Chapter232.God's spear Menadione and Menaquinone
タイトル【神槍メナジオンとメナキノン】
通常兵器が全く効かない新たな敵、コンクールス.の出現によってSoyuzは大きく揺らいだ。
物理学者が出した結論はこの次元そのものに「実体」が存在しないという事実。
つまり幽霊を相手にしているのと同じで、攻撃が全てすり抜けてしまうのである。
手がかりは2つ。
魔力が何等かの作用を及ぼしているということ。
それと紫鎧の男が手にしていた槍をソフィアがどこかで見たことがあることのみ。
ソフィア当人はあの槍を父である皇帝が持っていたような気がする、と曖昧にしか思い出せない。
物理学者集団が学術旅団に問い合わせている裏で、皇女殿下は自身の妹であるイグエルに話をすることにした。
何かと閉じこもり気味なソフィアと違って、彼女は王妃らしくなるよう厳しくレッスンを受けていたからである。
——本部拠点VIPルーム
よほどサングラスがお気に入りなのか、部屋に訪れると色眼鏡を掛けながら日常を過ごしているらしい。
「姉様か。今日はどんなご用事かしら」
相変わらずソフィアを茶化すイグエル。
幼き日は間違って入れ替わりになることもしばしばあった。懐かしき日を思い出す。
「私の声真似はよしなさい、紛らわしくなります」
だが過去を振り返っては居られない。
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ソフィアが例の「鎧の亡霊」が映し出されたタブレットをイグエルに見せると、彼女の顔は下劣なモノを見たかのような様に変わっていく。
「…神槍メナキノン…。神の使いだけが使える代物を人間が易々と……」
神槍メナキノン。皇帝に与えられた二つの槍の片割れだ。
その力は人智を遙かに凌駕するが故に、悪用されないよう帝都で厳重に保管されていた。
世の理を容易に覆す強力な槍は、二人の父である皇帝は勿論のこと。
その一族ですら触れたがらなかった代物である。
神の一族ですら手に余るような物体を人間が扱えるはずも、それどころか触れること自体が許され難い禁断の武器。
それを使わねばSoyuzに対抗できぬ程、帝国は追い詰められていたとも言えよう。
「神器の行方が分からないとは聞いていましたが、まさかこのような形で使われようとは……」
帝国が軍隊によってクーデターを起こされた直後、その在り処が分からないとされた二つの槍。
よくよく考えれば神聖かつ強力な「兵器」となりうる物体を紛失したと言うのが妙なのだ。
軍の人間ならこれを必ず悪用するに決まっている。
「どうする?ここまで来たらヒトの手ではどうしようもない。儀式を止めて父上を呼ぶしか……」
弱腰になるイグエル。
相手は神力、皇帝の後を継いだソフィアでも太刀打ちできるのか分からない。
もはや敵にしているのは帝国軍ではなく「神の使い」である。彼女に弱音を吐くなというのが無理な話。
そんな絶望的状況にも関わらず、ソフィアは考えを張り巡らせる。
「……それはそうと、もう片方のメナジオンはどこへ…?」
神槍が2本。対になるように存在するのであれば片方の「メナジオン」は一体どこにあるのか。
「分からない。父上が良く手にしていたから、そこにあるのかも知れないが既に軍が破壊しているかも知れない……」
政権掌握でゴタゴタついている間に紛失したのはメナキノンだけではなく、メナジオンも同様。
神器同士をぶつければ勝てるかもしれない。
浅はかな考えだが、今選べる選択肢が他にあるだろうか。
だが対抗策を徹底的に破壊していった帝国軍の性格を考えると、既に破壊されていてもおかしくはない。
「……やれることはやってみます」
それでもソフィアの中では答えが出たようで、彼女はイグエルの部屋を後にした。
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クライアント直々の問い合わせということで、学術旅団の一部を動員し対応を急いだ。
肝心な内容はというと、オンヘトゥ神話内に記載された2本の神槍について。
メナキノンは言うまでもないが、肝心のメナジオンがどういった役割を持っているのか
殿下は知りたかったのである。
その知らせは無線を跨ぎ、ナルベルン自治区で神オンヘトゥについて調査を進める
チレイグ・コルテスの下に届けられた。
「今日は忙しくなるな。まさかここにきて古代の事を調べることになるとは」
コルテスは眉毛上を親指でこすりながら舞い込んでくる仕事に一言漏らす。
普段は音沙汰なし、報告書だけで量はそこまで多くはない。
その傍ら、チレイグは早速聖書のページを流れるように捲って調べ始めた。
「神槍に関しては…たしか神の使いが人間を監視する下りの後に掛かれていたから…結構後半の章だったな。……っと、ここか?」
基本的にオンヘトゥ神話は神々のあれこれを書いているため、人類が上位者に喧嘩を売って滅ぼされた項目から先は後半に押し込められがち。
人間を監視する使いの件はその末端、映画のエンディング間際にあるのだろう。
チレイグはめくったページで一冊の本と化してしまう程の結末で、神槍についての項目を発見した。
「……よし。——2本の神槍は神オンヘトゥから直々に贈られたものであり、メナキノンは魔の力。メナジオンは封魔を司る…」
そこに記されていたのは槍の存在意義について。
鎧の男が持っていたメナキノンは単体でも人智を超えた力を放ち、行方の知らぬメナジオンはあらゆる力を封じ込めるという。
神の意図は知らないが、「力」が悪用された際にバックアップとして強力な封魔の力を持つメナジオンを授けたのではなかろうか。
二人の歴史研究家によって解き明かされた謎はソフィアへと伝わった。
槍の神力を悪用しているのであれば実体を消して、一方的に干渉することも造作もない。
問題なのは封魔の側。
いざ凄まじい力を手に反乱を起こすなら邪魔な存在は既に潰している筈。
ならば破壊されている可能性が高いのではないか。
彼女はそう考えていた。
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——ゾルターン県
ポポルタ拠点
一旦視点をゾルターンに向けよう。
大規模侵攻と改造地竜など激戦を繰り広げたポポルタ線跡では、ラムジャーの暴虐から立ち直るための復興拠点として稼働していた。
今やゾルターン復興と建設に燃える機械師団と、戦いを望まない善意のラムジャーを許さない市民の会。そして領民が一致団結して明日を作っている。
ソフィアの搭乗していたイデシュー2号機が文字通りの立像となって、ちょっとしたモニュメントとなっていた。
趣味の悪い人質兵器として作られた機動立像は英雄となって彼らを守る。
ある意味、機械は使う人間や使い方を選べないのだろう。
辺りは平和そのもので、機械師団スタッフが何気ない話を繰り広げていた。
「ゾルターン飛行場だけど、いい加減養生鉄板を引きはがそうって気らしい」
「アスファルトにしてもいいがあのクソがどうせ生えてくるぞ。草刈り役でも雇うのか?」
「さぁ。バイオテックの成果次第じゃねぇか?向こうはどうか知らんが」
今日も何の変哲もない昼下がり、午後からの作業に向けて昼食を取っていたその時。
——Voom……——
突如としてイデシューの上腕が出現したではないか!
動力を積まないこの機械は魔力源を閉じ込めねば動けない。
それにも関わらずこの機械は魂が突如宿ったのである。
GRRRaaaaSHHH!!!!!!
自我でも芽生えたのか、立像は固定具を釣り糸のように次々と引きちぎっていく。
束縛から解放された機体は一歩一歩、確実に足を踏み出した!
暴走とはまた違い、今度はしっかりとした足取りで歩み。その様はまるで人造物とは思えない。
「動いてるぞ!どうなってる!」
「動かないはずじゃないのか!」
「ロボットが!ロボットが生きてます!」
慌てふためくスタッフらを尻目に、イデシューは人や家屋を避けて進みだしていた。
突如動き始めた機動立像。
一体、何のために。
次回Chapter233は8月22日10時からの公開となります。




