地上に、戦車のような装甲を持つジェネラルは兎も角として、無防備なソーサラーが出たいと思うだろうか。
敵が入り込んでもいないのに地上に出るということは、確実な死を意味する。
司令部に死ねと言われて、みすみす黙っている兵士がいる方がおかしい。
「えぇ、出撃をしようとしている重騎士大隊の方からもですね、えぇ…そのような声が上がっておりまして……」
自慢の砲門が次々とやられている光景を目の当たりにしているのか、ジェネラルたちからも不満が上がっている有様だ。
聞き耳を立てれば「司令は本当に目がついているのか」や「とても正気ではない」と兵士が口々に言っているのも入ってくる。
戦況に対し、少なくない兵士がユンデルの指揮能力を疑い始めているのだ!
この醜態に言い淀んでいたが、しり込みしているだけの時間はない。
「了解、敵陸上戦力が確認でき次第出撃せよ」
今すぐ出ろと言うのだから反発を生むと考えたのか、要塞に入って来た時点で出撃するように妥協した。
火砲が主戦力の要塞に、司令部に向けて敵兵士が殴りこんできたら打つ手がなくなる。
それだけは防ぎたかったのだろう。
しかしここはボードゲームの机上ではなく「戦場」である。
————BooooOOOOOOMMMM!!!!!!!!————
直後、伝令の近くに砲弾が着弾したようで聞き返してきた。
「えぇ、なんて!?」
「敵が見え次第、出撃させろ!」
「了解、すぐ伝え———」
珍しく声を荒げながら受話器に叫ぶユンデルだったが、向こう側へと繋がる管からけたたましい轟音が響く。
——GRRSHHHHHHHHHHHHH!!!!!!———
51cm、あるいは30.5cm榴弾が着弾。付近あった何もかもを薙ぎ払ったのである。
「しまった……!重魔導中隊に【敵発見次第出撃せよ】と伝えよ」
この調子では設備は全て破壊されてしまう。そう思ったユンデルは近くにいた兵に命令を下すのだった……
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□
戦況が進むたび、露わになった歪みが少しずつ大きくなっていく。
時間が経つたびに次々と破壊されていく陸揚げした艦砲。
それが少しずつ剥がされていく光景は変わらない。
それでも、連装砲を操る要員は遠方20km先に控える尾道に狙いを定め、ひたすら撃ち続ける。
「照準そのまま、撃て」
———VEEEEEEE!!!!!!!!!!
もうこれまでの様に、射程差の壁はなくなった。ならば撃たないという選択肢はない。
弾となる魔力源は湧き出る様にあるし、冷却水も尽きることはないなら猶更。
「冷却急げ、次弾装填」
熱線に晒された砲身を冷やすため、兵士らは地下水が出る栓を開け、砲術長にはどうするか考えるだけの時間が与えられる。
隣にある砲台もそのようで、水蒸気を上げながら飛び交う砲弾の中で佇む。
焼石に垂らしたかのように音を立てて水が蒸発し、真っ赤に染まったビームに触れる集束器がみるみるうちに黒さを取り戻していく。
あとは弾を込めるだけで良い。それも実体のある野砲とは異なり、弁を開けて注入するだけで済む。
「装填完了」
「よし撃て——」
あとは砲手が引き金を引くだけと思われた瞬間。
FEEEEEELLLL……———BooooOOOOOMMM!!!!!
ついさっきまで動いていた隣の砲門に榴弾が着弾したのである!
相当な防御力を持つ砲塔であろうとも、ソファーに物体を落としたかのように貫通し即座に起爆。
周囲に収束器や砲身、さらには装甲片をばら撒きながら跡形もなく吹き飛んだ!
運が悪いことに炸裂後に爆風の生む、強力なエネルギーによって反応。
魔力を注入する弁からは極彩色の光を放ちながら誘爆を引き起こす!
「さっさと砲撃せんか!砲撃後、退避急げ!まとめてぶっ飛ぶぞ!」
巻き込まれて連鎖的に吹き飛んだら堪らない。尻尾を撒いて逃げなければ隣人と同じ末路を辿るだろう。
地表は榴弾によって耕され、破壊した砲台の残骸からはこの世のものとは思えぬ光を放ちながら爆発。
それが魔力供給の配管を吹き飛ばして新たな厄災を生む。
一度始まった誘爆の連鎖はもう、止まらない。
辺りは真っ赤に染まる。
そこにはもう、夜はなかった。
次回Chapter251は10月14日10時からの公開となります。




