Chapter234. Pilgrimage
タイトル【巡礼】
ソフィア・ワ―レンサットを乗せた機動立像イデシューは西に向けて歩き出す。
思えばここまでの道のりは果てなく、遠いモノだった。
これは戦いの歴史をこの目で実際に見ながら振り返る巡礼でもある。
いままで東に逃げていてばかりだった自分が帝国に向けて歩いて行く。
ソフィアは激動の数か月を振り返った。
まずはSoyuzと接触したジャルニエ。
神が送り込んできた兵がいると信じ、ただ東に必死で逃げた先で出会ったSoyuzという組織。
全土を制圧していた帝国軍の反抗作戦が行われた砦、そして初めての市街ハリソン。
ここではいち早く彼らを察知した深淵の槍が街を消しにかかったがそれを撃退したことも、今や遠い昔の様に感じられる。
彼女は悪魔の力を借りたのだと嫌という程思い知らされた。
その先のジャルニエ城では壮絶な戦いが繰り広げられていたという。
特殊部隊とハインドを送り込み、今までの常識を打ち砕くような戦法で見事制圧。
この時だろうか。ファルケンシュタイン帝国の歩む道が歪み始めたのは。
動乱後に初めて兄にあった場所も此処、ジャルニエの城である。
自分が傀儡になると知っていながら、野心を燃やし身内すらも殺す勢いで国を変えた。
そうして今の軍事政権下があると考えるとどうにも複雑な気分になる。
あの時、私に素質がなければ一体誰に神代の資格を与えていたのだろうか。
問うだけ無駄であろう。
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イデシューは平原を行き、いよいよ山肌に差し掛かる。
城を超えた先にはシルベーとの境となるダース山が聳え立つ。
空軍基地が配置された場所であり、様々な戦闘がここでも生じていた。
Soyuzが保有する未知の航空戦力「戦闘機」に触れたのもこの頃で、整備班の皆と急遽メンテナンスをしていたことを思い出す。
自分は呑気に依頼人という器に収まったままでいたくなかったからだ。
出来ることなどはタカが知れていたが、それでも無力なままではいたくなかった。
それにとらわれ過ぎて焦っていたのかもしれない。
悪魔の力を借りておいて、何をいまさらと思う心情もどこかにあるが、ちっぽけな何かがせめてもの罪滅ぼしと言わんばかりにこの体を動かしたのは事実。
山を越えた先にはゲンツーの街と海の様に広がるベーナブ湿原が出迎える。
エイジの撮って来た写真を見て、どことなく心が休まったのも懐かしい思い出。
地盤の固い山肌を沿って歩いていくと、ナルベルン自治区が見えてきた。古代遺産が多く眠る、まさに海底と言えようか。
ここでは軍事政権と犯罪組織ロンドンを背に着けて絶大な力を持った帝国人ラムジャーの影響があまりにも如実に表れていた。
マーディッシュ、いや軍事政権が目指した未来もあったのではないか。
ソフィアの心のどこかにあった考えが見事に砕け散ったのもこの時。
帝国は少なくともこのような腐敗を利潤が出るからといって野放しにするほど落ちぶれているのだと。
もはや分からなくなってきた。正しさとは一体何なのか。
それはゾルターンに足を踏み入れることで混沌を極めることになる。
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湿地をぐるりと回り、自治区を過ぎるとシルベーとゾルターンの県境。
まだ艦砲が着弾したと思しきクレーターが多くあり、戦いの爪痕が如実に残っていた。
これから神になるというのに、ソフィアは時が来れば父上の皇帝陛下のように神界に行くのではなく、地獄に堕ちると強く思っている。
悪魔の力を借りた以上、手前ではどうしようもなくなって頼ったからには。
回り巡って天罰が下るだろう。神であろうと、人であろうと。
最初こそ底知れぬ絶望の未来に震えていたが、今は違う。
自分がやってきたことは消えも、最初からなかったことにも出来ない。
可能だとしても、する気など更々ない。
これから向かえる運命を全て受け入れるつもりだ。
情景はがらりと変わり、イデシューにも負けじと草丈を伸ばす平原が見えてくれば遂にゾルターン。
南に進めば海に出て、有名な港湾があるギンジバリス市や因縁深き牢獄フェロモラス島が望む。
ここは帝国が残酷な真実から目を背けていた生き地獄。
今では復興が進んでいるらしいが、その過去は自身の過ち同様で消えることはないだろう。
村々をめぐると、ツングースカのモニュメントが立っていることに気が付いた。神の使いと言っても、Soyuzは人間の集まり。
そうだとわかっていても、現実味が薄い。なおさら原理などを学んでいるからこそ薄れていくものもある。
夢か現か。
深く考えていると一大城塞のポポルタ線が立ちはだかる。
戦いが終わった今でも燃え果てた突撃砲や、無残な亡骸が転がっていた。
如何に美化しようとも殺し合いに違いない。
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ゾルターンを横切ると、ようやく海に出る。残暑が居座る中でも波風だけは心地よいものだ。
そして解体が進む巨大民族絶滅兵器「オンヘトゥ」1号機ベストレオが目に飛び込んでくる。
ソフィアにとって、このマシンは神ではなく人類の狂気が生み出した兵器に過ぎない。
清浄なオンヘトゥの名を騙る「歪み」をSoyuzが正してくれた事については素直に感謝したいと思っていた。
海沿いに進んでいるとペノン県に差し掛かり、第二の港湾都市「ベノマス」に差し掛かる。
聞く話によれば、ここの為政者はSoyuzの来た場所と同じ人間だという。
絶大な力を得た人間が、その力を独善という旗の下に振るっていたと聞いて他人事にはできなくなってきた。
これから手にする力はソーサラーになる程度のものではなく、人という器を捨て神の使いとなる。
父上が手にしていた力は想像を絶するだろうし、いまだに実感が湧かない。
いずれにせよ、得た力は魔法とは比べ物にならない程の影響を与えるのは確か。
その絶大な力は万物を思いのままに出来るだろうが、決して万能ではない。
手にした力に溺れるのではない、手綱を握るのだ。彼女は改めて決意をしながら進んでいった。
ここから北上し、ナンノリオンを目指す。
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ナンノリオン。
かつて自分が幽閉されていた、因縁の地。
兄なりの情けでもかけたつもりだろうが、むしろ逆に働いてしまうことだってあるだろう。
それが高じて逃げ出そうと決めた訳だが。
昔は魔導都市の神々しさ、そして叡智が結集して作られた様が好きだった。まさに理想郷とも言えた。
しかし時を経るにつれ、夢の魔導都市は軍部暴走の産物オンヘトゥを作っていたことを知る。
国家機密故に技術者もそうとは知らずに作らされていたのだろう。
彼らを責めるつもりは毛頭ないが、ベノマス近郊にあった痛々しい爪痕のような兵器を本気で運用すると聞いて戦慄を抑えられなかった。
人が殺し合うのが戦争というものだから、どちらが正義とは決められなどしない。
だが一方的に虐殺するのは違うだろう。ソフィアはそう思っている。
罪もない人間をいきなり殺すためにテクノロジーは存在するのではないし、そう使われてはいけない。
いつぞやにしてもらった、Soyuz側の大量破壊兵器「核」のように帝国はなってほしくはない。
あのように野蛮な玩具を手に入れて暴れ回る醜い獣にしてはならない。
そのために「あえて」祖国に立ち向かうのだ。
導かれるまま巨大な歩みを進めていると、そこには草原や海とは明らかに不釣り合いな
砂漠が姿を現す。
人間の行いに激怒したオンヘトゥは獣の神ベストレオを使わせ、禍々しい旧人類を全て滅ぼしたという。
この広大な砂漠はその惨状を今日に伝えるものであり、人を超えた存在が降臨した聖地でもある。
此処から先、後戻りは絶対に許されない。
試練の砂漠だ。
次回Chapter235は8月24日10時からの公開となります。




