Chapter248. Quietness…
タイトル【静けさ……】
戦力が揃えば、あとは策謀。敵をどう倒すか考えなくてはならない。
その動き出す前には当然、ブリーフィングが行われるのは恒例行事だと言える。
一見して地味で代わり映えのない様に思えるが、要点や目的を再確認することは何をするのにも重要だ。
——本部拠点
——ブリーフィングルーム
まずは作戦の要となる艦側から。
戦艦尾道の艦長 寺田や補助役となる大型巡洋艦サウスパークの艦長ケニー・ロジャース中佐も交えて行うことに。
冴島大佐が淡々と説明する。
「本作戦の目的は首都に立ちはだかるゲフィチニブ要塞を制圧することにあるのは周知の通り。しかし、敵の持つ要塞砲は観測班の資料通り長射程かつ、とてつもない火力を持っている。
そのため迂闊に陸上戦力を送り込めば返り討ちになる可能性が極めて高い」
「まず作戦の第一段階として、反撃される恐れの低い夜間に高密度の艦砲射撃によって要塞砲を破壊。
偵察機による観測後、上から空挺部隊を降下、さらに陸上部隊を派遣し内部を制圧する」
この要塞を攻めるにあたって、最も脅威となるのは無数の陸揚げされた艦砲。
言うまでもなく威力はとてつもなく、うかつに足を踏み入れれば現代の主力戦車でも容易く返り討ちに出来る程の火力を持つ。
航空機の稼働率が5から6割。
対オンヘトゥ作戦に使っていないIl-76ら輸送機を使って部隊は送り込めるがリスクは高い。
ではどうやって攻めるのが最良か。
答えは簡単。
相手の持つ砲の射程よりも長い砲火力を持ってなぎ倒してしまえば良いのだ。
ここで気になるのは第二段階の動き。
目標を全て破壊した場合次の行動はどう打って出るか。気になったケニー中佐は質問を投げかける。
「機甲部隊を送り込むフェーズについてだが、これに関してはどうお考えで」
たとえ脅威となる兵器を潰したところで、今までの要塞と同様に戦車を阻む工作くらいしてくる事だろう。
「その件に関してだが、突入前には合図をする。それを受け取り次第、指定の座標に向け砲撃を続行。突入部隊の援護を」
「了解」
艦船はまさに水に浮かぶ砲台。進軍を阻むものは全て破壊し尽くす以外、選択肢はないのだ。
冴島は続ける。
「繰り返すが【敵はこちらの脅威となる反撃能力】を有している。その性質上、日中からの攻撃は確実な損害を受ける」
「では日没後になるな」
不幸中の幸いか、ファルケンシュタイン帝国は、暗視装置や火器管制装置を持っていないか、実用化までこぎつけていない。
人の目。
つまるところ有視界上で戦闘しなければならない以上、暗闇という制約が大きく伸し掛かる。
それでもなお、まだSoyuzを縛るものがあるらしい。
「いや。限界までリスクは抑える必要がある以上、深夜に砲撃する必要がある」
確かに、陽動をかけた時は同じく夜間だった。
それでもダミーの戦車隊を消し飛ばすだけの精密さを有しており、反撃を受ける恐れはまだ大きい。
それが適当な槍ならば良いが、重巡洋艦大田切にバカに出来ない傷をつけるだけの威力なのがネックとなる。
だが結局のところ、これらの要塞を動かしているのはマシンではなく人間だ。
ならば最も注意力の下がるで深夜帯がねらい目となる。
「おおよそ話に聞いていたナンノリオン制圧時と変わらない……しかし敵も無能ではない」
ケニーはこの間あったという魔導都市制圧戦を思い出しながら呟くと、寺田がそれを拾う。
「だからこそ、だ。態勢を整えられる前に何もかも消し飛ばす」
敵は着実に学習する。
突入した空挺戦車相手ならば不意をつけば倒せるだけの武器を持ち、理論上にはなるが現代武器で武装した空挺兵を殺すことさえ不可能ではない。
だからこそ、萌芽が出る前に全て焼き払わなくてはならない。
そうして、帝都への壁を確実に突き崩す作戦は着実に始まっていた…
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□
——Soyuz第二拠点 ポポルタ
——ブリーフィングルーム
海の準備が終われば次は本丸となる空挺部隊の支度。
原則的に歩兵がいなければ拠点の制圧は出来ない以上、彼らがいなければ要塞はSoyuzの手に落ちないと言っても過言ではない。
この21世紀になっても、例えその先になったとしてもその原則は不変だろう。
そういった経緯もあり、空挺部隊の隊長が作戦説明を行っていた。
「投下されるのは俺達歩兵と、BMD-4が30両。後続からは機甲部隊が付いてくる。
また、度重なる航空偵察でも司令部が判明していないことから、敵司令部は地下にあると想定される」
「繰り返しになるが、敵の自爆やBC兵器が最も効力を発揮する場所であることを忘れるな」
司令部はやはり地下にある。
目立たず、また強度に優れる他、燃えるものがないために付け火にも強い。
何の捻りもない王道的手法だが選ばれるだけの理由があるのだ。
強固な地下迷宮を打ち破るのは訳ないが、地の利は相手にある。
それに送り込むのは精鋭とは言え、脆弱極まりない人間。無駄に手数が多い世界の住人なら
殺す方法などいくらでも思いつくに違いない。
そうやって説明が行われている傍らで、落下傘部隊を支える空挺戦車BMD-4に目を向けると投下地点の再確認を行いつつ補給が行われていた。
「降下地点は敵陣に背を向けることになるか……」
車長がソ・USEに接続したモニタを見ながら、どう立ち回れば良いのか頭をひねる。
空挺降下する際には制圧地点に直接降りるのではなく、その付近に降り立って作戦を開始する都合上、着地時が一番狙われやすい。
だが今回に限って言えば戦艦やら巡洋艦からの援護があるのが幸いだろう。
それでも装甲車両は一種の運命共同体なのには変わりない。
装甲の薄さも相まって判断を誤ればまとめて地獄行きとなるのは何処も同じこと。
頭脳労働している車長を尻目に、砲手や操縦手はアリのようにせっせと100mm砲や機関砲弾を車内に運び込み続けていた。
彼らが動き出すのは夜。
果報は寝て待て。
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——本部拠点
それら戦いの準備が着々と整う最前線だが、ここで一旦視点を一番後ろの本部拠点に戻そう。
ファルケンシュタイン帝国との戦闘はいよいよ最終局面に突入する訳だが、帝都に殴り込みをかけるのに抵抗がある人物がいた。
ソフィア・ワ―レンサット、その人である。
Soyuzにしてみれば悪の枢軸、歪な軍事独裁政権の中枢だが皇族である彼女からしてみれば生まれ故郷に他ならない。
後継者として選ばれた挙句、力を授かり現人神となっても、ソフィア・ワ―レンサットという器なのには変わりはないのだ。
覚悟の上とは言え、純粋な神やその使徒になることなく狭い器に閉じ込められるのは「悪魔の力に頼った原罪」と言っても過言ではないだろう。
誰が何と言おうと、禁忌に手を出したことには変わりなく、ソフィアにとって神の力とは自身に対する呪縛である。
故に神力を行使することはせず、ただ罪と向き合っていた。
ただそれで良いのだろうか。
自身をそうやって罪人なのだと、悔い改めることだけすれば良いのか。
それは違う。
自分にとっては呪縛でも、その他から見れば「代表者の証」に違いない。
大罪を背負いながら、大衆が求める使命を全うしなくてはならないのである。現実逃避する乙女の時期は終わったのだから。
ではその役割とは何かと言うと、勅命の執筆である。
……Phew…
一息ついてから支給の万年筆を使って書面にペン先を滑らせていた。
内容はというと、自身がヤルス・ワ―レンサットの正式な後継者に選ばれた事。
現政権は皇族にとっての逆賊であること。
さらには依頼先のSoyuzに対し敵対する者は逆賊と見做すが、今からでも遅くはないので投降せよとの旨を記してある。
幼き頃のレクチャーがこの期に及んで役立つとは、何とも皮肉なことだろう。
彼女の考えとしては、国の象徴である帝都での無用な争いは避けるべきである、しかしこれまで各所あった激戦は一体何なのか。
狭き器故に抱える、どうしようもない矛盾を噛みしめながら筆を進める。
常人なら今にでも逃げ出してしまいたい衝動に駆られるが、ソフィアはそれでもペンを握り続けていた…
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かくして、勅命文らしき書面を完成させるとソフィアは司令部に提出した。それらは巡りに巡ってマディソンのいる事務室に回され、大量印刷されることに。
「万単位で刷るとはなぁ…まぁがんばれよエプソン君!」
そう言いながら彼は積まれたブロックのような紙束をプリンターに放り込んでいく。
書かれている文章も去ることながら、続々と印刷機に飲まれていくこの紙も特殊なものである。
なんと材質に植物由来のパルプを使わず、合成樹脂で代用したユポ紙。
耐水性に優れており、雨にぬれてもインクが滲んで読めなくなることはないだろう。
束はまるで銭湯の桶と見紛うように積みあがっており、枚数からして航空機から散布する気なのは言うまでもない。
それ即ち、途方もない苦行に繋がる。
「……HAHA、プリンタが死ぬ前に俺がくたばっちまうよ」
機械音を響かせながら働く複合機を叩きながらマディソンは呟いていたその時だった。
WEEEL…
ふと自動ドアが開く。地下化されたため、あのプレハブのような安っぽい扉が懐かしく思える。
そこにいたのは殿下だった。
「最悪のタイミングだな、今ちょっと印刷しててプリンタは使えない。神の力をどうこうしてもどうしようもない。諦めて欲しい」
印刷機を乗っ取ったマディソンは念を押して言うが、どうも彼女の顔つきから察するに、そうではないらしい。
「その機械の下敷きになっているであろう原本について…少し」
ソフィアの案件とは。
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彼女の申しつけとは、直筆の勅命文を保存できるようにして欲しいとのこと。
相応しい解決法はラミネート加工にかけることだが、しばし時間がかかる。そ
の間、絶妙な距離を保ちながらマディソンは話始めた。
「なんか目の前に神力を持ってる存在がいるって実感がないな、俺はとこジーザス派だからもっと微妙だ。どうせだし、この際言っちまおう。どう接したら良いのやら全くわかりゃしない」
カトリック教徒である彼にしてみれば唯一神であるキリスト以外の神が存在するという概念が受け付け難い。
イスラムや多神教など否定はしないにせよ、根幹はそう簡単に変わらないだろう。
だが事実、現人神なる存在が目の前に存在する、いや存在してしまっている。
どうしてよいのか分からなくても無理はない。
すると、思いがけないことをソフィアは言いだす。
「神というのはただの器…概念のようなものです。私がソフィア・ワ―レンサットに見えるのなら、今まで通りで結構……」
しかし口ぶりがとにかく重い。
しばらく見ないうちに、プリンターのことで詰め寄った覇気のようなものは失われ、まるで重鎮かのような言い草だ。
あまり複雑なことは考えず、マディソンは返す。
「……神様なんだろうがなんだろうが、心にもないことを言うもんじゃない。いつか心をぶっ壊すからな。それはそうとなんでまた原本を取っておこうなんて思ったんだ。後でe-bayで売ろうったって売れるかどうか…」
「まさか。——ただ少し、私がこの戦いに関与した証拠を残しておきたいのです」
その冗談を拾うソフィアの姿は女王という言葉が相応しい。
「そいつは……いいんじゃないか。こう言うのも難だが、ウチの組織は絶対にシロとは言い切れない。どのみちウチを使ったからには回り巡って……そのことを覚えとくってのは悪くないしな」
Soyuzは決して正義の味方や世界の警察ではない。
内勤として、真っ黒な側面を見てきた彼だからこそ言えたことだろうか。
そんなことを考えているうちにラミネートが仕上がり、状態を見るべく原本を舐めまわすかのように見渡しながらも、こう続ける。
「……よし、こんなもんか。後ろ髪を引かれすぎるのも良くない。なんでもそうだ。ロクなことにならん。いい意味でも、悪い意味でもがんばれとしか…言えないな」
「——そのお言葉の通りにさせていただきます」
不気味なほど静かなやり取りの裏で、Soyuzはいよいよ首都制圧への道へと歩み始めていた…
次回Chapter249は9月30日10時からの公開となります。
登場兵器
・BMD-4
本作戦では空から降下し、先兵を務める兵器。
素早く、大火力で展開力に秀でているが、防御力はその犠牲となっているため火力同士で殴り合うと言うよりは要塞を制圧する要員が近い。
ある程度装甲があるハズだが、ゲニフィチニブ要塞を前にすれば虫けら同然のように蹴散らされてしまうのが恐ろしい。




