Chapter235. The Sacred Desert
タイトル【聖なる砂漠】
神オンヘトゥは全てを造り、人類もその合間に生まれた。
ヒトは数々の苦難を乗り越えながら発展し、様々な悪逆やこの世の理に関ること、そして神に近づこうとした。
神オンヘトゥは激怒し、獣の神ベストレオを使わせヒトを滅ぼすように命じた。
ベストレオは地に降り立ち破壊の限りを尽くし天へと帰っていった。
これまでSoyuzに向けて投下されてきた究極兵器オンヘトゥ13使徒はこれら神々の名前を冠しているのは言うまでもない。
1号機「ベストレオ」
2号機は弟である「カロナリオ」
そして豊穣の神「ベルハトゥ」
ありとあらゆる超古代の出来事が全てここから始まった、正に聖地。
それがこのファルケンシュタインにぽつんと広がる広大な砂漠だ。
——Woooooommm……———
遮るもののない砂の海には強い風が吹き付け、砂を舞い上げる。
過酷極まりない環境と神話故に、ここには誰も住まず人気は一切ない。
「ここが……聖地」
生まれてみる砂漠にエイジは息を呑む。
現実世界の砂漠の様に岩混じりのものではなく、見る限り金色の砂ばかり。
起伏が一切なく日光の照り付けで真夏の様に暑い。
山が削られたわけでも何でもなく、かつて栄えていた何かを全て砂に変える程の何かが起きた。
この場こそ、過去に起きた惨劇を今日まで伝える備忘録と言えよう。
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ソフィアは迷わずイデシューを進める。
何故なら父上が呼んでいる場所が分かるからに他ならない。
どこに行くのか、行くべきなのか。全てが頭の中に入っている。
神代の資格がある者として告げられたあの日から。
砂地を歩くたびに巨象の重さで沈みゆくが、感触をつかんでいくにつれてそれほどでもなくなった。
自然現象ではない余波で作られた砂海だけあって、思ったよりも砂の層は深くない。
水田を歩くようにして歩けば良いだけ。
深みにはまらないよう一歩一歩確実に歩みを進めていった。
しかしこの聖地には生き物がまるで存在しない。
住処や営み、ましてや存在した痕跡も見当たらないのである。死骸が年月をかけて白骨と化した様すら見掛けない有様。
それに永遠と広がる虚無。
目印にすべきものはなく、常人が入り込めば同じところぐるぐると回り餓死する未来が確定するといっても過言ではない。
見届け人のエイジでさえこのような感覚に陥るのだから、砂漠という場所は遮るもののない迷宮。
それでもなお、ソフィアは進み続ける。
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もはやどれだけ進んだのかも忘れてしまった頃合いだろうか。
ようやく砂漠の太陽を遮るようなものが見え始めてきた。
壁の残骸のようなものが次第に見えてくるにつれ、遠方に小さな礼拝堂のようなものが見え始めたではないか。
あまりの熱が見せる幻影でないことを祈りつつ、エイジとソフィアはそこに向けてイデシューを歩かせる。
ぽつんと存在する有様はまるで砂漠の中心を指し示す小さな針のよう。
一旦石像から降りると、礼拝堂の異質さは際立つ。
この過酷極まりない環境だというのに衛兵が立っており、堂自体は穴一つ空いておらずきちんと手入れされていることが分かる。
僻地にわざわざ通い詰めているのだろうか。
もしかして別の所にあるのかもしれないと思ったが、ソフィアのカンでよればここだという。
「衛兵よ。我が名は帝国第二皇女ソフィア・ワーレンサット。父たる皇帝、ヤルス・ワーレンサットの使命により参上した。」
彼女は番兵に対し脳裏に浮かんでいた言葉を投げかけた。
「帝国第二皇女ソフィア・ワーレンサット、確認した。」
もう一人の兵がエイジに問う。
「従者よ。名を名乗れ」
顔には白幕が垂らされ表情を伺えないが、この覇気は人間のものでは決してない。
ヒト、それですらないのかもしれない。あまりに無機質で、機械的。
彼は息を呑みながら問答に応える。
「衛兵よ。我が名はエイジ・アルストム。ソフィア・ワーレンサット殿下の従者にして、儀式見届け人の指名を受けし者なり」
「エイジ・アルストム。確認した」
正当な後継者であることを確かめた衛兵はタイミングを合わせて問いを続ける。
「「ソフィア・ワーレンサットよ。エイジ・アルストムよ。門を一度通れば汝らに戻りの道なし。覚悟の上か」」
この先は穢れ無き神道。一度足を踏み入れれば二度ともどっては来られない。最悪その存在が消えることも十二分に考えられるだろう。
だがソフィアとエイジの想いは同じだ。
「「然り」」
一通り手続きを終えると、番兵は扉を開け二人に告げる。
「「ならばソフィア・ワーレンサットよ。汝の手にて門を開き、奥へ進み入るべし。神の代弁者がお待ちである」」
扉の先は光でその先は見えない、正に天空の聖域と言われても差し支えのない場。
足を踏み入れるソフィアにエイジは続く。
正面には通路が一直線に示されてあり、突き当たりに玉座が見えるが誰も居ない。
その脇には忠実な兵が直立不動、石像のように立ち尽くしていた。
「帝国第二皇女たるソフィア・ワーレンサット、ならびに従者にして見届け人たるエイジ・アルストムが入場せり」
「条件は揃いたり。宣言を待つ」
機械的に兵が言葉を連ねる。
儀式はその場に足を踏み入れた時から既に始まっているのだ。
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役者は揃ったと言わんばかりに、遙か天空から二人を呼ぶ声が響く。
「余は神の声。統治し、管理する。それが我が使命」
——SPARK!!!!!———
迅雷と共に、夕暮れのように赤い重騎士が現れた。兜には帝国の紋章が入れられた白幕が垂らされ、どこの誰かもわからない。
「よく来たな。我が娘よ」
神の声と名乗る存在は行方の知れなかったソフィアの父。
皇帝ヤルス・ワーレンサットその人だった。
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懐かしい声に安堵を覚えるが、同時にソフィアは心の奥底にあった不安を露わにする。
「父上。動乱の時何故力を振るわなかったのです」
この国の謎に繋がる一言。
ヤルスが突然蒸発したその時からずっと疑問だった事である。
「新たな時代に古き者は不要。故に様子を伺っていたが、新たな時代は闇をもたらした。その時に気が付いた時には余には手出しが出来ぬ時期であった」
皇帝が言うには新しい時代を迎えるにあたり「あえて」世代交代させたという。
その結果が軍事政権の独裁という狂気を生んでしまった。
現実に直面した時には時すでに遅し。ヤルスの体は神界に行かねばならなくなっていた。
深淵の槍の大多数が取られてしまったのも大きいだろう。
さらにもう一つ。彼女は心にある疑念をぶつけた。
「父上。本当に私でよろしいのですか」
神の声は淡々と答える。
「然り。異界の軍勢を率いて帝国を鎮定し統治するという事には、お前のような底無しの知識が必要である。それを満たす者はお前しかおらぬ」
古き時代に引きずられず、いかに新時代を切り開くか。今は洗脳されている長女は兎も角として、頭の固いイグエルでは成し得ない事だろう。
次にヤルス・ワーレンサットとして告げる。
「お前ならこの国をより良くしてくれるはずだ。さらに、女帝としての力がお前の道を切り開き、ナルベルンの遺跡に眠る秘密すらも解き明かすだろう。」
事のあらましを理解したと思えたが、心に抱えていたモノはそんなものではない。
「父上のお考えは良く分かりました。…しかし、帝国に武器を向けた私を、民は赦すでしょうか」
人には各々視点がある。彼女がしてきたことが全て正しい、それが正義だとは誰が担保するのだろうか。
見方によってソフィアこそ裏切り者だと言う者も現れても何ら不思議な事ではない。
「心配する事はない。重責とはそのようなモノ。ヤルス・ワーレンサットとしての事は以上だ。では、始めよう」
「はい」
皇帝陛下による開始の宣言にて儀式が幕を開ける。
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「これより、神代継承の儀を開始する。」
神の声を確認した全ての衛兵が一斉に復唱した。
「宣言を確認。儀式手順を開始する。」
その座を継ぐ者に声は問う。
「ソフィア・ワーレンサットよ。汝に問う。帝国を守るものは何か」
「武力と知力なり」
「帝国が帝国たる由縁は何か」
「人民の叡智と神代より続きし伝統なり」
「汝が手にする力とは何か」
「神々より預かりし空なる力なり」
「汝が背負う重責とは何か」
「力を以て帝国を導き、帝国の大いなる尊厳を最期まで決死擁護する責任なり。
もし責任果たさざれば、我、冥神の手に我が身を委ね、永劫の業火へと投じられるだろう」
「然り」
「汝、ソフィア・ワーレンサットよ。武器ならびに一切の道具を手離すべし」
これからは己との戦いになる。人間の傲慢さが生み出したテクノロジーが入れるような場所ではないだろう。
お守りである拳銃とイグラーはイデシューの中。
強いていうならソ・USE端末くらいであろうか。
エイジに端末を渡すと準備が完了。衛兵が円形に並び、結界を作りはじめた。
役者と舞台が揃えばやることは一つ。
「——試練を始めよう」
頼れるのは自分だけだ。
次回Chapter236は8月25日10時からの公開となります。




