Chapter233. Divine Oracle
タイトル【神託】
停止状態から突如動き出した機動立像イデシュー。
中身は発電機といった動力源を一切積んでおらず、動けない筈である。
電池がなければ動けない空のロボットに魂でも入ったというのか。
ポポルタ線から出発したこの巨人は進路を東、つまりジャルニエやシルベー方向に取り突き進む。
あまりに突然だったことから建設機械師団の重機では止めることが出来ず、急遽ナルベルン自治区に駐留していた警備部隊が追跡のため出撃。
立像の追跡を行っていた。
「吸い過ぎには注意しましょう?灰皿ねぇんだこの車。困ったな、持ってきたか?」
悪路に揺れるLGS フェネック偵察車。車内は運転手の紫煙で満ちている。
幸いにもタイヤを転がす周辺はゆるい起伏のある平原。
雪解けロシアのような泥沼や市街のように遮る高層ビルやマンションはない。
「アレだな」
イデシューは高さが雑居ビル近いこともあって、携帯灰皿に灰を押し付けるついでに見つけることができた。
どういう訳か左腕を不動にしたまま足と右腕を動かして歩いている。
向かっている方位は東、本部拠点。
だが実態は実戦投下されたように暴走することもなく、ただサラリーマンが駅に向かうように足を進めているではないか。
【例の不審二足歩行物を発見】
無線で報告する傍ら、ハンドルを切って動く石像に近寄る。
相変わらず質の悪いロボットだが、関節が全て実体の存在しない魔力で繋がれているため不気味極まりない。
派手なエンジン音を立てていれば向こう側も気が付いたのか、鉄仮面のような頭がぐるりと回り視線が合う。
襲われるのかと身構えていると、例の巨像は一礼をしてみせたではないか!
「どうなってる…?」
正確な挨拶を前に確信した。この機械は暴走などしていないと。
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では何故動きつづけているのか。考えれば考える程理窟に合わない。
得体の知れない恐怖に運転手は悪寒を覚えた。
まるで見えざる何かが操っているようで。
——本部拠点
司令部
その一方でクライアント直々に話があるというので、権能中将は物理学者の報告書を片手に応じていた。
肝心の内容はというと、ソフィアが父であるファルケンシュタイン皇帝から使命され、神代の儀式を執り行うことに。
そこでナンノリオンから行ける砂漠にエイジを含めた二人で行きたいというものだ。
なんでも儀式には彼女一人とその見届け人のみで臨まなければならないという。
それに難色を示しながらも中将は答える。
「うぅむ。…確かに報告書でも実体から攻撃がすり抜けていると結論付けられている。我々【人間】の手ではどうにもならない相手と認めざるを得ない」
「しかし仮にも命を狙われている立場にある以上。直前まで護衛を付けさせてもらう」
国が弱体化していると言っても、あの深淵の槍を保有している帝国に存在を晒す訳にはいかない。
下手を打てば暗殺されるかもしれない状況で、行ってこいと言う親がいるだろうか。
しかし殿下の決意は固い。
「アレは神力に由来するものと見て間違いありません。
今まで私たちも、そちらも攻撃をさせないか、あるいは防いでしまう手段を取っていましたが、媒介できたとしても魔導を使ってあのような真似は出来ない筈」
少なくとも現代と帝国側の技術や武器を見てきたソフィアだから言える一言。
なおも彼女は念を押す、半ば正論を叩きつけるかのように続ける。
「太刀打ちする手段は同じ力を用いる他、あるでしょうか」
しばし考え込んだ後、権能は結論を述べた。
「…今まで邪教のサイキッカー教組や超常現象を起こせるシャーマンなどを暗殺はしたことがあるが、物理攻撃をすり抜けてしまうような存在はそうでなければ歯が立たないと認めざるを得ないようだ。…許可しよう、ただ」
今まで怪しい教組などを暗殺してきたが、亡霊のような存在を相手にするのは初めてとなる。
さらに何かがあるようで、ソ・USEを取り誰かと連絡を取り始めた。
【俺だ。冴島だな。唐突で済まない。お前がいつもお守りにしているものはなんだ】
その相手はナンノリオンで事後処理を行っていた冴島大佐。
【…藪から棒に。自分はガバメントとミサイルですが】
【うむ。あと俺にアレの司令を任せようとしたツケはしっかり払ってもらうからな】
答えを求めていた中将は自身をカロナリオの司令官へ勝手に抜擢したことを揶揄しながら、無線を切った。
やることを全て終えたのか、彼は瞳を閉じて締めくくる。
「この事項は各部に伝えておく。…勝手な私観だが、各々に挨拶のひとつを残していくと助かる」
「ありがとうございます」
ソフィアと付き人として来ていたエイジは司令室を後にした。
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これから先、人としてはもう二度と戻ることはできない。
そう考えるとSoyuzの面々に後ろ髪を引かれるような思いがする。
だが彼女に我が儘は許されないのが常。いつもこうして残虐な現実を襲うのだ。
それが皇族、神の使者の血を引く者としての運命か。
いつも民は貴族や王族に憧れるが、名誉や資金の代償として非道なレールを歩かされることになる。
当人でしか分からない苦労もあるのだ。
ソフィアとエイジは最初に整備班の下へと足を運ぶ。
彼らは依頼当初の動乱で安定しない心のよりどころであり、そして第二の家族同然の場所なのだから。
短い間ながら、紡いだ絆は本物に違いない。
——整備工場
幸いにも今日は前線にいる榊原と副官のジョンが休暇を取っており、本部基地へと帰っていた。
すぐさま内情を話すと、榊原はサングラスを抑えながら静かに語る。
「……そうか。御仏…いや…悪い。上手い言い方が思いつかねぇが、そういう存在になっちまうってことか。薄々そうなるんじゃねぇか、とは思ってたが…ちと早かねぇか」
「いや…嬢ちゃんがそれだけ成長したってことか」
やはりと言うべきか、その口は重かった。
彼にしてみれば久ぶりの教え子で、半ば孫のような存在だった。正当な自分の魂を持つ、アツい人間だと。
「おやっさんねぇ、んな湿気た火薬みたいに言ってもねぇ。後ろ髪引くだけですって」
ジョンがフォローに入る。整備班は明るくて上等、湿っぽい空気は似合わない。
ここで笑い話の一つが出てくれば良いのだが、班長はそれらしいものを出してきた。
「だよなジョン公。…そうだ。ここで言い忘れてたことが。間違って嬢ちゃんじゃなくてグラサンしてなかった時の妹さんを間違えて連れて行ってな、仕事教えたら…なんて言われたと思う?」
「……異常親父だと。生まれてこの方、覗きもやったことがねぇ俺がそう言われちまってな。そん時の顔が離れなくて夢にも出てきやがった。オヤジは余計だろうオヤジは…もうジジィだぞ俺は」
ため息をつきながら言うが、殿下はその話を聞いて吹き出してしまった。
勢いがついた矢先、ジョンが背中を押す。
「よし、その勢いよ!神だろうがキリストだろうがブッダになっても整備班は不滅だ、いつでも嬢ちゃんを待ってるぜ」
ここまでされて、居座るというのもまた無粋か。
がっちりと力強いエールを受け取ったソフィアは日本式の礼をして感謝を伝えた。
「……短い間ですがお世話になりました」
その時。
けたたましい警報と共に見覚えのある巨人が一歩一歩、こちらに向かってきたではないか!
———Zoom…Zoom……——
暴れに暴れたイデシュー1号機とは打って変わり、立ち振る舞いは神々しさすら感じる。
ソフィアに近づくと立像は膝を着き、手を地面に着けて「屈服」してみせた。
彼女は一度俯くと、二人に短く告げる。
「すみません。迎えの者が来てしまいました」
その瞳は少女らしさを残しておらず、覚悟を据えたものに変わっていた。
資格者と見届け人は迎えに来たイデシューの手に乗ると、コックピットへ改造された胸部へと入っていく。
そして殿下が操る立像はゆっくりと方向を変えて歩き出していった。
整備班の重鎮は前に向いて歩きだす巨人を見送る。
あれだけ大きかった邪神像だが小さくなるのも速い。
すっかり小さくなって見えなくなった頃、榊原がぼやく。
「なぁジョン公。旅立ちの日にイグラーと自分で誂えたガバメントを持ってくヤツなんて見たことあるか?なんに使うんだよあんなブツ」
「えっ」
「…嬢ちゃんらしくていいけどよ」
長い旅が始まる。
次回Chapter234は8月23日10時からの公開となります。
登場兵器
・冴島大佐のコルト・ガバメント
M1911「A1」モデル。大昔に海外で買ったものらしい。.45の弾はどこでも転がっているし、確実に殺れる確かな拳銃として選んだのだろう。




