Chapter 24. Invisible invader (2/2)
ハリソンの街は疲れに満ちた市民や騎士団の憩いの場になっていた。
皇帝が統治していた頃には珍しい光景ではなかったが、重税が敷かれた軍事政権下に移行してからというものこのような風景は見られなくなっていたのである。
Soyuzが来てから納税義務が撤廃された今、Soyuzを嫌うものは居ながらも十二分の手取りを得た市民らは酒肉に溺れない手などなかった。
「おうマスター、ありがたいねぇ。250Gでフレイア酒が5杯も飲めちまうなんてこりゃ夢だよ!」
酒場では鍛冶職人の男がマスターに向けて声を上げた。
風の噂で値段が馬鹿げている程に下がったと聞いてきてみれば、見たこともない値段になっていたからだ。
今までは2500Gで4杯が今ではその10分の1となっていれば声も上げたくなるものである。
「馬鹿げた税がなくなったからねぇ、お客さんへの奉仕ってもんでござい。ああ、変に水で薄めてないからね」
当のマスターも酒瓶片手にご機嫌な様子で客の職人に返す。どうやら当人も少しばかり酒が入っているようであった。
「やるねぇ、おいアンタも酒はいってんじゃあねぇか」
「お客さんねぇ、夜は長―いもんです。商売も、晩酌も。」
それぞれの酒場は活気を取り戻すと同じくして夜も更け、より一層祭りが始まろうとしていた。その矢先だった。
———QRAAM!!―――
突如として空から市街路に何かが突き刺さった。舗装された道は砕け、槍が刺さっているのである。それも一本だけではない、無数に降り注ぎ始めたではないだろうか。
それが悪夢の到来だった。
――——
□
街中に降り注ぐ破壊の槍はあらゆるものを破壊し始めたのである。酒場、民家、城壁や機銃座を無差別に襲う。
攻城用の貫通力のある槍は薄い屋根を貫通し、ありとあらゆる空間を血染めにしていった。
地獄と化していくハリソンだったが、Soyuzスタッフは冷静に対処すべく無線機を取る。
【こ、こちら警備班005、LONGPAT応答してください】
石が砕け、ノイズと悲鳴が混じった煉獄のようなノイズと共にスタッフからの緊急無線が少佐のもとに飛び込んだ。
ハリソンのあらゆる箇所で発生している異常に関して少佐は感づきながら応答する。
【こちらLONGPAT、敵襲か】
【敵襲を受けていますが敵影が——!遠方から攻撃を受けています】
少佐は歯をきしませた。
この時間帯は警備スタッフが交代する時間であり、その一瞬のスキを突かれたのである。
入念な内情調査の上で行われた精密な攻撃であることを冴島は思い知らされた。
しかし現状反抗しなければ騎士団とスタッフは地獄に沈むことになる。
【総員戦闘配置に着け、敵影を発見次第掃討せよ。】
新たな敵との闘いが今まさに始まろうとしていた。
————
□
一つ槍の着弾によってハリソンは平穏な城塞市街から戦場へと姿を変えた。
警備隊の持つBTR80がスピーカーで避難を呼びかけながら走り回り、街中には血とサイレンと赤色の回転灯で彩られる。
Soyuzスタッフは機銃座へ、騎士団は現時点での武装で謎の敵襲へと備えることになったが、街に降り注いだ槍の雨の被害はSoyuz側設備に関しても被害は大きかった。
槍によって少なくない数の機銃座が破壊されていたのである。現場判断で使用することのできない機銃座の人員は敵襲に備えるべく街中の配置につく。
その移動中、ある一人のスタッフが少佐に無線を飛ばすべく、なけなしの遮蔽物に身を隠し無線機を操作していた。
【こちら警備班008、ハリソン西地区の機銃座の3割破損、使用不——】
スタッフが損害確認をすべく視線を上げたその時である。
居るはずのない、ファンタジー世界から飛び出てきたような騎士が、こちらに槍を向けていたのである。
防衛騎士団のものとは似つかない、井戸底を覗き込んだような鎧を身を包み、顔は仮面で覆い隠し、側面が不気味に赤く光っている。
表情をうかがい知ることはできないが、口元はまるで虫けらを見るが如く口を曲げていた。
まるで害虫を駆除するかのように。
その瞬間、スタッフは無線機を放り出し、すかさずM4のセフティーを弾き飛ばし、照準を謎の騎兵にすかさず向けた。そしてマガジンを空にする勢いで引き金を引き続けた。
——BALAATATA!!!――
【どうした応答せよ!】
放り出した無線機から少佐の声が銃声にかき消される。
ありったけのライフル弾をぶち当てたのだから前時代的な騎士はハチの巣になっているだろう、スタッフはそう思った。
だがその幻想は儚く打ち砕かれる。
漆黒の騎兵はあろうことかまるで装甲が施されているかのように存在し続けていたのだ。
マガジンの中には幸いにも8発ほど残っており、十分に可能性は残されている。スタッフは走った。自動小銃が効かないとしても近くの対空機関砲ならば殺し切れるはずであるからだ。
残酷にも人と馬では速力に差が開く。
思い切り走っても遠くなるばかりかあっという間に距離を詰められていくばかり。
M4で足止めしようとした瞬間、既に何もかも遅かった。
騎兵の槍がこちらに向かって振りかざされていたのである。
—————
□
槍がくると回る。狙いを一点に定め、一撃で仕留める精鋭のしぐさに他ならない。
兵士はすかさず身をよじったと同時に重い槍が肩を貫いた。
鮮血が飛び散るのと同時に力なくM4が地面に転がった。残虐非道なこの様を騎兵は見逃すはずもなく、再び槍を高く持ち上げ、狙いを定めた時である。
——CroooMM!――
金属が金属を貫く鈍い音が響くのと同時に落馬した騎兵の重々しい肉体が石畳に転がった。
すかさず傷ついていない左手でホルスターから拳銃を引き抜くと、騎兵が身構える一瞬のスキをついて銃弾を叩き込んだ。
BANG!!
45口径の乾いた音が地獄に鳴り響くと同じく、騎兵は物言わぬ死体へと変貌する。
あと少しで自分もこうなっていたであろう、彼はそう思い息は上がり心臓は何度も脈動していた。よく見ると騎兵の首には見たこともない長い矢が刺さっていた。
すると遠くから声がする。
「遅かったか」
そこには薄い明かりに照らされた人智を超える大弓を抱えた怪しい男と、黒人のSoyuzスタッフが現れた。
死体になった敵兵の首には鋼鉄板を貫通して首に突き刺さっておりただの弓とは思えなかった。
ふと緊張の糸が切れると野戦服の上だろうと肩からは血が滲みだし、動かす事すら叶わない。そんな中情報を伝えるべく下唇を思い切り噛みながら
「機銃座の2、3割がやられて使いモンになりゃしねぇ。畜生、右が動かなくっても左があるんだ。あのクソ共、M4がこれっぽっちも効きやしねぇとはな」
声を絞り出すようにして言うと、地面に落としたM4を左手で拾い上げようとするも体がまともに言うことを聞かず、グリップをつかんだ手を放してしまう。
あまりの様を見たグルードはすかさず肩を貸して立たせると
「ずいぶん派手にやられたな。それ以上はいい、後の戦闘は俺らに任せろ」
そうグルードは言うと、遮蔽物に奮闘し傷ついたスタッフをもたれさせるとガンテルは慣れない手つきで無線機を取り
【こちらunder ground、だったよな。聞こえてるか、オイ!行動不能スタッフを発見、回収を願う】
【了解。現在いる地区を報告せよ】
【ハリソン入り口飲食街、肩の出血がひどい、シスターかなんかを呼んでくれ】
Soyuzハリソン拠点において突如として降ってきた槍から始まった戦闘は悪化の一途をたどっていくことになっていった。
騎士団、そしてSoyuz兵士双方で住民を守るべく闇の中を照らしながら謎の勢力を退けるべく手を取り合い、武器を握る。
————
□
ハリソンを襲った謎の武装集団の正体は深淵の槍であった。
本来、彼らは軍とは別の帝国直属の精鋭中の精鋭を集めたパラディンを基軸とした国家憲兵隊なのである。
軍隊が政治を握るようになると反乱軍の手中に堕ちた村、街の住民ごと謀反者を全て排除する組織と化してしまった。
膨大な血税はその軍事費に費やされ、今に至る。
彼らは軍とは別の組織故、はるかに発達した情報伝達網を駆使しハリソンの陥落を察知した。
そして入念な偵察を基に警備の薄い時間帯でハリソン内外から攻撃を仕掛けるべく偽装物資と人員を紛れ込ませ、シューターで射出した槍の着弾を合図に、武装した騎兵やソルジャーが一斉に動き出していた。
Soyuz側の予期せぬ偽装物資押収によって計画よりも出撃できる重騎兵は限られソルジャーや剣士が大多数を構成する自体になっていたが、さほど問題ないように計画されていたのである。
「ぐぉああっ!」
ハリソン西側では壮絶な戦闘が続く。
不意を突いたソルジャーの槍をいとも容易く盾で流すと、重騎兵は敵に攻撃を避けられたと思わせるよりも早く巨大なランスで胴体を貫いた。
それでもなお抵抗を試みる防衛騎士団たちは魔導士を呼び、狙いをつけようとした瞬間。
背後にいる弓を手にしたホースメンによって致命的な一撃を受け、防衛騎士団と深淵の槍との練度差はすさまじく防衛騎士団が手玉に取られ、さながら駆除するように兵士の数を減らしていた。
「クソ、ライフルが効かん」
次々と数を減らしてゆく騎士団を守るため西側を警備していたパルメドは奮闘していた。
彼含め、居合わせたSoyuzスタッフも応戦したが重騎兵の周囲にいるホースメンが常に動き回りながら遠距離からの攻撃を辞さないこともあり、自動火器を用いても排除は難航を極めていた。
「ようPAL、使えそうなの取ってきたぞ!PKMだ!」
しかしSoyuzもこのまま好き勝手にさせる程生易しい組織ではない。
中東を戦い渡ったパルメドのアイデアに賭けた別スタッフは、破壊された銃座から火事場の馬鹿力で無理やり引きちぎってきた機関銃を持ってきたのである。
無言でパルメドはM4を放り投げ、その重い鋼鉄の希望を持ち上げた。
彼らとてやられてばかりではない、騎士団とSoyuz歩兵たちによる反撃が幕を上げ始めていた。
謎の存在に対し歩兵戦闘を継続した場合、大きな損耗が出ると判断した少佐は残された兵員を収容し、装甲車両で軍勢を排除しようと考えていた。
歩兵にも関わらず自動小銃の効果が見られないこともあり、すぐさま戦線に駆け付けることとなっている。
しかし急行できたBTR80は数が限られているため、非装甲の警備車両で敵を倒さねばならなかった。
また、ハリソン外からも同じ軍勢がこちらに向かっていることも事実で、機関銃の掃射によって食い止めている。
夜襲をかけられた直後に降り注いだ槍によって、2から3割が破壊され辛うじて弾薬が使用することができた。
だが今まで経験したことのない侵攻速度でこちらにやってきており、以前本部拠点が襲撃を受けた時と異なり、敵に反撃の余地を与えているのも事実だった。
BLATATATA!!!
ハリソン西側壁門付近に設置された機関銃が薬莢とベルトリンクをばらまきながら火を噴く。
あらん限りの弾を吐き出していた銃身は夕闇でもはっきりするほど赤く熱を持って光っている始末である。確かに弾幕を張っていれば向かってくる騎兵は確かに倒すことができたが今までとは何かが違っていた。
「銃身と弾よこせ!畜生、スポーツカー撃ってるんじゃねぇんだぞ」
スタッフが大声で叫ぶとPKMに弾薬が満載された鉄箱と鈍い漆に光る銃身が届けられる。
すかさず持ち手を握り、横に捻って煌々と光る銃身を外し新しい銃身に交換した。
たった数十秒の間にも敵影は大きくなっていく、明らかに速力が違うばかりか機関銃弾をジグザグに蛇行しながら掻い潜ってくる連中も珍しくない。
機関銃弾をいくらかぶち込めば落馬する姿は暗視ゴーグル越しであれ、確かに確認できたばかりか数は次々と減っていくことは確かだが数がなくならない訳ではない。
馬でここまでできる人間が存在しうるというのか。
続いてベルトリンクを乱雑につかみ上げると機関銃のカバーを開けて弾薬を装填するとレバーを力いっぱいに引いた。
「バケモン連中め…!」
再び機関銃が弾を吐き出したかと思うと、こちらに向かってくる騎兵の馬に着弾したのか敵が地面に転げ落ちた。
容赦なく銃撃を浴びせて無力化させると、途切れることのない
騎兵の波に向かって掃射しはじめる。
暗黒との戦いが始まった……
次回Chapter25は7月31日からの公開です




